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本編
98 キスと毒薬3
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76 キスと毒薬2【side イヴァン】
【本文】
なにかがおかしいと気づいたのは、不覚にも馬車が走り出してからだった。
不自然な発汗に脈拍数の上昇。喉の奥が焼けるように熱い。
なにも考えずに目の前の肉体を蹂躙したいと本能が訴える。理性の糸が切れそうな焦燥。この症状は身に覚えがある。
デザートの後に勧められた食後酒に口をつけた時、強いアルコールに紛れて独特の苦甘さをわずかに感じた気がした。しかしまさかこんな場所で何か盛られるとは考えもせず、たいして気にもしなかった。
今思えば、あれは媚薬によく使われるネロリラの味だった。
(またラジウスに「危機管理ができていない」とどやされるんだろうな)
主人に対してみじんも容赦がない侍従の呆れ顔が脳裏に浮かんだ。
騎士団に入ってそう経っていない頃、任務の都合で近隣都市にある宿屋に泊まったことがあった。いやに親切な主人だと思ったら媚薬入りの食事を食べさせられた挙句、夜中に部屋まで令嬢が忍んできて大騒ぎになった。異変に気付いたラジウスが駆けつけ言霊で白状させてくれたから事なきをえたものの、危うく令嬢を傷物にしたといって婚約させられるところだった。
「その油断が命取りになるんですってば! 僕は主の尻ぬぐいなんてまっぴらですよ!」
俺は皇太子である兄のように毒に耐性をつける訓練はしていない。だからこそ口にするものは最新の注意を払うべきで、それを怠ってさんざん怒られたんだった。確かあのとき「媚薬は興奮剤に近いから精神力でなんとか抑え込んでください」と無理を言われたんだったよな。
なかなかにつらいが、屋敷にさえ帰ればなんとかなるだろう。心を鎮めるように深く長く息を吐いた。
それにしても、なぜこのタイミングで薬を盛られたのか。
言いたくないが、まっさきに疑ったのは自身の従者であるラジウスだった。あいつは俺とアナスタシア嬢が婚姻すればいいと思っている。神殿の人間を言霊で操って薬を混入することも可能だ。
でも、俺が嫌がることはしないだろうという気持ちもある。腹黒で策略家ではあるが、基本的にラジウスは俺に甘い。俺自身が望まないことをわざわざするだろうかと思う。
俺に媚薬を盛って得をするのは誰だろう。このタイミングで、ということはアナスタシア嬢と一線を越えてしまえばいいと望んだ人間がいたということになる。ルーは論外だし、彼女の素性を知っている人間はほとんどいない。あとは事情を知っているアリサ様くらいだが、動機が見えない。
とりあえず小難しいことでも考えて気を紛らわせようと思ったが、うまくいかなかった。からだが熱い。心臓がうるさい。このまま彼女を犯して強引に妃にしたいと、よこしまな考えが頭に浮かび、慌てて邪心を振り払う。
(しかたがないだろう。惚れた相手が目の前にいるのに)
手の甲に爪を立て、痛みで理性を保つ。ぼんやりすると本能の赴くままに彼女を襲ってしまいそうで不安だった。
なのに。
「ちょっと、手! 血が出てる!」
意識が遠のきそうになるなか、慌てたような声がして我に返る。白い手が俺の手に伸びてきて、とっさに振り払った。傷ついたような彼女の表情が目に入る。
いま触れられたら、彼女にひどくしてしまいたくなる。かろうじて「頼むから近寄らないでくれ。」と頼んだ。これでも騎士のはしくれとして、いかなる理由があっても彼女に無体は強いたくない。
しかし彼女は予想の上を行っていた。
「あの・・あのね、苦しいのであれば、手で、しようか?」
一瞬遅れて「手でする」の意味を理解して真っ赤になった。冗談でも、そんな提案はしないでほしい。名ばかりの婚約者に対して自慰を手伝うと言ったのだ、彼女は。無防備にもほどがあるだろう。
そのリアルな光景が頭に浮かび、股間が痛いくらい勃起した。
ただでさえ女性が苦手で免疫がないのに、本当にやめてほしい。セイのように上手に女性と付き合うなんてできないし、こういう事態にがまんする以外の解決策なんて思い浮かばないのに。
結局、ぎりぎりの選択でからだを触らせてもらうことにした。肌に触れ、口づける。きゃしゃな首筋に舌を這わすと彼女は色めいた声で啼き、身をすり寄せる。
ああ、なんと甘く、幸福なことか。
欲望の赴くまま腰を振りたいと思ったが、姫の名誉のためにもそれは決してできない。また彼女の唇も奪うまいと心に誓った。
なのに。彼女のほうからキスしてくるなんて。
冷静に考えれば、仮にも一国の王の側妃が他の男にそんな振舞いをするなんて軽率この上ないし、糾弾されても文句は言えない。性に鷹揚なアレクだって知ったらいい顔はしないだろう。だけどアナスタシア嬢は・・・姫は、打算とか理屈とか考えずに行動する。その軽率さすら愛おしい。
我慢していたものが、一気に溢れた気がした。
貪るように咥内を探る。粘膜を擦ると彼女の膣を想像してしまう。喘ぎ声だけで発射しそうになる。
姫とのキスは、甘美な致死性の毒みたいだ。劇薬だとわかっているのに、誘惑に負けて致死量まで味わいたいと思う。
たとえ幻覚でもいいから彼女に愛されていると思いたい。
夢中になって彼女のにおいを、肌の滑らかさを貪った。
【本文】
なにかがおかしいと気づいたのは、不覚にも馬車が走り出してからだった。
不自然な発汗に脈拍数の上昇。喉の奥が焼けるように熱い。
なにも考えずに目の前の肉体を蹂躙したいと本能が訴える。理性の糸が切れそうな焦燥。この症状は身に覚えがある。
デザートの後に勧められた食後酒に口をつけた時、強いアルコールに紛れて独特の苦甘さをわずかに感じた気がした。しかしまさかこんな場所で何か盛られるとは考えもせず、たいして気にもしなかった。
今思えば、あれは媚薬によく使われるネロリラの味だった。
(またラジウスに「危機管理ができていない」とどやされるんだろうな)
主人に対してみじんも容赦がない侍従の呆れ顔が脳裏に浮かんだ。
騎士団に入ってそう経っていない頃、任務の都合で近隣都市にある宿屋に泊まったことがあった。いやに親切な主人だと思ったら媚薬入りの食事を食べさせられた挙句、夜中に部屋まで令嬢が忍んできて大騒ぎになった。異変に気付いたラジウスが駆けつけ言霊で白状させてくれたから事なきをえたものの、危うく令嬢を傷物にしたといって婚約させられるところだった。
「その油断が命取りになるんですってば! 僕は主の尻ぬぐいなんてまっぴらですよ!」
俺は皇太子である兄のように毒に耐性をつける訓練はしていない。だからこそ口にするものは最新の注意を払うべきで、それを怠ってさんざん怒られたんだった。確かあのとき「媚薬は興奮剤に近いから精神力でなんとか抑え込んでください」と無理を言われたんだったよな。
なかなかにつらいが、屋敷にさえ帰ればなんとかなるだろう。心を鎮めるように深く長く息を吐いた。
それにしても、なぜこのタイミングで薬を盛られたのか。
言いたくないが、まっさきに疑ったのは自身の従者であるラジウスだった。あいつは俺とアナスタシア嬢が婚姻すればいいと思っている。神殿の人間を言霊で操って薬を混入することも可能だ。
でも、俺が嫌がることはしないだろうという気持ちもある。腹黒で策略家ではあるが、基本的にラジウスは俺に甘い。俺自身が望まないことをわざわざするだろうかと思う。
俺に媚薬を盛って得をするのは誰だろう。このタイミングで、ということはアナスタシア嬢と一線を越えてしまえばいいと望んだ人間がいたということになる。ルーは論外だし、彼女の素性を知っている人間はほとんどいない。あとは事情を知っているアリサ様くらいだが、動機が見えない。
とりあえず小難しいことでも考えて気を紛らわせようと思ったが、うまくいかなかった。からだが熱い。心臓がうるさい。このまま彼女を犯して強引に妃にしたいと、よこしまな考えが頭に浮かび、慌てて邪心を振り払う。
(しかたがないだろう。惚れた相手が目の前にいるのに)
手の甲に爪を立て、痛みで理性を保つ。ぼんやりすると本能の赴くままに彼女を襲ってしまいそうで不安だった。
なのに。
「ちょっと、手! 血が出てる!」
意識が遠のきそうになるなか、慌てたような声がして我に返る。白い手が俺の手に伸びてきて、とっさに振り払った。傷ついたような彼女の表情が目に入る。
いま触れられたら、彼女にひどくしてしまいたくなる。かろうじて「頼むから近寄らないでくれ。」と頼んだ。これでも騎士のはしくれとして、いかなる理由があっても彼女に無体は強いたくない。
しかし彼女は予想の上を行っていた。
「あの・・あのね、苦しいのであれば、手で、しようか?」
一瞬遅れて「手でする」の意味を理解して真っ赤になった。冗談でも、そんな提案はしないでほしい。名ばかりの婚約者に対して自慰を手伝うと言ったのだ、彼女は。無防備にもほどがあるだろう。
そのリアルな光景が頭に浮かび、股間が痛いくらい勃起した。
ただでさえ女性が苦手で免疫がないのに、本当にやめてほしい。セイのように上手に女性と付き合うなんてできないし、こういう事態にがまんする以外の解決策なんて思い浮かばないのに。
結局、ぎりぎりの選択でからだを触らせてもらうことにした。肌に触れ、口づける。きゃしゃな首筋に舌を這わすと彼女は色めいた声で啼き、身をすり寄せる。
ああ、なんと甘く、幸福なことか。
欲望の赴くまま腰を振りたいと思ったが、姫の名誉のためにもそれは決してできない。また彼女の唇も奪うまいと心に誓った。
なのに。彼女のほうからキスしてくるなんて。
冷静に考えれば、仮にも一国の王の側妃が他の男にそんな振舞いをするなんて軽率この上ないし、糾弾されても文句は言えない。性に鷹揚なアレクだって知ったらいい顔はしないだろう。だけどアナスタシア嬢は・・・姫は、打算とか理屈とか考えずに行動する。その軽率さすら愛おしい。
我慢していたものが、一気に溢れた気がした。
貪るように咥内を探る。粘膜を擦ると彼女の膣を想像してしまう。喘ぎ声だけで発射しそうになる。
姫とのキスは、甘美な致死性の毒みたいだ。劇薬だとわかっているのに、誘惑に負けて致死量まで味わいたいと思う。
たとえ幻覚でもいいから彼女に愛されていると思いたい。
夢中になって彼女のにおいを、肌の滑らかさを貪った。
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