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真っ暗で何も見えない。寒い。一人ぼっちだ。怖い。もう何もかも閉ざしてしまいたい。
そんなことばかりを考えていた。
既に真っ暗な意識が、またふっと途切れそうになったとき、どこからか熱を感じた。
あれ、温かい。頬に、指に、時折熱が触れる。背中が、お腹が、じんわりと温かい。まるで誰かと触れ合っているような。
「灯李」
誰かに名前を呼ばれた気がした。何度も、何度も。呼びかけられている。うるさくて、煩わしい。無視してしまいたい。なのに安心する。戻りたいと思う。
戻る?どこへ?
この暗闇に出口なんかないのに。
そう思ったら悲しくなった。
俺は本当にどこにも行けないのか?誰かに話をしなきゃいけないことがあるんじゃないのか?
ここから出たい。この熱をもっと感じたい。この声をもっと聞きたい。
「灯李、say」
あぁ、言わなきゃ。この声を無視しちゃいけない。
真貴さんのとこへ帰らなきゃ。
意識が浮上した。
目を開くと、真貴さんとばっちり目があって驚く。真貴さんのつらそうに歪んでいた顔が、更にぐしゃっと歪んで、次の瞬間無言で抱きしめられた。
「……ちゃんと戻ってきたな。いい子だ。Good Boy」
褒められて、体が暖かくなった。冷え切っていた芯に熱が戻る。ほぅ、と息をつくと、密着していた体が少し離される。
「大丈夫か?体は辛くないか?」
指先はまだ少し冷たいけれど、特に異常はない。多少体が怠いくらいだ。でも今すぐ寝込むようなしんどさではない。大丈夫だという意味を込めて頷くと、真貴さんは安堵したように長く息を吐いた。心配させてしまった。罪悪感が溢れる。
とにかく謝って、事情を説明しなければならない。スマホを探ると、すっと目当てのものがわたされた。真貴さんのスマホだ。俺のはどこにあるのか自分でもすぐに見つけられる気はしなかったので、ありがたく借りる。
文字を打ち込もうとして、今更ながら真貴さんに抱き込まれていることに気がついた。横抱きで寄りかからせてもらっている状態だ。慌てて離れようとすると、それを拒むように支えてくれていた腕に力が入った。見上げると、無言で首を横に振られた。このままでいろということらしい。まだ俺の体は寒さの名残を感じている。重いだろうに申し訳ないが、ありがたく寄りかからせてもらうことにした。
そして借りたスマホの画面に向き直る。
『ごめんなさい』
真っ先にそう打つと、顔を顰められた。何か言いたげに唇が開いて、また閉じられる。少し間を開けて、静かに問われた。
「何があったか聞いてもいいか?」
何かあったか言えと言ってもいいのに、そんな聞き方をする真貴さんはやっぱり優しい。
何があったか。俺がどうしてこうなったのか。
これは俺が真貴さんに過去を知られたくなくて、一人でどうにかしようと突っ走った結果、どうすることも出来なくて起こったことだ。
俺は馬鹿だ。自分ではどうすることも出来なくて、勝手にDropして心配をかけた。
Domに屈したことを知られたくないプライドと、真貴さん以外のDomに跪いてしまったことを知られたくない恐怖と。その2つに負けてしまった。もう繰り返したらダメだ。同じことは二度としない。
意を決して、俺はゆっくりとあの日を画面に打ち込んだ。真貴さんは静かに待っていてくれる。
あの日起こったこと、俺の声のこと。そして今日俺がしたこと。
全部打ち終わって真貴さんに、手渡した。
真貴さんがそれに目を通していく。
全部言ってしまった。反応を待っている時間に緊張が高まる。
今更、あの日のことで真貴さんが俺のことを嫌うなんて思っていない。それだけの愛はもらっているし、信頼している。
ただ、その上で真貴さんはどう思うんだろうというのがわからなかった。
数分後、真貴さんが静かにスマホを俺に渡した。読み終わったらしい。伏せられた目は何かを考えているようだった。
「……灯李」
呼ばれて、首を傾げて応える。
「お前はほんっっとに馬鹿だな」
は?思わずぽかんと口を開いた。
「馬鹿。アホだなお前は」
更に重ねられた暴言に唖然とする。怒られるとは思っていたけれどそんなことを言われるとは思っていなかった。それに言葉ではそんなことを言いつつも、真貴さんの表情は怒っているというよりはいろんな感情が入り混じった複雑な表情だ。
「……中学校のこと、声のことを教えてくれてありがとう。知れてよかった。で、その上でお前は馬鹿だ。なんで一人でどうにかしようとした?」
ありがとうと言われて、ぐっときた。真貴さんなら話を聞いた上で、理解して受け入れてくれるとは思っていたけれど、改めて言われるとほっとしている自分がいる。そして、間髪入れずに痛いところを突かれて、顔が引き攣る。
『ごめんなさい。自分一人で声を取り戻せると思ったんです。……無理だったけど』
謝ると深いため息をつかれた。そのまま、また抱き寄せられる。
「……お前が俺のことを信用していないとか、信頼していないとかは思ってない。思ってないけど一切の相談がなかったのはちょっと傷ついた」
『ごめんなさい。真貴さんは悪くない』
「ん。どっちも悪くない、でいい。ただ、1つ約束してくれないか?……これからは無理しないでくれって言いたいところだが、お前は優しいし強いから、絶対これからも何かあったら何とかしようと無理したりするんだろうな。だからせめて一人で無理すんな。一緒に無理しよう」
約束って言うよりは、お願いだなと真貴さんが笑う。
その言葉はじんと胸に沁みた。
そんなお願い断れないじゃないか。目頭が熱くなるのに、咄嗟に力を込める。泣くな、馬鹿。
少し考えて小指を差し出した。約束するよ。もう一人で突っ走らないから、傍にいて。
指切りをしようと、立てた小指に真貴さんは笑った。そして指を絡めてくれる。
この人でよかった。そう思ったのは何回目だろう。何度も思わされている。これからも思うんだろうな。
ありがとう、と口の形で伝える。今すぐに自分の声で言いたいと思った。
そんなことばかりを考えていた。
既に真っ暗な意識が、またふっと途切れそうになったとき、どこからか熱を感じた。
あれ、温かい。頬に、指に、時折熱が触れる。背中が、お腹が、じんわりと温かい。まるで誰かと触れ合っているような。
「灯李」
誰かに名前を呼ばれた気がした。何度も、何度も。呼びかけられている。うるさくて、煩わしい。無視してしまいたい。なのに安心する。戻りたいと思う。
戻る?どこへ?
この暗闇に出口なんかないのに。
そう思ったら悲しくなった。
俺は本当にどこにも行けないのか?誰かに話をしなきゃいけないことがあるんじゃないのか?
ここから出たい。この熱をもっと感じたい。この声をもっと聞きたい。
「灯李、say」
あぁ、言わなきゃ。この声を無視しちゃいけない。
真貴さんのとこへ帰らなきゃ。
意識が浮上した。
目を開くと、真貴さんとばっちり目があって驚く。真貴さんのつらそうに歪んでいた顔が、更にぐしゃっと歪んで、次の瞬間無言で抱きしめられた。
「……ちゃんと戻ってきたな。いい子だ。Good Boy」
褒められて、体が暖かくなった。冷え切っていた芯に熱が戻る。ほぅ、と息をつくと、密着していた体が少し離される。
「大丈夫か?体は辛くないか?」
指先はまだ少し冷たいけれど、特に異常はない。多少体が怠いくらいだ。でも今すぐ寝込むようなしんどさではない。大丈夫だという意味を込めて頷くと、真貴さんは安堵したように長く息を吐いた。心配させてしまった。罪悪感が溢れる。
とにかく謝って、事情を説明しなければならない。スマホを探ると、すっと目当てのものがわたされた。真貴さんのスマホだ。俺のはどこにあるのか自分でもすぐに見つけられる気はしなかったので、ありがたく借りる。
文字を打ち込もうとして、今更ながら真貴さんに抱き込まれていることに気がついた。横抱きで寄りかからせてもらっている状態だ。慌てて離れようとすると、それを拒むように支えてくれていた腕に力が入った。見上げると、無言で首を横に振られた。このままでいろということらしい。まだ俺の体は寒さの名残を感じている。重いだろうに申し訳ないが、ありがたく寄りかからせてもらうことにした。
そして借りたスマホの画面に向き直る。
『ごめんなさい』
真っ先にそう打つと、顔を顰められた。何か言いたげに唇が開いて、また閉じられる。少し間を開けて、静かに問われた。
「何があったか聞いてもいいか?」
何かあったか言えと言ってもいいのに、そんな聞き方をする真貴さんはやっぱり優しい。
何があったか。俺がどうしてこうなったのか。
これは俺が真貴さんに過去を知られたくなくて、一人でどうにかしようと突っ走った結果、どうすることも出来なくて起こったことだ。
俺は馬鹿だ。自分ではどうすることも出来なくて、勝手にDropして心配をかけた。
Domに屈したことを知られたくないプライドと、真貴さん以外のDomに跪いてしまったことを知られたくない恐怖と。その2つに負けてしまった。もう繰り返したらダメだ。同じことは二度としない。
意を決して、俺はゆっくりとあの日を画面に打ち込んだ。真貴さんは静かに待っていてくれる。
あの日起こったこと、俺の声のこと。そして今日俺がしたこと。
全部打ち終わって真貴さんに、手渡した。
真貴さんがそれに目を通していく。
全部言ってしまった。反応を待っている時間に緊張が高まる。
今更、あの日のことで真貴さんが俺のことを嫌うなんて思っていない。それだけの愛はもらっているし、信頼している。
ただ、その上で真貴さんはどう思うんだろうというのがわからなかった。
数分後、真貴さんが静かにスマホを俺に渡した。読み終わったらしい。伏せられた目は何かを考えているようだった。
「……灯李」
呼ばれて、首を傾げて応える。
「お前はほんっっとに馬鹿だな」
は?思わずぽかんと口を開いた。
「馬鹿。アホだなお前は」
更に重ねられた暴言に唖然とする。怒られるとは思っていたけれどそんなことを言われるとは思っていなかった。それに言葉ではそんなことを言いつつも、真貴さんの表情は怒っているというよりはいろんな感情が入り混じった複雑な表情だ。
「……中学校のこと、声のことを教えてくれてありがとう。知れてよかった。で、その上でお前は馬鹿だ。なんで一人でどうにかしようとした?」
ありがとうと言われて、ぐっときた。真貴さんなら話を聞いた上で、理解して受け入れてくれるとは思っていたけれど、改めて言われるとほっとしている自分がいる。そして、間髪入れずに痛いところを突かれて、顔が引き攣る。
『ごめんなさい。自分一人で声を取り戻せると思ったんです。……無理だったけど』
謝ると深いため息をつかれた。そのまま、また抱き寄せられる。
「……お前が俺のことを信用していないとか、信頼していないとかは思ってない。思ってないけど一切の相談がなかったのはちょっと傷ついた」
『ごめんなさい。真貴さんは悪くない』
「ん。どっちも悪くない、でいい。ただ、1つ約束してくれないか?……これからは無理しないでくれって言いたいところだが、お前は優しいし強いから、絶対これからも何かあったら何とかしようと無理したりするんだろうな。だからせめて一人で無理すんな。一緒に無理しよう」
約束って言うよりは、お願いだなと真貴さんが笑う。
その言葉はじんと胸に沁みた。
そんなお願い断れないじゃないか。目頭が熱くなるのに、咄嗟に力を込める。泣くな、馬鹿。
少し考えて小指を差し出した。約束するよ。もう一人で突っ走らないから、傍にいて。
指切りをしようと、立てた小指に真貴さんは笑った。そして指を絡めてくれる。
この人でよかった。そう思ったのは何回目だろう。何度も思わされている。これからも思うんだろうな。
ありがとう、と口の形で伝える。今すぐに自分の声で言いたいと思った。
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