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今夜も俺はLumeを訪れていた。
ニコラの前で泣いた夜から、俺は1週間と空けずにLumeに通うようになった。多いときは3日も空かないくらいだ。その習慣はもう数ヶ月は続いている。ニコラは俺が店にいくといつも笑顔で迎えてくれる。それにいつも俺はほっとするのだ。
今日はそれに加え、マルコさんたちもいて店内はとても賑やかだ。
「おいこら、もっと飲め飲め!」
「それアルコール度数高いやつじゃねぇか!おっさんにはきついって。チハルに飲ましとけ」
「いんや、まだまだいける!若者に負けてんじゃねぇ!」
常連たちが毎回毎回飽きもせずにどんちゃん騒ぎながら飲み交わすのを少し離れたカウンターから苦笑しながら見ていると、同じようにニコラも苦笑を浮かべながら見守っていた。
「ニコラ、今日の料理何?」
頼めばきっとなんでも作ってくれるのだけれど、ニコラのいろんな料理が食べてみたくて、俺はいつもメニューはニコラにお任せだ。
「今日はこれ」
そう言って出されたのは温かいホワイトシチューだった。ほかほかと湯気をたてるそれは野菜がたっぷりと入った具沢山だ。
「おー!美味しそう!」
「今日は春野菜のシチューにしてみたんだ。少し肌寒かったからね」
「いいねー!んー、いい匂い。いただきます!」
「召し上がれ」
勢いよくスプーンを掴んだ俺にニコラが笑っていた。
寒く冷たい冬は過ぎ、季節は春になろうとしていた。
10曲以上をも収録したアルバムのレコーディングはこの間やっと終わった。歌と音にこだわり抜いたそれはlampflickerの自信作だ。
長かったレコーディングが終わって、忙しさから解放されたー!かと思ったが、今は世界ツアーの準備にとりかかっていて結局息をつく暇もない日々だ。
セルジオとは相変わらず何も変わりない。親友で、バンドの相方。ただそれだけだ。
――回りから見ればそれだけ。でもそれは、俺がセルジオへの気持ちを整理出来てきた証拠でもある。時間がたつにつれてセルジオといるときに感じていた苦しさは薄れて、今は普通に話せるようにもなった。一時はこの苦しみは一生このままなんだと思ってさえいた。でも今は心は前を向いている。人の心は意外に強かだ。
そして、俺がこう思えるようになったのは一重にLumeの、ニコラのおかげだ。どんなに落ち込んでもLumeに来るとあったかいご飯と、雰囲気があって、それにどれだけ救われたか。ニコラの宣言通り、それらは俺の中にちゃんと積もってくれている。
「おーいチハル!なんか弾いてくれや!気分があがるやつだぞ」
「…これ以上あげてどうするんですか」
しんみりと心を振り返っているとマルコさんの声が思考回路に強引に割り込んできた。浸っていたところを邪魔されて俺は渋い顔でそちらに顔を向けた。
「お、なんだ?やるのか!」
そんな俺の顔を見てマルコさんがファイティングポーズをとった。それを見ていると毒気がすっかり抜かれる。この人も俺を救ってくれた要因なんだろうな、と思う。マルコさんはいつも底抜けに明るくて、でも人の気持ちはすぐに察してくれる、そんな人だ。この人に何か言われても腹はたたないし、相談に対するアドバイスはいつも適当なようで的確で。多くの人に慕われているのがよくわかる。
「わかりましたよ、でもこれ食べ終わってからです!」
苦笑しながらギターを弾くことを約束した。ほいきた!と大げさに喜ぶマルコさん。俺、本来ならこれでお金もらって生きてるんだけどな…
でも皆も喜んでいるのを見てまあいっかという気持ちになる。純粋に時間を、会話を楽しむ、ここではそれでいいのだ。
初めて合ったときから俺に対してなんの反応もしないこの店の人たちに、俺はlampflickerのことを知らないんだと思っていた。が、そんなことはなくて。
俺が常連となりつつあった日のこと、
「おーいギター弾いてくれよ!俺が歌うから!」
今日と同じようにマルコさんに言われたときには驚いたものだ。
「え、なんで俺がギター弾けるって知って…?」
驚きすぎて変な調子で聞いた俺に、マルコさんの方が驚いた顔をしていた。
「お前、俺がお前のこと知らないと思ってたのか?」
「え、はい。だって何にも言われなかったし」
「いや、何て言うんだよ。お前あの有名な歌手だろって言うのか?言ってどうすんだよ」
いや、まあ確かにそうなのだが。今マルコさんが言ったような、過剰な反応をされるのが普通なのだ。回りを見回すと皆頷いている。え、まさか皆知ってた感じ…?
「初めてチハルがこの店に入ってきたときからわかってたぜ?あーあの歌手の兄ちゃんだなって」
「そうそう。イケメンだし歌うまいとかで人気のやつ」
「知らないとか、俺たちはそこまで年寄りじゃねぇぞ!今世間で流行ってるものぐらいわかるわ」
「でもそんな有名人が、突然失恋したとか言い出してなーあれは…面白かった」
「イケメンざまあみろってな」
「…面白い…ざまあみろ…」
好き勝手言うおっさんたちに驚かされっぱなしだ。
「まあそういうこった。誰が誰であろうと気にしないってことだな。人はハートよ!」
マルコさんが強引に話をまとめる。にかっと顔全体で得意気に笑っている。良いこと言ったろ?と言いたげだ。
これが、俺がこの店を更に好きになった瞬間でもある。本当にLumeには良い人たちばっかりだ。
「で、弾いてくれんのか?くれないのか?」
どこから出してきたのか、ギターを差し出しながらにやっと笑うマルコさんに、俺も同じように笑みを返した。
「もちろん――弾かせてもらいますよ」
あの日から俺はたまに、ここでギターを弾いている。まあ、基本的にはマルコさんに頼まれて弾くのだが。なんだかんだ俺も楽しいし、回りの人も楽しんでくれているので喜んで弾かせてもらっている。
シチューを食べ終わって、店の隅に立て掛けてあるギターを手に取った。店の中央、大テーブルの椅子に腰かける。
「曲はなんにします?」
マルコさんに問いかけるとうーん、と少し考えてから言ったのは
「lampflickerの未発表新曲で」
「図々しいな!」
思わず叫んだ俺に店内がどっと沸いた。
ニコラの前で泣いた夜から、俺は1週間と空けずにLumeに通うようになった。多いときは3日も空かないくらいだ。その習慣はもう数ヶ月は続いている。ニコラは俺が店にいくといつも笑顔で迎えてくれる。それにいつも俺はほっとするのだ。
今日はそれに加え、マルコさんたちもいて店内はとても賑やかだ。
「おいこら、もっと飲め飲め!」
「それアルコール度数高いやつじゃねぇか!おっさんにはきついって。チハルに飲ましとけ」
「いんや、まだまだいける!若者に負けてんじゃねぇ!」
常連たちが毎回毎回飽きもせずにどんちゃん騒ぎながら飲み交わすのを少し離れたカウンターから苦笑しながら見ていると、同じようにニコラも苦笑を浮かべながら見守っていた。
「ニコラ、今日の料理何?」
頼めばきっとなんでも作ってくれるのだけれど、ニコラのいろんな料理が食べてみたくて、俺はいつもメニューはニコラにお任せだ。
「今日はこれ」
そう言って出されたのは温かいホワイトシチューだった。ほかほかと湯気をたてるそれは野菜がたっぷりと入った具沢山だ。
「おー!美味しそう!」
「今日は春野菜のシチューにしてみたんだ。少し肌寒かったからね」
「いいねー!んー、いい匂い。いただきます!」
「召し上がれ」
勢いよくスプーンを掴んだ俺にニコラが笑っていた。
寒く冷たい冬は過ぎ、季節は春になろうとしていた。
10曲以上をも収録したアルバムのレコーディングはこの間やっと終わった。歌と音にこだわり抜いたそれはlampflickerの自信作だ。
長かったレコーディングが終わって、忙しさから解放されたー!かと思ったが、今は世界ツアーの準備にとりかかっていて結局息をつく暇もない日々だ。
セルジオとは相変わらず何も変わりない。親友で、バンドの相方。ただそれだけだ。
――回りから見ればそれだけ。でもそれは、俺がセルジオへの気持ちを整理出来てきた証拠でもある。時間がたつにつれてセルジオといるときに感じていた苦しさは薄れて、今は普通に話せるようにもなった。一時はこの苦しみは一生このままなんだと思ってさえいた。でも今は心は前を向いている。人の心は意外に強かだ。
そして、俺がこう思えるようになったのは一重にLumeの、ニコラのおかげだ。どんなに落ち込んでもLumeに来るとあったかいご飯と、雰囲気があって、それにどれだけ救われたか。ニコラの宣言通り、それらは俺の中にちゃんと積もってくれている。
「おーいチハル!なんか弾いてくれや!気分があがるやつだぞ」
「…これ以上あげてどうするんですか」
しんみりと心を振り返っているとマルコさんの声が思考回路に強引に割り込んできた。浸っていたところを邪魔されて俺は渋い顔でそちらに顔を向けた。
「お、なんだ?やるのか!」
そんな俺の顔を見てマルコさんがファイティングポーズをとった。それを見ていると毒気がすっかり抜かれる。この人も俺を救ってくれた要因なんだろうな、と思う。マルコさんはいつも底抜けに明るくて、でも人の気持ちはすぐに察してくれる、そんな人だ。この人に何か言われても腹はたたないし、相談に対するアドバイスはいつも適当なようで的確で。多くの人に慕われているのがよくわかる。
「わかりましたよ、でもこれ食べ終わってからです!」
苦笑しながらギターを弾くことを約束した。ほいきた!と大げさに喜ぶマルコさん。俺、本来ならこれでお金もらって生きてるんだけどな…
でも皆も喜んでいるのを見てまあいっかという気持ちになる。純粋に時間を、会話を楽しむ、ここではそれでいいのだ。
初めて合ったときから俺に対してなんの反応もしないこの店の人たちに、俺はlampflickerのことを知らないんだと思っていた。が、そんなことはなくて。
俺が常連となりつつあった日のこと、
「おーいギター弾いてくれよ!俺が歌うから!」
今日と同じようにマルコさんに言われたときには驚いたものだ。
「え、なんで俺がギター弾けるって知って…?」
驚きすぎて変な調子で聞いた俺に、マルコさんの方が驚いた顔をしていた。
「お前、俺がお前のこと知らないと思ってたのか?」
「え、はい。だって何にも言われなかったし」
「いや、何て言うんだよ。お前あの有名な歌手だろって言うのか?言ってどうすんだよ」
いや、まあ確かにそうなのだが。今マルコさんが言ったような、過剰な反応をされるのが普通なのだ。回りを見回すと皆頷いている。え、まさか皆知ってた感じ…?
「初めてチハルがこの店に入ってきたときからわかってたぜ?あーあの歌手の兄ちゃんだなって」
「そうそう。イケメンだし歌うまいとかで人気のやつ」
「知らないとか、俺たちはそこまで年寄りじゃねぇぞ!今世間で流行ってるものぐらいわかるわ」
「でもそんな有名人が、突然失恋したとか言い出してなーあれは…面白かった」
「イケメンざまあみろってな」
「…面白い…ざまあみろ…」
好き勝手言うおっさんたちに驚かされっぱなしだ。
「まあそういうこった。誰が誰であろうと気にしないってことだな。人はハートよ!」
マルコさんが強引に話をまとめる。にかっと顔全体で得意気に笑っている。良いこと言ったろ?と言いたげだ。
これが、俺がこの店を更に好きになった瞬間でもある。本当にLumeには良い人たちばっかりだ。
「で、弾いてくれんのか?くれないのか?」
どこから出してきたのか、ギターを差し出しながらにやっと笑うマルコさんに、俺も同じように笑みを返した。
「もちろん――弾かせてもらいますよ」
あの日から俺はたまに、ここでギターを弾いている。まあ、基本的にはマルコさんに頼まれて弾くのだが。なんだかんだ俺も楽しいし、回りの人も楽しんでくれているので喜んで弾かせてもらっている。
シチューを食べ終わって、店の隅に立て掛けてあるギターを手に取った。店の中央、大テーブルの椅子に腰かける。
「曲はなんにします?」
マルコさんに問いかけるとうーん、と少し考えてから言ったのは
「lampflickerの未発表新曲で」
「図々しいな!」
思わず叫んだ俺に店内がどっと沸いた。
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