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本編
119 魔法の指輪1
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ここは王宮の一室。巨大なシャンデリアが輝くきらびやかな部屋で、わたしはアレクと共にある人物の訪れを待っていた。
「う・・・緊張する。」
「大げさだなあ、非公式なんだし、宰相に会うくらいどうってことないって。だいたい私だってちゃんと王様なのに、君はぜんぜん緊張してないじゃない。」
立派な部屋には少々似合わない、黒のシャツとジャケットという簡素な装いのアレクはケラケラ笑った。
曰く、「別に中身は一緒なんだから普段着で充分」ということだが、どんな衣装を着ていても、アレクは完璧に王としてのオーラを備えているからそんなことが言えるのだ。
それに比べてわたしは素敵な衣装やアクセサリーでごまかしても、さらにアナスタシアの美貌をもってしても、そこはかとなくおどおどした感じが出てしまう。
今日だって、淑やかな女性らしさを少しでも醸そうと苦慮したつもりだけれども、宰相の目にはどう映るか不安だらけだ。第一印象は大事なので、今日が勝負だ。
「それとこれとは別です。ね、礼儀作法がおかしかったらちゃんと教えてね。」
精一杯の虚勢を張り、うろうろと部屋を歩き回るわたしに対して、アレクは落ち着けと言わんばかりに視線を向ける。藁にもすがる思いでアレクを見つめると、やれやれと肩をすくめたアレクはわたしの腰をさらった。
「ほらー、リラックスして」
そう言ってわたしをくるりと回してから、つむじにキスを落とす。
気遣いはありがたいけれども、とてもリラックスはできなかった。でもしょうがないと思う。一国の宰相と顔を合わせる機会なんてそうそうないんだから。
しかも通常運転でゴーイングマイウェイのアレクは、朝に突然「午後から宰相が、君に会いたいって言ってるから用意してね」なんて気楽に言うのだ。
そもそもそんな予定があるんだったら昨晩あんなに激しくしないでほしかった。
結局昨晩は3人でぐちゃぐちゃになるまで愛し合い、翌朝目覚めたときにはからだ中が筋肉痛かというくらい痛かったんだから。
しかもからだ中には鬱血跡がまばらについていて、支度をしてくれた侍女さんたちも「あら、まあ」みたいな生ぬるい目で見るし。
わたしは、心を落ち着かせようと、いつも身につけているブレスレットを手でいじった。
「でも、そんなえらい人が一介の雇われ側妃に何の用なんだろう?」
その言葉を聞いたアレクが、何か言いたげにこちらを見た。しかし結局何も口にせずに溜息だけをつく。
「なんか君に渡したいものがあるって言ってたよ。珍しいものだって。」
詳細についてはアレクも聞かされていないようで、それ以上のことはわからなかった。
しばらく雑談をしていると、廊下の外から来客を告げる声が聞こえた。アレクが許可すると、セイとよく似た男性が静かに部屋に入ってくる。
(すごいDNA・・・セイにそっくり)
これで父親というのが信じがたいくらいだ。艶のある黒髪も、神経質そうな顔立ちも、ぱっと見では区別がつかないくらいには似ている。強いて言えば、セイよりも若干表情が柔らかく人好きがする印象かなというくらい。
わたしがまじまじと観察しているのに気づいたゼレノイ卿は、にこりと笑みを浮かべる。ゆっくりと近づくと、わたしの左手を取り、うやうやしく甲に口づけた。
「いつも愚息がお世話になっております。このたびは貴方様のように稀有な立場の方にお目にかかれて誠に光栄です。」
「初めまして。こちらこそ、お会いできてうれしいです。」
失礼のないよう気を付けて礼を返したものの、言葉が続かない。稀有な立場という表現に引っかかるものを感じるが、なんと返事をしてよいのか迷う。言葉に詰まっていると、アレクが横から助け船を出してくれた。
「まどろっこしい話は、なしにしよう。彼女に渡したいものって何?」
ゼレノイ卿の形のよい唇が、口の端を上げて笑みの形を取る。
「先王陛下からアレクセイ陛下のお妃様にお渡しするように、とお預かりしておりました指輪でございます。」
「なに? そんなものが存在するなんて、私は聞いていないよ。」
「秘密裡でございましたので。」
アレクの問いにさらりと答えると、ゼレノイ卿はわたしたちの目の前で小ぶりなケースを開け、恭しく差し出した。
「うわ・・・・」
中に納まっていたのは、大ぶりの宝石を配した指輪だった。宝石の色は、アレクの目の色をそのまま閉じ込めたかのような青。純色ではなく、複雑に色が交じり合い神秘的な色をたたえた色に目が釘付けになる。しかも華奢な台座から零れ落ちそうなほどの大きさだ、
差し出された指輪を訝しげに受け取ると、アレクは私の左薬指に指輪を嵌めた。それを見たゼレノイ卿は、うれしそうな、でも困ったような、何とも言い難い複雑な表情をした。
「──で? 私は母からも、もちろんあの男からも、このような物があるなんて一言も聞いたことがないけど。」
びっくりするくらいの冷たい声だった。
以前、彼の父親は非常に女癖が悪かったと聞いていたし、侍女長からは遠回しではあるがアレクが父親を弑したと聞いたことがある。
父親のことは余程触れられたくない話題なのだろう。
しかしゼレノイ卿は、それをわかった上で、あえて口にしたに違いなかった。
怖いくらいの緊張感が漂う。しかし流石宰相と言うべきか、場が凍りそうなアレクの態度にも動じることなく、真っすぐにアレクの目を見た。
「この指輪には、先王陛下の魔力が全て籠められております。」
ゼレノイ卿は、静かに告げた。
「う・・・緊張する。」
「大げさだなあ、非公式なんだし、宰相に会うくらいどうってことないって。だいたい私だってちゃんと王様なのに、君はぜんぜん緊張してないじゃない。」
立派な部屋には少々似合わない、黒のシャツとジャケットという簡素な装いのアレクはケラケラ笑った。
曰く、「別に中身は一緒なんだから普段着で充分」ということだが、どんな衣装を着ていても、アレクは完璧に王としてのオーラを備えているからそんなことが言えるのだ。
それに比べてわたしは素敵な衣装やアクセサリーでごまかしても、さらにアナスタシアの美貌をもってしても、そこはかとなくおどおどした感じが出てしまう。
今日だって、淑やかな女性らしさを少しでも醸そうと苦慮したつもりだけれども、宰相の目にはどう映るか不安だらけだ。第一印象は大事なので、今日が勝負だ。
「それとこれとは別です。ね、礼儀作法がおかしかったらちゃんと教えてね。」
精一杯の虚勢を張り、うろうろと部屋を歩き回るわたしに対して、アレクは落ち着けと言わんばかりに視線を向ける。藁にもすがる思いでアレクを見つめると、やれやれと肩をすくめたアレクはわたしの腰をさらった。
「ほらー、リラックスして」
そう言ってわたしをくるりと回してから、つむじにキスを落とす。
気遣いはありがたいけれども、とてもリラックスはできなかった。でもしょうがないと思う。一国の宰相と顔を合わせる機会なんてそうそうないんだから。
しかも通常運転でゴーイングマイウェイのアレクは、朝に突然「午後から宰相が、君に会いたいって言ってるから用意してね」なんて気楽に言うのだ。
そもそもそんな予定があるんだったら昨晩あんなに激しくしないでほしかった。
結局昨晩は3人でぐちゃぐちゃになるまで愛し合い、翌朝目覚めたときにはからだ中が筋肉痛かというくらい痛かったんだから。
しかもからだ中には鬱血跡がまばらについていて、支度をしてくれた侍女さんたちも「あら、まあ」みたいな生ぬるい目で見るし。
わたしは、心を落ち着かせようと、いつも身につけているブレスレットを手でいじった。
「でも、そんなえらい人が一介の雇われ側妃に何の用なんだろう?」
その言葉を聞いたアレクが、何か言いたげにこちらを見た。しかし結局何も口にせずに溜息だけをつく。
「なんか君に渡したいものがあるって言ってたよ。珍しいものだって。」
詳細についてはアレクも聞かされていないようで、それ以上のことはわからなかった。
しばらく雑談をしていると、廊下の外から来客を告げる声が聞こえた。アレクが許可すると、セイとよく似た男性が静かに部屋に入ってくる。
(すごいDNA・・・セイにそっくり)
これで父親というのが信じがたいくらいだ。艶のある黒髪も、神経質そうな顔立ちも、ぱっと見では区別がつかないくらいには似ている。強いて言えば、セイよりも若干表情が柔らかく人好きがする印象かなというくらい。
わたしがまじまじと観察しているのに気づいたゼレノイ卿は、にこりと笑みを浮かべる。ゆっくりと近づくと、わたしの左手を取り、うやうやしく甲に口づけた。
「いつも愚息がお世話になっております。このたびは貴方様のように稀有な立場の方にお目にかかれて誠に光栄です。」
「初めまして。こちらこそ、お会いできてうれしいです。」
失礼のないよう気を付けて礼を返したものの、言葉が続かない。稀有な立場という表現に引っかかるものを感じるが、なんと返事をしてよいのか迷う。言葉に詰まっていると、アレクが横から助け船を出してくれた。
「まどろっこしい話は、なしにしよう。彼女に渡したいものって何?」
ゼレノイ卿の形のよい唇が、口の端を上げて笑みの形を取る。
「先王陛下からアレクセイ陛下のお妃様にお渡しするように、とお預かりしておりました指輪でございます。」
「なに? そんなものが存在するなんて、私は聞いていないよ。」
「秘密裡でございましたので。」
アレクの問いにさらりと答えると、ゼレノイ卿はわたしたちの目の前で小ぶりなケースを開け、恭しく差し出した。
「うわ・・・・」
中に納まっていたのは、大ぶりの宝石を配した指輪だった。宝石の色は、アレクの目の色をそのまま閉じ込めたかのような青。純色ではなく、複雑に色が交じり合い神秘的な色をたたえた色に目が釘付けになる。しかも華奢な台座から零れ落ちそうなほどの大きさだ、
差し出された指輪を訝しげに受け取ると、アレクは私の左薬指に指輪を嵌めた。それを見たゼレノイ卿は、うれしそうな、でも困ったような、何とも言い難い複雑な表情をした。
「──で? 私は母からも、もちろんあの男からも、このような物があるなんて一言も聞いたことがないけど。」
びっくりするくらいの冷たい声だった。
以前、彼の父親は非常に女癖が悪かったと聞いていたし、侍女長からは遠回しではあるがアレクが父親を弑したと聞いたことがある。
父親のことは余程触れられたくない話題なのだろう。
しかしゼレノイ卿は、それをわかった上で、あえて口にしたに違いなかった。
怖いくらいの緊張感が漂う。しかし流石宰相と言うべきか、場が凍りそうなアレクの態度にも動じることなく、真っすぐにアレクの目を見た。
「この指輪には、先王陛下の魔力が全て籠められております。」
ゼレノイ卿は、静かに告げた。
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