122 / 133
本編
120 魔法の指輪2
しおりを挟む
「この指輪には、先王陛下・・・ヴィクトル様の魔力が全て籠められております。」
張りつめたような空気のなか、落ち着き払ったゼレノイ卿の声が響く。
隣で、アレクが足を組みなおした。アームレストを指でトントンと叩く音がする。ちらりと盗み見ると、笑みを浮かべる余裕もなく、その表情は強張っている。
「──どういうこと? 私は、人ひとりの魔力を蓄積できる魔石なんて、今まで聞いたことがない。ましてや、あの男の魔力はかなり多かったはずだけど。」
苛立たしげにアレクが疑問を投げつけた。
そこには、いつもの冷静さはない。普段から自分の感情をそれほど表さない人だから、よほど動揺しているのだろう。
目の前の、セイとよく似た顔が、少し翳る。
アレクは、自分の父親のことを「あの男」と呼ぶ。そのたびに、ゼレノイ卿はわずかに眉根を寄せて、何か言いたそうな顔をすることに、わたしは気づいた。
侍女長からは、アレクの父親である先王は、女性に溺れて政治をないがしろにし、最後には正気を失って処刑されたと聞いている。
でもゼレノイ卿からは、不思議と先王を嫌悪する様子は見られない。・・・むしろ、親しみすら持っているように感じるのは気のせいだろうか。
(少なくとも、ダメな王様に向ける宰相の表情じゃない、、と思う)
確証はない。でも、なにかが噛み合わない。
「アナスタシア様、どうか、その指輪に魔力を流していただけませんでしょうか。」
ゼレノイ卿は、わたしにそう願った。
魔力の流し方はわかる。セイに基礎の基礎だからと言われて何度も練習したし、失敗しない自信はある。
隣から、制止する声はない。
左薬指に意識を集中して、ゆるやかに魔力を流した。
一拍置いてから、指輪についている宝石が内側から光った。あ、と思った瞬間、目の前でぶおんっ、と小さな竜巻が起こる。
シャンデリアが一瞬ゆらりと傾いだ。座ったまま、スカートの裾が翻る。
ぽかんとして指輪を見る。光っていないし、割れてもいない。元の美しい指輪のままだ。
隣からは、「うそだろ・・・」というアレクの呟きが聞こえた。
「私も指輪の魔力を確認したのは初めてですが、おそらく国ひとつ滅ぼすくらいの魔力が込められているはずです。」とゼレノイ卿は満足げに頷く。
「陛下、ヴィクトル様が媚薬の研究をされていたのはご存知ですよね。」
「ああ、知っている。」
少し放心したように、アレクが答える。
「我がゼレノイ家の魔力特性については?」
「無論」
ゼレノイ家の魔力? 急に話が飛んで、話に置いてけぼりになる。困惑するわたしに気づいたゼレノイ卿は、丁寧に説明してくれた。
「失礼、アナスタシア様はご存知ないですよね。私も、息子であるセイも、おそらくイヴァン殿下も、ゼレノイ家の血を引く男性が持つのは、他者の魔力を増幅する特殊な魔力なのです。」
つまり、セイはアレクやルーの魔力を強められるということか。「セイは私の魔力を何倍にもできるけれど、自分自身では魔力で何か行使することはできないんだよ。」とアレクが付け足した。
言われてみれば、自分の記憶とアナスタシアの記憶、どちらもセイが魔力で何かしているのを見た記憶はない。なのに魔力を教えてもらう際に「魔力操作に長けたゼレノイ家」と説明されたのを不思議に思ったのは憶えている。そういうことだったとは。
アレクとわたしの会話を聞いていたゼレノイ卿は、さらに言葉を続けた。
「先王ヴィクトル様は、媚薬の研究と並行して魔力の濃縮保存方法を研究し、完成させました。捕縛され、賜死を命じられるまで、およそ10日。その間に、あの方は私が増幅したご自身の魔力を全て指輪に籠め、全てを終えた後に毒杯を仰ぎました。そして絶命後に私が指輪を回収し、本日までお預かりしていた次第です。」
「・・・何のためにそんなことを?」
心底わからないという顔でアレクが尋ねた。わたしも同感だ。
「陛下の伴侶となる方を、あらゆる禍いから護るために。ヴィクトル様は、何よりも愛する女性を失う辛さをご存知でした。同じ思いを陛下にしてほしくなかったのでしょう。」
「あれほど女に溺れた男が、そんな殊勝な気持ちを持ち合わせていたとは思えない。」
アレクの言葉に対して、ゼレノイ卿はゆっくりと頭を振った。
「いいえ、あの方にとっては、伴侶であるキアナ様が全てでした。そのため彼女を病で亡くしてからは、生きる意味を失い、ただひたすらに死を願っていました。」
何かを思い出したのだろう。苦しそうに柳眉が歪む。
「一国の王でありながら、国よりも、家臣よりも、息子よりも、たったひとりの女性が大事だったのです。ですから私は進言いたしました。『アレクセイ様は即位するには若すぎる。せめて成人するまでは王としての責務を果たしてください』と。」
ゼレノイ卿が言葉を区切る。気味が悪いほど静まり返った室内に、絞り出すようなアレクの声が響いた。
「──それで、あの男は、なんて答えた?」
アレクの問いかけに、ゼレノイ卿は目を伏せた。わずかに間を開けて、答える。
「『どうせなら愛する女性の血を引く息子の手で殺されたい。心置きなく手を下せるように、頑張って愚王にならなければ』と。そのためにあの方は、敢えて女狂いのふりをし、悪評を流したのです。」
「な・・・・」
アレクが言葉を失う。ゼレノイ卿は顔を上げ、迷いなく、言った。
「ずっと口止めされていましたが、いま、申し上げます。ヴィクトル様は、陛下に殺されることだけを生きがいに、命を長らえていたのです。」
「・・・っ、ふざけるなっ!!」
アレクが、感情もあらわに叫んだ。
張りつめたような空気のなか、落ち着き払ったゼレノイ卿の声が響く。
隣で、アレクが足を組みなおした。アームレストを指でトントンと叩く音がする。ちらりと盗み見ると、笑みを浮かべる余裕もなく、その表情は強張っている。
「──どういうこと? 私は、人ひとりの魔力を蓄積できる魔石なんて、今まで聞いたことがない。ましてや、あの男の魔力はかなり多かったはずだけど。」
苛立たしげにアレクが疑問を投げつけた。
そこには、いつもの冷静さはない。普段から自分の感情をそれほど表さない人だから、よほど動揺しているのだろう。
目の前の、セイとよく似た顔が、少し翳る。
アレクは、自分の父親のことを「あの男」と呼ぶ。そのたびに、ゼレノイ卿はわずかに眉根を寄せて、何か言いたそうな顔をすることに、わたしは気づいた。
侍女長からは、アレクの父親である先王は、女性に溺れて政治をないがしろにし、最後には正気を失って処刑されたと聞いている。
でもゼレノイ卿からは、不思議と先王を嫌悪する様子は見られない。・・・むしろ、親しみすら持っているように感じるのは気のせいだろうか。
(少なくとも、ダメな王様に向ける宰相の表情じゃない、、と思う)
確証はない。でも、なにかが噛み合わない。
「アナスタシア様、どうか、その指輪に魔力を流していただけませんでしょうか。」
ゼレノイ卿は、わたしにそう願った。
魔力の流し方はわかる。セイに基礎の基礎だからと言われて何度も練習したし、失敗しない自信はある。
隣から、制止する声はない。
左薬指に意識を集中して、ゆるやかに魔力を流した。
一拍置いてから、指輪についている宝石が内側から光った。あ、と思った瞬間、目の前でぶおんっ、と小さな竜巻が起こる。
シャンデリアが一瞬ゆらりと傾いだ。座ったまま、スカートの裾が翻る。
ぽかんとして指輪を見る。光っていないし、割れてもいない。元の美しい指輪のままだ。
隣からは、「うそだろ・・・」というアレクの呟きが聞こえた。
「私も指輪の魔力を確認したのは初めてですが、おそらく国ひとつ滅ぼすくらいの魔力が込められているはずです。」とゼレノイ卿は満足げに頷く。
「陛下、ヴィクトル様が媚薬の研究をされていたのはご存知ですよね。」
「ああ、知っている。」
少し放心したように、アレクが答える。
「我がゼレノイ家の魔力特性については?」
「無論」
ゼレノイ家の魔力? 急に話が飛んで、話に置いてけぼりになる。困惑するわたしに気づいたゼレノイ卿は、丁寧に説明してくれた。
「失礼、アナスタシア様はご存知ないですよね。私も、息子であるセイも、おそらくイヴァン殿下も、ゼレノイ家の血を引く男性が持つのは、他者の魔力を増幅する特殊な魔力なのです。」
つまり、セイはアレクやルーの魔力を強められるということか。「セイは私の魔力を何倍にもできるけれど、自分自身では魔力で何か行使することはできないんだよ。」とアレクが付け足した。
言われてみれば、自分の記憶とアナスタシアの記憶、どちらもセイが魔力で何かしているのを見た記憶はない。なのに魔力を教えてもらう際に「魔力操作に長けたゼレノイ家」と説明されたのを不思議に思ったのは憶えている。そういうことだったとは。
アレクとわたしの会話を聞いていたゼレノイ卿は、さらに言葉を続けた。
「先王ヴィクトル様は、媚薬の研究と並行して魔力の濃縮保存方法を研究し、完成させました。捕縛され、賜死を命じられるまで、およそ10日。その間に、あの方は私が増幅したご自身の魔力を全て指輪に籠め、全てを終えた後に毒杯を仰ぎました。そして絶命後に私が指輪を回収し、本日までお預かりしていた次第です。」
「・・・何のためにそんなことを?」
心底わからないという顔でアレクが尋ねた。わたしも同感だ。
「陛下の伴侶となる方を、あらゆる禍いから護るために。ヴィクトル様は、何よりも愛する女性を失う辛さをご存知でした。同じ思いを陛下にしてほしくなかったのでしょう。」
「あれほど女に溺れた男が、そんな殊勝な気持ちを持ち合わせていたとは思えない。」
アレクの言葉に対して、ゼレノイ卿はゆっくりと頭を振った。
「いいえ、あの方にとっては、伴侶であるキアナ様が全てでした。そのため彼女を病で亡くしてからは、生きる意味を失い、ただひたすらに死を願っていました。」
何かを思い出したのだろう。苦しそうに柳眉が歪む。
「一国の王でありながら、国よりも、家臣よりも、息子よりも、たったひとりの女性が大事だったのです。ですから私は進言いたしました。『アレクセイ様は即位するには若すぎる。せめて成人するまでは王としての責務を果たしてください』と。」
ゼレノイ卿が言葉を区切る。気味が悪いほど静まり返った室内に、絞り出すようなアレクの声が響いた。
「──それで、あの男は、なんて答えた?」
アレクの問いかけに、ゼレノイ卿は目を伏せた。わずかに間を開けて、答える。
「『どうせなら愛する女性の血を引く息子の手で殺されたい。心置きなく手を下せるように、頑張って愚王にならなければ』と。そのためにあの方は、敢えて女狂いのふりをし、悪評を流したのです。」
「な・・・・」
アレクが言葉を失う。ゼレノイ卿は顔を上げ、迷いなく、言った。
「ずっと口止めされていましたが、いま、申し上げます。ヴィクトル様は、陛下に殺されることだけを生きがいに、命を長らえていたのです。」
「・・・っ、ふざけるなっ!!」
アレクが、感情もあらわに叫んだ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
転生先は男女比50:1の世界!?
4036(シクミロ)
恋愛
男女比50:1の世界に転生した少女。
「まさか、男女比がおかしな世界とは・・・」
デブで自己中心的な女性が多い世界で、ひとり異質な少女は・・
どうなる!?学園生活!!
【R18】仲のいいバイト仲間だと思ってたら、いきなり襲われちゃいました!
奏音 美都
恋愛
ファミレスのバイト仲間の豪。
ノリがよくて、いい友達だと思ってたんだけど……いきなり、襲われちゃった。
ダメだって思うのに、なんで拒否れないのー!!
わたしのヤンデレ吸引力が強すぎる件
こいなだ陽日
恋愛
病んだ男を引き寄せる凶相を持って生まれてしまったメーシャ。ある日、暴漢に襲われた彼女はアルと名乗る祭司の青年に助けられる。この事件と彼の言葉をきっかけにメーシャは祭司を目指した。そうして二年後、試験に合格した彼女は実家を離れ研修生活をはじめる。しかし、そこでも彼女はやはり病んだ麗しい青年たちに淫らに愛され、二人の恋人を持つことに……。しかも、そんな中でかつての恩人アルとも予想だにせぬ再会を果たして――!?
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる