不埒な魔術師がわたしに執着する件について~後ろ向きなわたしが異世界でみんなから溺愛されるお話

めるの

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本編

106 夢にみた約束2

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神殿で受け取った、アナスタシアのものだというトランクは、安全確認のためにイヴァンとふたりで中身を確認した。

年季の入った革製のそれは、小ぶりのスースケースほどだっただろうか。貴族女性の荷物にしては少なすぎることにも驚いたが、中を見てもっと驚いた。

トランクの中には数冊の辞書とわずかな服のほかは、セイがアナスタシアに贈った物ばかりだったからだ。

本、繊細なレースのリボン、通信用の魔道具など、どれも華美な贈り物を好まない彼女のためにセイが苦心して選んだもの。礼を言われて笑みを浮かべたセイの表情をはっきりと憶えている。

そして、手渡したマンドュラの押し花。

聖ルーシ王国では王宮内で特別に栽培されているくらい珍しい植物だが、温暖なこの国では身近な花らしい。

これは枝ごとプレゼントされた花が散るのを惜しんだ彼女が、こっそり押し花にしたものだ。

(ああ、やっぱり)

セイの様子を見て、わたしは密かに息を吐いた。

一言も発せず瞳を潤ます彼の目端は赤い。在りし日を懐かしんでいるように時折視線がさまよう。

・・・こうなることは想像できたので、思い出の品を渡すのは躊躇した。

でも、これから嫁ごうとする身で他の男から貰ったものばかりを携えていく、痛いくらいの未練を知ってほしかった。

アラサーで人生経験を積んだわたしは恋愛がすべてではないことを知っている。だから必死すぎて周りが見えていなかったふたりが不憫でならない。

今からでも、セイとアナスタシアには幸せになってほしい。

といっても、現在はわたしがアナスタシアなのだから、こんなことを願うのはおかしいと重々承知だ。しかも恋愛という意味ではルーが好きだし、パートナーとしてアレクの手を取りたいと考えている。

それなのにセイまで望むなんて我儘だ。わかっている。

でも、わたしと一緒の未来を望んでくれたセイのことを、しあわせにしたいというのも紛れもない本心で。

せっかくこの世界は「ひとり」を選ばなくてもいいシステムなのであれば、利用したい。それがたとえ自己満足だったとしても。

わたしは気を取り直して笑顔を作った。

「屋上から庭のマンドュラが見えるってイヴァンが言ってたから、一緒に屋上に行ってみない?」

イヴァンに話を聞いたとき、なぜか「セイに教えてあげなくちゃ」と真っ先に頭に浮かんだ。自分でも理由はよくわからない。思い出の花を見たら少しは笑顔になってくれるんじゃないかと思ったのかもしれない。

わたしの誘いに対して、セイは我に返ったように数回瞬きをした。それから「あなたが望む場所へご一緒しますよ」と返してくれたが、どこか上の空だった。

もちろんエレベーターなどはないので、見上げるような螺旋階段を登ることになる。意気揚々と登り始めたはいいものの、途中で息切れしてしまって大変だった(セイに「抱えましょうか?」と配慮されたが、ちゃんと断った)。

ようやく辿りついた屋上の扉の前には、警護の人が2人立っていた。しかし用意周到なイヴァンが事前に言伝してくれていたらしく、スムーズに通してくれた。

門番の人が鍵を開けてくれるのを待って、セイが扉を開ける。ぎい、と金具がきしむ音がした。

「うわあ、風が気持ちいいねえ」

「そうですね」

高さがあるのと日が暮れてきたせいか、涼しい風が吹いてくる。テラスには植木鉢がいくつも置いてあって、そこだけで小さな庭園みたいだった。その中をふたりで歩き、落ちないように設置されている柵に手をかける。

明かりは手元のランプひとつだけだったが、それほど暗くはないため下のほうまで見ることができた。

「あ、あれかな。マンドュラの木って。」

わたしが指さしたほうにはたくさんの木があり、庭には、小さな白い花が雪みたいに積もっていた。

セイは、なにも言わずに雪原のように見える庭を見つめたまま動かない。

夕暮れの風が彼の黒髪をなぶる。

(ひとりにさせてあげたほうがいいかな)

わたしはそっと彼のそばを離れた。

庭に一面に降り積もる花は、本当に雪景色のようだ。一面真っ白で、自分がいる場所を忘れてしまいそうになる。

記憶の奥底で何かを思い出しそうで、でも何か靄にかかったような、言いようのないもどかしさがある。時間も忘れて下を見ていると、突然ひやりと冷たい指が、わたしの右頬に触れた。

振り返ろうとすると、それを遮るようにセイの左腕が拘束した。だから、彼の顔は見えない。

「シア・・・ナーシャ。」

必死で絞り出すような、かすれた声だった。

色っぽいというよりは、苦しそうなその声を聞きながら、ナーシャという愛称を聞くのは久しぶりだなあと場違いなことをぼんやりと思った。

「ずっとわたしは、と一緒にこの景色を見たかったんです。秘密に会う関係ではなく、ちゃんと恋人としてこの国に来て。」

(・・・あれ、なんか昔同じことを言われたことが)

記憶の断片が引きずり出される。わたしじゃなくて、アナスタシアの記憶。『この花を見たら、どうか思い出してください』、そんなセリフが頭にリフレインする。

震える吐息と共に、わたしを拘束する左腕に力が籠もった。

「私は怖い。ナーシャを不幸にして自分だけ幸せになっていいのか・・・あなたと共にありたいと思う気持ちは、彼女を見捨てた罪悪感を愛情にすり替えただけなんじゃないかと──」

続く言葉を遮るように、わたしは自分の頬に触れるセイの手を強く握った。

深呼吸する。そして言葉を重ねた。

「わたし、アナスタシア・サン・ゴドノフは、セイ・ゼレノイのことを幸せにすると神に誓います。」

「・・・え?」

突然の宣誓に虚をつかれたのか、一瞬絡まる腕が緩んだ。

わたしはくるりとセイに向きなおる。背伸びして、首に両腕を絡める。背の高い彼に届くのは大変だけど、すぐにセイは気づいて少しかがんでくれた。

まっすぐに、不安が揺らめく海色の瞳を見据える。

「アナスタシアは一緒に過ごした日々を、セイにずっと憶えていてほしかっただけなんだよ──罪悪感なんて求めていない。」

そう言って、わたしはセイにぎゅっと抱き着いた。アナスタシアのからだで、記憶もあるのに、本人じゃない。抱きしめるくらいしかできない。もどかしい。

「ずっと一緒にいよう。誰かひとりは選べないのにセイと一緒にいたいって我儘だってわかってる。でも、セイがアナスタシアを思い出すとき、わたしがそばにいたいよ。いろんなこと思い出して、一緒に悲しくなって、それから・・・それでもまた一緒にいよう?」

言っているうちに、自分でもなんだかわからなくなった。わけがわからなくて、ただ涙が出る。悲しいわけじゃない。でも、涙が止まらない。

見上げると、セイも綺麗な涙をほろほろと流していた。悲しいのか、アナスタシアを想ってなのか、それ以外の理由なのかはわからない。でも彼の表情は柔らかく、まるで透明なしずくが過去の傷を癒したかのようだった。

「すごい、プロポーズみたいですね。」

そう言いながら、子どもみたいにセイが泣く。泣き笑いみたいな顔をして、耳元でわたしに囁いた。

「わたし、セイ・ゼレノイは、命ある限り、アナスタシア・サン・ゴドノフのことを想い、幸せにすると神に誓います。」

子どもの口約束みたいな誓いだけど、互いにそれで充分だった。セイとわたしは顔を見合わせて、どちらともなく笑う。

そして導かれるように互いに唇を重ねた。
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