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本編

67 舞踏会へようこそ2 【side イヴァン】

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(まさか、こんな茶番を本当にやるとは思わなかった)

面白くない気分でシャンパングラスを煽る。煌めくシャンデリアの下、視線の先ではアレクとアナスタシア嬢が見事なダンスを踊っていた。

アレクがうっとりと熱の籠った瞳で彼女を見つめているのは決して芝居ではないだろう。自分のものだと見せつけるかのような青のドレス、揺れる金のドロップピアス、そして極め付きは王妃のティアラ。あれを執着と言わずして何というのか。

自分がどんなに甘い顔を彼女に向けているのか、あの不器用な男は気づいていないのかもしれない。いつもの人形のような完璧な笑みとは違う、恋する男の顔だ。気持ちを自覚していないにも関わらずあんな表情を浮かべるのが余計に憎たらしい。

「へー、あれが殿下が逃がした姫ですか。大層美しい方ですねえ。アレクセイ陛下と並ぶと一幅の絵のようです。」

感心したように呟いたのは、俺の腹心の部下であるラジウスだ。明るい茶色の髪は柔らかいウェーブで瞳はハシバミ色。小柄でぱっと見は少年にも見えそうな童顔だが俺と同い年だ。人懐こい笑顔をあたりに振りまいてはいるが、非常に悪知恵が働いて腹の中は真っ黒だと知っているのはごく少数しかいない。

面食いのラジウスが手放しで称賛するだけあって、踊るふたりは神話に出てくる太陽神と美の女神の如く光り輝いていた。

ひょい、と俺の手から空になったグラスを取り上げて中身が入った新しいグラスを渡す。

「というか、なんで殿下は今夜の舞踏会に参加したんです? 婚約までした姫が他人の妃になったのをお披露目する場に出るなんて悪趣味極まりないでしょうに。」

返事の代わりに受け取ったグラスを一気に飲み干す。最高級のシャンパンのはずだが3杯目ともなると味はよくわからない。「あーあ、飲みすぎじゃないですかねえ」という声はあえて無視した(まだ酔っていないはずだ)。

今夜はキリル公国の代表、皇太子の代理としての参加だが、欠席することはもちろんできた。もともと堅苦しい正装は性に合わないし挨拶だけして退散するつもりだったが、「せっかくだからシアと一曲踊ってから帰りなよ」というアレクの甘言に乗せられて、まだこの場にいる。

ラジウスは断り切れなかった俺のヘタレ具合を憐れむかのような目を向けた。まじまじと人の顔を眺めて、はあ、と溜息をつく。

「殿下は顔はいいのに女性の扱いは苦手なのが災いしましたねえ。あんな美人を逃すなんてもったいない。僕だったらどんな策を弄してでも手に入れますね。」

「仕方ないだろう、もともと打算で行った婚約だ。それに無理な召喚をして別の魂を入れてしまったのは我が国の瑕疵だ。白紙になってしまっても仕方ないさ。」

「・・・2回も『仕方ない』って言っちゃってますけど。」

「うるさい、黙ってろ。」

「ふーん、あれだけの美貌で魔力持ちで異世界の魂入りかあ。殿下の伴侶にぴったりですよねえ。」

腕を組み、独り言のようにラジウスが呟く。

ふたりに目をやると、ダンスを終えて立ち止まったアレクにセイが話しかけていた。アナスタシア嬢をダンスに誘い、さっさと帰ろうと足を向けるとラジウスが慌てて後を追う。アナスタシア嬢がこちらに気づき「あ・・」と小さい声を上げた。

「ああ、イヴァン。今夜は来てくれてうれしいよ。」

俺たちに気づいたアレクが、にこにこと胡散臭い笑顔を向けて話しかける。そのまま、さりげなく彼女の腰に手を添えて自分の背に隠す。

「兄の代理だからな。姫と1曲踊ったらすぐに帰る。」

「殿下、姫君も立て続けにダンスとなるとお疲れでしょうし、せっかくだから先に休憩させていただいたらいかがですか?少しお話する時間くらいはアレクセイ陛下もお許しいただけると思いますよ?」

ラジウスがあざとく首をかしげて俺に話しかける。こいつは普段はこんな隙がある話し方はしない。何か企んでいるときの話し方だ。セイが口を出そうとする前に、アレクがちくりと釘を刺す。

「勿論だよ。ふたりきりになるわけではないし、まさか一国の皇子がか弱い女性に無体な真似はしないだろうしね。すぐに部屋を用意するよ。」

ラジウスが「僕がご一緒しますから大丈夫ですよー」と明るく返事をする。まあ日頃俺が女性に向ける嫌悪感を知っているから安全だと認識したのだろう。ほどなくして近くの部屋に案内された。



少しだけドアが開いたままの部屋で、アナスタシア嬢にソファを勧める。緊張もしていたようだし、ずっと踊りっぱなしで脚も疲れたのだろう、「ありがとうございます」と礼を言い、素直に座った。

「よかったら飲み物を用意するが、姫は何がいい?」

「あ、いえお気遣いなく。」

ちらちらとこちらの様子を伺うように視線を向ける。どうやらこの衣装が珍しいようだ。濃い臙脂色の生地に金糸で一面刺繍が施されている長胴衣カフタンは、祖国でも儀式のときくらいしか着ない。聖ルーシの王宮内しか知らないであろう彼女は初めて目にしたに違いなかった。

「キリル公国の伝統衣装だ。珍しいか?」

「ええと、既視感? どこかで見たことあるような気がしてじろじろ見てしまいました、失礼しました。おとぎ話の王様みたいで素敵ですね。」

ふわりと邪気のない笑顔を向けられる。他の女性から向けられる絡みつくような笑顔とは違う、純粋な賞賛。褒められたのは衣装だとわかっているが、顔に血が集まる。

「姫様、よろしければこちらをどうぞ。」

タイミングよくラジウスが淡いピンク色の液体が入ったグラスを手渡した。

「ありがとうございます・・・ええと・・」

「イヴァン第2皇子の側近でラジウス・ディ・クレマと申します。どうぞラジウスとお呼びください。」

恭しく礼をし、純真そうに見える表情を彼女に向けた。無論彼女は隠された思惑には気づかない。

「姫様は、殿下の婚約者だったんですよね? もし嫌でなければ、一度キリル公国へお越しいただけませんか?」
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