ラブミーノイジー

せんりお

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俺も委員長も扉に目を向ける。めったに人の来ない場所だから完全に気を抜いていたので驚いたが、それは委員長も同じだったようでかなりの勢いで振り返っていた。

「お、藤堂くん、と木南くんじゃん。やほー」

開いた扉から入ってきたのは鈴原さんだった。片手に本を抱えている。軽い調子で俺たちに手を上げる鈴原さんに会釈して返す。委員長はなぜだか渋い顔をしている。

「図書室通いとは珍しいな、鈴原」

「暇なんだよねー。この機会にちょっとでも本を読んでみるかって感じ。っていうか二人はいつもここにいるの?仲いいね」

「ここ、他に人がいなくていいんだよ」

「わかる。静かでいいよね、ここ。他のとこいくとうるさい奴らが多くてさ」

ぽんぽんと会話を続ける二人に、なんとなく疎外感を感じて胸がぎゅっとなる。ああ、まただ。俺は鈴原さんに嫉妬している。平静を装いたくて、せめてもと二人から少し目を逸らした。
そうして二人の会話を聞き流していると、俺の方を見る視線を強く感じた。少し待ってみたが離れる気配がないので仕方なくそちらを向くと、鈴原さんと目があった。にこっと笑って近づいてくる。その姿になんとなく身構えてしまう。

「前も思ったけど木南くんほんと美人だねー」

真正面から鈴原さんが俺の顔を覗き込んでそう言う。いやそんなこと言われてもな……。そもそもそれを言うなら鈴原さん本人が相当な美形だ。褒められているのか嫌味を言われているのかわからなくて、俺は困ったような表情を作って曖昧に首を傾けることしか出来ない。

「んー、可愛い。ねえ、俺のSubにならない?」

軽い調子で言われたそれに、自分で自分の表情が抜け落ちたのがわかった。するりと肩に伸びてきた手を払う。鈴原さんは相変わらずからかうような表情を崩さないから、冗談ではあるのだろう。だとしてもその冗談を受け入れられるほど俺は大人ではなかった。

『お断りします。そもそも鈴原さんDomだったんですね』

「あぁ、俺Subに見えるでしょ?よく言われるんだけど実はSwitchなんだよね。だから木南くんを可愛がってあげられるよ?どう?」

「おい、鈴原」

「わぉ、藤堂くんがお怒りだ。怖い怖い」

かなり怒気の混じった委員長の声に、鈴原さんは両手を肩の高さまで上げた。

「降参!もう言わないからそのGlareしまってよ!俺Switchだって言ったじゃん!もろに影響受けるんだよ!?」

「お前のせいだろ。わかってやってるくせに」

「冗談だってわかってるなら手加減してくれない?」

「だいぶ手加減したさ」

「いまので?そんなので今から大丈夫なの?」

「うるさい」

「あはっ、自覚あるんだ。で?言う気になった?」

「まさに今言おうとしてたところだったんだ。お前が来なきゃな」

「あらら、ごめんね?邪魔しちゃった」

「わかったなら帰れ」

「ひどい!悩める友人の背中を押してあげようとしてたのに」

ピリついた空気から一転。委員長と鈴原さんの会話の応酬が始まった。二人の間には何か共通認識があるようで、それがわからない俺は口を挟めない。
それにしても、さっきの委員長は随分と重い声音だったけれど、Glareまで混じっていたとは思わなかった。俺には向かない、完全に対象がコントロールされたGlareは格の高いDomの証だ。だけどGlareを出すに至るまでなぜ委員長が怒ったのかが謎だ。
それに鈴原さんだ。Switch、DomとSubの両方の性質を併せ持つダイナミクス。本人の意思でどちらにもなり得ることが出来る。かなり珍しいと聞くが、鈴原さんがそうだったとは。
完全についていけなくなって困惑した俺に気づいて二人の会話が止まる。そんな俺に向かって鈴原さんが邪気のない笑顔を向けた。

「ごめんね、困っちゃった?まあ俺がお節介するまでもなさそうだからもう退散するね」

お節介…?なんのことだかわからない俺はますます首を傾げるしかない。

「じゃ、藤堂くんはしっかりやりなよー!またどうなったか聞かせてね!」

渋い顔の委員長にそう言い残して鈴原さんは、手をひらひらと振って去っていった。いったい何だったんだ。嵐のようにこの場を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して行ってしまった。委員長が長いため息をつく。

「あいつはほんとに……」

心底疲れたような言葉とともに頭を抱える委員長は初めてみる姿だ。この人もこんなに振り回されたりするんだな。というか鈴原さんが規格外なのか。あ、やばい。また胸が痛い。ことあるごとに嫉妬を感じてしまう自分にちょっと嫌気がさした。そんな気持ちを振り払うように軽く頭を振ってみる。すると委員長とばっちり目があった。恥ずかしいところを見られてしまった。誤魔化すように曖昧に笑ってみせると、委員長もふっと表情を綻ばせる。でもそれはすぐに真剣なものに変わった。

「……木南、さっき言いかけたことだけどな」

少し掠れたような緊張した声色に、こちらにまでその緊張が伝染してなんとなく姿勢を正した。何を言われるのだろう。聞いたことのない声色に不安がよって来る。

「木南はDomが嫌いか?」

問いかけだけれど、答えはもう確信しているようだった。ぐっと言葉に詰まる。そんなことを聞かれるとは思っていなかった。それを聞いて委員長はどうするんだろう。どうしたいんだろう。意図が読めなくて、答えを打つ指が画面上をうろうろと迷う。でも、嘘はついちゃいけないと思った。委員長は黙って俺を待っている。ここで嘘をついたらきっとこの先本心で話せない気がした。

『はい。嫌いです。Domは俺にとって敵でした』

一つ頷いて済ませることも出来たけれど、はっきりと話をしなければならないと思った。文字を打ち込んだ画面を見せると委員長は静かに頷いた。

「そうか……いや、なんとなくはわかってたんだけど聞いておきたくて。ごめん、嫌なこと言わせた。それで今から俺が言うことはお前にもっと嫌な思いをさせるかもしれない」

そこで委員長は言葉を切って、一度俺から視線をそらした。無意識に息を詰めていたことに気づいて、喉がごくっと鳴った。何を言われるのだろう。心臓が忙しなく音を立てる。

「木南、俺はお前が好きだよ。俺のパートナーになってほしいと思うくらいに」

ごめん、と苦く笑う委員長を俺は呆然と見つめることしか出来なかった。きっとひどい間抜け面をしている。さっきとは違う意味で心臓がバクバク早鐘をうっている。今、俺は何を言われた……?

「お前がDomが嫌いなのをわかってて言う俺は酷いな…ごめん。でもこのままだと無意識にGlareを出したりして余計にお前を傷つけそうだったから」

またごめんと謝る委員長に我に返って慌てて首を振った。待って、違うんだ。俺こそ謝らないといけない。委員長にそんな顔をさせたいわけじゃなかった。

『待ってください!俺は確かにDomが嫌いでした』

とにかく早く自分の想いを伝えたくて何度も分割して文章を打ち込む。声の出ない自分のタイムラグを初めて憎く思った。

『いや、今も嫌いです。でも委員長は違うんです』

『委員長は俺の嫌いなDomじゃなくて、Subの俺をじゃなく俺自身を尊重してくれる人で』

『だから俺は委員長はDomだけどでも嫌いとかじゃ絶対にない』

『それに俺』

そのままの勢いで、あなたのことが好きだと打ち込みかけて止まった。俺は言ってもいいんだろうか。自覚したのなんてほんの昨日のことで。真剣な態度から、委員長が迷ってくれていたこと。覚悟を持って伝えてくれたことがわかったからこそ少し迷いが出た。俺の過去をこの人は知らない。俺がこの先ダイナミクスを肯定的に考えられる日がくるのかはわからない。そのせいでいつかDomとSubとしての二人の間に決定的な違いが生まれてしまうかもしれない。あるかもわからないこの先が怖い。
でも、ここで伝えなければ俺は一生後悔する。
画面に落としていた目をあげて委員長を見る。委員長は、急に顔をあげた俺に驚いたように数度目を瞬かせて、そして「ん?」と俺を促してくれた。俺の反応は委員長にとってきっと予想外のものだっただろう。珍しく戸惑ったような表情だった。
深く息を吸い直して、今度はゆっくりと気持ちを込めるようにして一文字一文字打ち込んだ。

『俺も委員長が好きです。Domとしても、そうじゃなくても』

短い文章だ。その短い文章を委員長の目は何度か往復した。そして表情を隠すように髪に手をやってくしゃっと乱す。そうしてゆっくりと降ろされた腕の間から困ったように笑う顔が見えた。

「お前……いいのか?たぶん放してやれないぞ?」

『委員長ならいいです』

「あー……それは…ずるいな。殺し文句だ」

ふはっと笑った委員長が、そっとこちらに向かって手を伸ばす。

「触れてもいいか?」

頷くと、俺の頭に手が乗った。髪を梳くようにそっと撫でられる。その触れ合いに、ふわっと体が温かくなった。

「……パートナーになってくれとはまだ言わない。もっとお互いを知ってからだ。でも俺がお前の信頼を裏切るようなことは絶対にしないと誓う。あー、……そうだな…、俺と付き合ってくれないか?」

まるで普通の恋人みたいな言葉だった。それが無性に嬉しい。

『俺でよければお願いします』

そう返すと委員長は今度こそ声を出して笑った。俺もつられて笑う。
俺が預けた信頼をちゃんと掬って、預かってくれる委員長に好きだいう気持ちが膨らんだ。胸がくすぐったくて、大きな声で笑いたくなった。
また委員長の手が俺の頭に乗る。指が髪を通るのが気持ちよくて目が勝手に細まる。猫みたいだなと委員長が笑った。


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