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本編
120 魔法の指輪2
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「この指輪には、先王陛下・・・ヴィクトル様の魔力が全て籠められております。」
張りつめたような空気のなか、落ち着き払ったゼレノイ卿の声が響く。
隣で、アレクが足を組みなおした。アームレストを指でトントンと叩く音がする。ちらりと盗み見ると、笑みを浮かべる余裕もなく、その表情は強張っている。
「──どういうこと? 私は、人ひとりの魔力を蓄積できる魔石なんて、今まで聞いたことがない。ましてや、あの男の魔力はかなり多かったはずだけど。」
苛立たしげにアレクが疑問を投げつけた。
そこには、いつもの冷静さはない。普段から自分の感情をそれほど表さない人だから、よほど動揺しているのだろう。
目の前の、セイとよく似た顔が、少し翳る。
アレクは、自分の父親のことを「あの男」と呼ぶ。そのたびに、ゼレノイ卿はわずかに眉根を寄せて、何か言いたそうな顔をすることに、わたしは気づいた。
侍女長からは、アレクの父親である先王は、女性に溺れて政治をないがしろにし、最後には正気を失って処刑されたと聞いている。
でもゼレノイ卿からは、不思議と先王を嫌悪する様子は見られない。・・・むしろ、親しみすら持っているように感じるのは気のせいだろうか。
(少なくとも、ダメな王様に向ける宰相の表情じゃない、、と思う)
確証はない。でも、なにかが噛み合わない。
「アナスタシア様、どうか、その指輪に魔力を流していただけませんでしょうか。」
ゼレノイ卿は、わたしにそう願った。
魔力の流し方はわかる。セイに基礎の基礎だからと言われて何度も練習したし、失敗しない自信はある。
隣から、制止する声はない。
左薬指に意識を集中して、ゆるやかに魔力を流した。
一拍置いてから、指輪についている宝石が内側から光った。あ、と思った瞬間、目の前でぶおんっ、と小さな竜巻が起こる。
シャンデリアが一瞬ゆらりと傾いだ。座ったまま、スカートの裾が翻る。
ぽかんとして指輪を見る。光っていないし、割れてもいない。元の美しい指輪のままだ。
隣からは、「うそだろ・・・」というアレクの呟きが聞こえた。
「私も指輪の魔力を確認したのは初めてですが、おそらく国ひとつ滅ぼすくらいの魔力が込められているはずです。」とゼレノイ卿は満足げに頷く。
「陛下、ヴィクトル様が媚薬の研究をされていたのはご存知ですよね。」
「ああ、知っている。」
少し放心したように、アレクが答える。
「我がゼレノイ家の魔力特性については?」
「無論」
ゼレノイ家の魔力? 急に話が飛んで、話に置いてけぼりになる。困惑するわたしに気づいたゼレノイ卿は、丁寧に説明してくれた。
「失礼、アナスタシア様はご存知ないですよね。私も、息子であるセイも、おそらくイヴァン殿下も、ゼレノイ家の血を引く男性が持つのは、他者の魔力を増幅する特殊な魔力なのです。」
つまり、セイはアレクやルーの魔力を強められるということか。「セイは私の魔力を何倍にもできるけれど、自分自身では魔力で何か行使することはできないんだよ。」とアレクが付け足した。
言われてみれば、自分の記憶とアナスタシアの記憶、どちらもセイが魔力で何かしているのを見た記憶はない。なのに魔力を教えてもらう際に「魔力操作に長けたゼレノイ家」と説明されたのを不思議に思ったのは憶えている。そういうことだったとは。
アレクとわたしの会話を聞いていたゼレノイ卿は、さらに言葉を続けた。
「先王ヴィクトル様は、媚薬の研究と並行して魔力の濃縮保存方法を研究し、完成させました。捕縛され、賜死を命じられるまで、およそ10日。その間に、あの方は私が増幅したご自身の魔力を全て指輪に籠め、全てを終えた後に毒杯を仰ぎました。そして絶命後に私が指輪を回収し、本日までお預かりしていた次第です。」
「・・・何のためにそんなことを?」
心底わからないという顔でアレクが尋ねた。わたしも同感だ。
「陛下の伴侶となる方を、あらゆる禍いから護るために。ヴィクトル様は、何よりも愛する女性を失う辛さをご存知でした。同じ思いを陛下にしてほしくなかったのでしょう。」
「あれほど女に溺れた男が、そんな殊勝な気持ちを持ち合わせていたとは思えない。」
アレクの言葉に対して、ゼレノイ卿はゆっくりと頭を振った。
「いいえ、あの方にとっては、伴侶であるキアナ様が全てでした。そのため彼女を病で亡くしてからは、生きる意味を失い、ただひたすらに死を願っていました。」
何かを思い出したのだろう。苦しそうに柳眉が歪む。
「一国の王でありながら、国よりも、家臣よりも、息子よりも、たったひとりの女性が大事だったのです。ですから私は進言いたしました。『アレクセイ様は即位するには若すぎる。せめて成人するまでは王としての責務を果たしてください』と。」
ゼレノイ卿が言葉を区切る。気味が悪いほど静まり返った室内に、絞り出すようなアレクの声が響いた。
「──それで、あの男は、なんて答えた?」
アレクの問いかけに、ゼレノイ卿は目を伏せた。わずかに間を開けて、答える。
「『どうせなら愛する女性の血を引く息子の手で殺されたい。心置きなく手を下せるように、頑張って愚王にならなければ』と。そのためにあの方は、敢えて女狂いのふりをし、悪評を流したのです。」
「な・・・・」
アレクが言葉を失う。ゼレノイ卿は顔を上げ、迷いなく、言った。
「ずっと口止めされていましたが、いま、申し上げます。ヴィクトル様は、陛下に殺されることだけを生きがいに、命を長らえていたのです。」
「・・・っ、ふざけるなっ!!」
アレクが、感情もあらわに叫んだ。
張りつめたような空気のなか、落ち着き払ったゼレノイ卿の声が響く。
隣で、アレクが足を組みなおした。アームレストを指でトントンと叩く音がする。ちらりと盗み見ると、笑みを浮かべる余裕もなく、その表情は強張っている。
「──どういうこと? 私は、人ひとりの魔力を蓄積できる魔石なんて、今まで聞いたことがない。ましてや、あの男の魔力はかなり多かったはずだけど。」
苛立たしげにアレクが疑問を投げつけた。
そこには、いつもの冷静さはない。普段から自分の感情をそれほど表さない人だから、よほど動揺しているのだろう。
目の前の、セイとよく似た顔が、少し翳る。
アレクは、自分の父親のことを「あの男」と呼ぶ。そのたびに、ゼレノイ卿はわずかに眉根を寄せて、何か言いたそうな顔をすることに、わたしは気づいた。
侍女長からは、アレクの父親である先王は、女性に溺れて政治をないがしろにし、最後には正気を失って処刑されたと聞いている。
でもゼレノイ卿からは、不思議と先王を嫌悪する様子は見られない。・・・むしろ、親しみすら持っているように感じるのは気のせいだろうか。
(少なくとも、ダメな王様に向ける宰相の表情じゃない、、と思う)
確証はない。でも、なにかが噛み合わない。
「アナスタシア様、どうか、その指輪に魔力を流していただけませんでしょうか。」
ゼレノイ卿は、わたしにそう願った。
魔力の流し方はわかる。セイに基礎の基礎だからと言われて何度も練習したし、失敗しない自信はある。
隣から、制止する声はない。
左薬指に意識を集中して、ゆるやかに魔力を流した。
一拍置いてから、指輪についている宝石が内側から光った。あ、と思った瞬間、目の前でぶおんっ、と小さな竜巻が起こる。
シャンデリアが一瞬ゆらりと傾いだ。座ったまま、スカートの裾が翻る。
ぽかんとして指輪を見る。光っていないし、割れてもいない。元の美しい指輪のままだ。
隣からは、「うそだろ・・・」というアレクの呟きが聞こえた。
「私も指輪の魔力を確認したのは初めてですが、おそらく国ひとつ滅ぼすくらいの魔力が込められているはずです。」とゼレノイ卿は満足げに頷く。
「陛下、ヴィクトル様が媚薬の研究をされていたのはご存知ですよね。」
「ああ、知っている。」
少し放心したように、アレクが答える。
「我がゼレノイ家の魔力特性については?」
「無論」
ゼレノイ家の魔力? 急に話が飛んで、話に置いてけぼりになる。困惑するわたしに気づいたゼレノイ卿は、丁寧に説明してくれた。
「失礼、アナスタシア様はご存知ないですよね。私も、息子であるセイも、おそらくイヴァン殿下も、ゼレノイ家の血を引く男性が持つのは、他者の魔力を増幅する特殊な魔力なのです。」
つまり、セイはアレクやルーの魔力を強められるということか。「セイは私の魔力を何倍にもできるけれど、自分自身では魔力で何か行使することはできないんだよ。」とアレクが付け足した。
言われてみれば、自分の記憶とアナスタシアの記憶、どちらもセイが魔力で何かしているのを見た記憶はない。なのに魔力を教えてもらう際に「魔力操作に長けたゼレノイ家」と説明されたのを不思議に思ったのは憶えている。そういうことだったとは。
アレクとわたしの会話を聞いていたゼレノイ卿は、さらに言葉を続けた。
「先王ヴィクトル様は、媚薬の研究と並行して魔力の濃縮保存方法を研究し、完成させました。捕縛され、賜死を命じられるまで、およそ10日。その間に、あの方は私が増幅したご自身の魔力を全て指輪に籠め、全てを終えた後に毒杯を仰ぎました。そして絶命後に私が指輪を回収し、本日までお預かりしていた次第です。」
「・・・何のためにそんなことを?」
心底わからないという顔でアレクが尋ねた。わたしも同感だ。
「陛下の伴侶となる方を、あらゆる禍いから護るために。ヴィクトル様は、何よりも愛する女性を失う辛さをご存知でした。同じ思いを陛下にしてほしくなかったのでしょう。」
「あれほど女に溺れた男が、そんな殊勝な気持ちを持ち合わせていたとは思えない。」
アレクの言葉に対して、ゼレノイ卿はゆっくりと頭を振った。
「いいえ、あの方にとっては、伴侶であるキアナ様が全てでした。そのため彼女を病で亡くしてからは、生きる意味を失い、ただひたすらに死を願っていました。」
何かを思い出したのだろう。苦しそうに柳眉が歪む。
「一国の王でありながら、国よりも、家臣よりも、息子よりも、たったひとりの女性が大事だったのです。ですから私は進言いたしました。『アレクセイ様は即位するには若すぎる。せめて成人するまでは王としての責務を果たしてください』と。」
ゼレノイ卿が言葉を区切る。気味が悪いほど静まり返った室内に、絞り出すようなアレクの声が響いた。
「──それで、あの男は、なんて答えた?」
アレクの問いかけに、ゼレノイ卿は目を伏せた。わずかに間を開けて、答える。
「『どうせなら愛する女性の血を引く息子の手で殺されたい。心置きなく手を下せるように、頑張って愚王にならなければ』と。そのためにあの方は、敢えて女狂いのふりをし、悪評を流したのです。」
「な・・・・」
アレクが言葉を失う。ゼレノイ卿は顔を上げ、迷いなく、言った。
「ずっと口止めされていましたが、いま、申し上げます。ヴィクトル様は、陛下に殺されることだけを生きがいに、命を長らえていたのです。」
「・・・っ、ふざけるなっ!!」
アレクが、感情もあらわに叫んだ。
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