発情薬

寺蔵

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<総務部での朝>

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「先約とは田中さんですか?」

 ふわりとした微笑を田中さんに向ける。オレまで赤くなってしまいそうな、男の色気のある魅力的な笑顔だ。
 エロい雰囲気を出してたとかじゃないのに、男のオレから見ても雄としての魅力に目がくらみそうになる。

 説明が難しいんだけど……例えるなら、到底手の届かないライオンの群れのボスがわざわざ最底辺弱者のオレ達ウサギ軍団の前まで来て、笑ってくれたような感じかな。

 ライオンの群れにウサギが混じるのは常識的に考えてありえない。ライオンの群れのボスがウサギに挨拶しにくるなんて聞いたことない。なのに、そうとしか例えられなかった。

 田中さんは耳まで顔を赤らめて「いいえ、違います」と大げさに手を振った。

「百瀬君、山本さんには私からお伝えしておきますから部門長を優先してください」
「……ですが」

 百瀬さんは重ねて断ろうとしたけど。

「ありがとうございます。では、こちらに」

 部門長に促されて俯いたまま一歩を踏み出した。
 ただでさえ細い体が部門長さんと並ぶと益々細く見えるな。


 怯えているみたいに見えたのは……オレの気のせいだよね? 多分……。




 ソファに座りなおし冷えたココアを飲み干した頃にスマホの着信音が鳴った。

 叶さんからだ!


「はい! 凜です」
『悪い、もう少しかかりそうなんだ。どこにいる?』
「コミュニケーションルームです」
『誰か一緒か?』
「一人ですけど……」
『なら、俺の部屋に来い』
「はい!』

 叶さんは監査部にもデスクがあるけど専用の個室も持っていた。
 書棚と来客用のソファにテーブル、重厚な机が準備された、ちょっとした会社だったら社長室になりそうな立派な個室だ。

 ここはスカイバイオテクノロジー社の本社で、オレが所属する総務は支社のすべての業務を取り仕切っている。

 だけど総務部の責任者である総務部部長さえ部署内に個室があるだけで、本当の意味での個室は存在しない。
 専用の個室が宛がわれるのはごく一部の社員だけだ。それこそ、将来の幹部候補と認められている人たちだけだった。

 叶さんは、そんな個室を持った数少ない社員の一人だった。噂でしか聞いたことはないけど、個室の中には仮眠室とシャワールーム、トイレまで設置された部屋もあるらしい。そこまでいくと海外の超凄い企業の話みたいで想像もできない。

「失礼します」
 声を掛けてからお邪魔する。

「どうぞ、コーヒーです」
「ありがとう。悪いな」

 話したいことは山ほどあるけど、仕事の邪魔をしないようにソファに座って大人しく待つ。

 暇だから本でも読ませてもらおうっと。
 ……。
 難しそうな本と書類しかない……。

 スマホを見ようかなーと逃避しそうになった。だが、叶さんはオレの憧れだ。こんな大人になるのがオレの目標なんだ。
 我慢して『知財戦略の留意点』などという題名の、内容がさっぱり予想できない本に目を通すのだった。

 そして、案の定といいますか。

 十ページも読み進めないまま、眠りについてしまったのでした。
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