池田戦記ー池田恒興・青年編ー信長が最も愛した漢

林走涼司(はばしり りょうじ)

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十四蝮との対面と村木砦

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 知らせを受けた清州城では、大和守信友の代わりに実権を握る小守護代と呼ばれる家老の坂井大膳がスグに手を打った。
 駿河の今川義元に使いを走らせたのだ。
 今川は、清州と密約を結ぶと、スグに兵を動かした。
 西三河に張り出した織田領。知多半島の重田しげた鴫原城しぎはらじょうを急襲し城主、山岡伝五郎を攻め滅ぼした。
 鴫原城を拠点にし、次いで、知多半島東部の緒川城おがわじょうの水野忠政・信元親子を標的とした。
 水野家は、三河の本来の領主松平家と繋がりが深い。水野の織田家への鞍替えで、当主、松平広忠の正妻に収まっていた、於大おだいの方は離縁され水野家へ戻された。
 当主、広忠を失った松平家は、於大の方の息子で、幼い嫡男の竹千代を当主に担いだ。
 今川は、ジワジワと水野と織田を分断し、水野家の降伏、鞍替えを狙っている。
 今川は、信長の水野忠政への援軍を遮断するため、信長の居城那古野城と、水野忠政の緒川城の中間に村木砦を築いた。
 そのことで、形勢を危ぶんだ同じ中間点にある寺本城の花井氏は今川へ降った。
 いよいよ、緒川城の水野忠政・信元親子は、南北を今川に挟まれ孤立した。
 信長が、緒川城の水野親子救援の兵を挙げると、背後の清州城の織田大和守信友が黙っていないだろう。
 分断拠点村木砦攻略に、信長が那古野城を出れば必ず背後を突かれる。
「勝三郎、おるか!」
「はっ!」
「村木砦を攻めるには、弾正忠家の総力を挙げねばならぬ。しかし、那古野を空にすれば、清州が黙らぬ。勝三郎、舅殿に掛け合って、留守居の兵を借りて参れ」
 恒興は、信長には、もはや愛した女、月と娘の星を失う原因になった事へのわだかまりはない。ないと言えば噓になるが、信長が恒興に与えた生命与奪の権利を握り、間違った行いを信長がすれば、いつでも、籐四郎吉光の短刀で刺し殺す覚悟だ。
 恒興は、信長によって、今後、月と星のような哀れな人間が二度と織田家中に生まれないように見張るのだ。
「殿、覚悟は変わっておりませぬな」
「もちろんだ勝三郎。俺は味方の水野を救う」
 恒興は、美濃へ走った。
 
 斎藤道三とは、信長暗殺命令以来の対面だ。
 広間に通された恒興は、一段高く見下ろす斎藤道三に凄まれた。手台に体重をあずけ、身を乗り出さんばかりだ。
「久しいのう池田とやら」
 道三の言葉には含みがある。
「はっ! その折は、お世話になり申した」
  世話などされていない。恒興は、道三に心の綾を突かれ、言葉巧みに信長暗殺を命じられたのだ。
「で、なんの用だ?」
「主、信長は、今川との戦の間、斎藤の兵をお借りしたいとのこと」
「共に血を流せと言うのか?」
 恒興は、首を横に振った。
「主は、今川との戦の間。那古野城の守備をお願いしたいとのことです」
 道三は、畳んだ扇子を手のひらで叩いて、なにやら勘定した。
「ワシの利益はなんだ?」
「主、信長が万が一、戦で討ち死に、負け戦となりましたら、那古野を、いや、尾張をくれてやるとのことでございます」
 道三には、娘、帰蝶の嫁いだ家の存続など関係ない。先日も、正徳寺の対面で秘密裏に恒興を口車に乗せ、信長暗殺をけしかけた。尾張一国、それぐらいの利益が無ければ協力しない。
「なかなかの条件だな」
 と、道三は、納得したように顎髭を手繰たぐった。
「それに……」
「それになんだ?」
「主は、舅殿の隠居後の楽しみが増えると申しております」
「どういうことだ? 婿殿は、早くワシに隠居して美濃を明け渡せとでもいうのか?」
 恒興は、しっかり道三の目を見据えて、
「天下人になる暁には、そうなりましょう」
 と、答えた。
「ほほほ! 婿殿はまったく面白い男だわい。正面に今川、背後に清州と挟まれておるのに、まだ、そのような大口を叩きおる。面白い、兵を貸してやろう」
「ありがたき幸せ!」
 と、恒興が頭を下げて立ち上がろうとした時、
「しかしじゃ、もし、婿殿が今川に後れを取ることあらば、ワシは、躊躇なく尾張を貰う」
「かしこまりました。そのように帰って主に伝えます。それでは御免!」

 恒興の働きで美濃から家老の安藤あんどう守就もりなりと千人の兵が那古野城の守備についた。
 守就の重臣には、田宮、甲山こうやま、安斎、熊沢、物取ものとり信五を加え、信長の戦況を逐一、美濃へ報告させた。
 信長不利と見れば、那古野城はそのまま接収する構えだ。
「これは、面白いことになった。恒興、でかした!」
 信長は、恒興が斎藤の兵を借り受けるため、勝手に取り決めた約束を二つ返事で承認した。

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