白い猫と白い騎士

せんりお

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40 いざ出発

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とうとう決行の日。
気分とは裏腹に空は青く晴れ渡っている。
今日一緒に行くことになったのはレオンさんと第8部隊の隊員さん5人だ。任務でもないのに魔の森に行くなんて人にバレたら大変なことになる。目立たないように非番の隊員さんたちだけだ。
あれからセオリ副団長は接触してきていない。会いたくないからありがたいことではあるけれど、なんだかもやもやする。

「行くぞ」

シグさんのいつもより心持ち固い声を合図に出発だ。
馬を緩い速度で駆って魔の森に向かう。人々を驚かせないようにという配慮と、魔の森までに馬を疲弊させてはならないという大切な戦略だ。
なるべく魔獣と出会わないように、出会っても戦闘を避けて最速で森の深部へと駆け抜ける。それが今日の作戦だ。
準備が整った普段の任務でさえ、一体につき3人組を崩さないことが鉄則の魔獣だ。万全ではない人数に、装備。絶対に戦闘は避けたいのだ。


魔の森は王都から馬で2時間ほどの位置にある。早朝に出発したおかげで昼前には余裕で到着した。
人生で三度目の魔の森。何回みても馴れることのない目の前にするだけで感じる重々しい空気。まるで壁のように立ち並ぶ木々を外から見上げて私はごくりと唾を飲み込んだ。

「シグ、待ってるからね」

「あぁ。条件は覚えてるな?」

「…わかってるよ。俺はここまで。夜までに戻らなければ帰る」

「そうだ。心配するな、夜までには真実を持って帰ってくる」

「心配なんかしてないよ。…その言葉信じてるからね」

シグさんとレオンさんがぐっと握った拳をごつんとぶつけ合う。
二人とも表情は今からの行動に似合わない明るいものだった。お互いに心配させないためだろう。それを見て私の気持ちもぐっと引き締まった。そうだ、怖がってる場合じゃない。必ず無事に戻ってこよう。

「それじゃ、行くぞ!」

お腹の底からのシグさんの声が静かな森の前に響いた。隊員さんたちもそれに続いて気合いの入った声を響かせた。馬が全速力で駆け出す。私とシグさんを乗せた馬を先頭に固まって森の中へ突っ込む。森に入るとすぐに辺りが薄暗くなった。鬱蒼と茂る木々のせいで太陽の光が少ししか差し込まないんだ。
5分ほど走ったところで私は不穏な音を聞いた。

『シグさん、右!1体!』

伝えると、それに反応してシグさんが鋭い声をあげる。

「魔獣1体接近!右方向!」

程なくして魔獣の姿が確認できる。こちらに気づいているようで凄い勢いで向かってきている。完全に追いかけてきているよで、無視することは出来なさそうだ。

「この程度だと二人で充分です!」

「隊長は先に進んでください!」

「わかった!終わったらお前らはそのまま外に出ろ」

「了解です!」

「お気をつけて!」

後方にいた二人が魔獣の相手をするために離脱する。

「くそっ、接敵が早すぎる」

依然、全速力で森を駆けながらシグさんが苦く呟く。作戦ではもう少し6人と1匹体制でいける想定をしていたのだ。私も同意して頷くなりなんなりしたかったのだが、なんせ全速力で駆ける馬の鞍にしがみついているので何も出来なかった。ちょっとでも動くと吹き飛ばされそうなのだ。必死に爪をたてる。

「左方向に1体!」

「いや、こっちを気にしていない!このまま抜ける!」

さらに10分ほど進むともう辺りは夜のように暗い。魔獣の気配も増えてきている。
こちらに注意を向けていないうちに何体もの魔獣の近くを駆け抜けた。

『っシグさん!正面!向かってきてる!』

「正面方向!…見えた、1体!」

こちらに向かってくる魔獣の気配に首の後ろがぞわっとした。真っ正面から魔獣と相対する。

「3人でならなんとかなります!隊長は先へ!」

「気を付けろよ!必ず無事に帰れ!」

「隊長もご無事で!」

とうとう残りの3人も離脱することになってしまった。
シグさんと二人きり、森の深部へ向かう。
聞こえていた3人の連携を取る声もすぐに木々が遮って、森の中に馬が一頭走る音だけが響く。
魔獣と出会いそうになるのをシグさんが上手く避けて、戦闘になりそうなときは青い魔力をぶっ放して吹き飛ばして距離を取る。この方法でなんとか大きな戦闘はせずに切り抜けられた。だが魔力を無闇に使うと魔獣を呼び寄せてしまう。あまり使いたくない方法だ。
さらに10分ほど走ったところでシグさんが呟く。

「そろそろ聖域が見えてきてもいいころなんだが…」

『気配はするよ』

少し前から感じていた。禍々しい気配とは真逆の清浄な気配。微かにだが確かに感じる。

『…シグさん!あれだ!』

透明の膜のようなものが視界に写って思わず叫んだ。以前見たことがある、聖域を覆う壁だ。

「たどり着いたか…」

聖域の前で馬を止める。シグさんと二人でドーム状になった膜を見上げた。




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