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五 池田家家宝
二
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「まあ待て、先を急ぐ人間がわざわざこのような廃寺に用があるとは思えない。少し話をしようじゃないか」
一益は、いちいち鋭い。無頼漢な性格が災いして二十歳になるまで、引き立ててくれる主人に出会えなかった。まだ、元服前の子供で大うつけと呼ばれる三郎吉法師には、その裏表のない性格だから信頼されたのであろう。体格もいいし用心棒として側に置かれた。
ただ、大人には大人の事情があり、時々、こうして三郎吉法師の側を離れて、羽目を外す時間がいる。
この従兄は騙せない。嘘を重ねればかえって怪しまれ、先には行かせてもらえなくなる。
ふと、勝三郎は、床に転がっている不動明王の首を見つけた。「これだ!」この仏頭を絡めて話を作れば上手く騙せるかも知れない。
「実は、仏の兜首を獲りに来たのです」
と、勝三郎は大風呂敷を広げた。
庫裏の床に誰が不動明王の首を打ち落としたのか知らない。ここを戦地にした某かの侍の仕業か、はたまた、廃寺で遊ぶ子供のイタズラか罰当たりにも首は落ちていた。
「不動明王、討ち取った!」
勝三郎は、芝居がかった素振りで、不動明王の首を拾い上げ、高らかに名乗りを上げた。
「うむ、お前はその首を誰に見せるのだ」
一益も、縁起を担ぐ侍だ。不動明王の首を討ち取ることは、これほど縁起が悪いことはない。勝三郎も、持ち去るつもりはなかったが、もう後には退けない。どうせ俺は、三郎吉法師と命懸けの喧嘩をするつもりだ。縁起なんて今更関係ない。
「俺は、この首を三郎吉法師に持ち込んで恩賞を貰う!」
もう、後には退けない。
三郎吉法師の家来の一益に言ってしまった。
もう、この不動明王の首を持って行くしかない。ハッタリでもあの大うつけに一泡吹かせればそれでいいのだ。そもそも、あの大うつけに礼にかなった詫びを入れたところで、お善の縁談を撤回するとは思えない。
(よし、度肝を抜いてやる!)
「ん……それならば、面白いことになりそうだ」
一益は、止めるどころか、この愚かな蛮勇に賛成のようだ。
「一益の従兄貴、構わねぇのかい?」
「うん、そうだな。ワシは構わん」
「そうか」
一益は、少しは反対すると思ったが、反対どころか黙認した。
「でもよ従兄貴。知っていて黙認したのでは、後で、三郎吉法師に知れたらお叱りを受けるのではないか?」
さすがに実行すれば、一益にも迷惑が掛かると思った勝三郎は、控えめに尋ねた。すると、一益はトボケた顔して、
「ワシに言っているのか? ぜんぜん構わん。それにワシはなにも聞いておらん」
と、記憶にございませんと、白を切るつもりのようだ。
「三郎吉法師とは、どんな男なのですか?」
勝三郎は、一益の反応を見ていると、そう口走っていた。
「そうだのう……」
一益は、顎に手をやり深く考え出した。腕を組み、頭を捻って、ただの一言導き出した。
「わからん」
「わからんとは、従兄貴はあの三郎吉法師の家来でしょうに」
と、勝三郎が前のめりに問い質した。
「うん、そうだ。あの方は訳がわからん」
一益は、本気でそう言っている。
「まったく従兄貴は……」
勝三郎も、自分の主人の人物評もできない一益のいい加減な性格に呆れた。
「いやいや、勝三郎、そうではないぞ。本当にわからんのだ」
一益は、自分でも何を言っているのかわからないが、勝三郎が主人の人物すら理解していないのかと、呆れているのはわかる。
「どういうことだね従兄貴?」
勝三郎は、ますます前のめりに聞き返した。
「あのな、三郎吉法師様は、天気の変わりやすい秋空のような男なのだ」
と、庫裏の扉を大きく開けた。
「ほれ見てみろ」
と、入道雲が積雲する空を指差した。
「秋の空ですか……」
そう言われて、勝三郎も、ぶっ飛ばしてやろうと心に決めていた大うつけの三郎吉法師が分からなくなった。もしかすると殴り飛ばさずとも話が通じるかも知れない。そんな風に勝三郎が甘い考えを巡らせた。
「うん⁈ やめとけ、やめとけ勝三郎。話せばわかるなどと甘い考えは止めておけ。あの方は話してわかるような御仁ではない。証拠にお前も言葉ではなくブン殴られただろう。それが三郎吉法師様だ」
一益の三郎吉法師に対するあっちへ行ったり、こっちへ戻ったりの禅問答のようなやり取りに、さすがの勝三郎も焦れてきた。
「だったら、俺はどうしたらいいのです!」
と、勝三郎が話を放り出そうとしたら、腕を組んで渋い顔していた一益が、ポンッ! となにか閃いたように手を叩いた。
「わかったぞ勝三郎! お前これから三郎吉法師様に、賭け喧嘩のダシに使われたあの娘の縁談をひっくり返しに行くのだろう?」
どこをどう考えたらその結論に行き着くのかわからないが、この従兄は天性の勘の良さと洞察力で当て推量して、勝三郎の目的を看破した。
「従兄、だったら止めるのか?」
勝三郎が、控えめに話をうかがった。
「うむ、止めておけとは言わぬ。むしろ、手を貸してやろう」
と、一益は、勝三郎の隠していた風呂敷包みを見せるように促した。
「本当に手を貸してくれるのか?」
と、勝三郎が包みを開ける前に深く尋ねた。一益は、「任せておけ」とドンッ! と、力加減をせずに、胸を叩いたからもんどり打って転がった。
一益は、いちいち鋭い。無頼漢な性格が災いして二十歳になるまで、引き立ててくれる主人に出会えなかった。まだ、元服前の子供で大うつけと呼ばれる三郎吉法師には、その裏表のない性格だから信頼されたのであろう。体格もいいし用心棒として側に置かれた。
ただ、大人には大人の事情があり、時々、こうして三郎吉法師の側を離れて、羽目を外す時間がいる。
この従兄は騙せない。嘘を重ねればかえって怪しまれ、先には行かせてもらえなくなる。
ふと、勝三郎は、床に転がっている不動明王の首を見つけた。「これだ!」この仏頭を絡めて話を作れば上手く騙せるかも知れない。
「実は、仏の兜首を獲りに来たのです」
と、勝三郎は大風呂敷を広げた。
庫裏の床に誰が不動明王の首を打ち落としたのか知らない。ここを戦地にした某かの侍の仕業か、はたまた、廃寺で遊ぶ子供のイタズラか罰当たりにも首は落ちていた。
「不動明王、討ち取った!」
勝三郎は、芝居がかった素振りで、不動明王の首を拾い上げ、高らかに名乗りを上げた。
「うむ、お前はその首を誰に見せるのだ」
一益も、縁起を担ぐ侍だ。不動明王の首を討ち取ることは、これほど縁起が悪いことはない。勝三郎も、持ち去るつもりはなかったが、もう後には退けない。どうせ俺は、三郎吉法師と命懸けの喧嘩をするつもりだ。縁起なんて今更関係ない。
「俺は、この首を三郎吉法師に持ち込んで恩賞を貰う!」
もう、後には退けない。
三郎吉法師の家来の一益に言ってしまった。
もう、この不動明王の首を持って行くしかない。ハッタリでもあの大うつけに一泡吹かせればそれでいいのだ。そもそも、あの大うつけに礼にかなった詫びを入れたところで、お善の縁談を撤回するとは思えない。
(よし、度肝を抜いてやる!)
「ん……それならば、面白いことになりそうだ」
一益は、止めるどころか、この愚かな蛮勇に賛成のようだ。
「一益の従兄貴、構わねぇのかい?」
「うん、そうだな。ワシは構わん」
「そうか」
一益は、少しは反対すると思ったが、反対どころか黙認した。
「でもよ従兄貴。知っていて黙認したのでは、後で、三郎吉法師に知れたらお叱りを受けるのではないか?」
さすがに実行すれば、一益にも迷惑が掛かると思った勝三郎は、控えめに尋ねた。すると、一益はトボケた顔して、
「ワシに言っているのか? ぜんぜん構わん。それにワシはなにも聞いておらん」
と、記憶にございませんと、白を切るつもりのようだ。
「三郎吉法師とは、どんな男なのですか?」
勝三郎は、一益の反応を見ていると、そう口走っていた。
「そうだのう……」
一益は、顎に手をやり深く考え出した。腕を組み、頭を捻って、ただの一言導き出した。
「わからん」
「わからんとは、従兄貴はあの三郎吉法師の家来でしょうに」
と、勝三郎が前のめりに問い質した。
「うん、そうだ。あの方は訳がわからん」
一益は、本気でそう言っている。
「まったく従兄貴は……」
勝三郎も、自分の主人の人物評もできない一益のいい加減な性格に呆れた。
「いやいや、勝三郎、そうではないぞ。本当にわからんのだ」
一益は、自分でも何を言っているのかわからないが、勝三郎が主人の人物すら理解していないのかと、呆れているのはわかる。
「どういうことだね従兄貴?」
勝三郎は、ますます前のめりに聞き返した。
「あのな、三郎吉法師様は、天気の変わりやすい秋空のような男なのだ」
と、庫裏の扉を大きく開けた。
「ほれ見てみろ」
と、入道雲が積雲する空を指差した。
「秋の空ですか……」
そう言われて、勝三郎も、ぶっ飛ばしてやろうと心に決めていた大うつけの三郎吉法師が分からなくなった。もしかすると殴り飛ばさずとも話が通じるかも知れない。そんな風に勝三郎が甘い考えを巡らせた。
「うん⁈ やめとけ、やめとけ勝三郎。話せばわかるなどと甘い考えは止めておけ。あの方は話してわかるような御仁ではない。証拠にお前も言葉ではなくブン殴られただろう。それが三郎吉法師様だ」
一益の三郎吉法師に対するあっちへ行ったり、こっちへ戻ったりの禅問答のようなやり取りに、さすがの勝三郎も焦れてきた。
「だったら、俺はどうしたらいいのです!」
と、勝三郎が話を放り出そうとしたら、腕を組んで渋い顔していた一益が、ポンッ! となにか閃いたように手を叩いた。
「わかったぞ勝三郎! お前これから三郎吉法師様に、賭け喧嘩のダシに使われたあの娘の縁談をひっくり返しに行くのだろう?」
どこをどう考えたらその結論に行き着くのかわからないが、この従兄は天性の勘の良さと洞察力で当て推量して、勝三郎の目的を看破した。
「従兄、だったら止めるのか?」
勝三郎が、控えめに話をうかがった。
「うむ、止めておけとは言わぬ。むしろ、手を貸してやろう」
と、一益は、勝三郎の隠していた風呂敷包みを見せるように促した。
「本当に手を貸してくれるのか?」
と、勝三郎が包みを開ける前に深く尋ねた。一益は、「任せておけ」とドンッ! と、力加減をせずに、胸を叩いたからもんどり打って転がった。
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この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))
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