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八 尾張の悪ガキたち
十四
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信長と恒興は、昨日に続き、今日も加藤図書を訪ねた。
信長たちの連日の訪問にも、加藤図書はのらりくらり信長に本題を切り出す隙を与えずに遊郭「おかめ」に連れ出して話をけむに巻く※。
「このような城では、話が堅苦しくなります。いつもの『おかめ』で酒でも飲みながら楽しく話しましょう」
と、加藤図書は、信長と恒興が日参する二週間、一度も話の本題に入らせなかった。
(もしかすると、加藤図書は、大殿の命数が少ないことをどこかで知りえたのではあるまいか……)
恒興も、三日、四日、五日……、一週間と連日、信長の供をして加藤図書を訪ねた。その都度、必ず遊郭へ連れ出されることに不信を抱いた。
「若殿、加藤図書は、もしかすると裏で、今川と気脈を通じておるのではないでしょうか?」
いくら鈍感な恒興でも気が付いた。
「そうだ勝三郎。おそらくお前が睨んだ通りだ。俺もそう睨んでいる。だがな、今の加藤図書には、わかっちゃいるが手が出せねぇ」
信長が、加藤図書に手を出せない理由はこうだ。
第一に、熱田の経済を仕切っている手腕は、他に、替えが利かないほどに優れている。
第二に、地理的条件。織田家が支配する尾張と、今川に吸収された三河との間にある熱田は、緩衝地帯の役割がある。
第三に、信秀が竹千代を預けたように、信秀は加藤図書の才能を買っていて味方である限り、これほど信用できる人物はいないと思っている。
第四として、織田と松平との外交折衝において、どちらの立場も理解して、双方納得の落とし所を見つける才は二人といない。
織田と松平、いや、おそらく今川を相手にしても顔が利く加藤図書をおいて他にはいない。
よって、現状、信長は、加藤図書の行動や対応に不審な点があっても、力尽くで排除するよりも、利用した方が賢明な判断なのだ。
(加藤図書に弱みはないものか……)
恒興は、ない頭で持てる知恵を絞って考えた。こんな時に、政治・経済に詳しい信時や、戦略的駆け引きで人の心を読む術に長けた岩室さんがいれば、すぐなにか適切な指針や、方針を教えてくれるだろう。
だが若殿は、ここへ来るときは、他の者ではなく凡庸な恒興一人を連れてくる。
恒興は、そんなことを考えながら、いつしか気心が知れた月の酌をうけていた。
連日、連夜、思考を止めてしまう強い酒の「鬼ころし」と、気心が知れた美しい娘の月を堪能(たんのう)すると、役目なんて忘れて投げ出して、この女の海に溺れて居たくなる。
主の信長にしても、加藤図書の狙い通りに、大うつけに磨きをかけている。毎日、違う女を取っ替え引っ替えに楽しんでいる。
(俺は、このまま、酒と女に溺れてしまうのか……)
もはや、この主従は、加藤図書の手の平で転がされている。
恒興は、今日などは、まるで酒と女に溺れているのは自分であって自分でない。目的を忘れて享楽(きょうらく)にふけることに罪悪感すらない。
今宵も、酒に酔い厠へ小便に立った恒興が、酔った勢いで庭へ向かって用を足していると、後ろからついて来た信長が並びかけた。
「おい、勝三郎。気が付いたか?」
と、信長が忍んだ声で耳打ちした。
「なんのことですか?」
恒興は、酔った頭でボンヤリと聞き返した。
「月だよ。俺は女たちを、ずっと見ているが、あの女は他の女とは違う。おそらく、真の遊女ではあるまい」
「なんですって!」
恒興は、月の魅力に溺れていただけで、そんな風に見たことはなかった。信長は、酒と女に溺れたように見せかけて、一切、隙を見せることなく鋭い洞察力で人間を見ていたのだと思い知らされた。
「勝三郎、男になったのか?」
信長が、唐突に尋ねた。
「いやあ……」
恒興は、その問いに気恥ずかしくて、思わず頭を掻いた。
信長は、しっかり、恒興と目を合わせてこう告げた。
「勝三郎、今夜、月を抱いて己の女にしろ。そして、あいつが知っていることを、すべて聞き出すのだ」
恒興は、まだ月の手を握れないでいる童貞なのだ。恒興に、女を酔わせる手練手管があれば既に嫁の一人や二人は嫁いでいるだろう。お善の件があってから恒興は、女性関係に奥手だ。そんな役目こそ、女に目がない秀隆や、良勝にうってつけだ。この命令は、恒興には、そもそも無理がある。
それが、どういう考えで毎日、恒興を、この苦手な女絡みの案件に好んで連れてくるのか想像を絶する。
(若殿の腹が、まったく、わからない……)
恒興は、酒にも酔っていることだし、勢いで思い切って聞いて見た。
「若殿、なんで今回の一件には、河尻さんや毛利さんじゃなくて、女の苦手な俺を連れてくるのですか?」
信長は、恒興にニヤけた顔をグッと近づけて答えた。
「だから、お前なのだ」
信長の返答は端的過ぎて分からない。頭が走る信時や重休ならば、それで、十分理解も出来ようが、武にも知にも中途半端な恒興には難解だ。
まあ、若殿の事だから、凡庸で童貞の俺を笑うつもりで連れて来たのかも知れない。
それでも重宝されているのだから、気は乗らないがやれることはやってみるか、恒興は腹を括った。
信長たちの連日の訪問にも、加藤図書はのらりくらり信長に本題を切り出す隙を与えずに遊郭「おかめ」に連れ出して話をけむに巻く※。
「このような城では、話が堅苦しくなります。いつもの『おかめ』で酒でも飲みながら楽しく話しましょう」
と、加藤図書は、信長と恒興が日参する二週間、一度も話の本題に入らせなかった。
(もしかすると、加藤図書は、大殿の命数が少ないことをどこかで知りえたのではあるまいか……)
恒興も、三日、四日、五日……、一週間と連日、信長の供をして加藤図書を訪ねた。その都度、必ず遊郭へ連れ出されることに不信を抱いた。
「若殿、加藤図書は、もしかすると裏で、今川と気脈を通じておるのではないでしょうか?」
いくら鈍感な恒興でも気が付いた。
「そうだ勝三郎。おそらくお前が睨んだ通りだ。俺もそう睨んでいる。だがな、今の加藤図書には、わかっちゃいるが手が出せねぇ」
信長が、加藤図書に手を出せない理由はこうだ。
第一に、熱田の経済を仕切っている手腕は、他に、替えが利かないほどに優れている。
第二に、地理的条件。織田家が支配する尾張と、今川に吸収された三河との間にある熱田は、緩衝地帯の役割がある。
第三に、信秀が竹千代を預けたように、信秀は加藤図書の才能を買っていて味方である限り、これほど信用できる人物はいないと思っている。
第四として、織田と松平との外交折衝において、どちらの立場も理解して、双方納得の落とし所を見つける才は二人といない。
織田と松平、いや、おそらく今川を相手にしても顔が利く加藤図書をおいて他にはいない。
よって、現状、信長は、加藤図書の行動や対応に不審な点があっても、力尽くで排除するよりも、利用した方が賢明な判断なのだ。
(加藤図書に弱みはないものか……)
恒興は、ない頭で持てる知恵を絞って考えた。こんな時に、政治・経済に詳しい信時や、戦略的駆け引きで人の心を読む術に長けた岩室さんがいれば、すぐなにか適切な指針や、方針を教えてくれるだろう。
だが若殿は、ここへ来るときは、他の者ではなく凡庸な恒興一人を連れてくる。
恒興は、そんなことを考えながら、いつしか気心が知れた月の酌をうけていた。
連日、連夜、思考を止めてしまう強い酒の「鬼ころし」と、気心が知れた美しい娘の月を堪能(たんのう)すると、役目なんて忘れて投げ出して、この女の海に溺れて居たくなる。
主の信長にしても、加藤図書の狙い通りに、大うつけに磨きをかけている。毎日、違う女を取っ替え引っ替えに楽しんでいる。
(俺は、このまま、酒と女に溺れてしまうのか……)
もはや、この主従は、加藤図書の手の平で転がされている。
恒興は、今日などは、まるで酒と女に溺れているのは自分であって自分でない。目的を忘れて享楽(きょうらく)にふけることに罪悪感すらない。
今宵も、酒に酔い厠へ小便に立った恒興が、酔った勢いで庭へ向かって用を足していると、後ろからついて来た信長が並びかけた。
「おい、勝三郎。気が付いたか?」
と、信長が忍んだ声で耳打ちした。
「なんのことですか?」
恒興は、酔った頭でボンヤリと聞き返した。
「月だよ。俺は女たちを、ずっと見ているが、あの女は他の女とは違う。おそらく、真の遊女ではあるまい」
「なんですって!」
恒興は、月の魅力に溺れていただけで、そんな風に見たことはなかった。信長は、酒と女に溺れたように見せかけて、一切、隙を見せることなく鋭い洞察力で人間を見ていたのだと思い知らされた。
「勝三郎、男になったのか?」
信長が、唐突に尋ねた。
「いやあ……」
恒興は、その問いに気恥ずかしくて、思わず頭を掻いた。
信長は、しっかり、恒興と目を合わせてこう告げた。
「勝三郎、今夜、月を抱いて己の女にしろ。そして、あいつが知っていることを、すべて聞き出すのだ」
恒興は、まだ月の手を握れないでいる童貞なのだ。恒興に、女を酔わせる手練手管があれば既に嫁の一人や二人は嫁いでいるだろう。お善の件があってから恒興は、女性関係に奥手だ。そんな役目こそ、女に目がない秀隆や、良勝にうってつけだ。この命令は、恒興には、そもそも無理がある。
それが、どういう考えで毎日、恒興を、この苦手な女絡みの案件に好んで連れてくるのか想像を絶する。
(若殿の腹が、まったく、わからない……)
恒興は、酒にも酔っていることだし、勢いで思い切って聞いて見た。
「若殿、なんで今回の一件には、河尻さんや毛利さんじゃなくて、女の苦手な俺を連れてくるのですか?」
信長は、恒興にニヤけた顔をグッと近づけて答えた。
「だから、お前なのだ」
信長の返答は端的過ぎて分からない。頭が走る信時や重休ならば、それで、十分理解も出来ようが、武にも知にも中途半端な恒興には難解だ。
まあ、若殿の事だから、凡庸で童貞の俺を笑うつもりで連れて来たのかも知れない。
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「国盗り物語」 司馬遼太郎 新潮社
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