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本編
85 花を、迎えに【side セイ】
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──思えば、私はずっと怯えていたんだ。
レールを踏み外すことが怖い。失敗が怖い。拒絶されることが怖い。そう思っていつも本当の望みを口にすることはできなかった。用意された安全な道を選んでいけば大丈夫だと自分に言い聞かせて。
名門ゼレノイ家の息子、成績優秀、品行方正、社交的。そんな作られたイメージから逃げられなくなった。
いつのまにか、『自分』というものがどこかになくなってしまって。何がほしいのか、何が幸せなのか、わからなくなっていた。
でも、失敗を恐れて行動しなかった結果、ナーシャを永遠に失ってしまった。
・・・だから、もう、間違えたくない。
「それでは、私が彼女を妻にと望むことは許されますか?」
ずっと望んでいながら、先回りしてあきらめてしまっていた望みを恐る恐る口にする。陛下は気に障った様子もなく、「もちろん」と、何事もないように答えた。
許されたのは当面のことだけだとは気づいていたけれど、それでも私には充分だった。
かつて彼女に「自分を望んでほしい」と乞うたことがあった。でもそれは間違いだった。彼女に望んでもらうのではなく、自分が望むべきだったのだ。
迷って、考えて、、、それから意を決して、口を開いた。
「陛下、お願いがございます。どうか私をキリル公国へ派遣していただけませんか。」
いつもであれば決して口にしない。主の意思を無視して自分の希望を優先するなんて。知らず握りしめた手のひらが汗ばむ。
一方、それを聞いた陛下は面白そうな顔をして、私に尋ねた。
「既にルーがシアと合流済みなのに、セイ、いまさら君が行ってどうするの?」
「無意味だとは重々わかっています。ただ、私がシアを迎えに行きたいだけなのです。」
かろうじて目は合わせたが、自信は持てなかった。ぼそぼそと小声で答えると、陛下はにやりと口の端を上げた。
「ようやく自分の望みを言えるようになったみたいだね。まさに女性の力は偉大だ。」
からかいを含んだ口調ではあるが、あくまでもその目はやさしい。ああ、陛下にもずいぶん心配をかけていたのだと改めて実感する。このわがままで自分勝手で、心優しい主はいつも私のことを気遣ってくれていた。
「私もたまには休暇が必要だし、イヴァンに会いにいこうと思っていたんだよね。明日は謁見予定があって無理だから、あさってでもいいかな?調整をしてもらえると助かる。」
「勿論でございます。移動用の転移陣はいかがされますか?」
「ああ、面倒だからいらないや。私とセイだけなら転移魔法で移動したほうが早い。今の時期は魔力量も最大だからちょうどいい。」
キリル公国の都までは馬車で2日、転移陣は早いが事前申請が必要で私用に使うわけにもいかない。しかし陛下の転移魔法であれば一瞬だ。ありがたい申し出に頭を下げる。
話が決まれば後は早い。繁忙期ではないため1日不在にしても業務に支障は出ないだろう。さっそく陛下の予定を調整しつつ自分の仕事が滞らないように準備をはじめた。
ついでに進んでいた婚約の話は白紙に戻してもらうよう父に頼んだ。実の父とはいえ、婚約破棄という重い話を王宮での立ち話で頼むことに罪悪感があったが、父はまったく気にしていないようだった。
「やあーーーっと、心が決まったんだねえ。私はいつでも可愛い息子の味方だからね。」
にこにこしながら、私の勝手な希望を受け入れてくれた。直接そうと話したことはなかったが、父は、私に想う人がいることに気づいていたのかもしれない。
一歩踏み出せば、違う世界だった。早くこうしていれば、ナーシャを失わずに済んだのにという後悔が心を苛むが、いまさら言っても仕方のないことだ。
(早く、会いたい・・・)
彼女と夜を共にしたのはずいぶん前のことのはずなのに、今でも昨日のことのように鮮やかに思い出す。まるでナーシャがそこにいるかのように感じた、あの美しい夜。
真夜中に、目が覚めた。先のことを考えると眠れなくなる。
頭のなかで彼女の痴態を思い出し、昂る自分自身にそっと触れる。ソレは意思を持った生き物のようにびくびくと震えた。
ほっそりとした指先に舌を這わせたときに、堪えきれず彼女から漏れたあの声の甘さ。潤った彼女の中に穿ったときに感じた、快楽以上の精神的な満足感。何もかもが素晴らしかった。あんなに甘く淫らに乱れる姿を、もう一度見たいと強く願う。
「っ・・・・ぁあっ・・」
気が付くと、自身の陰茎を扱き自慰していた。こんな時に肉欲が頭をもたげるなんてと自分の浅ましさが嫌になるが、彼女が恋しくて我慢できなかった。
「うっ、アっ・・・シアッ・・」
真っ白な肌が羞恥で桜色に染まる姿を思い出し、白濁を吐き出す。手元にあったハンカチで拭ってから、ベッドに寝転がった。
シアのことを想い、そっと溜息をつく。
打算なく、薬を盛られた私を助けてくれた。
孤独で乾いた心を癒してくれた。
・・・断られるのが怖くて、愛していると伝えられなかった。
どうか、どうか、ナーシャの魂を持つ彼女が幸せでいられますように。
願わくば、その隣に私がいられますように。
(彼女が幸せだったらそれでいい、なんて思えるわけない)
どうにも自分勝手な願いだが、思わずにはいられない。
──どうか誰も選ばないで。
レールを踏み外すことが怖い。失敗が怖い。拒絶されることが怖い。そう思っていつも本当の望みを口にすることはできなかった。用意された安全な道を選んでいけば大丈夫だと自分に言い聞かせて。
名門ゼレノイ家の息子、成績優秀、品行方正、社交的。そんな作られたイメージから逃げられなくなった。
いつのまにか、『自分』というものがどこかになくなってしまって。何がほしいのか、何が幸せなのか、わからなくなっていた。
でも、失敗を恐れて行動しなかった結果、ナーシャを永遠に失ってしまった。
・・・だから、もう、間違えたくない。
「それでは、私が彼女を妻にと望むことは許されますか?」
ずっと望んでいながら、先回りしてあきらめてしまっていた望みを恐る恐る口にする。陛下は気に障った様子もなく、「もちろん」と、何事もないように答えた。
許されたのは当面のことだけだとは気づいていたけれど、それでも私には充分だった。
かつて彼女に「自分を望んでほしい」と乞うたことがあった。でもそれは間違いだった。彼女に望んでもらうのではなく、自分が望むべきだったのだ。
迷って、考えて、、、それから意を決して、口を開いた。
「陛下、お願いがございます。どうか私をキリル公国へ派遣していただけませんか。」
いつもであれば決して口にしない。主の意思を無視して自分の希望を優先するなんて。知らず握りしめた手のひらが汗ばむ。
一方、それを聞いた陛下は面白そうな顔をして、私に尋ねた。
「既にルーがシアと合流済みなのに、セイ、いまさら君が行ってどうするの?」
「無意味だとは重々わかっています。ただ、私がシアを迎えに行きたいだけなのです。」
かろうじて目は合わせたが、自信は持てなかった。ぼそぼそと小声で答えると、陛下はにやりと口の端を上げた。
「ようやく自分の望みを言えるようになったみたいだね。まさに女性の力は偉大だ。」
からかいを含んだ口調ではあるが、あくまでもその目はやさしい。ああ、陛下にもずいぶん心配をかけていたのだと改めて実感する。このわがままで自分勝手で、心優しい主はいつも私のことを気遣ってくれていた。
「私もたまには休暇が必要だし、イヴァンに会いにいこうと思っていたんだよね。明日は謁見予定があって無理だから、あさってでもいいかな?調整をしてもらえると助かる。」
「勿論でございます。移動用の転移陣はいかがされますか?」
「ああ、面倒だからいらないや。私とセイだけなら転移魔法で移動したほうが早い。今の時期は魔力量も最大だからちょうどいい。」
キリル公国の都までは馬車で2日、転移陣は早いが事前申請が必要で私用に使うわけにもいかない。しかし陛下の転移魔法であれば一瞬だ。ありがたい申し出に頭を下げる。
話が決まれば後は早い。繁忙期ではないため1日不在にしても業務に支障は出ないだろう。さっそく陛下の予定を調整しつつ自分の仕事が滞らないように準備をはじめた。
ついでに進んでいた婚約の話は白紙に戻してもらうよう父に頼んだ。実の父とはいえ、婚約破棄という重い話を王宮での立ち話で頼むことに罪悪感があったが、父はまったく気にしていないようだった。
「やあーーーっと、心が決まったんだねえ。私はいつでも可愛い息子の味方だからね。」
にこにこしながら、私の勝手な希望を受け入れてくれた。直接そうと話したことはなかったが、父は、私に想う人がいることに気づいていたのかもしれない。
一歩踏み出せば、違う世界だった。早くこうしていれば、ナーシャを失わずに済んだのにという後悔が心を苛むが、いまさら言っても仕方のないことだ。
(早く、会いたい・・・)
彼女と夜を共にしたのはずいぶん前のことのはずなのに、今でも昨日のことのように鮮やかに思い出す。まるでナーシャがそこにいるかのように感じた、あの美しい夜。
真夜中に、目が覚めた。先のことを考えると眠れなくなる。
頭のなかで彼女の痴態を思い出し、昂る自分自身にそっと触れる。ソレは意思を持った生き物のようにびくびくと震えた。
ほっそりとした指先に舌を這わせたときに、堪えきれず彼女から漏れたあの声の甘さ。潤った彼女の中に穿ったときに感じた、快楽以上の精神的な満足感。何もかもが素晴らしかった。あんなに甘く淫らに乱れる姿を、もう一度見たいと強く願う。
「っ・・・・ぁあっ・・」
気が付くと、自身の陰茎を扱き自慰していた。こんな時に肉欲が頭をもたげるなんてと自分の浅ましさが嫌になるが、彼女が恋しくて我慢できなかった。
「うっ、アっ・・・シアッ・・」
真っ白な肌が羞恥で桜色に染まる姿を思い出し、白濁を吐き出す。手元にあったハンカチで拭ってから、ベッドに寝転がった。
シアのことを想い、そっと溜息をつく。
打算なく、薬を盛られた私を助けてくれた。
孤独で乾いた心を癒してくれた。
・・・断られるのが怖くて、愛していると伝えられなかった。
どうか、どうか、ナーシャの魂を持つ彼女が幸せでいられますように。
願わくば、その隣に私がいられますように。
(彼女が幸せだったらそれでいい、なんて思えるわけない)
どうにも自分勝手な願いだが、思わずにはいられない。
──どうか誰も選ばないで。
応援ありがとうございます!
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