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第一章 夢見る乙女
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「奥様は乙女様の結婚を楽しみにしていらっしゃるのですよ」
〝結婚〟という二文字が乙女の琴線に触れる。
「そんなのしないわよ!」
「そうはおっしゃられても、女性は十八歳を迎える年に見合いをして結婚するのが和之国の習わしですから」
国が認める職業に就く者以外、例外は認められない。
「どうしてこの若さで、そんなことをしなくちゃいけないの?」
「法で決まっているからです」
「でも、その規則が作られたのは大昔でしょう? それを今世も引きずっているなんてナンセンスだわ」
百年以上前、フリーという言葉が流行語となり、若者たちが結婚を拘束と捉えるようになった。それに伴い婚姻率が低下。比例するように子供の数が減少した。
それから半世紀ほど後、人口ピラミッドが崩れた和之国は、働き手の数が激減したために産業が成り立たなくなり、国家崩壊の危機に立たされた。
これを打破するために、当時の国王が苦肉の策として打ち出したのが、『女性は十八歳で見合いをして結婚すること』だった。
「バッカじゃない! 結婚したら必ず子供が増えると思っているのかしら?」
「それは……」
「ほらご覧なさい。ミミも分かっているじゃない。ただ結婚させるだけじゃなくて、子育てしやすい世の中を作らなければ、安心して子供を産み育てられないってこと」
勝ち誇ったように乙女がふふんと鼻を鳴らす。
「そのうえお相手は〝婚ピューター〟が選んだ男性? 鼻で笑っちゃう。いくら万能でも感情のない物が選んだ相手よ、納得がいかないわ」
婚ピューターとは、和之国が作った、お見合い相手を抽出するメカのことだ。
「それはそうですが……規則には逆らえません。それが嫌なら例外となる、国許可職にお就きになったらいかがですか?」
国許可職とは、産婦人科医、小児科医、教師といった子供に携わる職業をいう。国許可職従事者とそれを目指す学生は、十八歳でのお見合いも結婚も免除されていた。
「全く興味のない分野だわ。いくら免除されるとしても、作家を辞めて国許可職に就くなんて、それこそ本末転倒というものよ」
そちらの方がどれだけいいか、とミミは独り言ちる。
「だったら仕方がありませんね。おとなしく規則に従って下さい」
「ミミはそれでいいの?」
「どういう意味でしょう?」
「まんまよ。お兄様が好きなんでしょう?」
キョトンとした顔が瞬時に驚きの顔に変わり上気する。
トマト色に染まった顔を見ながら、やっぱり、と乙女は思う。
「どどどどしてそのことを……」
「知っているのかって? そんなの見てれば分かるわよ」
萬月を前にしたミミの態度はいつも挙動不審だった。
「告っちゃえばいいのに。お兄様にはまだお相手がいないんだし」
「そっそんな畏れ多いことできません」
激しく手と首を振りながらミミが裏返った声で言う。
「そっそれに、婚ピューターには逆らえません」
「どうして?」
「反逆罪で逮捕されるじゃありませんか!」
ミミの言う通りだった。和之国では例外なく『男女の縁は婚ピューターが選んだ相手』と定められていた。そして、それに背く者は見せしめのように処罰された。
「お嬢様の小説は辛うじてファンタジー扱いされているので今のところセーフですが、恋愛結婚は今や死語。この国でその行為を行うことイコール反逆行為なのですよ」
ミミはここぞとばかりに力説する。
「国家親衛隊の中には出版社蒼い炎を、『逆徒を増殖させる存在なのでは?』と問うている者もいるようです。だからですね」
「出版社と縁を切り、小説を書くのをやめろ、とでも言うの?」
乙女がギロリとミミを睨む。
「絶対にやめない! 男女の縁に恋愛ほど至極の結び付きはないもの。その究極たる結末が恋愛結婚! 私はそう信じているもの」
乙女は禁書と言われる古い恋愛小説を幾冊も読み、その度に心躍らせ胸ときめかせた。そして、愛し愛され結ばれる、そんな男女が培う世界こそ、平和で温かな世を作るのだと結論付けたのだ。
〝結婚〟という二文字が乙女の琴線に触れる。
「そんなのしないわよ!」
「そうはおっしゃられても、女性は十八歳を迎える年に見合いをして結婚するのが和之国の習わしですから」
国が認める職業に就く者以外、例外は認められない。
「どうしてこの若さで、そんなことをしなくちゃいけないの?」
「法で決まっているからです」
「でも、その規則が作られたのは大昔でしょう? それを今世も引きずっているなんてナンセンスだわ」
百年以上前、フリーという言葉が流行語となり、若者たちが結婚を拘束と捉えるようになった。それに伴い婚姻率が低下。比例するように子供の数が減少した。
それから半世紀ほど後、人口ピラミッドが崩れた和之国は、働き手の数が激減したために産業が成り立たなくなり、国家崩壊の危機に立たされた。
これを打破するために、当時の国王が苦肉の策として打ち出したのが、『女性は十八歳で見合いをして結婚すること』だった。
「バッカじゃない! 結婚したら必ず子供が増えると思っているのかしら?」
「それは……」
「ほらご覧なさい。ミミも分かっているじゃない。ただ結婚させるだけじゃなくて、子育てしやすい世の中を作らなければ、安心して子供を産み育てられないってこと」
勝ち誇ったように乙女がふふんと鼻を鳴らす。
「そのうえお相手は〝婚ピューター〟が選んだ男性? 鼻で笑っちゃう。いくら万能でも感情のない物が選んだ相手よ、納得がいかないわ」
婚ピューターとは、和之国が作った、お見合い相手を抽出するメカのことだ。
「それはそうですが……規則には逆らえません。それが嫌なら例外となる、国許可職にお就きになったらいかがですか?」
国許可職とは、産婦人科医、小児科医、教師といった子供に携わる職業をいう。国許可職従事者とそれを目指す学生は、十八歳でのお見合いも結婚も免除されていた。
「全く興味のない分野だわ。いくら免除されるとしても、作家を辞めて国許可職に就くなんて、それこそ本末転倒というものよ」
そちらの方がどれだけいいか、とミミは独り言ちる。
「だったら仕方がありませんね。おとなしく規則に従って下さい」
「ミミはそれでいいの?」
「どういう意味でしょう?」
「まんまよ。お兄様が好きなんでしょう?」
キョトンとした顔が瞬時に驚きの顔に変わり上気する。
トマト色に染まった顔を見ながら、やっぱり、と乙女は思う。
「どどどどしてそのことを……」
「知っているのかって? そんなの見てれば分かるわよ」
萬月を前にしたミミの態度はいつも挙動不審だった。
「告っちゃえばいいのに。お兄様にはまだお相手がいないんだし」
「そっそんな畏れ多いことできません」
激しく手と首を振りながらミミが裏返った声で言う。
「そっそれに、婚ピューターには逆らえません」
「どうして?」
「反逆罪で逮捕されるじゃありませんか!」
ミミの言う通りだった。和之国では例外なく『男女の縁は婚ピューターが選んだ相手』と定められていた。そして、それに背く者は見せしめのように処罰された。
「お嬢様の小説は辛うじてファンタジー扱いされているので今のところセーフですが、恋愛結婚は今や死語。この国でその行為を行うことイコール反逆行為なのですよ」
ミミはここぞとばかりに力説する。
「国家親衛隊の中には出版社蒼い炎を、『逆徒を増殖させる存在なのでは?』と問うている者もいるようです。だからですね」
「出版社と縁を切り、小説を書くのをやめろ、とでも言うの?」
乙女がギロリとミミを睨む。
「絶対にやめない! 男女の縁に恋愛ほど至極の結び付きはないもの。その究極たる結末が恋愛結婚! 私はそう信じているもの」
乙女は禁書と言われる古い恋愛小説を幾冊も読み、その度に心躍らせ胸ときめかせた。そして、愛し愛され結ばれる、そんな男女が培う世界こそ、平和で温かな世を作るのだと結論付けたのだ。
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