絶対に好きにならないと決めたのに。

流雲青人

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 そして気づけば約束の日。
 今思えば蓮以外の男子と出掛けたことが無かった時雨は何を着ていけばいいのか大いに迷った。気合を入れすぎれば引かれるかもしれない、けれどダサすぎても良くない。

 洋服選びに気づけば三時間もの時間を費やしていた。
 いつもは洋服なんて気にしない時雨が最先端のお洒落を知るあんこに助けを求めた際はさくらは勿論、家族全員が驚き、時雨を心配する程だった。
 それに普段は学校の規則に乗っ取り一つに束ねている髪を下ろしてみた。それだけで随分雰囲気が変わった気もした。

 両親には土曜日に出掛けるだなんて珍しいと言われる、これまた驚かれた。
 なにせ時雨は土日でさえも店の手伝いをしていた訳で、高校に入ってからというもの一度たりとも誰かと遊びに行った事が無かった。だからそれを両親を含め祖父母、それから妹達は心配していたらしい。遊びに出掛けると伝えた時のあの皆の顔を時雨はきっと忘れる事はないだろう。

 家族達からは誰と遊ぶのかをしつこいぐらい聞かれたが、勿論言わなかった。けれどさくらは何かに気づいたのかニヤニヤしていた。本当に勘が鋭い妹である。

 待ち合わせ場所はいつもの公園で、時雨は待ち合わせ十分前には着くようにと家を出た。

 そして公園に着くなり、時雨は自身の目を疑った。
 何故ならもうそこには伊織の姿があったからだ。ベンチに腰をかけ、何処か遠くを見つめる伊織の横顔。改めて整った顔立ちだと思った。

 声を掛けようかどうか迷っていると、澄んだ綺麗な瞳とバッチリ目が合った。

 「時雨ちゃん。早かったね」

 「槙野先輩こそ、まだ十分前ですよ?」

 「女の子を先に来させる訳には行かないじゃん?」

 あまりにも返し方が随分慣れていた様子だったので、一瞬後退りしてしまいそうになった。
 それと同時に他の女の子にもこういう事を言っているのだと思うと少しだけ胸が苦しくなった。

 「今日、何処に行くんですか?」

 「んー。特に決めてないよ」

 「え、じゃあ何で……」

 「理由は特に無いから、気にしないで」

 伊織はそう言うと、笑った。
 いやいや、気にしないでって言われても。

 相変わらず綺麗な笑顔で、思わず魅入ってしまいそうになった時だった。

 「それと、服似合ってるね。可愛い服好きなの?」

 そんな事を突然さらりと言われ、時雨の心臓は煩い程激しく動き出した。

 確かに今日着てきた服はあんこが選んでくれた女の子と言った感じの可愛い服だった。
 顔に熱が溜まっていくのが分かる。
 こんな風に自然と洋服を誉める伊織は素直にカッコイイと思った。
 けどやはり慣れてるな、とも思った。

 行く所は決めていない。そう言っていた伊織だったが、何の迷いもなさそうにケーキショップへと連れてこられた。
 店内は可愛い内装で、女の子が好きそう雰囲気だ。
 お客さんは数人だけ。伊織の話によると新しく出来たケーキショップにお客さんを持っていかれてしまったらしい。
 テーブルクロスは水玉模様、壁紙と合わせているようだ。

 ショーケースの中に並ぶケーキを見つめながら、時雨は真剣な眼差しでケーキを見つめていた。

 「時雨ちゃん、どうかしたの?」

 「あ、いえ。ただやっぱり洋菓子は可愛いなって」

 「今はいろいろあるからね」

 伊織の言う通り、動物の顔が描かれたケーキや虹色のケーキ、それからファンシーなケーキなど様々置かれている。勿論、王道なショートケーキだってある。

 「何にするか決めた?」

 「あの……私、実はケーキをあまり食べた事がなくて。和菓子屋って事もあって父と祖父が洋菓子が嫌いなんです。だから迷ってて」

 「そっか。なら、食べてみたいのある?」

 そう聞かれて時雨は直ぐに指さしたのは抹茶のケーキとショートケーキだった。

 「抹茶、好きなんです。あと、ショートケーキは食べてみたいなって思って」

 「じゃあ俺が抹茶買うから、時雨ちゃんはショートケーキ買って。半分あげるから」

 またまた慣れた口振りの伊織に驚きつつも、時雨は伊織の行為に甘える事にした。

 店員に抹茶のケーキとショートケーキを頼み、店内で食べる事にした二人は奥の席に腰を下ろした。ここならば人目を気にせずゆっくり食べれそうな気がしたからだ。

 半分ずつ分け合いっこをして、二人はケーキを食べ始めた。
 時雨はまず抹茶ケーキを一口食べる。

 「おいしい! ほんのり甘くて、ほんのり苦い。和菓子は甘い物ばかりだから何だか新鮮です! それにやっぱり見た目が可愛いと良いですね。新作の和菓子は可愛い見た目にしたいなぁ。綺麗な和菓子もいいけど、可愛い和菓子も女性受けが良さそうだし、新作候補にしよう。あ、槙野先輩は和菓子好きですか?」

 「うん。俺、結構甘い物好きなんだよね」

 「本当ですか!? 嬉しいです! 和菓子って、本当に綺麗なんですよ。特に祖父母の作る物なんてとても細かくて綺麗なんです!最近は暑くなってきたので透明感のある和菓子を新作で出すことになったんですが、それがまた凄いんです!」

 「時雨ちゃんは和菓子が大好きなんだね」

 「え!?」

 「だって和菓子のこと話してる時、凄く生き生きしてる。もしかして無意識?」
 
指摘されて時雨は気づいた。
確かに無意識に話していたし、何より頭の片隅にはお店のことばかり考えている気がした。それにいつも休みの日は家の手伝いばかりしているから何だか落ち着かない。

 今度はショートケーキを口に運ぶ。

 「私、和菓子が大好きみたいです」

 「うん」

 「気づいたらお店のこと考えてるし、こうやって洋菓子を食べてるのに和菓子の事ばかり考えてます」

 「うん」

 「自分なんかに大切なお店を継ぐなんて大きな役割は出来ないってずっと思ってました。けど……私はお店が、和菓子が大好きなんだって改めて気付きました。現実からいつも逃げてばっかりでした。でも、逃げてばかりじゃ駄目ですね」

 もう一口ケーキを口に運ぶ。
 ほんのりと甘いクリームが口全体へと広がる。

 時雨ははにかむ。

 「ケーキも良いけど、やっぱり和菓子が一番かな」

 「ねぇ、今度お店行っていい? 時雨ちゃんの言うその綺麗で凄い和菓子、食べてみたいな」

 「勿論です。今度案内しますよ」

 それから二人はたわいもない話をした。
 学校の事とか、勉強の事とか。そんな話。
 そしてケーキを完食し、二人はお店を後にした。

 隣に居る伊織を横目でチラリと見る。

 未だに信じられない。
 あの槙野伊織が自分の隣に並び、そして話している事に。

 ──もしかして今日誘ってくれたのって私を勇気づけてくれる為だったのかな……?

 もしそうだったとしたら……。

 そう考えるだけで胸の鼓動が速くなるのを感じた。

 結果、伊織のおかげで自信が持てたのは事実だ。
 これからは逃げずに、もっと真剣に将来のことを考えようとも思った。


 「槙野先輩…………ありがとうございます」

 とても小さな声で時雨がそう言えば、「何が?」と伊織が微笑みながら言った。本当はこの感謝の言葉の意味を分かっている癖に分からない振りをする彼に時雨は思わず吹き出してしまいそうになった。

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