恋し、挑みし、闘へ乙女

米原湖子

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第三章 最悪のお相手

1.

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「お嬢様、ハッピーバースデーでございます!」
「――ん? うん……ありがとう?」

 深い眠りから叩き起こされた乙女は、回らない頭で壁に掛けられたカレンダーに目をやる。18を囲うように付けられた赤い花丸。それをぼんやりと見つめ、今度はベッドサイドの目覚まし時計に視線を移す。時刻は五時五十分。

「まだ起床には早いんじゃない?」
「何をおっしゃっているんですか? これでも遅いぐらいです」

 ミミは憮然とした様子でカーテンを勢い良く開けた。途端に乙女の視界を真っ白な光が覆う。

「晴れの日に見合う良いお天気です。さぁ、めいっぱいお洒落を致しましょう」

 明朗快活なミミに反して、乙女の心には黒雲が広がっていく。
 今日は十八歳の誕生日であると共にお見合いの日でもあるからだ。

「さぁさぁ、起きて下さい」

 乙女の気持ちを知ってか知らずしてか、ミミが勢い良く掛け布団を剥ぐ。
 家出に失敗してから乙女はすっかり意気消沈してしまい、ミミが『借りてきた猫みたいですね』と笑うほどおとなしくなってしまった。

「ダラダラしないで下さい。やらなきゃいけないことはたくさんあるんですから」

 赤い紐をたすき掛けにしたミミが乙女を追い立てる。
 乙女はゲンナリしながらも、いつまでも寝ているわけにもいかずノロノロと起き上がった。

「まずはお風呂へ。ミルク風呂にしました。お肌がしっとりするそうです」
「牛乳を入れたの? 勿体ない」
「お嬢様、けち臭いにも程があります。今日は決戦の日ですよ!」
「私、いくさは好きじゃないの」

「平和主義がモットーだ」と乙女が胸を張ると、「つべこべ言わずにさっさと入って下さい!」と目くじらを立てたミミががなる。

「全く! 今日の日を何だと思っているのですか?」

 御年六十八歳の駒子もだが、常識人のミミも説教を始めると長い。

「とにかく、お湯が冷めるのでつべこべ言わずに早く入って下さい」

 冷めるのは長い説教のせいではないだろうかと乙女は理不尽に思いながらも、これ以上の会話は無益だと考え、早々に白旗を揚げると浴室に向かった。



「うわっ、何これ!」

 ドアを開けた途端、乙女の鼻先をむせかえるようなミルクの香りと薔薇の香りが過ぎった。

「ミルクは飲むもの! 薔薇は愛でるもの!」

 乙女は顔を歪めながらも、本来の目的を達成できなかった可哀想なものたちに哀悼の眼差しを向け、掛け湯をしてから浴槽に身を沈めた。

「爽やかなシトラス系の香りか、鎮静効果のある森林の香りが良かったなぁ」

 プカプカと浮く薔薇の花びらをひとつ摘まみ上げ、「このシチュエーション、似合わなさすぎる」とそれを指で弾いた。
 そして、「こういうのが似合うのはお姉様みたいな女性よ」と女々を思い、「そう言えば」と思い出す。

「国中の人がお姉様のお相手を予測して、賭けをしていたわね」

 女々はミス和之国に選ばれたほどの器量好しで、頭も良かった。

「でも、誰も予測できなかった」

 乙女はふふっと思い出し笑いをする。

「まさか竹之内たけのうち侯爵の長子風間ふうま様だったなんて……」

 このペアリングには世間も驚いたが、一番驚いたのは桜小路家の面々。特に一葉だった。
 風間は国職に就く父親の後を継がず商売人となった変わり者。一葉が一時婚ピューターを呪ったとしてもしかたないことだった。
 しかし、風間は変わり者というだけではなかった。先見の明を持つ優秀な男だった。女々と結婚して十年。今では国を代表する大企業家となっていた。

「おまけにお兄様ったらお姉様のことを溺愛しているし……子供たちもかわいいし、何より幸せそうなのがいいわぁ」

 乙女もこの結婚ばかりは、『やるじゃない』と婚ピューターを褒め称えたほどだ。

「私のお相手も風間お兄様のようだったらいいのだけど……黄桜編集長の例もあるし……」

 だが、婚ピューターが万能ではないということも周知の事実だった。

「なのに、どうしてこのシステムを続けるのかしら?」

 浴槽の縁に後頭部を預け、乙女は天井を仰ぎ見る。
 湯気の中に和之国の現国王、月華げっかの君がぼんやりと浮かぶ。

「そうよ、国王がボンクラで怠慢すぎるのがいけないんだわ!」

 誰かに聞かれたら、『王を愚弄した者』として召し捕らえられただろう。なぜなら和之国は絶対君主制度の国だからだ。故に、婚ピュータが選ぶ相手への拒否は国王に背く者、いわゆる反逆者となる。余程のことがない限り破談はない。

「あの家出が成功していたら、余程の訳になったのに……おのれ梅大路綾鷹!」

 悔しさで頭に血が上る。

「離婚も出来ないし……」

 それも罪となる。だから吹雪は前科者ということだ。
 但し三人以上子供をなしていた場合のみ投獄は免れるということだ。しかし、再婚は許されない。それもこれも子供への養育が何よりも優先されるからだ。
 再婚が許されるのは、お相手と死別した未亡人とやもめ同士だけと決まっている。

「だから不審死が多いんだわ」

 ここ数年、高爵位夫婦の事件が相次いでいた。公になっていないが、夫婦どちらかの浮気が原因らしい。

「全部婚ピューターのせいだわ。梅大路綾鷹め! それを知っているくせに!」

 テレビのインタビューに答えていた超どアップの綾鷹を思い出し、チッと舌打ちする。

「あの若さで国家親衛隊の隊長? 本当、ムカつく」

 年齢は確か……と、うろ覚えの情報を脳内から掘り起こす。

「二十八歳だ! また会おう? あんな意地悪男とは金輪際会いたくない!」

 乙女はざばんとお湯から上がると、親の敵のように体を洗い始めた。
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