彼女の音が聞こえる

孤独堂

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第十二話 朝の川原

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 「よぉ」
 「よぉ」
 奈々は元秋の真似をして手を挙げて、言った。
 次の日の朝の川原は、前の光景に戻っていた。
 誰もいない河川敷で走り回り、立ち止まり話したりする二人。
 「そう言えば劇、もう終っちゃったの?」
 思い出した様に元秋が聞いた。
 「これから、今週の金曜日。幼稚園でやるの」
 「平日?トランペットは?大丈夫なの?」
 「うん。きっと大丈夫」
 「きっとってなんだよ。練習してねーな」
 そう言うと元秋はいやらしそうに笑ってみせた。
 「出来なかったじゃん。この四日間」
 奈々が言った。
 「何で?」
 元秋がわざとらしく聞いた。
 「いじわるー」
 そう言ってパンチをしようとして出した右手を元秋は捕まえて、奈々を自分の方へ引き寄せる。
 顔が近づく二人。
 奈々は自分の顔が火照るのが分り、素早く手を振りほどき、元秋から離れた。
 「なに?恥ずかしかった?奈々の心臓の音、ドキドキしてるの俺にまで聞こえたよ」
 笑いながら元秋は言った。
 「馬鹿、馬鹿馬鹿」
 奈々は顔を真っ赤にしながら言った。
 元秋は奈々と何時までも話が続けられるのが楽しかった。
 『安藤の言う通りだ。本当に女の子と話してるだけでも楽しいや』
 元秋は思った。
 「だって昨日は奈々から飛び込んで来たじゃん。キスもしたし」
 元秋は言った。
 「やめて~、今思い出すと恥ずかしい」
 奈々は両手で顔を覆い、隠す様にして言った。
 「なんでー?奈々恥ずかしい事したの?」
 「また、いじわるー」
 こうしていると、昨日の奈々の話が嘘の様だと元秋は思った。
 病院で幼馴染と、した。
 可哀想に思えて。
 信じられない様な話だ。つまり奈々は経験がある。それもショックだった。
 『でも、俺と出会う前の事だ』
 そう思うと、元秋はしょうがない事だと許せた。
 過去の事を許しても、元秋は奈々と付き合いたかった。
 『奈々は?』
 不意に疑問が湧き出た。
 『奈々は本当に俺と付き合いたかったのだろうか?俺の事を好きなのだろうか?』
 元秋は奈々の口から、「好き」とも「付き合って」とも言われていない事に気付いた。
 「どうしたの?」
 急に静かになった元秋に、奈々は不安そうに尋ねた。

 「奈々はさ、俺の事好き?」
 唐突に元秋は聞いた。
 「好きだよ」
 奈々はあっさりと答えた。
 「付き合いたいと思った」
 「思ったよ」
 「なんで、俺の何処が好き?どれくらい好き?」
 「一目惚れしてから。ずっと好き。凄い好き。何でそんな事聞くの?私がこんなに好きなの見てて分らない?この前元秋君の態度が変で、私の悪い噂でも何処かで聞いたかなって思って、悩んで、昨日昔の事打ち明けて。好きでもなんでもない人にそんな事する?ホントにずっと好きだったんだから。ね」
 言いながら奈々は途中で怒り、泣き出した。
 「ごめん、そうだね考えれば分かる事だね。聞き過ぎた」
 元秋がそう謝ると、奈々は両腕を広げた。
 「じゃあ」
 「何?」
 元秋は聞き返した。
 「ギュウして」
 まだ涙の跡が残りながら奈々が言った。
 「ギュウ?」
 「そう」
 奈々のポーズから多分抱きしめてという事だろうと思った元秋は、側により奈々を抱きしめて髪を撫でながら言った。
 「よしよし」
 「ふに~」
 奈々は満足している様だった。
 「ところでさ、その思い出したくないかも知れないけど、幼馴染。俺に似てた?好きだった?」
 「好きじゃないよ、普通。似てなかった」
 奈々は余り言いたくなさそうに答えた。
 「ごめん。ちょっと不安なんだ」
 抱きしめたまま、元秋はそう言った。
 「大丈夫だよ、死んじゃったから。自殺したから」
 奈々が静かに言った。


   つづく
 
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