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 二日間の休みはあっという間に終わり、月曜日がやってきた。
 時雨は今日もまたあんこを保育園へ送り届け学校へとやって来ていた。

 廊下を急ぎ足で歩いていたら「ちょっと」と突然呼び止められ時雨は足を止めた。

 振り返ればそこには同じクラスの平城 理恵の姿があった。

 時雨と理恵は中学から一緒なのだが、話したことはあまりない。
 しかし、高校も一緒になり、ましてや同じクラスにまでもなってしまった。
 入学当初何回か彼女に声を掛けたことがあったが全て無視されてしまったので自分は嫌われていると思い込んでいた時雨にとっては彼女からの声を掛けは驚きしかなかった。

 「岸田はさ、いいの?」

 「えっと……何が?」

 突然の問いに首を傾げる時雨。
 しかし理恵はそれ以上何も言わずに何処へ行ってしまった。
 中学時代から一人で居ることが多かった理恵は時雨にとっては憧れの人でもあった。一人で平然と過ごす彼女は逞しく、強く見えたからだ。

 結局理恵が何を言いたかったのか分からないままに終わってしまった。
 時雨はどんどん小さくなっていく理恵の後ろ姿を見送った後、時雨は早足で教室へと向かった。


 
 時間は流れ昼休みとなった。
 今度は担任から職員室に荷物を持ってきて欲しいと頼まれた時雨は職員室に荷物を届け終わるなり小さな溜息を吐いた。
 今頃陽茉莉を含む三人は中庭でお昼を食べている頃だろう。
 そんな輪の中に自ら入ることが出来なくて、今日はお昼抜きにしようかなと悩んでいると……

 「時雨」

 聞き慣れた声に名前を呼ばれ振り返ればそこには蓮の姿があった。
 手には購買で買ったのであろう焼きそばパンが握られている。
 蓮もまた家がお茶屋を経営していることもあり両親が多忙だ。そのため、彼は購買で昼食を買うことが多い。しかしその量は育ち盛りの男子、そしてまた部活動生にしては少な過ぎる気もした。

 「蓮、本当にそれで足りるの?」

 「食欲わかないんだよ」

 食欲がわかないにしても今は猛暑日。暑さだけでも体力が持っていかれるだろうにと心底心配した。

 「蓮。ちゃんと食べないと後から絶対にキツいって。私、今日和菓子持ってきてるから良かったら食べて」

 「ま、まさかいつも和菓子持ってきてるのな?」

 「そだけど…………悪い? 」

 「ほんと和菓子好きだよな、お前」

 物心が着いた時から和菓子という食べ物は身近な存在だった。
 だから和菓子を食べない日なんて無い。というか食べないと落ち着かない。
 それにいつも頭の片隅には新作の和菓子や、お店のことばかりを考えている。

 伊織が勇気をくれたおかげで改めて自分は本当に和菓子が好きなんだと気付かされた。

 「うん、大好き」

 はにかみながら時雨が言った。
 そんな時雨を見て、蓮は一瞬目を見開いたがしかし直ぐにいつも通りの無表情へと戻ってしまった。
 今までの時雨ならばきっと苦笑を浮かべつつ「どうかな」と曖昧な答えを返していただろう。けれど今は違う。今の時雨はしっかりと自分の意思という名の芯を持っているのだ。


 その後二人は一年一組の教室へと向かった。
 時雨はお弁当箱入れから和菓子を取り出して蓮へと渡せば蓮の表情がぱあっと明るくなった。
 
 「黄身しぐれじゃん!」

 いつもは落ち着いたクールな印象である蓮がまるで子供のように無邪気な笑顔でそう言った。
 
 小さい頃から本当に黄身しぐれが好きなのは変わらないなと思いつつ時雨は笑いを堪えながら頷いた。

 そしてそのまま蓮と時雨は共にお昼を食べることになった。
 向かい合うように机を合わせ、二人は昼食を食べ始める。
 時雨は手作り弁当。蓮は買い弁である。
 二人の間には僅かな会話しかない。
 幼馴染とは言えども中学に入った頃からは付き合いが減り、家を行き来していたのが嘘のように今は随分と二人の間には距離が出来ていた。
 だからこうして共に昼食を食べているなんて夢なんじゃないかと思うくらいである。

 「なぁ、時雨。お前って槙野伊織とどんな関係なんだ?」

 突然の質問に時雨は思わず手を止めた。

 「実は……先週の土曜日に時雨とあの人が一緒に居るの見て心配になったんだよ。ほら、時雨とあの人じゃ真逆なタイプの人間だろ? だから何か脅されたりしてるんじゃないかって心配で……」

 「……何もされてないよ。槙野先輩は本当にいい人だから、安心して大丈夫。蓮は心配性なんだよ」

 時雨の言葉には何の嘘もなかった。
 伊織という人物は本当に優しくて素敵な人だと時雨は思っている。
 なにせ自分を勇気づけてくれたのだから。

 一緒に話す時間が今ではとても楽しくて……
 気付けば彼ともっと沢山話したいと思うようになっていた。

 確かに伊織と自分では住む世界が違いすぎる事くらい時雨が一番分かっている事だった。


 「……時雨はさ、そいつの事どう思ってるの?」

 「え?」

 「時雨はあーいうタイプって元々苦手だったろ? だからどういう心境の変化なのか気になって」

 あーいうタイプ。つまりチャラいタイプということ。
 確かに苦手だったのは事実だ。

 けれど伊織は違う。

 ……違うんだ。


「槙野先輩は本当にいい人なんだよ」
 
 時雨が微笑みながらそう言って見せれば、蓮から「ふーん」と素っ気ない言葉が返ってきた。

 もうこの話は辞めよう。
 時雨はそう思い話題を変える事にした。

 蓮が興味が湧くような話題。
 そんなのバレーの話以外思いつかなかった。


 「蓮、インターハイが終わってから部活はどんな感じ?」

 「皆レギュラー取るために必死で練習してる。あと夏になったから体育館は地獄だな」

 「暑さだけでも体力持ってかれるのに蓮は食べなさすぎ」

  時雨は自身のお弁当のおかずを弁当の蓋へと置いていく。そしてそれを蓮へと差し出した。目で「食べろ」と訴えかければ、蓮はそれを察したのか「はいはい」と気の抜けた様な声で返してきた。

 ほんと、バレー以外は無気力な奴である。


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