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本編

109 きみに花束を3 【side イヴァン】

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結局話が脱線してからは兄とラジウスからの謎の恋愛指南になってしまい、報告会とは程遠い内容になってしまった。それでも兄からは「すごく今日は楽しかった、また進捗を聞かせてね」と言われ、とりあえず不快には思っていなさそうだったので良しとする。

会合を終えたその足で、見送りのため迎賓館へ向かう。姫たちが滞在している迎賓館と俺たちが住む宮殿とは同一敷地内にあり、徒歩でもそう遠くはない距離にある。専用の通路を使えば10分かからない程度だ。

ラジウスの手には、昨晩宮殿に届けられたサラファン。一方俺は、朝一番に手配した花束を手にしている。ほかにもルーが好みそうな薬草から珍しい布地、人気の菓子など、いくつもみやげを手配したが、このふたつだけは、どうしても直接手渡ししたかった。

「サラファン、間に合ってよかったですねえ。着たところを見れないのが残念ですけど。」

「そうだな。」

「なんか今朝は報告というより恋愛相談みたいになっちゃいましたねー。」

「まったくだ。だいたいラジウスが余計なことを言ったからじゃないか。」

そんな話をしながら歩く。護衛は2人、少し離れて後からついてくるので会話は聞こえない距離だ。

「ねえ、殿下。」

「ん?」

急に声が潜められる。歩きながら、ラジウスはぽつりと言った。

「僕は10年前に召喚されて突然知らない場所で知らない人生を押し付けられました。」

「・・・そうだな。」

「『こんな人生望んでない』って夜な夜な思っていたんです。でも、どんなに考えても元には戻れないって吹っ切れてからは、こう考えるようになりました。『どうせ他の選択ができないんだったら、せめて今この選択が最善であったと思えるようにしよう』って。──だから、」

ラジウスは言葉を続けた。

「だから、殿下は、どれを選んでもいいし、なにもあきらめなくていいんですよ。きっとそれが最善なんですから。」


*****

見送りとは言っても、転移陣を使って戻るだけなので別れはあっさりしたものだった。

ラジウスがサラファンが入った包みを渡すと、姫はとても喜んでくれた。割と大きな包みなので両手で抱えるように持ち、すぐに着て見せられないのが残念だと言って笑顔を見せる。

そろそろ時間だと事務官から声がかかる。今朝はほとんど喋らなかったルーが、とつぜん俺を見た。

「これ、あげる。」

ぽいっと無造作に投げられた瓶を条件反射で受け取ると、ルーが言った。

「昨日もらったディオの実で作った解毒剤。体内で吸収して排出するから、経口系の薬だったらだいたい対応できる。副作用なし。できれば症状が出る前に飲んで。」

思わず目を瞠ると、ルーは「媚薬にも効くから」とつまらなそうに言った。昨日のことは話していないはずなのにと訝しむと、「ラジウスから聞いた」という。

「助かる。」

「これに懲りたら、もうシアに変なことしないでよね。」

心配したと素直に言わないところがルーらしい。薬の生成は繊細な魔力操作が必要な作業なのに、いとも簡単に完成させるスキルはさすがとしか言いようがない。

俺は、左手で薬瓶を内ポケットに押し込み、改めて姫に向きなおった。

「よかったら、これを、姫へ」

そう言って彼女に花束を手渡す。片手で持てそうな小ぶりのもので、白とピンクのガーベラ。女性に渡すなら大輪の薔薇の花が定番じゃないんですか? とラジウスには言われたが、この花を渡したかった。

「ありがとう! 男性からお花をもらうなんて初めて。」

一瞬、驚いたような表情を見せた後、うれしそうに、それこそ花のように姫が笑う。ああ、この笑顔が見たかったんだと心底思う。俺が優柔不断なせいで傷つけた元のアナスタシア嬢の分まで、彼女を笑顔にしたい。

「近いうちにまた伺いますから、次は一緒に聖ルーシの街を出掛けましょう。」

「はい、ぜひ。スイーツ屋さん巡りしましょう。」

「約束ですよ。」

そう言って、俺は満足げに笑った。





急に静かになった前庭では、事務官が部下に指示する声がよく聞こえる。転移陣の撤収作業をぼんやりと眺めながら、今日は午後まで予定がなかったよなと頭の中でスケジュールを思い返す。

「あーあ、殿下ってば、なんであそこで『好きです』って言えないんですかねえ。ほんとヘタレなんですから。」

「いいんだよ、次に会ったときに取っておくから。」

「告白するまであと何年かかることやら。」

やれやれ、と肩をすくめるしぐさをして、ラジウスが言った。

「殿下が失恋したら、可哀想だから僕が一生殿下のお世話をしてあげますよ。」
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