君に逢えるまで~星の降る街~

GIO

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一話 星見る夜

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十月十五日土曜日 午前二時 

「そういえば亜香里と出会った日の夜もこんな星空だったな」

 その青年の住んでいるみやま市は十万人近い人々が住んでおりそんな彼の住む家は市の中心地から離れた住宅街に佇んでいた。
 深夜ともなると住民は大概が寝ているせいなのか住宅街は静まりかえり、まるで隔絶された世界の中にいるように錯覚してしまうようでもあり、そんな中自分の望遠鏡で星を眺めるのが趣味の青年、本堂あきらは今日も自分の部屋のベランダから星空を見ていた。

「なぁ~に一人で黄昏てるのよ」 
 
 隣接する家のベランダの窓からひょっこりと顔を出しこちらに顔を覗かせる黒髪でショートヘアの俺のよく知る人物の姿が笑みを溢し囁く。
 夜の寒空の下、そこに佇むのは俺と彼女の二人だけ。なので必然的に俺に声を掛けたのはこいつで間違えないと確信した。

「なんだよ亜香里か。以外だなお前まだ起きていたんだな」
「しぃーー、あんまり大声出さないの夜中なんだからさ。それよりねぇそっちに行ってもいい?ていうか行くね」

 気をつけたつもりで小言で喋りかけたのに、亜香里はそう言って俺が拒否する暇も与えず俺の部屋のベランダと亜香里の部屋のベランダの空間五十センチほどをあっさりと飛び越え俺のベランダに上手く着地するなり俺の望遠鏡を奪い取った。

「わぁーこれで見ると星が格段綺麗に見えるね」 
「だろ。お前にもこの星空の素晴らしさが分かるか」
「ところであきら、こんな時間に星を眺めちゃって天文部の皆で彗星を見る約束は忘れてないでしょうね。寝不足で明日来ないなんてことにはならないよね………?」

 星の観測の素晴らしさを、亜香里にももっと知って貰いたいとの想いから熱烈に紹介しようとしたがあっさりと幼馴染みに軽くいなされ俺を疑ってくる。

「も、もちろん忘れるはずがないだろ。昨日約束したわけだしよ」  

 忘れていたわけではないが、気にしていたとは言えず挙動が可笑しく、不審がられてしまう。
 その約束とは昨日の放課後つまり今から八時間程前、在籍する高校の天文部の部室で交わされたものであった。



 俺と亜香里は地元にある私立大宮高校の高校二年生であり、二人とも天文部に所属している。
 俺たちが所属する大宮高校天文部は去年発足されたばかりで、部員数は僅かの五名しかいないのが現状であった。
 しかもその実二年生で占められており、その五人のうちの残りの三人も幼少期からの付き合いつまり幼馴染みの関係だ。
 つまりは仲良しメンバーで創った憩いの場それが今の天文部であった。

「我が天文部、次の活動として明日地球の近くを通過するアクロス彗星の観察会を開こうかと思うがどうだろうか?」
「良いわねそれ私も賛成、どこで観察会をする?」

 毎度のこといきなりではある部長の提案ではあったが、誰もが反発する様子はなく提案に賛成といった具合だ。

「そりゃーいつも通り学校の屋上を使ってだなぁ…。ということで恭子ちゃんまたお願いします」 
 
 必死に頭を下げながらお願いしている体格がガッチリしていて体育会系を彷彿とさせる男性は我が天文部創設者にして部長の安藤権兵衛。
 そんな彼が頼み込んでいるのが、父親がイギリス人、そして日本人の母親を持ち、父親譲りの髪の色を、ロングヘアで纏めあげた金髪が特徴的な貝塚恭子だ。
 何故権ちゃんが恭子ちゃんに頼み込んでいるのかというと、彼女の母親がここ大宮高校の理事長を務めているからである。 

「そういうことは早めに伝えてって言ったはずよ、お母さんに頼むこっちの身も考えたことある?」 
 
 明らかに恭子ちゃんの声色が変化し、その声色から彼女の怒り具合が手に取るように分かった。
 更に苛立ちを象徴するように、足音がドンドン強く荒立ち始める。

「これはかなり怒っていらっしゃるようだ」 

 この様子を冷静に見ていたもう一人の部員岩沼哲平が耳打ちするように小言で俺に伝えてくる。
 哲平は少し呆れた顔を匂わせる表情を浮かべたが、彼はすぐに慣れた様子で仲裁に入っていく。

「まぁ恭子ちゃんここは折れてやりなよ。それに屋上で見るのは良い案だと思うしね、あきら君」
「あぁ屋上からならかなり良く見えるし良いじゃないか」
「恭子、私も権ちゃんの提案に賛成だなぁ~」
「皆がそう言うのなら分かった」 

 結局なんだかんだ恭子ちゃんが折れる形でアクロス彗星の観察会の場所は確保出来そうな運びとなった。
 その後は観察会の具体的な中身について話をする。
 なにしろアクロス彗星が最接近するのは夜の九時頃と発表があったため、早くから学校に居ても暇なのでその時間を埋める何かが必要であった。 
 観察会についても一通りまとまりここで今日の天文部の活動は終了となったので帰宅すべく部室から出る。
 皆下駄箱へと向かい廊下を歩き出すと、携帯電話の着信音が鳴り響き恭子ちゃんの足が止まった。
 恭子ちゃんは自分の携帯電話の画面を確認するとこちら側をじっ~と見る仕草を取ったあとで電話に応答した。

「今お母さん学校に居るみたいだからこのまま理事長室に寄って明日のこと説明してくるね。なので亜香里と本堂君は先に帰ってていいよ。勿論残りの二人は一緒に来てね」
「はぁーーーなんであきらと亜香里の二人は先に帰って俺達は恭子ちゃんの付き添いなんだよ」
「一応二人は天文部の部長と副部長なんだからいいでしょ」
「まぁまぁ仕方ないよ権ちゃん、ここは恭子ちゃんの言うとおりに行動しようよ」
「ちぃ分かったよ。じゃまた明日なあきら、亜香里」

 権ちゃん達と別れた俺達二人は下駄箱で私靴に履き替えたあと校門を抜け自宅がある方向へと帰り始めた。

「ねぇまだ暗くないしちょっと寄り道して帰らない?」 

 亜香里からのいきなりの提案ではあったものの自宅に帰っても特にすることはなかったし、まだ夕暮れ時であったから亜香里の提案に二つ返事で答えると亜香里に腕を引っ張られる形で普段通らない道へと案内されていく。



「着いたよここがあきらに見せたかった場所なんだ」
「すげぇ~綺麗だな」

 亜香里に連れられてきた星ヶ丘公園という場所は学校から少し離れた小高い丘の上にある公園で遊具は二人まで座れるブランコとベンチが一つずつありそのベンチを照らすように置かれている街灯が一つという非常に簡素な作りの公園だった。
 何故こんな場所へと最初は理解が追い付かなかったが、公園の柵の向こう側に見える景色を見て理由が判明する。
 公園の柵の向こう側に見える街の景色は、日が暮れたこともあり住宅街から漏れ出る光や道路に設置されている街灯、車のライトの光が作り出す夜景だった。
 俺は星空を見て感じる感情とは似て異なりこそしたもののこの夜景を美しいと感じ心躍らされた。

「偶然散歩していた時に見つけたんだけどとっても良い場所だと思わない?」
「ああ良いと思うってか明日の観察会ここでするのはどうだ」
「それは絶対ダメ!私とあきらだけの秘密の場所にして」

 一呼吸置く間もなく一瞬で否定されてしまう。

「お、おう分かった」

 そう返事した俺だったが亜香里が珍しく頼んできたのとよくよく考えてみたら俺と亜香里だけの秘密の場所という言葉が妙に気持ちを爆ぜさせる。
 秘密を共有した嬉しさから喜びを露にしそうになるも亜香里には悟られないように表には出すまいと意識した。
 そして少し長めの寄り道を済ませた俺達は再び今来た道を逆走し、家がある方面へと歩き始める。

「そうだ、今日の夜も星見るの?」

 自宅が見えてあと少しで家に到着というタイミングで亜香里が問いかけてくる。

「ああそのつもり、なにせ今日の夜は天気も良いし絶好の観察日よりなんだ。それがどうかしたか?」 
「いや何でも無いただ聞いてみただけ」

 自分が聞いておきながら、素っ気ない態度で言葉を返されてしまった。

「あっそうじゃまた明日」
「うんまた明日ねあきら」



「もしかして俺に会いたくて起きていたのか?」

 観察会の約束を思い出すと同時に亜香里家の前で話したやりとりをふと思い出した俺は冗談っぽく尋ねた。

「う、うん。実はそうなのあきらともう少し話したくて起きて待ってたの」

 
 冗談半分で言ったはずだったのに少し恥じらうように語る亜香里の姿を見ていて己自身も急に恥ずかしさが込み上げ体が硬直してしまい何も言えずにいると亜香里が顔を覗かせて不敵な笑い顔を見せた。

「はははっ引っかかった。何本気にしてるのよ冗談よ冗談、ただあきらが星を観察する日って眺めがいいという保証付きのようなものなんだかさ。ちょっと見てみようかと外に出たらあきらがいたんだよ」

 それからしばらくの間はお互い何も言わずに星を見ているだけの時間が過ぎた。

「この星空を見てるとなんだか初めて会った日の夜を思い出すね。てか勿論あきらは初めて会った時の事覚えてるよね?」
「そりゃー覚えてるよ」
「実は今更なんだけど初めて会った時あきら目も合わせてくれなかったし私嫌われてるんだと思っていたの」
「それは違うぞ。あんまり女子と接する機会がなかったから緊張して目が合わせられなかっただけだ」
「へぇーじゃあ少しは意識してくれていたんだ」

 亜香里が小声で何かを呟くのが聞こえたが良く聞き取ることが出来なかった。

「今なにか言ったか?」
「ええ~とそれはあれよ。あきらに会えなかったらこうして星を見る喜びを知れなかったなぁーーてっ思っただけ。さぁもう遅いし私は寝るねお休みあきら」

 そう言い残し慌てながら、自分の部屋へと逃げ帰るように帰って行った。

「なんだあれ変なの」



十月十四日金曜日 午後十時

 みやま市の街外れに誰にも使われなくなっていた廃倉庫が一つあった。
 外灯もない古びた廃倉庫の前は舗装もされていない砂利道が続く、その道を一台の車がライトを灯らせ走ってくる。
 そして廃倉庫の前まで来たところで停車し、車内から二十代の男性が一人降りてきて不気味な雰囲気漂う建物に臆することなく廃倉庫の中に入っていった。

「親父いるか?いるなら返事してくれ」
「おおこっちだこっち。良かったちゃんと来てくれてよぉ」
「何が良かったちゃんと来てくれてだよ、あんなこと言われたら来るしかないだろ。で何を手伝えばいいんだ?」
「そこにある機材を全部外にあるワゴン車に詰め込んでくれ」

 親子の間に会話は一切無く冷え切った空気だけが流れている。
 荷物をワゴン車に詰め終え作業は一段落し、息子が廃倉庫内にある小さなソファに腰つける。

「手伝う代わりに交わした約束は覚えているだろうな。何故おふくろを・・・俺達を捨てて飛び出していったのかはっきり教えてもらおうか」
「分かってる約束は守る、だがそれは今ではない。あと一週間だけ待ってくれ」

 その眼差しに父親を信じていなった筈の息子はもう一度だけ信じることにした。

「一週間だけだそれ以上待つようなら親父をもう親父とは思わない」
「ありがとう昌一郎」
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