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第一部 未成熟な想い (小学生編)
第21話
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自分のクラス、四組に着いて教室の入り口を潜ると、既に殆どの生徒が来ていた。
自分の席に座っている者や、立って友達と話している者。
教室の朝はいつも通りガヤガヤと賑やかで、それは一瞬美紗子の不安を払拭した。
(結局は、クラスの女子四人だけの話だ。何事もなければ、彼女達からクラスの他の人達に広まる話でもないだろう。昨日の話ならそんなに悪い事もしていないし、悪いイメージもない筈だ)
そう思いながら自分の席に向かう美紗子の表情は少しずつ和らいで来ていた。
しかし、席の近くに来て、隣の席に座る幸一の背中を見た瞬間、また美紗子の気持ちは重苦しくなって来た。
どうしようか…と、思いながら自分の席の前に立ち、ランドセルを机の上に降ろし、手提げバッグを机の脇のフックに掛けた。
「おはよう」
美紗子は、下を向き昨日貸した本を頬杖を付いて呼んでいる幸一の後頭部に向けて、一瞬笑顔になりそうなのを急いで表情を硬くしてそう言った。
「あっ、おはよう」
慌てて振り向いて幸一がそう言った時には、美紗子はもうそこにはいなかった。
水口の音楽の教科書を大事に胸に当てて持ち、美紗子はもう水口の席の方に向かって歩いていた。
(誠意、誠意)
心の中でそう呟く。
誠意さえあれば、何とかなる。美紗子はそう思っていた。
副委員長の水口は一人席に座り、一時限目の教科書を机の上に出して、パラパラと捲っては、眺めていた。
昨日の連中はおろか、本来水口と仲の良い子達も今は側にいなかった。
美紗子は水口の机の前に向かい合う様に立った。
何となく人の気配を感じた水口が顔を上げると、目の前には差し出された自分の音楽の教科書があった。
「今返して来て、代わりにこれを預かって来ました。どうもありがとう」
言いながら美紗子は教科書を差し出している手もそのままに、深々と頭を下げた。
先程のみっちゃんの言葉が蘇る。
『あの副委員長にはせいぜい気をつけな。あれは堅物そうだから、大変だよ。万が一嘘でも付いていたら』
(そうは言っても一応は副委員長をやっている人だ。真面目だし、頭も良い。礼儀正しく、誠意が見られる人に、酷い事は言わないだろう)
頭を下げながら、美紗子はそんな事を思っていた。
フッと、前に突き出していた手が軽くなる。
水口が教科書を受け取ったのだ。
「これからは気を付けてよね」
顔を上げた美紗子に向かって水口が発した言葉は、それだけだった。
何をどう考えていたかは知らないが、水口は美紗子の丁寧な対応にバツを悪く感じたのか、それだけ言うと、斜め下に目線を外していた。まるで開いていた教科書を読んでいるかの様に。
呆気なかった。
どうやって教科書を返そうか考えあぐねていた割には、簡単に巡って来た最良の結果に、思わず美紗子は拍子抜けして、水口に背を向けて歩き出す頃には、思わず笑顔が零れそうになった。
「ちょっと待って!」
突然の水口の言葉が後ろから力強く聞こえて来て、美紗子はまたも直ぐに顔を強張らせて、水口の方を振り向いた。
(何かしただろうか?)
一瞬にして不安が募る。
「頼むから、もうどんなに困っても二組からだけは物を借りないで。あのクラスは面倒臭いから」
みっちゃんの事だろうか。ブスッと、面白くないという顔をして、水口は言った。
話が二組に関する事で、美紗子は内心ホッとした。
「うん、そうだね。分った」
良く考えもせず、美紗子はこれには簡単に答えられた。
幸一は、水口の席の前に立つ美紗子と水口を交互に眺めていた。
『おはよう』とだけ声を掛けて、振り向いた時には既にそこにはいなかった美紗子。
自分の机の中に入れた文庫本の『銀河鉄道の夜』の表紙を幸一は軽く触れた。
昨日美紗子が図書室に忘れて行った本だ。
きっと続きが読みたいだろうと、会ったら直ぐに渡そうと机の中に入れていた。
しかし、美紗子と水口を見ながら、今朝は何かがいつもと違う様な気が幸一にはして来ていた。
つづく
自分の席に座っている者や、立って友達と話している者。
教室の朝はいつも通りガヤガヤと賑やかで、それは一瞬美紗子の不安を払拭した。
(結局は、クラスの女子四人だけの話だ。何事もなければ、彼女達からクラスの他の人達に広まる話でもないだろう。昨日の話ならそんなに悪い事もしていないし、悪いイメージもない筈だ)
そう思いながら自分の席に向かう美紗子の表情は少しずつ和らいで来ていた。
しかし、席の近くに来て、隣の席に座る幸一の背中を見た瞬間、また美紗子の気持ちは重苦しくなって来た。
どうしようか…と、思いながら自分の席の前に立ち、ランドセルを机の上に降ろし、手提げバッグを机の脇のフックに掛けた。
「おはよう」
美紗子は、下を向き昨日貸した本を頬杖を付いて呼んでいる幸一の後頭部に向けて、一瞬笑顔になりそうなのを急いで表情を硬くしてそう言った。
「あっ、おはよう」
慌てて振り向いて幸一がそう言った時には、美紗子はもうそこにはいなかった。
水口の音楽の教科書を大事に胸に当てて持ち、美紗子はもう水口の席の方に向かって歩いていた。
(誠意、誠意)
心の中でそう呟く。
誠意さえあれば、何とかなる。美紗子はそう思っていた。
副委員長の水口は一人席に座り、一時限目の教科書を机の上に出して、パラパラと捲っては、眺めていた。
昨日の連中はおろか、本来水口と仲の良い子達も今は側にいなかった。
美紗子は水口の机の前に向かい合う様に立った。
何となく人の気配を感じた水口が顔を上げると、目の前には差し出された自分の音楽の教科書があった。
「今返して来て、代わりにこれを預かって来ました。どうもありがとう」
言いながら美紗子は教科書を差し出している手もそのままに、深々と頭を下げた。
先程のみっちゃんの言葉が蘇る。
『あの副委員長にはせいぜい気をつけな。あれは堅物そうだから、大変だよ。万が一嘘でも付いていたら』
(そうは言っても一応は副委員長をやっている人だ。真面目だし、頭も良い。礼儀正しく、誠意が見られる人に、酷い事は言わないだろう)
頭を下げながら、美紗子はそんな事を思っていた。
フッと、前に突き出していた手が軽くなる。
水口が教科書を受け取ったのだ。
「これからは気を付けてよね」
顔を上げた美紗子に向かって水口が発した言葉は、それだけだった。
何をどう考えていたかは知らないが、水口は美紗子の丁寧な対応にバツを悪く感じたのか、それだけ言うと、斜め下に目線を外していた。まるで開いていた教科書を読んでいるかの様に。
呆気なかった。
どうやって教科書を返そうか考えあぐねていた割には、簡単に巡って来た最良の結果に、思わず美紗子は拍子抜けして、水口に背を向けて歩き出す頃には、思わず笑顔が零れそうになった。
「ちょっと待って!」
突然の水口の言葉が後ろから力強く聞こえて来て、美紗子はまたも直ぐに顔を強張らせて、水口の方を振り向いた。
(何かしただろうか?)
一瞬にして不安が募る。
「頼むから、もうどんなに困っても二組からだけは物を借りないで。あのクラスは面倒臭いから」
みっちゃんの事だろうか。ブスッと、面白くないという顔をして、水口は言った。
話が二組に関する事で、美紗子は内心ホッとした。
「うん、そうだね。分った」
良く考えもせず、美紗子はこれには簡単に答えられた。
幸一は、水口の席の前に立つ美紗子と水口を交互に眺めていた。
『おはよう』とだけ声を掛けて、振り向いた時には既にそこにはいなかった美紗子。
自分の机の中に入れた文庫本の『銀河鉄道の夜』の表紙を幸一は軽く触れた。
昨日美紗子が図書室に忘れて行った本だ。
きっと続きが読みたいだろうと、会ったら直ぐに渡そうと机の中に入れていた。
しかし、美紗子と水口を見ながら、今朝は何かがいつもと違う様な気が幸一にはして来ていた。
つづく
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