8 / 66
第三章 最悪のお相手
2.
しおりを挟む
小一時間の入浴を済ませた乙女が脱衣室から出ると、ミミと駒子、そして、上機嫌の一葉が待ちかねていた。
「乙女さん、今日は一段とお綺麗だわ」と一葉。
「さぁさぁ、まずは髪を整えますよ!」と駒子。
「お化粧はナチュラルに! でも、しっかりと!」とミミ。
三人は嬉々としながら張り切って乙女を変身させていく。
ここまできたら乙女ももうどうでもよくなり、言われるがままされるがまま、着せ替え人形になる。
「ところで会場はどこかしら?」
一葉がミミに尋ねる。
お見合いの詳細は当日知らされることになっているのだ。
「先程連絡がありました。鳳凰ホテル、紅の間だそうです」
「鳳凰ホテル! だったら、お相手も期待できるわね!」
「さようでございますね」
嬉々とする一葉の言葉に駒子もミミも大きく頷く。
「でも、当日会場でしかお相手が分からないというのも……何だかだわ」
女々のお見合いを思い出したのだろう、一葉が眉間に皺を寄せる。
「お姉様のときは本当にサプライズでしたものね」
「笑い事ではありませんよ。また今度も、だったらと思うと……ここ数ヶ月、眠れなかったのよ」
「あら、お母様、お姉様はとても幸せそうよ」
乙女の言葉に、「今はね」と一葉が険のある言い方をする。
「当時はどれほど笑い者になったか」
才色兼備の女々が『カスを掴まされた』と陰口を叩かれていたことを思い出し、乙女がドヤ顔で慰める。
「お母様、覚えておいででしょう? そういう輩を私が成敗してやったことを」
「黙らっしゃい!」
間髪入れず一葉が一喝する。
「そのせいで私の苦労が二倍になったことも、よもや忘れたとは言わせませんよ!」
そう言えば……と当時に思いを馳せた乙女がパチンと一拍手を叩く。
「こちらは悪くないのに、お母様ったら頭を下げて謝りまくっていらしたわね」
ふふふと口元を緩める乙女の耳を、一葉が思いっきり引っ張る。
「痛たたたた! やめて下さい、お母様」
「耳の穴をかっぽじって、よーくお聞きなさい。謝罪は全て貴女のせい! 考えも無しに言葉の暴力で相手をボコスコにしたからです!」
一気に言葉を吐き出すと一葉は胸を押さえ息を整える。
「だったらこの手でボコスコにした方が良かったの?」
でも……腕に覚えがないからそれは無理だし、と乙女が思っていると……。
「そういうことを言ってるんじゃありません! とにかく、今までの苦労に報いるため、今日は気を引き締めてしっかり挑んで下さい!」
力の入った一葉に逆らえるはずもなく、乙女は素直に頷くが、未だ心の中では、お見合いをどうにかして回避できないものかと考えていた。
「奥様、準備は整いましたか? 出発のお時間ですが……」
そこに菊衛門が現われる。乙女の姿を見ると、「おお! これはお美しい」と感嘆の声を上げた。
「ありがとう。菊衛門もいつも以上にダンディーだわ」
「当然です! 先代から頂いた燕尾服を着用しているのですから」
菊衛門の一張羅だった。
年季が入っているにもかかわらず、彼は「先代からのプレゼントなので」と一向に新調しようとしない。
「それでは菊衛門さん、お嬢様をお願いしますね」
「駒江さん、承知致しました」
菊衛門も駒子も、ど貧乏だった桜小路家を支えてくれた奇特な人たちだった。
なんでも『先代夫人にひとかたならぬ恩義を頂戴しました』とのことだ。
『情けは人のためならず』
乙女は二人を見るたびにこの言葉を思い出し、菊衛門の燕尾服を見るたびに、いつか必ず新調してあげる、と心に決めていた。
「お嬢様、何をぼーっとしていらっしゃるのですか? しっかりして下さい! よろしいですね、絶対に羽目を外さぬように!」
ミミが念押しのように乙女の瞳を覗き込む。
「ご成婚を心より祈っております!」
その瞳の奥に真っ赤な炎が宿っているような気がして、乙女はたじろく。
ミミは空手、合気道……ありとあらゆる武道に精通している。そして、どれも有段者だった。
万が一破談なんてことになったら……一葉のみならずミミにまで殺されるかもしれない。そう思った途端、乙女の背筋を冷たい汗が流れた。
「乙女さん、今日は一段とお綺麗だわ」と一葉。
「さぁさぁ、まずは髪を整えますよ!」と駒子。
「お化粧はナチュラルに! でも、しっかりと!」とミミ。
三人は嬉々としながら張り切って乙女を変身させていく。
ここまできたら乙女ももうどうでもよくなり、言われるがままされるがまま、着せ替え人形になる。
「ところで会場はどこかしら?」
一葉がミミに尋ねる。
お見合いの詳細は当日知らされることになっているのだ。
「先程連絡がありました。鳳凰ホテル、紅の間だそうです」
「鳳凰ホテル! だったら、お相手も期待できるわね!」
「さようでございますね」
嬉々とする一葉の言葉に駒子もミミも大きく頷く。
「でも、当日会場でしかお相手が分からないというのも……何だかだわ」
女々のお見合いを思い出したのだろう、一葉が眉間に皺を寄せる。
「お姉様のときは本当にサプライズでしたものね」
「笑い事ではありませんよ。また今度も、だったらと思うと……ここ数ヶ月、眠れなかったのよ」
「あら、お母様、お姉様はとても幸せそうよ」
乙女の言葉に、「今はね」と一葉が険のある言い方をする。
「当時はどれほど笑い者になったか」
才色兼備の女々が『カスを掴まされた』と陰口を叩かれていたことを思い出し、乙女がドヤ顔で慰める。
「お母様、覚えておいででしょう? そういう輩を私が成敗してやったことを」
「黙らっしゃい!」
間髪入れず一葉が一喝する。
「そのせいで私の苦労が二倍になったことも、よもや忘れたとは言わせませんよ!」
そう言えば……と当時に思いを馳せた乙女がパチンと一拍手を叩く。
「こちらは悪くないのに、お母様ったら頭を下げて謝りまくっていらしたわね」
ふふふと口元を緩める乙女の耳を、一葉が思いっきり引っ張る。
「痛たたたた! やめて下さい、お母様」
「耳の穴をかっぽじって、よーくお聞きなさい。謝罪は全て貴女のせい! 考えも無しに言葉の暴力で相手をボコスコにしたからです!」
一気に言葉を吐き出すと一葉は胸を押さえ息を整える。
「だったらこの手でボコスコにした方が良かったの?」
でも……腕に覚えがないからそれは無理だし、と乙女が思っていると……。
「そういうことを言ってるんじゃありません! とにかく、今までの苦労に報いるため、今日は気を引き締めてしっかり挑んで下さい!」
力の入った一葉に逆らえるはずもなく、乙女は素直に頷くが、未だ心の中では、お見合いをどうにかして回避できないものかと考えていた。
「奥様、準備は整いましたか? 出発のお時間ですが……」
そこに菊衛門が現われる。乙女の姿を見ると、「おお! これはお美しい」と感嘆の声を上げた。
「ありがとう。菊衛門もいつも以上にダンディーだわ」
「当然です! 先代から頂いた燕尾服を着用しているのですから」
菊衛門の一張羅だった。
年季が入っているにもかかわらず、彼は「先代からのプレゼントなので」と一向に新調しようとしない。
「それでは菊衛門さん、お嬢様をお願いしますね」
「駒江さん、承知致しました」
菊衛門も駒子も、ど貧乏だった桜小路家を支えてくれた奇特な人たちだった。
なんでも『先代夫人にひとかたならぬ恩義を頂戴しました』とのことだ。
『情けは人のためならず』
乙女は二人を見るたびにこの言葉を思い出し、菊衛門の燕尾服を見るたびに、いつか必ず新調してあげる、と心に決めていた。
「お嬢様、何をぼーっとしていらっしゃるのですか? しっかりして下さい! よろしいですね、絶対に羽目を外さぬように!」
ミミが念押しのように乙女の瞳を覗き込む。
「ご成婚を心より祈っております!」
その瞳の奥に真っ赤な炎が宿っているような気がして、乙女はたじろく。
ミミは空手、合気道……ありとあらゆる武道に精通している。そして、どれも有段者だった。
万が一破談なんてことになったら……一葉のみならずミミにまで殺されるかもしれない。そう思った途端、乙女の背筋を冷たい汗が流れた。
0
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる
今泉 香耶
恋愛
王女エレインは隣国との戦争の最前線にいた。彼女は千人に1人が得られる「天恵」である「ガーディアン」の能力を持っていたが、戦況は劣勢。ところが、突然の休戦条約の条件により、敵国の国王の側室に望まれる。
敵国で彼女を出迎えたのは、マリエン王国王弟のアルフォンス。彼は前線で何度か彼女と戦った勇士。アルフォンスの紳士的な対応にほっとするエレインだったが、彼の兄である国王はそうではなかった。
エレインは王城に到着するとほどなく敵国の臣下たちの前で、国王に「ドレスを脱げ」と下卑たことを強要される。そんなエレインを庇おうとするアルフォンス。互いに気になっていた2人だが、王族をめぐるごたごたの末、結婚をすることになってしまい……。
敵国にたった一人で嫁ぎ、奇異の目で見られるエレインと、そんな彼女を男らしく守ろうとするアルフォンスの恋物語。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる