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それから早3ヶ月ほど。lampflickerの世界ツアーは最終公演を終えて、後はイタリアでの凱旋ライブを残すのみだ。
たくさんのお土産と成果を得て帰ってきたイタリアは2月の冷たい空気で満ちていた。
ニコラにはアメリカからアジアへ移動する間に会ったっきり。久しぶりに会うことになる。
「浮かれてんなー。バカップルしてやがるぜ」
空港からの移動中。そわそわする俺にセルジオが呆れたように言った。だがそう言うセルジオもさっきから携帯の画面をチラチラと眺めている。
「お前に言われたくねーよ。アメリアさんからの連絡待ちだろ?」
そう言い返すとセルジオから軽く小突かれた。そして二人して笑う。お互いの浮かれ具合がおかしかった。笑っているとセルジオの携帯が着信音を響かせた。確認したセルジオが顔を綻ばせた。
「アメリア今日会えるって」
セルジオの嬉しそうな顔に俺も自然と笑顔になる。
「お前ら新婚だもんなー。今日からしばらく休みなんだし一緒にいてやれよ」
「お前もだろ。成り立ての恋人が待ってる。ご ゆ っ く り」
含みを持たせた言葉に、うるせえと返しながらも俺の頬は勝手に緩んだ。
しなければいけない片付けだったり仕事を終えて、心置きなく真っ先にlumeに足を向けた。たくさんお土産を抱えて足早に街を通り抜ける。早くニコラに会いたくて心が逸った。特に連絡はしていないけれど帰ってくる日は伝えてあるし、今日はlumeの営業日だ。ニコラとすれ違うこともないだろう。
通り慣れた細い路地を抜け、ドアの前に立つ。まだ営業時間前だからcloseの札がかかっている。さっと髪を軽く整えて、ついでに呼吸も整えてドアに手をかけた。
と、同時にドアが向こうから開けられて俺は少しよろめいた。
「うわっ!?」「ん?」
俺と同じタイミングでドアを開けた人物と声が重なる。その声は俺の予想と違っていた。え?誰だ?声の主をよろめいた体勢からぱっと見上げた。するとそこにはニコラ、ではなく黒髪の若い男が立っていた。
ダークブラウンの切れ長の目。小さな輪郭の中の中性的な目鼻立ちは作り物のように整っている。少し長めの黒髪が顔にかかっていてセクシーだ。
薄い唇が開いた。
「ごめんね。大丈夫?」
そう声をかけられてはっとする。
「あ、いや大丈夫です。そちらは?」
「大丈夫。ありがとう」
少し掠れたような心地いいハスキーに記憶が刺激された。ん?俺この人の声どっかで聞いたことあるな…?
「ルカどうしたの?」
店の中から声がしてニコラが顔を覗かせた。
「あれ、チハル?」
ニコラが何か言っているが俺はそれどころではなかった。
「ルカ?…あ!え、ルカ=エヴァーニ!?」
ニコラが呼んだ名前に記憶が繋がった。
この人はバラードを中心に歌うセクシー系歌手だ。歌手なら誰もが知っている実力派シンガーソングライター。今まで会ったことがなかったのと、こんなところにいるはずがないと思っているから咄嗟にわからなかった。
「あ、いやすみません!」
驚いて呼び捨てで声に出してしまったことに気づいて慌てて謝った。この人の実力と経歴に比べれば俺たちlampflickerなんてまだまだ駆け出しだ。大先輩に失礼なことをしてしまった。
「いいんだよ。lampflickerのチハルくん?」
「え、俺のこと知ってくださってるんですか!?」
「当たり前だよ。君たちには前から会ってみたいと思ってたんだ。今日は無理だけどまた今度ゆっくり話そうね」
ルカさんは目を細めて色気たっぷり微笑んだ。
「じゃあニコラ、またね」
そして俺たちの話に置いてけぼりにニコラにふらっと手を振って帰っていった。
まだ驚きが冷めないままニコラを見る。
「帰ってきたんだね。チハル、お帰り」
そう言って彼は俺に手を伸ばした。
引き寄せられるままにキスを受ける。軽く合わされたそれはいつものように温かかった。が、俺は早々にニコラの腕から抜け出した。
「なあ、ニコラはルカと知り合いだったのか!?」
キスの余韻もなく尋ねた俺にニコラが苦笑した。
「まあちょっとね」
そう言いながら俺を店の中に誘導する。
「ちょっとって…ルカさん何しに来てたんだ?」
歌手の中でもトップクラスのルカさんと知り合いだというニコラ。その驚きに尚も重ねて問う。
「料理食べに来てたんだよ。人が多いと来れないっていうからたまにね」
「ふーん」
ルカさんほどになるとそういうものなのか?首を傾げる俺をニコラが再び抱き込んだ。
「んーチハルだ。チハルがいる」
俺の首に顔を埋めてそう呟くニコラに俺の浮かれていたそわそわが戻ってきた。ルカさんの衝撃でちょっとタイミングがおかしくなったが、ようやく俺にもニコラに会えた嬉しさが込み上げてくる。
「ん、ただいま」
そう言って俺からも軽くキスをして、ニコラにぎゅっと腕を回した。
と、ふっと感じた香りに違和感を覚えた。
「ん?ニコラ香水つけてる?」
普段ニコラは香水はつけていないはずだけど確かに今シトラスのような香りがした。
「いや、つけてないけど…柔軟剤の匂いかな?」
「そっか…」
「ご飯食べるでしょ?作ってる間チハルの話聞かせて」
ニコラはいつものように甘く微笑んでカウンターに俺を座らせた。
ルカさんと柔軟剤。感じた少しの違和感を心の隅に追いやって、俺は曖昧に笑った。
たくさんのお土産と成果を得て帰ってきたイタリアは2月の冷たい空気で満ちていた。
ニコラにはアメリカからアジアへ移動する間に会ったっきり。久しぶりに会うことになる。
「浮かれてんなー。バカップルしてやがるぜ」
空港からの移動中。そわそわする俺にセルジオが呆れたように言った。だがそう言うセルジオもさっきから携帯の画面をチラチラと眺めている。
「お前に言われたくねーよ。アメリアさんからの連絡待ちだろ?」
そう言い返すとセルジオから軽く小突かれた。そして二人して笑う。お互いの浮かれ具合がおかしかった。笑っているとセルジオの携帯が着信音を響かせた。確認したセルジオが顔を綻ばせた。
「アメリア今日会えるって」
セルジオの嬉しそうな顔に俺も自然と笑顔になる。
「お前ら新婚だもんなー。今日からしばらく休みなんだし一緒にいてやれよ」
「お前もだろ。成り立ての恋人が待ってる。ご ゆ っ く り」
含みを持たせた言葉に、うるせえと返しながらも俺の頬は勝手に緩んだ。
しなければいけない片付けだったり仕事を終えて、心置きなく真っ先にlumeに足を向けた。たくさんお土産を抱えて足早に街を通り抜ける。早くニコラに会いたくて心が逸った。特に連絡はしていないけれど帰ってくる日は伝えてあるし、今日はlumeの営業日だ。ニコラとすれ違うこともないだろう。
通り慣れた細い路地を抜け、ドアの前に立つ。まだ営業時間前だからcloseの札がかかっている。さっと髪を軽く整えて、ついでに呼吸も整えてドアに手をかけた。
と、同時にドアが向こうから開けられて俺は少しよろめいた。
「うわっ!?」「ん?」
俺と同じタイミングでドアを開けた人物と声が重なる。その声は俺の予想と違っていた。え?誰だ?声の主をよろめいた体勢からぱっと見上げた。するとそこにはニコラ、ではなく黒髪の若い男が立っていた。
ダークブラウンの切れ長の目。小さな輪郭の中の中性的な目鼻立ちは作り物のように整っている。少し長めの黒髪が顔にかかっていてセクシーだ。
薄い唇が開いた。
「ごめんね。大丈夫?」
そう声をかけられてはっとする。
「あ、いや大丈夫です。そちらは?」
「大丈夫。ありがとう」
少し掠れたような心地いいハスキーに記憶が刺激された。ん?俺この人の声どっかで聞いたことあるな…?
「ルカどうしたの?」
店の中から声がしてニコラが顔を覗かせた。
「あれ、チハル?」
ニコラが何か言っているが俺はそれどころではなかった。
「ルカ?…あ!え、ルカ=エヴァーニ!?」
ニコラが呼んだ名前に記憶が繋がった。
この人はバラードを中心に歌うセクシー系歌手だ。歌手なら誰もが知っている実力派シンガーソングライター。今まで会ったことがなかったのと、こんなところにいるはずがないと思っているから咄嗟にわからなかった。
「あ、いやすみません!」
驚いて呼び捨てで声に出してしまったことに気づいて慌てて謝った。この人の実力と経歴に比べれば俺たちlampflickerなんてまだまだ駆け出しだ。大先輩に失礼なことをしてしまった。
「いいんだよ。lampflickerのチハルくん?」
「え、俺のこと知ってくださってるんですか!?」
「当たり前だよ。君たちには前から会ってみたいと思ってたんだ。今日は無理だけどまた今度ゆっくり話そうね」
ルカさんは目を細めて色気たっぷり微笑んだ。
「じゃあニコラ、またね」
そして俺たちの話に置いてけぼりにニコラにふらっと手を振って帰っていった。
まだ驚きが冷めないままニコラを見る。
「帰ってきたんだね。チハル、お帰り」
そう言って彼は俺に手を伸ばした。
引き寄せられるままにキスを受ける。軽く合わされたそれはいつものように温かかった。が、俺は早々にニコラの腕から抜け出した。
「なあ、ニコラはルカと知り合いだったのか!?」
キスの余韻もなく尋ねた俺にニコラが苦笑した。
「まあちょっとね」
そう言いながら俺を店の中に誘導する。
「ちょっとって…ルカさん何しに来てたんだ?」
歌手の中でもトップクラスのルカさんと知り合いだというニコラ。その驚きに尚も重ねて問う。
「料理食べに来てたんだよ。人が多いと来れないっていうからたまにね」
「ふーん」
ルカさんほどになるとそういうものなのか?首を傾げる俺をニコラが再び抱き込んだ。
「んーチハルだ。チハルがいる」
俺の首に顔を埋めてそう呟くニコラに俺の浮かれていたそわそわが戻ってきた。ルカさんの衝撃でちょっとタイミングがおかしくなったが、ようやく俺にもニコラに会えた嬉しさが込み上げてくる。
「ん、ただいま」
そう言って俺からも軽くキスをして、ニコラにぎゅっと腕を回した。
と、ふっと感じた香りに違和感を覚えた。
「ん?ニコラ香水つけてる?」
普段ニコラは香水はつけていないはずだけど確かに今シトラスのような香りがした。
「いや、つけてないけど…柔軟剤の匂いかな?」
「そっか…」
「ご飯食べるでしょ?作ってる間チハルの話聞かせて」
ニコラはいつものように甘く微笑んでカウンターに俺を座らせた。
ルカさんと柔軟剤。感じた少しの違和感を心の隅に追いやって、俺は曖昧に笑った。
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