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欄外編
125 崩れたジェンガ 1
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聖ルーシ王国で発表された魔力調和に関する新たな論文は、大陸中で大きな話題となった。それは巷で流布していた『同一属性の魔力を持つ夫婦の子供は魔力が強まる』という俗信に根拠がないと断言したからだ。
生まれる子供に強い魔力を望む貴族は多い。そのため自分に水の魔力があるのであれば、婚姻相手にも同じ水の魔力を持った令嬢を選ぶことは広く行われていた。そうすればより強い水の魔力を持った子どもが生まれると信じられていたからだ。
しかし論文では魔力量が多い人物を集めて両親の魔力を調査し、魔力量と両親の魔力属性には相関がないことを証明した。
さらに調査から、同一属性の魔力を持つ夫婦間では男児の出生率が高いことも明らかになった。一般市民よりも貴族のほうが女児出生率が低いこと、貴族では同一属性同士での婚姻率が高いことから、論文は、同一属性婚に対する俗信が女児出生率へ与える影響について指摘している。
どの国でも多かれ少なかれ女児出生率の低下が発生しており、今回の論文はこの社会問題を解決する一助になるのではないかと大きな期待が寄せられている。
──と、ここまで原稿を書いたところで、俺はペンを机に置いた。
貴族向けの情報誌「ル・ヴィラーグ」は、不定期刊行ながら上流貴族向けの情報を幅広く取り扱うことで人気の雑誌だ(編集長である俺が言うんだから間違いない)。ゴシップまがいの記事と並んでこんな、お堅い論文について取り上げたのは、それだけ話題性があるからにほかならない。
今まで魔力量にこだわって結婚相手を選別していた貴族連中にとっては青天の霹靂だろう(ざまあみろ)。
ついでに、この論文の共同執筆者であるセイ・ゼレノイの人気に便乗したいという小狡い気持ちも、まあなくはない。現宰相の一人息子で、国王の覚えもめでたく、しかも未婚。一時期はあちこちのご婦人と浮名を流した色男としても有名で、『天は二物を与える』の典型みたいな人だ。彼の話題を取り上げるだけでも部数が伸びるだろう。しかも今回は特大のおまけつきだ。
(まさか褒章が寵姫の降嫁とはねえ)
すっかり冷めてしまったコーヒーを啜る。脇に置かれていたクッキーを摘まもうとしたが、手が汚れる危険があるのでやめた。
今回の論文は、大陸中の女性減少問題を解決する可能性として国内外から大きく評価された。日頃の忠誠及び論文に対する褒章として彼が望んだのは、金でも名誉でもなく、国王の寵姫であるアナスタシア妃の降嫁だというから驚きだ。色男の宰相子息と国王が溺愛する噂の美姫との婚姻なんて、老若男女問わずに大好物だろう。きっと売り上げに大きく貢献してくれるに違いない。
「あーあ、ツーショットの写真があればなあ」
後ろで残念そうにレイアウト担当者が愚痴った。できれば表紙に2人の写真を並べて掲載したかったが、公式の席に全く出席しないアナスタシア妃は、公式非公式問わず写真の1枚すらない。かつて悪女と名を馳せたアナスタシア・ノルド令嬢とアナスタシア・サン・ゴドノフ妃が同一人物であることは公然の秘密だが、公式には別人扱いなので、当時の写真を使うわけにもいかない。
あきらめてイメージイラストを起こしたが、写真が欲しかったのは本心だ。
さて、あとは女性読者が喜びそうなロマンスのひとつも捏造したいところだ。明日、朝イチで印刷所に入稿するためには今日中に書き上げないといけない。俺は、誘惑に負けてクッキーを口に入れた。
生まれる子供に強い魔力を望む貴族は多い。そのため自分に水の魔力があるのであれば、婚姻相手にも同じ水の魔力を持った令嬢を選ぶことは広く行われていた。そうすればより強い水の魔力を持った子どもが生まれると信じられていたからだ。
しかし論文では魔力量が多い人物を集めて両親の魔力を調査し、魔力量と両親の魔力属性には相関がないことを証明した。
さらに調査から、同一属性の魔力を持つ夫婦間では男児の出生率が高いことも明らかになった。一般市民よりも貴族のほうが女児出生率が低いこと、貴族では同一属性同士での婚姻率が高いことから、論文は、同一属性婚に対する俗信が女児出生率へ与える影響について指摘している。
どの国でも多かれ少なかれ女児出生率の低下が発生しており、今回の論文はこの社会問題を解決する一助になるのではないかと大きな期待が寄せられている。
──と、ここまで原稿を書いたところで、俺はペンを机に置いた。
貴族向けの情報誌「ル・ヴィラーグ」は、不定期刊行ながら上流貴族向けの情報を幅広く取り扱うことで人気の雑誌だ(編集長である俺が言うんだから間違いない)。ゴシップまがいの記事と並んでこんな、お堅い論文について取り上げたのは、それだけ話題性があるからにほかならない。
今まで魔力量にこだわって結婚相手を選別していた貴族連中にとっては青天の霹靂だろう(ざまあみろ)。
ついでに、この論文の共同執筆者であるセイ・ゼレノイの人気に便乗したいという小狡い気持ちも、まあなくはない。現宰相の一人息子で、国王の覚えもめでたく、しかも未婚。一時期はあちこちのご婦人と浮名を流した色男としても有名で、『天は二物を与える』の典型みたいな人だ。彼の話題を取り上げるだけでも部数が伸びるだろう。しかも今回は特大のおまけつきだ。
(まさか褒章が寵姫の降嫁とはねえ)
すっかり冷めてしまったコーヒーを啜る。脇に置かれていたクッキーを摘まもうとしたが、手が汚れる危険があるのでやめた。
今回の論文は、大陸中の女性減少問題を解決する可能性として国内外から大きく評価された。日頃の忠誠及び論文に対する褒章として彼が望んだのは、金でも名誉でもなく、国王の寵姫であるアナスタシア妃の降嫁だというから驚きだ。色男の宰相子息と国王が溺愛する噂の美姫との婚姻なんて、老若男女問わずに大好物だろう。きっと売り上げに大きく貢献してくれるに違いない。
「あーあ、ツーショットの写真があればなあ」
後ろで残念そうにレイアウト担当者が愚痴った。できれば表紙に2人の写真を並べて掲載したかったが、公式の席に全く出席しないアナスタシア妃は、公式非公式問わず写真の1枚すらない。かつて悪女と名を馳せたアナスタシア・ノルド令嬢とアナスタシア・サン・ゴドノフ妃が同一人物であることは公然の秘密だが、公式には別人扱いなので、当時の写真を使うわけにもいかない。
あきらめてイメージイラストを起こしたが、写真が欲しかったのは本心だ。
さて、あとは女性読者が喜びそうなロマンスのひとつも捏造したいところだ。明日、朝イチで印刷所に入稿するためには今日中に書き上げないといけない。俺は、誘惑に負けてクッキーを口に入れた。
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