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第一章 帰ってきた幼馴染
ランチメニューのための買い出し
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「寒くない? 大丈夫?」
車の送風機からは暖かい風が出ている。
コートも着込んでいるので寒くはなかった。
「あ、うん。ありがとう。寒くないよ」
そう答えると、青司くんは「良かった」と言いながらぎこちなく笑う。
わたしと青司くんは今ドライブをしている。
ただの買い出しだけど、それでもなんだか緊張した。
ふたりっきりで「車」という密室空間にいるからだろうか。
お店でだって、そう言われると密室だった。でも、あれはカウンターを挟んでいたから今のような近さではない。
すぐ隣に青司くんがいる。
呼吸が聞こえそうなほどの距離に。
こんなにどきどきしているのは、わたしだけなんだろうか……。
「……」
まっすぐ前を見て運転している青司くん。
青司くんは、今のこの状況をどう思ってるんだろう。
わたしのことを昔から可愛いと思ってたって言うけど……。
そのことがまだ信じられない。
赤くなったりキスしてきたり。その態度を見れば、たぶん青司くんもわたしのことを好きなんだろうけど……。
でもやっぱり信じられない。
しばらくすると近所のスーパーに到着した。
大きい駐車場。
店舗に近い場所に車を停めると、わたしたちは外に出た。
温かい車内から、冷たい空気の満ちた外へと。
火照った頬が風にさらされて気持ちが良い。
視線を感じて振り向くと、なんと青司くんがじっとわたしを見ていた。
「な、なに?」
「ううん、別に……」
そう言って、あからさまに視線をそらす青司くん。
あやしい。
「言ってよ……なに?」
「だから、なんでもないよ。言うと真白怒るかもしれないし」
「怒るって? そう言われると逆に気になるよ!」
「ふふっ。じゃあやっぱり言わない」
そう言って小走りにスーパーの方へ行ってしまう。
「ちょっ、待ってよ!」
あわてて追いつくと、青司くんはすでにカートの上にカゴを載せていた。
わたしが来たのと同時にそのまま店内に入る。
「ねえ、何を言おうとしたの? 本当に気になるんだけど」
「まあまあ。それは前も言ったことだし、いつも思ってることだから。あえて言うこともない、でしょ?」
「あ……。それ……なんとなく予想ついた」
あれだ。
わたしが可愛いとかそういうやつだ。
たしかに言われたら、またからかわれていると思って怒るかもしれない。
「怒らないなら言うけど?」
「いや、いい。ありがと、青司くん」
「どういたしまして」
野菜売り場に到着すると、青司くんはさっそくニンジンやらたまねぎやらを物色しはじめた。
「ねえ、ランチって何を作るつもりなの?」
「んーとね、キーマカレー」
「キーマカレー?」
「うん。ひき肉を使ったカレーのことだよ。普通のカレーよりも短時間で作れるんだ」
「へえ……美味しそう」
わたしは家でも外でもそういったおしゃれなカレーは食べたことがなかったので、少しワクワクした。
青司くんはさらにしめじと、それから生のにんにくをカゴの中に入れる。
続いてお肉コーナーに行き、ひき肉を一パック手に取った。
「これは牛と豚の合いびき肉、っと」
最後にカレー粉とひよこ豆の缶づめ、そして野菜ジュースを追加して会計を済ませると、また車に戻った。
後部座席に買い物袋を置いていると……。
「おい、青司!」
急に誰かが声をかけてきた。
「黄太郎……?」
それはわたしの高校時代の元カレ、星野黄太郎だった。
今はたしか、建築の設計事務所で働いているはず。
パーカーにジーパンというラフな姿だった。
今日は休日なのだろうか。
「どうしてここに……」
わたしが車の陰から出てそう言うと、黄太郎もわたしの方を見た。
「あ、真白。どうしてって……ここはオレん家から一番近いスーパーだからだ! なんだ、いちゃ悪いか!」
「い、いや……」
黄太郎は、高校の時からあまり変わっていなかった。
ヘアワックスでつんつんにした髪は今日も絶好調で天を向いている。
とにかく昔から怒りっぽいやつだった。
ただの「短気」とも言うけれど。
間違ったことが大嫌いで、トラブルが起きるとそれが解決するまでいつまでも不機嫌でいる、非常に面倒くさいやつでもあった。
解決のために全力で動いてくれるのはいいところなのだが……いかんせん、この性格が欠点である。
今その彼が言ったことは正論だ。
近所に住んでいるのだから、最寄りのこの店を利用するのはいたって正論である。
でも……気まずかった。
こんなところで会いたくなかった。
だって青司くんにはまだ――。
「おう、青司。ようやくこの地元に戻ってきたんだってな。じゃ、とりま一発殴らせろ」
「へ?」
青司くんがぽかんとしている間に、黄太郎は大きく右こぶしを振りかぶった。
わたしは青ざめた。
「や、やめて!」
とっさにそう言うが、黄太郎はかまわず青司くんに殴りかかっていく。
しかし、直前でその腕が別の誰かに掴まれた。
「も、森屋さん!?」
それは喫茶店の庭の管理をお願いしている、森屋堅一さんだった。
どうやらここのスーパーにお昼を買いに来ていたようだ。
片手にお弁当の袋、もう片方の手に黄太郎の手首と、両方しっかり掴んでいる。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます……」
「なんだ、もめごとか」
「いえ……」
青司くんが首を振ると、黄太郎はさらに跳びかかってこようとした。
それをギロリと睨む森屋さん。
ふと見回すと、通行人たちが遠巻きにわたしたちを眺めていた。喧嘩をしていると思われたのだろう。
「ちっ」
舌打ちをして、ようやく大人しくなる黄太郎。
わたしはあわてて黄太郎のところに行った。
「黄太郎、やめてよ、こんなところで。暴力なんてやめて」
「だってよ……」
「いいの。もうわたしは青司くんのこと許せてるんだから」
「んなこと言ったって、オレはまだ納得いかねえんだよ!」
「黄太郎……」
わたしたちの様子を見て、そっと手を離す森屋さん。
体が自由になっても黄太郎は不機嫌なままだった。もう殴りかかろうとはしなかったけど。
「なんか大丈夫そうなら、一足先に戻ってるぞ」
「あ、はい」
森屋さんが青司くんにそう言って去っていく。
少し離れた場所に軽トラックが止まっており、そのドアには『森屋園芸』との文字が書かれていた。
あれが仕事用の車なのだろう。
「黄太郎……」
昔、青司くんはふざけて黄太郎のことを「キタロウ」と呼ぶことがあった。
でも今はとても、そんな呼び方ができる状況じゃない。
青司くんは普通の名前で呼びながら、真剣な表情で言った。
「なあ、黄太郎。……これからうちで昼ご飯食べていかないか?」
「はあ?」
「真白から聞いたかもしれないけど、俺、あの家でこれから喫茶店を開こうと思ってるんだ。これからそのランチの試食会をしようと思ってる。そこで……お前にも食べてみてもらいたいんだ。いいかな?」
「……」
黄太郎は、ずっと怒りに満ちた目で青司くんをにらみ続けていた。そんな黄太郎に、わたしからもお願いする。
「お願い黄太郎。一緒に、来れたら来てほしい」
「……」
すると、一瞬だけ怒りが弱まった気がした。
わたしを見る目がどことなく優しくなる。
黄太郎の気持ちを考えると、わたしは胸がズキンと痛くなった。
だってわたしたちは……わたしのせいで別れることになったんだから。
でも今は、前に。前に進みたい。
わたしも黄太郎も青司くんも、ずっと過去にとらわれたままじゃダメだ。
前に、進まなきゃ。
「……わかった。ちょっとだけだぞ」
黄太郎は、そう言って頬を軽くかいた。
「黄太郎!」
「ありがとう、黄太郎」
思わずわたしと青司くんは喜びの声をあげる。
黄太郎は徒歩だったので、青司くんの車で連れていくことになった。しぶしぶ後部座席に座る黄太郎。
わたしはさっきと同じ助手席に座り、ちらっと振り返った。
「あの、黄太郎。できたらその袋、落ちないように見張っててくれる?」
「あ? これか?」
「そう」
それはさっきわたしたちが買った食材だった。
車の揺れで落ちたりするかもしれないと、少しだけ心配していたのだ。
黄太郎は買い物袋をじっと見つめると、片手をその上に置いて窓の外に視線を移した。
「……」
何も言わないが、任せろ、ということなのだろう。
わたしはなんだか嬉しくなった。と同時に、こうしたやりとりを懐かしく思った。
別れてからあまり話さなくなってしまったが、付き合うまでは男友達としてかなり仲よくしていたのだ。その頃を思い出す。
ふと気づくと、そんなわたしを青司くんがじっと見つめていた。
「えっ、何?」
何か勘付かれたのかもしれない。
ドキリとしながらもわたしは首をかしげてみせた。
「……」
しかし、青司くんは何も言わないまま首を振った。
エンジンがかかり、車が発進する。
帰ったらおそらく……わたしと黄太郎のことを聞かれるかもしれない。そうしたら、過去は知られてしまうのだろう。青司くんはそのとき、いったいどんな顔をするだろうか。
怖い。
でも前に進むためにはきちんと話し合わなくちゃいけない。
そう、後ろにいる黄太郎のためにも……。
わたしの親友、紅里も言っていた。
あんたはちゃんとけじめを付けなきゃだめよ、って。
けじめをつけなきゃいけない。
そう、それは……それぞれの未来のために。
※ ※ ※ ※ ※
行くときはとても長く感じられたのに、帰りはあっという間だった。
お店の前までくると、庭側の道路に森屋園芸さんの軽トラックが停まっている。
わたしたちの乗った車は元の駐車場に停めた。
下車し、店に戻る。
黄太郎は部屋に入ると、懐かしそうにあたりを見渡した。
「全っ然、変わってないな……。あっ、あの絵、もしかして青司が描いたやつか?」
「……うん、そうだよ」
黄太郎がゆび指したのは、壁に飾られた水彩画の数々だった。
外国の町並みや、動物、自然の風景など、どれも心が洗われるような素晴らしい絵である。
でもやはり黄太郎も、一番は桃花先生の絵に釘付けになった。
「これは……先生だな」
遠い昔を思い出すように、桃花先生の絵を見つめる。
彼もまた、ここで開かれていた「お絵かき教室」の生徒だった。
そしてわたしとは違って、彼だけはちゃんと中・高ともに美術部で絵を描く活動をつづけていたのだった。
「画家になったっていうのは、本当だったんだな」
そう言って青司くんを振り返る。
青司くんはスーパーで買った物をキッチン台の上に並べながら、調理器具類も戸棚から出しはじめていた。
「なのに、今さらこの町に戻ってくるなんて……いったい何考えてやがる」
「……」
青司くんは相変わらず黙っている。
黄太郎はフンと鼻を鳴らすと、カウンター席に荒々しく座った。
わたしも黄太郎の隣の席に座る。
「どういうつもりか聞かせてもらおうか? あとなんで真白も側にいるのかを。お前にはそんな資格、ねえだろうが」
そう言われた青司くんは、初めて黄太朗をにらんだ。
え? 今まで何を言われてもここまで怒ったりしなかったのに……急になんで……。
「資格? それは俺が何も言わずに連絡を断ったことを言ってるのか? それは、悪いと思ってる。でも、なんでお前にそこまで言われなきゃいけないんだ。真白に店の手伝いを頼んでることについては……真白も納得済みのことだ。資格なんて、そんなものあるわけないだろう!」
「あるさ!」
「こ、黄太郎……? 青司くん……!」
わたしは二人が怒鳴り合うのを、ハラハラと見守ることしかできなかった。
また黄太郎が急に殴りかかったらどうしよう……。
そんな心配をするわたしに、黄太郎はちらりと視線を送ってくる。
「大丈夫だ。もうさっきみたいなことはしねえ。でも……あとはコイツ次第だ」
「黄太朗……?」
青司くんは、そんなやりとりをするわたしたちをなんとなく白い目で見つめていた。
そうして、波乱の試食会が始まったのだった。
車の送風機からは暖かい風が出ている。
コートも着込んでいるので寒くはなかった。
「あ、うん。ありがとう。寒くないよ」
そう答えると、青司くんは「良かった」と言いながらぎこちなく笑う。
わたしと青司くんは今ドライブをしている。
ただの買い出しだけど、それでもなんだか緊張した。
ふたりっきりで「車」という密室空間にいるからだろうか。
お店でだって、そう言われると密室だった。でも、あれはカウンターを挟んでいたから今のような近さではない。
すぐ隣に青司くんがいる。
呼吸が聞こえそうなほどの距離に。
こんなにどきどきしているのは、わたしだけなんだろうか……。
「……」
まっすぐ前を見て運転している青司くん。
青司くんは、今のこの状況をどう思ってるんだろう。
わたしのことを昔から可愛いと思ってたって言うけど……。
そのことがまだ信じられない。
赤くなったりキスしてきたり。その態度を見れば、たぶん青司くんもわたしのことを好きなんだろうけど……。
でもやっぱり信じられない。
しばらくすると近所のスーパーに到着した。
大きい駐車場。
店舗に近い場所に車を停めると、わたしたちは外に出た。
温かい車内から、冷たい空気の満ちた外へと。
火照った頬が風にさらされて気持ちが良い。
視線を感じて振り向くと、なんと青司くんがじっとわたしを見ていた。
「な、なに?」
「ううん、別に……」
そう言って、あからさまに視線をそらす青司くん。
あやしい。
「言ってよ……なに?」
「だから、なんでもないよ。言うと真白怒るかもしれないし」
「怒るって? そう言われると逆に気になるよ!」
「ふふっ。じゃあやっぱり言わない」
そう言って小走りにスーパーの方へ行ってしまう。
「ちょっ、待ってよ!」
あわてて追いつくと、青司くんはすでにカートの上にカゴを載せていた。
わたしが来たのと同時にそのまま店内に入る。
「ねえ、何を言おうとしたの? 本当に気になるんだけど」
「まあまあ。それは前も言ったことだし、いつも思ってることだから。あえて言うこともない、でしょ?」
「あ……。それ……なんとなく予想ついた」
あれだ。
わたしが可愛いとかそういうやつだ。
たしかに言われたら、またからかわれていると思って怒るかもしれない。
「怒らないなら言うけど?」
「いや、いい。ありがと、青司くん」
「どういたしまして」
野菜売り場に到着すると、青司くんはさっそくニンジンやらたまねぎやらを物色しはじめた。
「ねえ、ランチって何を作るつもりなの?」
「んーとね、キーマカレー」
「キーマカレー?」
「うん。ひき肉を使ったカレーのことだよ。普通のカレーよりも短時間で作れるんだ」
「へえ……美味しそう」
わたしは家でも外でもそういったおしゃれなカレーは食べたことがなかったので、少しワクワクした。
青司くんはさらにしめじと、それから生のにんにくをカゴの中に入れる。
続いてお肉コーナーに行き、ひき肉を一パック手に取った。
「これは牛と豚の合いびき肉、っと」
最後にカレー粉とひよこ豆の缶づめ、そして野菜ジュースを追加して会計を済ませると、また車に戻った。
後部座席に買い物袋を置いていると……。
「おい、青司!」
急に誰かが声をかけてきた。
「黄太郎……?」
それはわたしの高校時代の元カレ、星野黄太郎だった。
今はたしか、建築の設計事務所で働いているはず。
パーカーにジーパンというラフな姿だった。
今日は休日なのだろうか。
「どうしてここに……」
わたしが車の陰から出てそう言うと、黄太郎もわたしの方を見た。
「あ、真白。どうしてって……ここはオレん家から一番近いスーパーだからだ! なんだ、いちゃ悪いか!」
「い、いや……」
黄太郎は、高校の時からあまり変わっていなかった。
ヘアワックスでつんつんにした髪は今日も絶好調で天を向いている。
とにかく昔から怒りっぽいやつだった。
ただの「短気」とも言うけれど。
間違ったことが大嫌いで、トラブルが起きるとそれが解決するまでいつまでも不機嫌でいる、非常に面倒くさいやつでもあった。
解決のために全力で動いてくれるのはいいところなのだが……いかんせん、この性格が欠点である。
今その彼が言ったことは正論だ。
近所に住んでいるのだから、最寄りのこの店を利用するのはいたって正論である。
でも……気まずかった。
こんなところで会いたくなかった。
だって青司くんにはまだ――。
「おう、青司。ようやくこの地元に戻ってきたんだってな。じゃ、とりま一発殴らせろ」
「へ?」
青司くんがぽかんとしている間に、黄太郎は大きく右こぶしを振りかぶった。
わたしは青ざめた。
「や、やめて!」
とっさにそう言うが、黄太郎はかまわず青司くんに殴りかかっていく。
しかし、直前でその腕が別の誰かに掴まれた。
「も、森屋さん!?」
それは喫茶店の庭の管理をお願いしている、森屋堅一さんだった。
どうやらここのスーパーにお昼を買いに来ていたようだ。
片手にお弁当の袋、もう片方の手に黄太郎の手首と、両方しっかり掴んでいる。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます……」
「なんだ、もめごとか」
「いえ……」
青司くんが首を振ると、黄太郎はさらに跳びかかってこようとした。
それをギロリと睨む森屋さん。
ふと見回すと、通行人たちが遠巻きにわたしたちを眺めていた。喧嘩をしていると思われたのだろう。
「ちっ」
舌打ちをして、ようやく大人しくなる黄太郎。
わたしはあわてて黄太郎のところに行った。
「黄太郎、やめてよ、こんなところで。暴力なんてやめて」
「だってよ……」
「いいの。もうわたしは青司くんのこと許せてるんだから」
「んなこと言ったって、オレはまだ納得いかねえんだよ!」
「黄太郎……」
わたしたちの様子を見て、そっと手を離す森屋さん。
体が自由になっても黄太郎は不機嫌なままだった。もう殴りかかろうとはしなかったけど。
「なんか大丈夫そうなら、一足先に戻ってるぞ」
「あ、はい」
森屋さんが青司くんにそう言って去っていく。
少し離れた場所に軽トラックが止まっており、そのドアには『森屋園芸』との文字が書かれていた。
あれが仕事用の車なのだろう。
「黄太郎……」
昔、青司くんはふざけて黄太郎のことを「キタロウ」と呼ぶことがあった。
でも今はとても、そんな呼び方ができる状況じゃない。
青司くんは普通の名前で呼びながら、真剣な表情で言った。
「なあ、黄太郎。……これからうちで昼ご飯食べていかないか?」
「はあ?」
「真白から聞いたかもしれないけど、俺、あの家でこれから喫茶店を開こうと思ってるんだ。これからそのランチの試食会をしようと思ってる。そこで……お前にも食べてみてもらいたいんだ。いいかな?」
「……」
黄太郎は、ずっと怒りに満ちた目で青司くんをにらみ続けていた。そんな黄太郎に、わたしからもお願いする。
「お願い黄太郎。一緒に、来れたら来てほしい」
「……」
すると、一瞬だけ怒りが弱まった気がした。
わたしを見る目がどことなく優しくなる。
黄太郎の気持ちを考えると、わたしは胸がズキンと痛くなった。
だってわたしたちは……わたしのせいで別れることになったんだから。
でも今は、前に。前に進みたい。
わたしも黄太郎も青司くんも、ずっと過去にとらわれたままじゃダメだ。
前に、進まなきゃ。
「……わかった。ちょっとだけだぞ」
黄太郎は、そう言って頬を軽くかいた。
「黄太郎!」
「ありがとう、黄太郎」
思わずわたしと青司くんは喜びの声をあげる。
黄太郎は徒歩だったので、青司くんの車で連れていくことになった。しぶしぶ後部座席に座る黄太郎。
わたしはさっきと同じ助手席に座り、ちらっと振り返った。
「あの、黄太郎。できたらその袋、落ちないように見張っててくれる?」
「あ? これか?」
「そう」
それはさっきわたしたちが買った食材だった。
車の揺れで落ちたりするかもしれないと、少しだけ心配していたのだ。
黄太郎は買い物袋をじっと見つめると、片手をその上に置いて窓の外に視線を移した。
「……」
何も言わないが、任せろ、ということなのだろう。
わたしはなんだか嬉しくなった。と同時に、こうしたやりとりを懐かしく思った。
別れてからあまり話さなくなってしまったが、付き合うまでは男友達としてかなり仲よくしていたのだ。その頃を思い出す。
ふと気づくと、そんなわたしを青司くんがじっと見つめていた。
「えっ、何?」
何か勘付かれたのかもしれない。
ドキリとしながらもわたしは首をかしげてみせた。
「……」
しかし、青司くんは何も言わないまま首を振った。
エンジンがかかり、車が発進する。
帰ったらおそらく……わたしと黄太郎のことを聞かれるかもしれない。そうしたら、過去は知られてしまうのだろう。青司くんはそのとき、いったいどんな顔をするだろうか。
怖い。
でも前に進むためにはきちんと話し合わなくちゃいけない。
そう、後ろにいる黄太郎のためにも……。
わたしの親友、紅里も言っていた。
あんたはちゃんとけじめを付けなきゃだめよ、って。
けじめをつけなきゃいけない。
そう、それは……それぞれの未来のために。
※ ※ ※ ※ ※
行くときはとても長く感じられたのに、帰りはあっという間だった。
お店の前までくると、庭側の道路に森屋園芸さんの軽トラックが停まっている。
わたしたちの乗った車は元の駐車場に停めた。
下車し、店に戻る。
黄太郎は部屋に入ると、懐かしそうにあたりを見渡した。
「全っ然、変わってないな……。あっ、あの絵、もしかして青司が描いたやつか?」
「……うん、そうだよ」
黄太郎がゆび指したのは、壁に飾られた水彩画の数々だった。
外国の町並みや、動物、自然の風景など、どれも心が洗われるような素晴らしい絵である。
でもやはり黄太郎も、一番は桃花先生の絵に釘付けになった。
「これは……先生だな」
遠い昔を思い出すように、桃花先生の絵を見つめる。
彼もまた、ここで開かれていた「お絵かき教室」の生徒だった。
そしてわたしとは違って、彼だけはちゃんと中・高ともに美術部で絵を描く活動をつづけていたのだった。
「画家になったっていうのは、本当だったんだな」
そう言って青司くんを振り返る。
青司くんはスーパーで買った物をキッチン台の上に並べながら、調理器具類も戸棚から出しはじめていた。
「なのに、今さらこの町に戻ってくるなんて……いったい何考えてやがる」
「……」
青司くんは相変わらず黙っている。
黄太郎はフンと鼻を鳴らすと、カウンター席に荒々しく座った。
わたしも黄太郎の隣の席に座る。
「どういうつもりか聞かせてもらおうか? あとなんで真白も側にいるのかを。お前にはそんな資格、ねえだろうが」
そう言われた青司くんは、初めて黄太朗をにらんだ。
え? 今まで何を言われてもここまで怒ったりしなかったのに……急になんで……。
「資格? それは俺が何も言わずに連絡を断ったことを言ってるのか? それは、悪いと思ってる。でも、なんでお前にそこまで言われなきゃいけないんだ。真白に店の手伝いを頼んでることについては……真白も納得済みのことだ。資格なんて、そんなものあるわけないだろう!」
「あるさ!」
「こ、黄太郎……? 青司くん……!」
わたしは二人が怒鳴り合うのを、ハラハラと見守ることしかできなかった。
また黄太郎が急に殴りかかったらどうしよう……。
そんな心配をするわたしに、黄太郎はちらりと視線を送ってくる。
「大丈夫だ。もうさっきみたいなことはしねえ。でも……あとはコイツ次第だ」
「黄太朗……?」
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