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本編

118 ある店主のひとりごと【閑話・side ?】

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キリル公国の皇都シャールブルクが「瑠璃の都」と呼ばれるのに対して、聖ルーシ王国の王都ローザブロアは「薔薇の都」と呼ばれている。この地方で焼かれたレンガは赤味の強い茶色で、レンガ造りの建物が並ぶ街並みが薔薇色のように見えるため名付けられた。

幾たびと戦争や内乱に見舞われたにもかかわらず、この都は一度も戦場になったことはないのが自慢だ。そのため古くからの街並みが美しく残っており、中には数百年前の建物も現役で活躍している。

ただいつも平和だったわけではない。わずか10年ほど前には、あわや王都が戦場になろうかという危機があった。北方にある大国のエシクが兵を進めたからだ。

しかし当時の王が交渉で収め、直前で戦争は免れた。力でも金でもなく、言葉で大国を退けた王の功績は、今でも民衆劇で語り継がれている。

生粋の王都育ちの俺、ラスローにとっては、その後の王の醜聞も含めて聞きなれた話だ。

さて。そんなローザブロアには、王侯貴族が好む高級品から平民が日々の生活で求めるパンまで、あらゆるものが売っている。俺が商っているのは、貴族向けの嗜好品をあれやこれや扱う店だ。

表向きは女性向けのドレスやアクセサリーなんかを販売しているが、裏では貴族のお妾さんや娼婦なんかに使う媚薬やら、いかがわしい道具やら、エロい下着やらを売っている。

性産業が盛んな国だけあって、儲かるんだ、これが。


***

「あれー、また来たんですか?」

つい客に対して失礼な言葉が口をついて出てしまったが、幸いなことに、言われた側は気を悪くした様子はなかった。

「ああ、邪魔するよ。君の店の商品は縫製も丁寧だし、デザインも美しい。また違う商品がほしくなってね。」

やってきたのは、並の女なら裸足で逃げだしそうな、えらい色男。お伽噺の王子様もかくやという麗しさに、男の俺でもついぐらりとくる。

1か月ほど前に誰ぞやの紹介で来店してから、頻繁にうちの商品を買ってくれる上客だ。

一応目立たない服装でお忍びで来てるんだろうが、いかにも上品な言葉遣いといい、物腰といい、かなりの上級貴族と踏んでいる。

「ありがとうございます。つい先日、また新しい商品が入荷いたしましたので、ご覧になりますか?」

「ぜひ見せてもらいたいね。」

俺は余所行きの笑顔を貼り付けながら、愛想よく新作を勧める。

2階にある上客用の来賓室に案内し、さっそく仕入れた品をテーブルの上に並べた。どれも素材といい作りといい、たとえ王に献上しても恥ずかしくないような一級品だ。

興味を惹いたのか、男は順番に商品を手に取り、無言で品定めしている。

俺は、興味深そうに品定めをする客の横顔をそっと盗み見た。

(ほんっとに、よく出来た顔だよなー)

掃き溜めに鶴というか、日常に存在するのが嘘みたいな造作だ。男なんてもったいない。女装させて・・・いや、そのままでも十分イケるくらいには美しい。

こんなお綺麗で清らかそうな男が、どんな顔して女とセックスしているのか一度拝んでみたいものだ。

「じゃあ、これとこれ。あと媚薬も貰っていこうかな。」

「かしこまりました。いまお包みいたしますのでお待ちいただけますか。」

男が選んだ商品を見て、俺はぎょっとした。

だってさ、あれだよ。スッケスケで大事なところに穴が開いているエロい下着とか、何一つ隠れないような紐みたいな下着とか、そんなんばっかり選んでるんだもん。

(どんな女に着せて、脱がすんだろうな)

思わず想像して生唾を飲み込む。

いかにも欲には縁がなさそうな男が、あられもない姿をした女相手に勃起する姿を想像してしまった。少し冷たく感じる美貌が、欲と羞恥に崩れる瞬間なんて最高だろうな。

というか、自分の目の前にいる男が、こんなエロい下着を恋人に着せて楽しむのかと思うと俺のほうが勃つし興奮する。ぜったい、する。間違いない。

失礼かなと思いつつ、好奇心が抑えられずに、すこーしだけ探りを入れた。
 
「いつもすてきな商品を選ばれるので、お客さまのお相手はお幸せですね。」

蛇足だが、ここで「恋人」とは言わないのがポイントだ。金で買った相手かもしれないからね。

「そうだといいけど。」

少し困ったように笑みを浮かべる様は、作り物のように美しかった。1000人いたら999人が間違いなく見惚れるに違いない。

しかし商売上いろんな人間を相手にしてきた俺にはぴんときた。

こいつは、興味がない、そんなことはどうでもいいと思っている顔、だ。

(まあねー、こんな下々の者に褒められてもうれしくないわな)

ちょっとだけがっかりした気持ちを誤魔化すように、わざと明るい声を上げる。

「あー、サービスで新商品も入れておきますので、よかったら使ってみてください。」

そう言って俺は、持続性があるという売り込みで仕入れた新作の媚薬が入った小瓶を一緒に袋に入れた。

「そのうち彼女も店に連れてこようかな。」

「同伴大歓迎ですよ。表には女性が好むアクセサリーもたくさん置いてありますので、きっとお喜びになるかと。またお望みでしたらお連れさまには実用的な情報もお伝えできますよ。」

実用的な情報とは、まああれだ、男を喜ばせるテクニックのことだ。フェラのコツから後ろの穴の使い方まで、ありとあらゆる性癖に対応できるよう道具と共に使い方のレクチャーも行っている。きめ細やかなサービス提供がうちのウリだからね。

「それは、ぜひお願いしたいな。」

俺の言葉を聞いて、男はめちゃくちゃうれしそうに笑った。ぜったい本気で喜んでいる顔だ、これは。

さっきの作り物めいた笑いとは大違いで、あまりの艶やかさにどきりとする。

(バカっ・・・男相手になにときめいているんだ、俺)

「次はぜひ、お二人でお越しいただけるのをお待ちしています。」

俺は慌てて商品の包みを手渡すと、深々とお辞儀をして客を送り出した。店の入口で姿が見えなくなるまで見送る。

しばらくして顔を上げると、もう男の姿は見えなくなっていた。

(いやー、さっきの笑顔はヤバかった)

あの反応は間違いなく恋人だろうなと思う。きっと店に連れてきたときの反応でも想像したんだろう・・・どんな想像をしたのかが気になるところだ。

(それにしても今日はいいもん見たなあ)

たとえ男でも、美人の笑顔は目の保養だ。それに、うまくいけば次は美男美女で来店するかもしれない。

その日のために、もっとエロい下着を発注しないと、と頭の中で算盤をはじきつつ、俺はしょうもないやる気をみなぎらせた。
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