不埒な魔術師がわたしに執着する件について~後ろ向きなわたしが異世界でみんなから溺愛されるお話

めるの

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本編

86 約束の言葉

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「・・・うう、眠い。」

案の定、睡眠不足。ちょっと頭がぼーっとする。まさか明け方近くまでからだを貪られるとは思わなかった。焦がれていた熱を与えられた満足感と甘い余韻、それにじんじんと太ももと股関節の痛みが残る。

今日は初めての街歩きなのに、あちこち痛くて楽しめなかったら残念過ぎる。少しも加減してくれないルーに、恨み言のひとつも言いたくなった。

(まあ、好きな人と一緒なのは幸せなことだけど)

会いたいのに会えないのと比べれば、多少、いや何度絶頂してもやめてもらえずイかされ続けるのくらい、どうってことない・・・と思いたい。足をさすりながら、ちょっと遠い目になる。

からだを90度傾けて、ちらりと誰もいない隣に目をやると、すでにぬくもりはなかった。ルーは熟睡しない質なのか、眠っているのを見たことがない。自分ばかりごろごろと怠惰に過ごしているようで、しかたなく起き上がった。

当然何も身に着けていなかったので、手近にあった夜着を羽織る。

続きの部屋に行くと、ルーは目を閉じて肘掛椅子に腕を組んで座り、何か考えているようにも、瞑想しているようにも見えた。

薄い夜着のまま、ふらふらと近づく。気配に気づいたルーは、『おいで』というように笑顔で両腕を広げる。誘われるままぽすりと身を委ねると、ふわりと抱きしめられた。

椅子に座ったままのルーと、立ったままのわたしだと、胸元あたりにルーの頭がある。密着すると胸に顔が当たるので、恥ずかしくて少し身を引く。

細い指で頭を撫でられると、猫になったみたいだと思う。指先が気持ちいい。甘やかされている感じでたまらない。ごろごろ喉を鳴らすかのように甘えていると、「うう・・・かわいい。もっかいシたい」という不穏な声が聞こえた。

「はい、これ」

右腕で抱きしめられたまま、左手で片手間のように手渡されたのは、質のよい、でもとても薄い紙だった。もともと小さく畳まれていたのか、細かく折り目がついている。何かわからず怪訝な気持ちで眺めていると、短い答えが降ってきた。

「手紙だって。アレクから。突然連れ去られて、すっごい心配してた。」

「へ? 連れ去られたって・・・わたし?」

驚いて、機械みたいにルーのことばを繰り返す。まじまじと見つめられた後、溜息が落ちた。ルーの空いた左手がわたしの背中に回る。ぎゅっと力を籠められる。

「あー、この様子だと気づいてなかったんだね。だいたいお披露目中の妃を突然隣国に連れていく理由なんてないでしょうが。シアはイヴァンに勝手に連れてこられたんだよ。だから、僕が迎えに来た。」

胸元にぐりぐりと頭を擦りつけながら、ルーがしゃべるのでくすぐったい。

なんか、泣きそう。からだから力が抜ける。ひとりで放り出された理由を考えてたけど、まさかそんな理由だったなんて。

「ぜんぜん気づいてなかった。てっきり厄介払いで国から出されたのかも・・・と思って、た。」

「もーーーっ、そんなわけないでしょうっ。いい加減自分に向けられる好意をちゃんと受け止めなって。」

なんだ、なんだ、なんだ。見捨てられたわけじゃなかったんだ。今まで不安だった気持ちが急に軽くなる。

気が抜けたみたいになっているわたしに気づいたのか、ルーが付け加えた。


「アレクは決して君を手放さないよ。」


このままイヴァンに懐柔されたら大変なことになっていた、とひとりごちるルーを横目に慎重に手紙を開く。すると中には、流麗な文字でひとことだけ書いてあった。

『うまくあしらって早く帰っておいで。共犯者殿の手腕を期待しているよ。』

(あのときのこと、憶えててくれたんだ)

アレクと過ごした初めての夜、『大事な共犯者』と呼ばれたことを思い出す。そうだった。庇護される立場ではなく、対等になりたいと思ったから、彼の手を取ったんだ。

心がじんわりと温かくなる。帰ったときにアレクやセイに報告できるように、今日の街歩きでは、いろいろな物事を見てこようと決心した。

「アレクとセイにおみやげ買えるかな?」

「期待していいと思うよ。なにぜ大陸の交易の中心地だし。」

キリル公国の都は交易がさかんで、普段あまり目にしないような珍しい品物も手に入れられるらしい。ルーも初めて行くとのこと。珍しい薬草があれば手に入れたいそうだ。

「この国は力のある魔術師が多くて、他国で貴族や王室お抱えとして働くことも多い。だから大陸中の国の文化や商品がこの国に集まるんだ。」

「へえええ、じゃあ珍しい食べ物とかもあるのかな?」

「きっとね。イヴァンが一緒なら毒殺の心配もないと思うし、いろいろ食べられるんじゃないかな。」

うん、なんだか楽しみになってきた。しばらくふたりで話をしていたら、控えめなノックの音がして、メイドさんが入ってきた。

「おはようございます。本日お仕度を手伝わせていただきますセイラと申します。よろしくお願いいたします。」

深々とお辞儀をしてから目が合う。薄茶色の髪をゆるく後ろでまとめた、私と同じくらいの歳の少女だ。てきぱきと窓を開けて換気をし、手早くお茶を入れてくれる。

用意してくれたサンドイッチをつまみつつ待っている間、あっというまにセイラはお風呂の準備を終えて戻ってきた。

「お手伝いいたしましょうか?」という申し出に遠慮しつつ、ひとりでお風呂に入る。出てくるタイミングで冷たいジュースが用意されていたので、ありがたく頂戴する。そのまま髪を編み込んでまとめてもらい、街歩きでも浮かないくらいの仕立てのワンピースを着せてもらった。

されるがままのわたしに対して、ルーはいつのまにか自分の支度を終えていた。貴族は男性でも身支度をメイドに手伝ってもらう人が少なくないと聞いていたけど、ルーは他人に触れられるのが好きじゃないといって、いつも自分で全部の支度をする。

わたしも自分の支度はもちろんひとりでできるんだけど、せっかくお世話してくれると言われると、断りにくくてなんとなくお願いしてしまっている。

最後に、光の加減で金色にも見える特徴的な目を隠すために、帽子も用意してもらった。

「どうかな? お忍びっぽい?」

目の前でくるりと回ると、ルーは何か言いたげな、微妙そうな表情をした。

「可愛いのは文句ないんだけど、こんなカッコでイヴァンの隣を歩かせたくない。外に出たら、ぜったい僕から手を離さないでいてよね。」

ぶつぶつと呟きながら、見分するように私の姿をチェックする。それから、囁くような声で『…――――…』と言葉を紡ぐ。かちり、と空気が揺れた。

「髪と瞳の色は魔術でごまかすから心配ないからね。」

「えー、そんなことできるの? すごい。」

そんなこともできるのかと尊敬の目を向ける。ルーは「たいしたことじゃないけどね」と言いつつも、うれしそうな顔をした。

「厳密には色を変えているわけじゃないんだけど、光の加減で違う色に見えるように手を加えるだけ。僕も同じだから。」

確かに、銀の髪と深紅の瞳を持つルーは、街中にでたら非常に目立つに違いない。

魔術を施したルーの髪は銀ではなく黒に近いグレーに、目は赤みがある濃いブラウンに見える。珍しい色彩には違いないが、目立ちはしない。

わたしは、自分ではわからないが瞳が琥珀色ではなくチョコレートブラウンに見えるらしい。支度を終えたわたしたちは、イヴァンたちと合流するため部屋を出た。
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