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五 池田家家宝
五
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四半刻(およそ三十分)すると、勝三郎は、三郎吉法師との面会に呼ばれた。
三郎吉法師の間に現れた勝三郎の姿は、誰もが目を疑った。頭を三郎吉法師同様に茶筅髷に結い。上は白装束の白衣に、袴は左が黒地に赤鬼、右が狼の皮。大うつけと呼ばれる若殿の向こうを張った。
「おお、傾奇いたのう」
三郎吉法師が驚きの声を上げた。
「で、あるか」
「ますます、傾奇いておる」
三郎吉法師が喜色満面に応えた。
勝三郎は、織田家の若殿と面会するのに、真っ向勝負を挑んだのだ。
もちろん、三郎吉法師も負けてはいない。いつもの大うつけと呼ばれる装いだ。しかし、今日の三郎吉法師の表情はこの間会ったときと同じ熱い目をしているが、勝三郎を見る瞳の奥が、どこか友達と接するようにあたたかい。
「よい、心意気だ勝三郎」
「……」
まさか、褒められるとは夢にも思わなかった。
「勝三郎。返して欲しいのは、家宝の短刀か、それとも女か?」
「どちらも返せ!」
「ほう、望みは二つか?」
「どちらも、俺の大切なものなのでな」
「短刀の話は、爺から聞かせてもらった。女はどうなのだ?」
「大切な幼なじみだ」
まさか、女房にしようと思っているとも言えない。まだ、勝三郎は子供なのだ。それほどの感情にもいたっていない。
「言い交わした仲なのか?」
「違います。姉のような存在だ」
「姉か……大切なのか?」
「幼いころから共に過ごして育ったゆえ、隣にいて当たり前の存在なのだ」
(返してくれると約束するまで、下手に出なければなるまい)
「そうか……」
三郎吉法師は、急に興味を失ったように気のない返事をした。
「その手荷物はなんだ。俺への手土産か?」
(そうだ大うつけ、これがお前への手土産だ)
「家宝とお善を返してもらうため持参いたしました」
「勝三郎、退屈は困るぞ」
(ああ、わかっているぞ、大うつけ!)
「古寺に巣くっていた賊の首にございます」
三郎吉法師は、この勝三郎の頓智が気に入ったのかニヤリと笑った。
「どこの賊の首か?」
「萬松寺の不動明王とか申す賊の首にございます」
「織田家の菩提寺、萬松寺の不動だと‼」
口から出まかせのハッタリだ。不動明王の首は廃寺から持ってきただけで、首すら打ち落としてはいない。勝三郎は、三郎吉法師に喧嘩を売るつもりで、織田家の菩提寺の名を引っ張り出したのである。
「そうか!」
いきなり、三郎吉法師の拳が、勝三郎の顔にめり込んだ。
「待っていました!」
勝三郎は、なんとか踏み止まり、三郎吉法師を殴り返した。
しかし、そこまでだった。次の瞬間には、三郎吉法師の拳が顎に入った。
「勝三郎大丈夫か?」
介抱する従兄の滝川一益が顔を覗き込んだ。
「あがッ、あがあ……」
顎の付け根の動きがおかしい。左右に動かすと違和感がある。また、強烈な一撃を食らったのである。
「俺は、また殴られたのか?」
勝三郎を心配そうに覗きこむ一益に呟いた。
「うむ、若殿もさすがに織田家の菩提寺から不動明王の首を討ったと聞いて頭に血が上がったのであろう。しかも、勝三郎、お前が一発お見舞いしたそうじゃないか。後は、気を失ったお前に馬乗りになり、ワシが止めに入るまで殴り続けていた」
「お善は?」
「……」
「短刀は?」
「……すまない」
勝三郎は可笑しさが込み上げてきた。まったく、自分の馬鹿さ加減に呆れて可笑しいのだ。うつけ者と評判の若殿とはいえ生まれたときからの殿様だ。今まで、一度だって大っぴらに反発されたことはないだろう。それが、身分の低い小僧に反撃の一撃を食らった。怒るのも無理がない。
(こういうのを自業自得というのだろう。お善の件も、目の前にぶら下げられた銭に目がくらんで罠にかかった。刀も家老とはいえ他人に預けてなんとかしてもらおうという心が甘いのだ)
「はあ、まったく俺は馬鹿だった。頭が足んねぇ」
勝三郎は、大きなため息をついた。
勝三郎は、己の力を頼み喧嘩腰の性格が災いしすべてを失った。
(お善と、おっ母になんと詫びればいいのだろう……)
そう考えると気が重い。
いくら若殿に売られた喧嘩とはいえ、関係のないお善を賭けに使ったのは勝三郎だ。それにも増して話をひっくり返せなかったのは、俺の実力不足だ。結局、すべては勝三郎の責任だ。
(なら、俺は意に添わぬ結婚をするお善の気が済むまで、独り身で通さねばなるまい)
と、勝三郎は、もはやお善の縁談をひっくり返せないと悟り、自分なりの責任の取り方を決めた。
(しかし、池田家の家宝の短刀は……)
正直なところ、勝三郎には家宝の話はどうでもいい。いくら将軍家所縁の宝であっても、俺をほったらかしにした無責任な母が。森寺の養父に預けた刀だ。どうせ母も、それほどの思い入れはないだろう。
だが、勝三郎のその考えすらも甘かった。
勝三郎に、もう一度、三郎吉法師から呼び出しがかかったのだ。
「あいつ、よっぽど俺のやった事が気に入らなかったのだ。それなら潔く腹を切るか」
勝三郎は、短略的な覚悟を決めた。
どうせ気まぐれな若殿の気持ち一つで俺の命などどうにでもなるのだ。好き勝手に振り回されるぐらいなら、いっそ、差し違えるか」
と、性懲りもない考えが頭を巡る。
こうなっては仕方がない。鬼が出るか蛇が出るか、自分の頭で考えても分からん。大うつけの話を聞いて、それから、腹を切るなり刺し違えるなり決めればいいさ。
勝三郎は、開き直ると勇気が湧いた。
三郎吉法師の間に現れた勝三郎の姿は、誰もが目を疑った。頭を三郎吉法師同様に茶筅髷に結い。上は白装束の白衣に、袴は左が黒地に赤鬼、右が狼の皮。大うつけと呼ばれる若殿の向こうを張った。
「おお、傾奇いたのう」
三郎吉法師が驚きの声を上げた。
「で、あるか」
「ますます、傾奇いておる」
三郎吉法師が喜色満面に応えた。
勝三郎は、織田家の若殿と面会するのに、真っ向勝負を挑んだのだ。
もちろん、三郎吉法師も負けてはいない。いつもの大うつけと呼ばれる装いだ。しかし、今日の三郎吉法師の表情はこの間会ったときと同じ熱い目をしているが、勝三郎を見る瞳の奥が、どこか友達と接するようにあたたかい。
「よい、心意気だ勝三郎」
「……」
まさか、褒められるとは夢にも思わなかった。
「勝三郎。返して欲しいのは、家宝の短刀か、それとも女か?」
「どちらも返せ!」
「ほう、望みは二つか?」
「どちらも、俺の大切なものなのでな」
「短刀の話は、爺から聞かせてもらった。女はどうなのだ?」
「大切な幼なじみだ」
まさか、女房にしようと思っているとも言えない。まだ、勝三郎は子供なのだ。それほどの感情にもいたっていない。
「言い交わした仲なのか?」
「違います。姉のような存在だ」
「姉か……大切なのか?」
「幼いころから共に過ごして育ったゆえ、隣にいて当たり前の存在なのだ」
(返してくれると約束するまで、下手に出なければなるまい)
「そうか……」
三郎吉法師は、急に興味を失ったように気のない返事をした。
「その手荷物はなんだ。俺への手土産か?」
(そうだ大うつけ、これがお前への手土産だ)
「家宝とお善を返してもらうため持参いたしました」
「勝三郎、退屈は困るぞ」
(ああ、わかっているぞ、大うつけ!)
「古寺に巣くっていた賊の首にございます」
三郎吉法師は、この勝三郎の頓智が気に入ったのかニヤリと笑った。
「どこの賊の首か?」
「萬松寺の不動明王とか申す賊の首にございます」
「織田家の菩提寺、萬松寺の不動だと‼」
口から出まかせのハッタリだ。不動明王の首は廃寺から持ってきただけで、首すら打ち落としてはいない。勝三郎は、三郎吉法師に喧嘩を売るつもりで、織田家の菩提寺の名を引っ張り出したのである。
「そうか!」
いきなり、三郎吉法師の拳が、勝三郎の顔にめり込んだ。
「待っていました!」
勝三郎は、なんとか踏み止まり、三郎吉法師を殴り返した。
しかし、そこまでだった。次の瞬間には、三郎吉法師の拳が顎に入った。
「勝三郎大丈夫か?」
介抱する従兄の滝川一益が顔を覗き込んだ。
「あがッ、あがあ……」
顎の付け根の動きがおかしい。左右に動かすと違和感がある。また、強烈な一撃を食らったのである。
「俺は、また殴られたのか?」
勝三郎を心配そうに覗きこむ一益に呟いた。
「うむ、若殿もさすがに織田家の菩提寺から不動明王の首を討ったと聞いて頭に血が上がったのであろう。しかも、勝三郎、お前が一発お見舞いしたそうじゃないか。後は、気を失ったお前に馬乗りになり、ワシが止めに入るまで殴り続けていた」
「お善は?」
「……」
「短刀は?」
「……すまない」
勝三郎は可笑しさが込み上げてきた。まったく、自分の馬鹿さ加減に呆れて可笑しいのだ。うつけ者と評判の若殿とはいえ生まれたときからの殿様だ。今まで、一度だって大っぴらに反発されたことはないだろう。それが、身分の低い小僧に反撃の一撃を食らった。怒るのも無理がない。
(こういうのを自業自得というのだろう。お善の件も、目の前にぶら下げられた銭に目がくらんで罠にかかった。刀も家老とはいえ他人に預けてなんとかしてもらおうという心が甘いのだ)
「はあ、まったく俺は馬鹿だった。頭が足んねぇ」
勝三郎は、大きなため息をついた。
勝三郎は、己の力を頼み喧嘩腰の性格が災いしすべてを失った。
(お善と、おっ母になんと詫びればいいのだろう……)
そう考えると気が重い。
いくら若殿に売られた喧嘩とはいえ、関係のないお善を賭けに使ったのは勝三郎だ。それにも増して話をひっくり返せなかったのは、俺の実力不足だ。結局、すべては勝三郎の責任だ。
(なら、俺は意に添わぬ結婚をするお善の気が済むまで、独り身で通さねばなるまい)
と、勝三郎は、もはやお善の縁談をひっくり返せないと悟り、自分なりの責任の取り方を決めた。
(しかし、池田家の家宝の短刀は……)
正直なところ、勝三郎には家宝の話はどうでもいい。いくら将軍家所縁の宝であっても、俺をほったらかしにした無責任な母が。森寺の養父に預けた刀だ。どうせ母も、それほどの思い入れはないだろう。
だが、勝三郎のその考えすらも甘かった。
勝三郎に、もう一度、三郎吉法師から呼び出しがかかったのだ。
「あいつ、よっぽど俺のやった事が気に入らなかったのだ。それなら潔く腹を切るか」
勝三郎は、短略的な覚悟を決めた。
どうせ気まぐれな若殿の気持ち一つで俺の命などどうにでもなるのだ。好き勝手に振り回されるぐらいなら、いっそ、差し違えるか」
と、性懲りもない考えが頭を巡る。
こうなっては仕方がない。鬼が出るか蛇が出るか、自分の頭で考えても分からん。大うつけの話を聞いて、それから、腹を切るなり刺し違えるなり決めればいいさ。
勝三郎は、開き直ると勇気が湧いた。
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(2022.04.04)
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(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))
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