魔法猫ファンネーデルと宝石加護の娘

津月あおい

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三日目

第12話 「ラーレス教」

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 白い頭巾をかぶった修道女は、アンナの店で魚を買い終わると、小走りで駆けだした。

「ああ、早くしないとお昼に間に合わなくなってしまいます! 急がないと!」

 頭巾からはみ出した金髪が揺れ、大きな胸も上下する。

 大通りを抜け、広場を突っ切り、見慣れた建物の扉を開ける。
 そこは広い礼拝堂だった。いくつもの長椅子の向こうに大きなステンドグラスが見える。その中央には金でできた太陽のモチーフが飾られていた。この国で唯一信仰されている宗教、ラーレス教の教会である。

 礼拝堂の端を箒ではいていた神父が、エミリーに気付いてパッとこちらを向いた。

「おや、おかえりなさい、エミリーさん」
「す、すみません! 遅くなりました、ダニエル神父」

 荒い息を吐きながら駆け寄ると、濃い茶髪をうしろに撫でつけた神父はにこっと微笑む。

「大丈夫ですよ。私もほら、まだ掃除が終わらなそうですし」
「いえ、あの、すぐにお昼の用意をいたしますので! じゃっ!」
「あっ、い、急いでいないので……いいです……よー」

 何か言われたような気もするが、エミリーは足早に裏の厨房へと向かう。
 そこにはすでに支度を進めている老齢の修道女がいた。

「エミリー、リスト通りに買って来たでしょうね」
「は、はい、グレースさん。野菜と卵と魚、あと追加の塩、買ってきました」
「じゃあ、早くして頂戴」
「はい!」

 エミリーは返事をすると腕をまくり、すでに湯がわきあがっているところへ、細かく刻んだ野菜や卵を入れる。グレースは渡された魚を器用にさばいていった。
 やがて、厨房の隣の部屋に、昼餉の支度が整う。

「エミリー、それじゃ神父様を呼んできて」
「はいっ」

 エミリーが廊下に出ようとすると、すでにそこにはダニエル神父が立っていた。

「うわっ。びっくり……しました! ダニエル神父」
「すみません。いいにおいがしてきたものですから、勝手に来てしまいました」
「いえ、こちらこそお呼びするのが遅れてしまってすみません。あの……もう準備はできております」
「そうですか。では、さっそくいただきましょう」

 三人が食卓につくと、それぞれ食べる前の儀式をする。両手を料理の上にかざし、手のひらを上に返してから、目を閉じる。

「天の神、ラーレスよ。この食事の恵みをたまわったこと、心から感謝いたします。この恵みにかかわった者に、さらなる恵みがありますように」

 そして両手を目の前で合わせると「いただきます」と三人が唱和する。

「いやあ、とってもおいしそうですね! グレースさん、このお魚は何なんですか?」
「ダニエル神父、袖の先がスープに浸かっておりますよ」
「おわっ」

 よだれをたらしながら質問した神父に、グレースはさっそく注意をする。神父はあわてて腕を引っ込め、手首のあたりを見た。くすりと笑いながら、エミリーは代わりに答える。

「それはツルギウオっていう魚ですよ。淡白ですけど、濃いソースと合わすととてもおいしいんです。ね、グレースさん」
「ええ。今日はムニエルにしてみました」
「そうですか。いやあ、これ食べるの久しぶりなんですよね! ではさっそく……。むむっ、やっぱり美味いです! さすがはグレースさん。エミリーさんも買い物いつもご苦労様です! ありがとうございます」
「い、いえ……」
「そんな……」

 グレースもエミリーも神父があまりにもおいしそうに食べて、おおげさに感謝してくるものだから、なんだか照れてしまっていた。だが、急に深刻そうな顔をして神父は匙を置く。
 グレースはその様子に心配そうに声をかけた。

「どうしました、ダニエル神父」
「いえ……その……朝のミサの後、とある信徒が懺悔室に来ましてね」
「懺悔、ですか?」
「ええ」

 神父はテーブルの上に置いてあった布巾で、汚れた袖の先を拭いた。

「それが……自分たちは神の意志に背いているのでは、という『相談』でした」
「ダニエル神父、差支えなければどんな内容だったか聞いても?」
「ええ。これはお二人にも知っておいてほしい事ですので……お話ししておきます。その信徒が言うことには……例の攫われた宝石加護の少女が、このサンダロスに……囚われているのだそうです」
「えっ? あの、ユリオン村の少女が……ですか?! と、囚われているって……」

 がたん、とエミリーは思わず席を立って叫ぶ。グレースがまたも厳しい口調で注意した。

「少し落ち着きなさい、エミリー。はしたないですよ」
「す、すみません……グレースさん」

 しょんぼりしてエミリーはまた座る。グレースはそれを見届けると、神父に向かって言った。

「たしかその少女は……ガーネットとかいう、宝石と同じ名前の娘、でしたね? 一週間ほど前にユリオン村からいなくなったとか……いまだに見つかっていないと聞きます。ダニエル神父。それで、その少女は『どこに』囚われているのです。密告してきた者とは……?」
「懺悔室に来たのは……こともあろうにサンダロス伯爵の屋敷で働いている者、でした。ですから囚われているのは……」
「そんな……まさかサンダロス伯爵様が? その少女を……?」

 グレースは驚きの内容に顔をさっと青ざめさせる。椅子に座り直したエミリーもまた、かなりの動揺を見せていた。

「ど……どうして、伯爵様が? 宝石加護の娘を伯爵様が手に入れる理由なんてどこにも……。えっ? ま、まさか……」
「ええ。おそらく、あなたの予想通りです。この街に蔓延している奇病をどうにかするために……サンダロス伯爵は手を回したのでしょうね。宝石加護の人間は、えてしてこうした権力者に利用されがちです。エミリーさん、私は……その事実を耳に入れたからには、確かめに行かなくてはなりません」
「ダニエル神父……これからその、伯爵様のお屋敷に行かれるのですか?」
「いえ。すぐに向かうと、密告した信徒の立場が危うくなるでしょうからね。もう少し日を置いてからにします」
「そう、ですか……」

 その言葉に、エミリーは少しばかり胸を撫で下ろす。
 本来ならばすぐに対処しなくてはならない案件だが、そういったことならば、日を置いている間に穏便に事を進められるかもしれない。王都にある教会本部への根回しや、周辺の聞き込みによる裏付け捜査など、直接今、ダニエル神父が切り込むよりはマシな手が打てるはずだ。
 いくら教会の者だと言っても、貴族への対応を間違うと、最悪この街を歩けなくさせられる恐れがある。
 同じことをグレースも思っていたようで、そんな彼女たちを安心させるように、ダニエル神父は言った。

「大丈夫です。私も、色々と接触の仕方を考えてみますから。ともかく、宝石加護を受けた人間の居場所を特定しておくのは我々『教会』の役目です。できればその少女を保護してあげたいところですが……この街の現状を鑑みるに、すぐには難しいかもしれませんね」

 袖の滲みを見つめながら、神父はそうひとりごちるように言う。
 この街の奇病がおさまるまでは、どうあってもサンダロス伯爵はあの少女を手放さないだろう。
 その間に、少女がどのような待遇を受けるかはわからない。教会で保護されていれば、身の危険はそれほどないが、そうではない一個人の元に置かれている場合、たいていは血みどろの争奪戦に巻き込まれる。それで命を落とした宝石加護持ちの人間も多い。

 エミリーは少女の行く末を案じ、心の中で神にひそかに祈っていた。
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