21 / 53
四日目
第20話 「謎の女」
しおりを挟む
細い路地を歩く。
建物の影が、石畳に降りている。
その影と、陽の当たるところを交互に通り過ぎながら、黒猫はあたりを見回した。
――――まただ。またいる。
盲目の人間が、ひとり、ふたりと歩いているのを見つけた。
ある者は身内に介助されながら、またある者は独りで補助杖をつきながら行き来している。
すでに腐りきっているのか、ただれた目元を包帯で巻いて隠している者もいる。その姿は、とても痛々しかった。
――――ガーネットの「力」は……本当にこの街を救うのか?
見る限り、その兆候はない。
それどころかまるで変わっていないように見える。
黒猫はとぼとぼと歩いていたので、ようやく路地の終着点に差し掛かった。その先には中央広場が見える。
英雄ファンネーデルの像が、こちらを向いていた。
同じ名前を少女につけられたが……黒猫にはまるでピンとこない。
――――ずいぶんと、大層な名をつけられたもんだな。全然、英雄なんかじゃ……ないのに。
像は真っ青に輝く両の瞳で、黒猫を見つめていた。
お前は我が名を継ぐにふさわしいのか、と問いかけられているようだ。
黒猫は首をふりながら広場を横切ろうとした。
「おっと……!」
と、突然目の前に、真っ黒な布がぶつかってきた。
どうやら誰かと鉢合わせてしまったらしい。黒猫は顔の痛みに耐えながら見上げてみる。
そこには、真っ黒な外套に、つば広のとんがり帽子をかぶった人間がいた。
うねるような長い金髪の女性だ。外套の内側には、見慣れない前合わせの白い長衣。今日は変わった服を着たやつに良く遭うなと思っていると、女はふと何かに気付いて腰をかがめてきた。
「おや、珍しい色の瞳をしていマスね。だいたい黒猫というのは、金の瞳をしているはずデス。それが、空と海が混ざったような美しい青。これは……気になりマス!」
喜色満面でそう言われると、とたんに黒猫は面倒くさくなった。立ち止まらずに行こうとすると、女はささっと回り込んで、黒猫の進行を妨害してくる。
――――なんだよ、コイツ。厄介なやつだな……。
「おや、テレパシーもできるんデスか? ホントに変わった猫デスねえ」
心の声を読まれて、黒猫は驚愕した。
まさかガーネット以外にも自分と会話できる人間がいるなどとは思わなかったのだ。
「これはさすがに研究の価値が……って、ああ、驚かないでください。ワタシはエアリアル・シーズン。とある研究をしている科学者です」
――――カガクシャ……?
「ええ、その研究分野は多岐にわたるのデスが……。モノや動物の心に関する研究も、してるんデスよ。だから、こうして貴方ともお話ができるんデス」
――――そんなことが……。まさかお前も宝石加護の人間、なのか?
「宝石加護? そんな、この世界の超常現象なんかの恩恵は受けていませんよ。あくまで独自の研究成果によるものデス。貴方こそ……そうなんデスか? 特徴の一つとしては、あり得マスが。でも動物にそういった恩恵が与えられるといった話は聞いたことがありませんネ……」
――――ボクは自分がそうかどうかなんて知らない。それより、早くそこをどけよ。ボクはお前なんかに用はない。
無視して行こうとすると、女はさらに行かせまいと目の前に立ちはだかった。
「どこへ行くんデスか? 貴方にはもう行く場所なんか……ないでしょう。それに、貴方にはなくても、ワタシには用ができたんデス、たった今ネ。だから待ってください」
黒猫は目を見開く。
どうしてそれを……「知って」いるのか。心の声を聞いただけではそんなことはわからないはずだ。黒猫は混乱した。
「フフッ、ワタシは、対象物に『チャンネル』を合わせられるんデスよ。そうしてモノや動物と会話ができるんデス。しかし……貴方の場合は違いましタ。会った瞬間、強制的にこちらのチャンネルが合わせられましタ。これは、貴方もワタシのような『能力』を持っている、ということ……」
――――よくわからないけど……それで? だからなんだっていうんだ。
「どうしてそうなったのか、非常に興味深いデス。自然にできるようになったのか? それとも先ほど言ったように宝石加護による能力なのか? それを知るために、さらに深くチャンネルを合わせてみましタ。そうしたら……直近の貴方の映像が頭の中に流れてきたんデスよ。いわゆる『過去の記憶』ってやつデスね」
――――なっ、記憶? いったい何を……。
「この少女は誰デス? この娘も変わった目の色を……そうかなるほど! この少女が宝石加護の……」
――――や、やめろ! よくわからなけど……あいつは関係ない。勝手に覗き見るな。
「ふうん。この少女、貴方にとってすごく『大事』なんデスね。まあ、いいデス。研究対象として貴方の目をいただければ……全て、わかりマスから」
――――な、何、やめろ……。
女は黒猫に近寄ると、じっと目を見つめてきた。そして、にっこりとほほ笑む。
しかし、特にそれ以上何も起こらない。
「あれ? おかしいデスね……」
何かが思うようにいかなかったらしく、首をかしげている。チャンスだと思い、その隙に黒猫は一目散に逃げ出した。
「あっ、待ってください! 黒猫サン!」
女の叫び声が後ろから聞こえたが、構っていられない。
振り向かずに、黒猫は人ごみの中に飛び込んだ。
建物の影が、石畳に降りている。
その影と、陽の当たるところを交互に通り過ぎながら、黒猫はあたりを見回した。
――――まただ。またいる。
盲目の人間が、ひとり、ふたりと歩いているのを見つけた。
ある者は身内に介助されながら、またある者は独りで補助杖をつきながら行き来している。
すでに腐りきっているのか、ただれた目元を包帯で巻いて隠している者もいる。その姿は、とても痛々しかった。
――――ガーネットの「力」は……本当にこの街を救うのか?
見る限り、その兆候はない。
それどころかまるで変わっていないように見える。
黒猫はとぼとぼと歩いていたので、ようやく路地の終着点に差し掛かった。その先には中央広場が見える。
英雄ファンネーデルの像が、こちらを向いていた。
同じ名前を少女につけられたが……黒猫にはまるでピンとこない。
――――ずいぶんと、大層な名をつけられたもんだな。全然、英雄なんかじゃ……ないのに。
像は真っ青に輝く両の瞳で、黒猫を見つめていた。
お前は我が名を継ぐにふさわしいのか、と問いかけられているようだ。
黒猫は首をふりながら広場を横切ろうとした。
「おっと……!」
と、突然目の前に、真っ黒な布がぶつかってきた。
どうやら誰かと鉢合わせてしまったらしい。黒猫は顔の痛みに耐えながら見上げてみる。
そこには、真っ黒な外套に、つば広のとんがり帽子をかぶった人間がいた。
うねるような長い金髪の女性だ。外套の内側には、見慣れない前合わせの白い長衣。今日は変わった服を着たやつに良く遭うなと思っていると、女はふと何かに気付いて腰をかがめてきた。
「おや、珍しい色の瞳をしていマスね。だいたい黒猫というのは、金の瞳をしているはずデス。それが、空と海が混ざったような美しい青。これは……気になりマス!」
喜色満面でそう言われると、とたんに黒猫は面倒くさくなった。立ち止まらずに行こうとすると、女はささっと回り込んで、黒猫の進行を妨害してくる。
――――なんだよ、コイツ。厄介なやつだな……。
「おや、テレパシーもできるんデスか? ホントに変わった猫デスねえ」
心の声を読まれて、黒猫は驚愕した。
まさかガーネット以外にも自分と会話できる人間がいるなどとは思わなかったのだ。
「これはさすがに研究の価値が……って、ああ、驚かないでください。ワタシはエアリアル・シーズン。とある研究をしている科学者です」
――――カガクシャ……?
「ええ、その研究分野は多岐にわたるのデスが……。モノや動物の心に関する研究も、してるんデスよ。だから、こうして貴方ともお話ができるんデス」
――――そんなことが……。まさかお前も宝石加護の人間、なのか?
「宝石加護? そんな、この世界の超常現象なんかの恩恵は受けていませんよ。あくまで独自の研究成果によるものデス。貴方こそ……そうなんデスか? 特徴の一つとしては、あり得マスが。でも動物にそういった恩恵が与えられるといった話は聞いたことがありませんネ……」
――――ボクは自分がそうかどうかなんて知らない。それより、早くそこをどけよ。ボクはお前なんかに用はない。
無視して行こうとすると、女はさらに行かせまいと目の前に立ちはだかった。
「どこへ行くんデスか? 貴方にはもう行く場所なんか……ないでしょう。それに、貴方にはなくても、ワタシには用ができたんデス、たった今ネ。だから待ってください」
黒猫は目を見開く。
どうしてそれを……「知って」いるのか。心の声を聞いただけではそんなことはわからないはずだ。黒猫は混乱した。
「フフッ、ワタシは、対象物に『チャンネル』を合わせられるんデスよ。そうしてモノや動物と会話ができるんデス。しかし……貴方の場合は違いましタ。会った瞬間、強制的にこちらのチャンネルが合わせられましタ。これは、貴方もワタシのような『能力』を持っている、ということ……」
――――よくわからないけど……それで? だからなんだっていうんだ。
「どうしてそうなったのか、非常に興味深いデス。自然にできるようになったのか? それとも先ほど言ったように宝石加護による能力なのか? それを知るために、さらに深くチャンネルを合わせてみましタ。そうしたら……直近の貴方の映像が頭の中に流れてきたんデスよ。いわゆる『過去の記憶』ってやつデスね」
――――なっ、記憶? いったい何を……。
「この少女は誰デス? この娘も変わった目の色を……そうかなるほど! この少女が宝石加護の……」
――――や、やめろ! よくわからなけど……あいつは関係ない。勝手に覗き見るな。
「ふうん。この少女、貴方にとってすごく『大事』なんデスね。まあ、いいデス。研究対象として貴方の目をいただければ……全て、わかりマスから」
――――な、何、やめろ……。
女は黒猫に近寄ると、じっと目を見つめてきた。そして、にっこりとほほ笑む。
しかし、特にそれ以上何も起こらない。
「あれ? おかしいデスね……」
何かが思うようにいかなかったらしく、首をかしげている。チャンスだと思い、その隙に黒猫は一目散に逃げ出した。
「あっ、待ってください! 黒猫サン!」
女の叫び声が後ろから聞こえたが、構っていられない。
振り向かずに、黒猫は人ごみの中に飛び込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる