85 / 133
本編
84 花を、待つ【side アレクセイ】
しおりを挟む
昼前に届いたルーからの手紙には、シアと無事に合流できたこと、3日後に帰国すること、拉致の首謀者はイヴァンではない可能性が高いこと、などが簡潔にまとめられていた。
少し癖のある独特の筆跡は少しも乱れておらず、順調に事が進んでいることが窺える。急ごしらえの使者として送り出したので、ひと悶着あってもおかしくなかったが杞憂だったようだ。
今回の件を外交問題として交渉の材料にすることも考えたが、彼女の身の安全を最優先した。
国王への抗議文書程度で済んで、結果的にはよかった。
ようやくこれで安心という安堵の気持ちと、張りつめていた糸が切れたような脱力感が襲う。イヴァンの元であれば彼女の身に危険はないと楽観視してはいたものの、監禁され既成事実でも作られては困るという不安もわずかにあった。ルーがそばにいれば安心だ。
ふたりに返事を書くため、執務机の引き出しから紙を取り出す。伝令蝶に託すときに使用する特別製の紙で、とても薄く軽い。次いで専用のインクを使うためのペンを手に取る。
「セイは彼女に伝えたいことは?よかったら一緒に手紙を届けるけど。」
ふと顔を上げ、傍らに控えるセイに声をかける。決して自分から手紙を届けてほしいとは言い出さないであろう側近は、数秒の沈黙の後、覇気のない声で返事をした。
「いいえ、結構です。」
「控えめだなー。せっかくだから何か書けばいいのに。」
相変わらず欲がないと思いながら、なおも勧める。すると、返ってきたのは想像していなかった言葉だった。
「・・・陛下、遠慮ではないのです。単純に私は、彼女に何を書けばよいのか、どんな言葉を伝えればよいのか。本当に全くわからないのです。」
「・・・は?」
しまった、間抜けな声が出てしまった。
だってしょうがないだろう。今まで数多の女性と浮名を流した男が、長らく私の側近兼宰相補佐として仕え、大抵のことはそつなく器用にこなす男が。初めて恋を知った少年みたいに手紙の一つも書けないなんて言うもんだからさ。
笑えない冗談かとも思ったけれども、表情を見る限りはそんなこともなく。
(きっと余計なことを考えすぎているんだろうなあ)
セイは細かいところまでよく気がつく男だ。細かな兆候も見逃さず、物事を先回りして考える能力は政事においては非常に役立つ能力だが、色恋では勝手が違う。きっと彼女の気持ちを先回りして考えすぎて迷走している可能性が高そうだ。
とはいえ人の恋愛相談に乗れるほど私は経験豊富ではない。
「えーと、なんでもいいんじゃないの? 愛しい人、とか、早く会いたいとか、そういうので。」
適当に言葉を重ねているうちに、言っている自分自身が恥ずかしくなってきたので、途中で口をつぐむ。そもそも、歯の浮くようなセリフはセイのほうが得意なはず。なんで私がこんなこと言わなくてはいけないんだと我に返る。
セイは、すでに執務室に私と自分しかいないにもかかわらず、左右に視線を走らせ誰もいないことを再度確認する。それから、セイはぽつりと尋ねた。
「陛下は、、、正妃に、と望んでいらっしゃいますか?」
誰を、とは言わなかった。私は用意されている答えを自動で返す。
「やだなあ、前もいったじゃない。女性除けにしばらく寵姫のふりをしてもらってるだけだってば。」
「でも、以前お話してくださった”理想”に近い位置にいますよね。」
以前戯れに話した理想をまだ覚えていることにひやりとする。動揺を顔にださないよう細心の注意を払い、平静をよそおう。
「んーーーー、ま、ね。正直私もセイと同じでよくわからないよ。そもそも人を愛するって気持ち自体がよくわからないしね。」
ひらひらと手を左右に振って、軽い感じで返事をした。嘘は言っていない。私は、人を愛するということが本当にわからないから。
シアを手元に置きたいとおもうのは、単純にそばにいて心地がいいからにほかならない。まあ異世界からの知識とか、魅力的な肢体とか、他にも色々あるけれど。
あと、外見と中身が危なっかしくて放っておけないというもあるかな。
これ以上話を続けたくないので、手紙の続きを書くふりをして、机に視線を落とす。セイは、それでも話をやめようとはしなかった。
「それでは、私が彼女を妻にと望むことは許されますか?」
あまりにも直球で、思わず言葉を失う。視線を上げると、真剣な表情でセイがこちらを見ていた。
「もちろん、はじめに約束したとおり数年後には彼女は自由だ。シアは3日後に帰ってくる。そうしたら好きなだけ一緒に過ごして自分の気持ちを伝えるといい。幸い後宮は男子禁制というわけではないからね。」
そう。もともと我が国の後宮は男子禁制だったのだが、先王の代に法が変えられ男性の入宮は許可制になった。理由は先王が宦官を嫌ったのと、自分が無理やり娶った妃を他の男たちに嬲らせるためだったが、今は逆にそれがありがたい。
会うのは自由。望むのも。彼の意を汲んでいるようで、肝心な部分は明言しない。
我ながら詭弁めいてると思うし、もちろん相手も気づいているに違いない。それでも私の意図を汲んだのか、それ以上は何も言ってこなかった。
しばらくセイは下を向いたまま無言で・・・何も返事をしなかった。しかしわずか逡巡ののち、意を決したように、口を開いた。
「陛下・・・。お願いがございます。どうか私を──。」
セイが告げたのは、想定していなかった願いだった。おそらく、彼が私に言ったはじめてのわがままかもしれない。
ずっと以前、セイに「もっとわがままになってもいい」と言ったことをふいに思い出す。
とりあえずルーへの返事と共に、シア当ての短い手紙を書いて伝令蝶に託した。ほどなくふたりに届くだろう。
ふう、と息を吐く。
満月が近いせいか、頭痛がする。頭の芯がずきずきと痛む。気を紛らわせるように目を閉じた。
(はやく帰ってこないかなあ)
こんなときは心が弱くなる。だから、彼女と話をしたいと思うのも、柔らかなからだに触れたいと思うのも、きっと気の迷いだ。
少し癖のある独特の筆跡は少しも乱れておらず、順調に事が進んでいることが窺える。急ごしらえの使者として送り出したので、ひと悶着あってもおかしくなかったが杞憂だったようだ。
今回の件を外交問題として交渉の材料にすることも考えたが、彼女の身の安全を最優先した。
国王への抗議文書程度で済んで、結果的にはよかった。
ようやくこれで安心という安堵の気持ちと、張りつめていた糸が切れたような脱力感が襲う。イヴァンの元であれば彼女の身に危険はないと楽観視してはいたものの、監禁され既成事実でも作られては困るという不安もわずかにあった。ルーがそばにいれば安心だ。
ふたりに返事を書くため、執務机の引き出しから紙を取り出す。伝令蝶に託すときに使用する特別製の紙で、とても薄く軽い。次いで専用のインクを使うためのペンを手に取る。
「セイは彼女に伝えたいことは?よかったら一緒に手紙を届けるけど。」
ふと顔を上げ、傍らに控えるセイに声をかける。決して自分から手紙を届けてほしいとは言い出さないであろう側近は、数秒の沈黙の後、覇気のない声で返事をした。
「いいえ、結構です。」
「控えめだなー。せっかくだから何か書けばいいのに。」
相変わらず欲がないと思いながら、なおも勧める。すると、返ってきたのは想像していなかった言葉だった。
「・・・陛下、遠慮ではないのです。単純に私は、彼女に何を書けばよいのか、どんな言葉を伝えればよいのか。本当に全くわからないのです。」
「・・・は?」
しまった、間抜けな声が出てしまった。
だってしょうがないだろう。今まで数多の女性と浮名を流した男が、長らく私の側近兼宰相補佐として仕え、大抵のことはそつなく器用にこなす男が。初めて恋を知った少年みたいに手紙の一つも書けないなんて言うもんだからさ。
笑えない冗談かとも思ったけれども、表情を見る限りはそんなこともなく。
(きっと余計なことを考えすぎているんだろうなあ)
セイは細かいところまでよく気がつく男だ。細かな兆候も見逃さず、物事を先回りして考える能力は政事においては非常に役立つ能力だが、色恋では勝手が違う。きっと彼女の気持ちを先回りして考えすぎて迷走している可能性が高そうだ。
とはいえ人の恋愛相談に乗れるほど私は経験豊富ではない。
「えーと、なんでもいいんじゃないの? 愛しい人、とか、早く会いたいとか、そういうので。」
適当に言葉を重ねているうちに、言っている自分自身が恥ずかしくなってきたので、途中で口をつぐむ。そもそも、歯の浮くようなセリフはセイのほうが得意なはず。なんで私がこんなこと言わなくてはいけないんだと我に返る。
セイは、すでに執務室に私と自分しかいないにもかかわらず、左右に視線を走らせ誰もいないことを再度確認する。それから、セイはぽつりと尋ねた。
「陛下は、、、正妃に、と望んでいらっしゃいますか?」
誰を、とは言わなかった。私は用意されている答えを自動で返す。
「やだなあ、前もいったじゃない。女性除けにしばらく寵姫のふりをしてもらってるだけだってば。」
「でも、以前お話してくださった”理想”に近い位置にいますよね。」
以前戯れに話した理想をまだ覚えていることにひやりとする。動揺を顔にださないよう細心の注意を払い、平静をよそおう。
「んーーーー、ま、ね。正直私もセイと同じでよくわからないよ。そもそも人を愛するって気持ち自体がよくわからないしね。」
ひらひらと手を左右に振って、軽い感じで返事をした。嘘は言っていない。私は、人を愛するということが本当にわからないから。
シアを手元に置きたいとおもうのは、単純にそばにいて心地がいいからにほかならない。まあ異世界からの知識とか、魅力的な肢体とか、他にも色々あるけれど。
あと、外見と中身が危なっかしくて放っておけないというもあるかな。
これ以上話を続けたくないので、手紙の続きを書くふりをして、机に視線を落とす。セイは、それでも話をやめようとはしなかった。
「それでは、私が彼女を妻にと望むことは許されますか?」
あまりにも直球で、思わず言葉を失う。視線を上げると、真剣な表情でセイがこちらを見ていた。
「もちろん、はじめに約束したとおり数年後には彼女は自由だ。シアは3日後に帰ってくる。そうしたら好きなだけ一緒に過ごして自分の気持ちを伝えるといい。幸い後宮は男子禁制というわけではないからね。」
そう。もともと我が国の後宮は男子禁制だったのだが、先王の代に法が変えられ男性の入宮は許可制になった。理由は先王が宦官を嫌ったのと、自分が無理やり娶った妃を他の男たちに嬲らせるためだったが、今は逆にそれがありがたい。
会うのは自由。望むのも。彼の意を汲んでいるようで、肝心な部分は明言しない。
我ながら詭弁めいてると思うし、もちろん相手も気づいているに違いない。それでも私の意図を汲んだのか、それ以上は何も言ってこなかった。
しばらくセイは下を向いたまま無言で・・・何も返事をしなかった。しかしわずか逡巡ののち、意を決したように、口を開いた。
「陛下・・・。お願いがございます。どうか私を──。」
セイが告げたのは、想定していなかった願いだった。おそらく、彼が私に言ったはじめてのわがままかもしれない。
ずっと以前、セイに「もっとわがままになってもいい」と言ったことをふいに思い出す。
とりあえずルーへの返事と共に、シア当ての短い手紙を書いて伝令蝶に託した。ほどなくふたりに届くだろう。
ふう、と息を吐く。
満月が近いせいか、頭痛がする。頭の芯がずきずきと痛む。気を紛らわせるように目を閉じた。
(はやく帰ってこないかなあ)
こんなときは心が弱くなる。だから、彼女と話をしたいと思うのも、柔らかなからだに触れたいと思うのも、きっと気の迷いだ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
【R18】仲のいいバイト仲間だと思ってたら、いきなり襲われちゃいました!
奏音 美都
恋愛
ファミレスのバイト仲間の豪。
ノリがよくて、いい友達だと思ってたんだけど……いきなり、襲われちゃった。
ダメだって思うのに、なんで拒否れないのー!!
転生先は男女比50:1の世界!?
4036(シクミロ)
恋愛
男女比50:1の世界に転生した少女。
「まさか、男女比がおかしな世界とは・・・」
デブで自己中心的な女性が多い世界で、ひとり異質な少女は・・
どうなる!?学園生活!!
わたしのヤンデレ吸引力が強すぎる件
こいなだ陽日
恋愛
病んだ男を引き寄せる凶相を持って生まれてしまったメーシャ。ある日、暴漢に襲われた彼女はアルと名乗る祭司の青年に助けられる。この事件と彼の言葉をきっかけにメーシャは祭司を目指した。そうして二年後、試験に合格した彼女は実家を離れ研修生活をはじめる。しかし、そこでも彼女はやはり病んだ麗しい青年たちに淫らに愛され、二人の恋人を持つことに……。しかも、そんな中でかつての恩人アルとも予想だにせぬ再会を果たして――!?
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる