14 / 53
13
しおりを挟む
今夜も俺はLumeを訪れていた。
ニコラの前で泣いた夜から、俺は1週間と空けずにLumeに通うようになった。多いときは3日も空かないくらいだ。その習慣はもう数ヶ月は続いている。ニコラは俺が店にいくといつも笑顔で迎えてくれる。それにいつも俺はほっとするのだ。
今日はそれに加え、マルコさんたちもいて店内はとても賑やかだ。
「おいこら、もっと飲め飲め!」
「それアルコール度数高いやつじゃねぇか!おっさんにはきついって。チハルに飲ましとけ」
「いんや、まだまだいける!若者に負けてんじゃねぇ!」
常連たちが毎回毎回飽きもせずにどんちゃん騒ぎながら飲み交わすのを少し離れたカウンターから苦笑しながら見ていると、同じようにニコラも苦笑を浮かべながら見守っていた。
「ニコラ、今日の料理何?」
頼めばきっとなんでも作ってくれるのだけれど、ニコラのいろんな料理が食べてみたくて、俺はいつもメニューはニコラにお任せだ。
「今日はこれ」
そう言って出されたのは温かいホワイトシチューだった。ほかほかと湯気をたてるそれは野菜がたっぷりと入った具沢山だ。
「おー!美味しそう!」
「今日は春野菜のシチューにしてみたんだ。少し肌寒かったからね」
「いいねー!んー、いい匂い。いただきます!」
「召し上がれ」
勢いよくスプーンを掴んだ俺にニコラが笑っていた。
寒く冷たい冬は過ぎ、季節は春になろうとしていた。
10曲以上をも収録したアルバムのレコーディングはこの間やっと終わった。歌と音にこだわり抜いたそれはlampflickerの自信作だ。
長かったレコーディングが終わって、忙しさから解放されたー!かと思ったが、今は世界ツアーの準備にとりかかっていて結局息をつく暇もない日々だ。
セルジオとは相変わらず何も変わりない。親友で、バンドの相方。ただそれだけだ。
――回りから見ればそれだけ。でもそれは、俺がセルジオへの気持ちを整理出来てきた証拠でもある。時間がたつにつれてセルジオといるときに感じていた苦しさは薄れて、今は普通に話せるようにもなった。一時はこの苦しみは一生このままなんだと思ってさえいた。でも今は心は前を向いている。人の心は意外に強かだ。
そして、俺がこう思えるようになったのは一重にLumeの、ニコラのおかげだ。どんなに落ち込んでもLumeに来るとあったかいご飯と、雰囲気があって、それにどれだけ救われたか。ニコラの宣言通り、それらは俺の中にちゃんと積もってくれている。
「おーいチハル!なんか弾いてくれや!気分があがるやつだぞ」
「…これ以上あげてどうするんですか」
しんみりと心を振り返っているとマルコさんの声が思考回路に強引に割り込んできた。浸っていたところを邪魔されて俺は渋い顔でそちらに顔を向けた。
「お、なんだ?やるのか!」
そんな俺の顔を見てマルコさんがファイティングポーズをとった。それを見ていると毒気がすっかり抜かれる。この人も俺を救ってくれた要因なんだろうな、と思う。マルコさんはいつも底抜けに明るくて、でも人の気持ちはすぐに察してくれる、そんな人だ。この人に何か言われても腹はたたないし、相談に対するアドバイスはいつも適当なようで的確で。多くの人に慕われているのがよくわかる。
「わかりましたよ、でもこれ食べ終わってからです!」
苦笑しながらギターを弾くことを約束した。ほいきた!と大げさに喜ぶマルコさん。俺、本来ならこれでお金もらって生きてるんだけどな…
でも皆も喜んでいるのを見てまあいっかという気持ちになる。純粋に時間を、会話を楽しむ、ここではそれでいいのだ。
初めて合ったときから俺に対してなんの反応もしないこの店の人たちに、俺はlampflickerのことを知らないんだと思っていた。が、そんなことはなくて。
俺が常連となりつつあった日のこと、
「おーいギター弾いてくれよ!俺が歌うから!」
今日と同じようにマルコさんに言われたときには驚いたものだ。
「え、なんで俺がギター弾けるって知って…?」
驚きすぎて変な調子で聞いた俺に、マルコさんの方が驚いた顔をしていた。
「お前、俺がお前のこと知らないと思ってたのか?」
「え、はい。だって何にも言われなかったし」
「いや、何て言うんだよ。お前あの有名な歌手だろって言うのか?言ってどうすんだよ」
いや、まあ確かにそうなのだが。今マルコさんが言ったような、過剰な反応をされるのが普通なのだ。回りを見回すと皆頷いている。え、まさか皆知ってた感じ…?
「初めてチハルがこの店に入ってきたときからわかってたぜ?あーあの歌手の兄ちゃんだなって」
「そうそう。イケメンだし歌うまいとかで人気のやつ」
「知らないとか、俺たちはそこまで年寄りじゃねぇぞ!今世間で流行ってるものぐらいわかるわ」
「でもそんな有名人が、突然失恋したとか言い出してなーあれは…面白かった」
「イケメンざまあみろってな」
「…面白い…ざまあみろ…」
好き勝手言うおっさんたちに驚かされっぱなしだ。
「まあそういうこった。誰が誰であろうと気にしないってことだな。人はハートよ!」
マルコさんが強引に話をまとめる。にかっと顔全体で得意気に笑っている。良いこと言ったろ?と言いたげだ。
これが、俺がこの店を更に好きになった瞬間でもある。本当にLumeには良い人たちばっかりだ。
「で、弾いてくれんのか?くれないのか?」
どこから出してきたのか、ギターを差し出しながらにやっと笑うマルコさんに、俺も同じように笑みを返した。
「もちろん――弾かせてもらいますよ」
あの日から俺はたまに、ここでギターを弾いている。まあ、基本的にはマルコさんに頼まれて弾くのだが。なんだかんだ俺も楽しいし、回りの人も楽しんでくれているので喜んで弾かせてもらっている。
シチューを食べ終わって、店の隅に立て掛けてあるギターを手に取った。店の中央、大テーブルの椅子に腰かける。
「曲はなんにします?」
マルコさんに問いかけるとうーん、と少し考えてから言ったのは
「lampflickerの未発表新曲で」
「図々しいな!」
思わず叫んだ俺に店内がどっと沸いた。
ニコラの前で泣いた夜から、俺は1週間と空けずにLumeに通うようになった。多いときは3日も空かないくらいだ。その習慣はもう数ヶ月は続いている。ニコラは俺が店にいくといつも笑顔で迎えてくれる。それにいつも俺はほっとするのだ。
今日はそれに加え、マルコさんたちもいて店内はとても賑やかだ。
「おいこら、もっと飲め飲め!」
「それアルコール度数高いやつじゃねぇか!おっさんにはきついって。チハルに飲ましとけ」
「いんや、まだまだいける!若者に負けてんじゃねぇ!」
常連たちが毎回毎回飽きもせずにどんちゃん騒ぎながら飲み交わすのを少し離れたカウンターから苦笑しながら見ていると、同じようにニコラも苦笑を浮かべながら見守っていた。
「ニコラ、今日の料理何?」
頼めばきっとなんでも作ってくれるのだけれど、ニコラのいろんな料理が食べてみたくて、俺はいつもメニューはニコラにお任せだ。
「今日はこれ」
そう言って出されたのは温かいホワイトシチューだった。ほかほかと湯気をたてるそれは野菜がたっぷりと入った具沢山だ。
「おー!美味しそう!」
「今日は春野菜のシチューにしてみたんだ。少し肌寒かったからね」
「いいねー!んー、いい匂い。いただきます!」
「召し上がれ」
勢いよくスプーンを掴んだ俺にニコラが笑っていた。
寒く冷たい冬は過ぎ、季節は春になろうとしていた。
10曲以上をも収録したアルバムのレコーディングはこの間やっと終わった。歌と音にこだわり抜いたそれはlampflickerの自信作だ。
長かったレコーディングが終わって、忙しさから解放されたー!かと思ったが、今は世界ツアーの準備にとりかかっていて結局息をつく暇もない日々だ。
セルジオとは相変わらず何も変わりない。親友で、バンドの相方。ただそれだけだ。
――回りから見ればそれだけ。でもそれは、俺がセルジオへの気持ちを整理出来てきた証拠でもある。時間がたつにつれてセルジオといるときに感じていた苦しさは薄れて、今は普通に話せるようにもなった。一時はこの苦しみは一生このままなんだと思ってさえいた。でも今は心は前を向いている。人の心は意外に強かだ。
そして、俺がこう思えるようになったのは一重にLumeの、ニコラのおかげだ。どんなに落ち込んでもLumeに来るとあったかいご飯と、雰囲気があって、それにどれだけ救われたか。ニコラの宣言通り、それらは俺の中にちゃんと積もってくれている。
「おーいチハル!なんか弾いてくれや!気分があがるやつだぞ」
「…これ以上あげてどうするんですか」
しんみりと心を振り返っているとマルコさんの声が思考回路に強引に割り込んできた。浸っていたところを邪魔されて俺は渋い顔でそちらに顔を向けた。
「お、なんだ?やるのか!」
そんな俺の顔を見てマルコさんがファイティングポーズをとった。それを見ていると毒気がすっかり抜かれる。この人も俺を救ってくれた要因なんだろうな、と思う。マルコさんはいつも底抜けに明るくて、でも人の気持ちはすぐに察してくれる、そんな人だ。この人に何か言われても腹はたたないし、相談に対するアドバイスはいつも適当なようで的確で。多くの人に慕われているのがよくわかる。
「わかりましたよ、でもこれ食べ終わってからです!」
苦笑しながらギターを弾くことを約束した。ほいきた!と大げさに喜ぶマルコさん。俺、本来ならこれでお金もらって生きてるんだけどな…
でも皆も喜んでいるのを見てまあいっかという気持ちになる。純粋に時間を、会話を楽しむ、ここではそれでいいのだ。
初めて合ったときから俺に対してなんの反応もしないこの店の人たちに、俺はlampflickerのことを知らないんだと思っていた。が、そんなことはなくて。
俺が常連となりつつあった日のこと、
「おーいギター弾いてくれよ!俺が歌うから!」
今日と同じようにマルコさんに言われたときには驚いたものだ。
「え、なんで俺がギター弾けるって知って…?」
驚きすぎて変な調子で聞いた俺に、マルコさんの方が驚いた顔をしていた。
「お前、俺がお前のこと知らないと思ってたのか?」
「え、はい。だって何にも言われなかったし」
「いや、何て言うんだよ。お前あの有名な歌手だろって言うのか?言ってどうすんだよ」
いや、まあ確かにそうなのだが。今マルコさんが言ったような、過剰な反応をされるのが普通なのだ。回りを見回すと皆頷いている。え、まさか皆知ってた感じ…?
「初めてチハルがこの店に入ってきたときからわかってたぜ?あーあの歌手の兄ちゃんだなって」
「そうそう。イケメンだし歌うまいとかで人気のやつ」
「知らないとか、俺たちはそこまで年寄りじゃねぇぞ!今世間で流行ってるものぐらいわかるわ」
「でもそんな有名人が、突然失恋したとか言い出してなーあれは…面白かった」
「イケメンざまあみろってな」
「…面白い…ざまあみろ…」
好き勝手言うおっさんたちに驚かされっぱなしだ。
「まあそういうこった。誰が誰であろうと気にしないってことだな。人はハートよ!」
マルコさんが強引に話をまとめる。にかっと顔全体で得意気に笑っている。良いこと言ったろ?と言いたげだ。
これが、俺がこの店を更に好きになった瞬間でもある。本当にLumeには良い人たちばっかりだ。
「で、弾いてくれんのか?くれないのか?」
どこから出してきたのか、ギターを差し出しながらにやっと笑うマルコさんに、俺も同じように笑みを返した。
「もちろん――弾かせてもらいますよ」
あの日から俺はたまに、ここでギターを弾いている。まあ、基本的にはマルコさんに頼まれて弾くのだが。なんだかんだ俺も楽しいし、回りの人も楽しんでくれているので喜んで弾かせてもらっている。
シチューを食べ終わって、店の隅に立て掛けてあるギターを手に取った。店の中央、大テーブルの椅子に腰かける。
「曲はなんにします?」
マルコさんに問いかけるとうーん、と少し考えてから言ったのは
「lampflickerの未発表新曲で」
「図々しいな!」
思わず叫んだ俺に店内がどっと沸いた。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる