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本編
117 溺れてくれないかな【side アレクセイ】
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セイの様子がおかしいのに気づいたのは、キリル公国滞在の最終日だった。
いや、おかしいと言うと語弊があるか。過去の呪縛から解き放たれたといったほうが適切かもしれない。
今までセイは、常にシアを通してアナスタシア嬢の面影を追っているように見えた。ふたりを比べ、違いを見つけ出し、同じ部分を見つけると過去を懐かしむ。非生産的で、誰が見ても不毛な行為を延々と繰り返していた。
本人は隠しているつもりだったが、気づかれていないと思っているのは本人だけだ。存在しない人物と比べられるシア本人は、たまったものではなかっただろう。
なのに、あの日の晩餐の席では違った。セイは、何とも言えぬ満ち足りた表情をして、まっすぐに、たったひとりを見つめていた。誰かの代わりとして比較するのではなく、素直に、シアをひとりの人間として会話をしているように見えた。
今までとは明らかに違う様子から、シアとなにかあったのは明白だった。
薬草のことで頭がいっぱいだったルーは論外だが、人の機微に敏いイヴァンは気づいたに違いない。
(それに腕に嵌めていたブレスレット・・・魔道具だった)
質は良いが、鈍く光る魔銀は使い込まれたもので。おそらく神殿から回収したアナスタシア嬢の品を譲り受けたと思われた。
それはすなわち、ふたりは密に連絡を取る間柄に発展したということ。
君主という立場で言えば、大切な家臣が好いた女性と思いを交わすことは喜ばしいことだ。シアの立場はあくまで期間限定の側妃。下賜という形式を取りさえすれば、宰相子息との婚姻は何ら問題はない。
しかし自分の感情で言えば、じくじくと苦い気持ちが胸を刺す。考えたくないけれど、これが、きっと嫉妬という気持ちなんだろう。
まさか、この自分が色恋事で嫉妬する日がくるなんて思わなかった。
ただ、問題がひとつ。ルーはシアを独占したがっているから、セイの変化に気づいたらきっと騒ぎ出すに違いない。できるだけ早く、何らかの方法で釘を刺しておく必要がありそうだ。
自分以外の男が彼女を抱く姿を見せつけられたら、どんな反応をするだろうか。そんな意地悪い考えが頭をよぎる。
(せっかくだから趣味と実益を兼ねて、一度試してみようかな)
なにせ今後は私とセイとルー、3人がかりでシアを愛することになるのだ。自分のものだという根拠のない独占欲は、早々に捨ててもらわないと困る。
「陛下、何か悪だくみをしている顔をしていますよ。」
若干呆れたような顔で、宰相たるゼレノイ卿から声をかけられた。
しまった。つい考え事にふけってしまった。
今は絶賛執務中。溜まりに溜まった書類をせっせと読み込み決済印を押し続けているところだ。
いつもなら補助をしてくれるセイは別件で外出しており、執務室には私とゼレノイ卿しかいない。ゼレノイ卿は非常に有能で頼りになる人物だが、息子であるセイとは違って胎の中が見えないだけに素直に返事はしにくい。
いつものように気軽な態度もできずにあいまいに微笑んで誤魔化す。
「愛しい妃のことを考えていただけだよ。」
(まあ半分はうそじゃないしね)
ゼレノイ卿は、私の返事を聞いて、満足したように頷いた。
「それはようございました。そういえば私からアナスタシア様に差し上げたいものがございます。今度ぜひお目通りの機会をいただければ幸いです。」
「わかった。シアには私から伝えておくよ。でも一体なにを? 珍しいものかな?」
私が何気なく口にした問いを聞き、ゼレノイ卿は意味深な笑みを浮かべた。
「それは、もう。珍しいものですよ。陛下もとても驚かれるかと思います。」
私が驚くもの? 頭の中でいろいろ思い浮かべるが見当がつかない。何度かつついてみたが、ゼレノイ卿は「当日のお楽しみですよ」と、はぐらかすばかりだった。
キリル公国から帰国して、夜の過ごし方ががらりと変わった。夜遊びもしなくなったし、夜中まで仕事を詰め込むのもやめた。肉体関係だけの相手も遠ざけた。
だって、夜は彼女が待っているから。
日が暮れた後は、後宮でふたりきりで過ごすのが、なにより楽しみになった。他愛もない会話すら楽しいし、シアは素直で感情がすぐに顔に出るので、見ていて飽きない。
わざと鎖やら卑猥な衣装やら媚薬やらを持ち帰ると、明らかに動揺しているくせに、必死に受け入れようとするのが気に入ってしまった。別に毎回女性をいじめたいわけではないのだけれど、彼女の反応が楽しくて、ついついやりすぎてしまう。
先日も、効果が持続する媚薬を試したところ、泣きそうになりながら必死で応えようとする姿を見て、笑いが込み上げてきた。
突然知らない世界で他人として生きるよう強要されて、なのに他人のために必死になるなんて。
どれだけお人よしなんだろうと思う。私にとっては傾国の美貌なんかより、この馬鹿みたいに真っすぐな魂のほうが、よほど尊い。
ほら、ちょっと甘い言葉を囁くだけで、すぐに真っ赤になる。キスしただけで、そんなに蕩けた顔をする。その表情を見た男が何を考えるかなんて、少し考えればわかりそうなものなのに。
(どうしたらシアと一緒に歩む未来を手に入れられるのかな)
大抵のことは解決できるのに、彼女が絡むと途端にわからなくなってしまう。
他の女性ならば夢中になる顔も身分も財産も、ぜんぶ役に立たないから。せめて、理性を溶かすくらいどろどろに愛して、身体から陥落させてみようか。
いや、おかしいと言うと語弊があるか。過去の呪縛から解き放たれたといったほうが適切かもしれない。
今までセイは、常にシアを通してアナスタシア嬢の面影を追っているように見えた。ふたりを比べ、違いを見つけ出し、同じ部分を見つけると過去を懐かしむ。非生産的で、誰が見ても不毛な行為を延々と繰り返していた。
本人は隠しているつもりだったが、気づかれていないと思っているのは本人だけだ。存在しない人物と比べられるシア本人は、たまったものではなかっただろう。
なのに、あの日の晩餐の席では違った。セイは、何とも言えぬ満ち足りた表情をして、まっすぐに、たったひとりを見つめていた。誰かの代わりとして比較するのではなく、素直に、シアをひとりの人間として会話をしているように見えた。
今までとは明らかに違う様子から、シアとなにかあったのは明白だった。
薬草のことで頭がいっぱいだったルーは論外だが、人の機微に敏いイヴァンは気づいたに違いない。
(それに腕に嵌めていたブレスレット・・・魔道具だった)
質は良いが、鈍く光る魔銀は使い込まれたもので。おそらく神殿から回収したアナスタシア嬢の品を譲り受けたと思われた。
それはすなわち、ふたりは密に連絡を取る間柄に発展したということ。
君主という立場で言えば、大切な家臣が好いた女性と思いを交わすことは喜ばしいことだ。シアの立場はあくまで期間限定の側妃。下賜という形式を取りさえすれば、宰相子息との婚姻は何ら問題はない。
しかし自分の感情で言えば、じくじくと苦い気持ちが胸を刺す。考えたくないけれど、これが、きっと嫉妬という気持ちなんだろう。
まさか、この自分が色恋事で嫉妬する日がくるなんて思わなかった。
ただ、問題がひとつ。ルーはシアを独占したがっているから、セイの変化に気づいたらきっと騒ぎ出すに違いない。できるだけ早く、何らかの方法で釘を刺しておく必要がありそうだ。
自分以外の男が彼女を抱く姿を見せつけられたら、どんな反応をするだろうか。そんな意地悪い考えが頭をよぎる。
(せっかくだから趣味と実益を兼ねて、一度試してみようかな)
なにせ今後は私とセイとルー、3人がかりでシアを愛することになるのだ。自分のものだという根拠のない独占欲は、早々に捨ててもらわないと困る。
「陛下、何か悪だくみをしている顔をしていますよ。」
若干呆れたような顔で、宰相たるゼレノイ卿から声をかけられた。
しまった。つい考え事にふけってしまった。
今は絶賛執務中。溜まりに溜まった書類をせっせと読み込み決済印を押し続けているところだ。
いつもなら補助をしてくれるセイは別件で外出しており、執務室には私とゼレノイ卿しかいない。ゼレノイ卿は非常に有能で頼りになる人物だが、息子であるセイとは違って胎の中が見えないだけに素直に返事はしにくい。
いつものように気軽な態度もできずにあいまいに微笑んで誤魔化す。
「愛しい妃のことを考えていただけだよ。」
(まあ半分はうそじゃないしね)
ゼレノイ卿は、私の返事を聞いて、満足したように頷いた。
「それはようございました。そういえば私からアナスタシア様に差し上げたいものがございます。今度ぜひお目通りの機会をいただければ幸いです。」
「わかった。シアには私から伝えておくよ。でも一体なにを? 珍しいものかな?」
私が何気なく口にした問いを聞き、ゼレノイ卿は意味深な笑みを浮かべた。
「それは、もう。珍しいものですよ。陛下もとても驚かれるかと思います。」
私が驚くもの? 頭の中でいろいろ思い浮かべるが見当がつかない。何度かつついてみたが、ゼレノイ卿は「当日のお楽しみですよ」と、はぐらかすばかりだった。
キリル公国から帰国して、夜の過ごし方ががらりと変わった。夜遊びもしなくなったし、夜中まで仕事を詰め込むのもやめた。肉体関係だけの相手も遠ざけた。
だって、夜は彼女が待っているから。
日が暮れた後は、後宮でふたりきりで過ごすのが、なにより楽しみになった。他愛もない会話すら楽しいし、シアは素直で感情がすぐに顔に出るので、見ていて飽きない。
わざと鎖やら卑猥な衣装やら媚薬やらを持ち帰ると、明らかに動揺しているくせに、必死に受け入れようとするのが気に入ってしまった。別に毎回女性をいじめたいわけではないのだけれど、彼女の反応が楽しくて、ついついやりすぎてしまう。
先日も、効果が持続する媚薬を試したところ、泣きそうになりながら必死で応えようとする姿を見て、笑いが込み上げてきた。
突然知らない世界で他人として生きるよう強要されて、なのに他人のために必死になるなんて。
どれだけお人よしなんだろうと思う。私にとっては傾国の美貌なんかより、この馬鹿みたいに真っすぐな魂のほうが、よほど尊い。
ほら、ちょっと甘い言葉を囁くだけで、すぐに真っ赤になる。キスしただけで、そんなに蕩けた顔をする。その表情を見た男が何を考えるかなんて、少し考えればわかりそうなものなのに。
(どうしたらシアと一緒に歩む未来を手に入れられるのかな)
大抵のことは解決できるのに、彼女が絡むと途端にわからなくなってしまう。
他の女性ならば夢中になる顔も身分も財産も、ぜんぶ役に立たないから。せめて、理性を溶かすくらいどろどろに愛して、身体から陥落させてみようか。
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