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第二章 ひとときの家出
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「だったらその依頼主とやらに、今日のことは報告しないと約束できるかい?」
「そんなぁ、仕事なのに……」
龍弥はこの期に及んでも尚、ぶつぶつ文句を言っていたが、やはり逮捕されるのは嫌だったのだろう、不承不承に承知する。
「約束だからね。もし破ったら」
綾鷹が龍弥を見る。
鷹のような鋭い眼差しに龍弥はヒッと身を縮め「はい!」と敬礼する。
「あっ、それから」
『こっちに来い』というように綾鷹が人差し指を二回振った。そして、怖ず怖ずと近寄ってきた龍弥の耳元に顔を寄せると何か囁いた。すると龍弥の顔が見る見る顔面蒼白となる。
「もっ申し訳ございませんでした!」
龍弥はこめつきバッタのように何度も頭を下げると、脱兎の如くその場を逃げ出した。
その後ろ姿を見つめながら、乙女は何を言ったのだろうと首を傾げる。
「さて」
そんな乙女に綾鷹が視線を向けた。その顔に朝陽が当たる。
乙女は目を細め、先日ニュースを見ながらミミが、『なんてナイスガイなお方でしょう』と言っていたのを思い出す。
確かに、と目前の顔を見ながらミミの意見に同意するも、今、テレビで見たような微笑みは無い。
「こんなに朝早くから、君はそんな大きな荷物を持って何をしていたんだい?」
一難去ってまた一難とはこのことかもしれないと乙女は思う。
家出してきましたとも言えず、どう弁明しようかと思いを巡らし、言葉を詰まらせた。
「君の口から言えないのなら私が言おうか? 乙女さん」
「えっ、名前、どうして?」
「荒立龍弥君が言っていたじゃないか」
「それは……ずっと見ていたということ?」
恥ずかしさと怒りで乙女の顔が真っ赤に上気する。
「だったらどうしてもっと早く助けてくれなかったんですか?」
「どうして? 逆ギレかい。自業自得! だろ?」
吐き捨てるように言葉をぶつける綾鷹は、乙女より怒っているように見えた。
「家出前に危機管理能力を身に付けろ。怖い目に遭ってもらったのはそのためだ。骨身に染みただろう?」
「ワザと? 国家親衛隊なのに?」
「君のためだ! とにかく、送るからおとなしく帰りなさい」
綾鷹は乙女の手から荷物を奪うと彼女の手首を握り歩き出した。
「ちょちょっと放して下さい!」
「嫌だね。逃げる気だろう?」
綾鷹は鼻で笑うと乙女の言葉を無視してそのまま歩みを進める。
ジタバタしたところで華奢な乙女が綾鷹に勝てるはずなどない。結局、乙女は自宅前まで連れ戻されてしまった。
「これに懲りて、家出なんて馬鹿なことは考えないことだ」
そう言いながら綾鷹は、「穴から出て来たんだったね?」と笑いを噛み殺す。
その態度に乙女はむっとしながらも、「助けて頂き、ありがとうございました」と礼を述べるが、「すっごくお節介なご親切、恐悦至極に存じます」と嫌味をプラスアルファすることも忘れなかった。
「それは恐縮です」
しかし、乙女の嫌味が綾鷹にダメージを与えるはずもなく、彼は極上の笑みを浮かべると、「お転婆もいいけど、ほどほどに」と乙女の頭をクシャッと撫でた。
「何をする」の――と言いかけて乙女は言葉を詰まらせた。見上げた顔があまりに神々しかったからだ。
「そんな目で見られたら立ち去り難くなるね」
ニヤリと笑う綾鷹に、乙女はハッと我に返ると、ぴょんぴょんと跳ねるように後退った。
「子兎みたいだ。本当に面白い子だね。もう少し観察していたいが、時間だ」
綾鷹が軽く指を振ると黒塗りの車が音もなく近付き彼の脇で停まった。
「それじゃあ、近々また会おう」
綾鷹はそう言い残すと車に乗り込んだ。
「また会う?」
乙女は走り去る車のバックボディーを見つめながら「それは無いわ」と呟き、「完璧な計画だったのに……」と溜息を吐くと、のろのろとした足取りで自室に戻った。
「五時四分前、セーフというところかしら?」
目覚まし時計に目をやり、乙女は倒れ込むようにベッドにダイブする。
「もうお終いだ……」
今日起こったことが全て夢でありますようにと祈りながら乙女は静かに目を閉じた。
「そんなぁ、仕事なのに……」
龍弥はこの期に及んでも尚、ぶつぶつ文句を言っていたが、やはり逮捕されるのは嫌だったのだろう、不承不承に承知する。
「約束だからね。もし破ったら」
綾鷹が龍弥を見る。
鷹のような鋭い眼差しに龍弥はヒッと身を縮め「はい!」と敬礼する。
「あっ、それから」
『こっちに来い』というように綾鷹が人差し指を二回振った。そして、怖ず怖ずと近寄ってきた龍弥の耳元に顔を寄せると何か囁いた。すると龍弥の顔が見る見る顔面蒼白となる。
「もっ申し訳ございませんでした!」
龍弥はこめつきバッタのように何度も頭を下げると、脱兎の如くその場を逃げ出した。
その後ろ姿を見つめながら、乙女は何を言ったのだろうと首を傾げる。
「さて」
そんな乙女に綾鷹が視線を向けた。その顔に朝陽が当たる。
乙女は目を細め、先日ニュースを見ながらミミが、『なんてナイスガイなお方でしょう』と言っていたのを思い出す。
確かに、と目前の顔を見ながらミミの意見に同意するも、今、テレビで見たような微笑みは無い。
「こんなに朝早くから、君はそんな大きな荷物を持って何をしていたんだい?」
一難去ってまた一難とはこのことかもしれないと乙女は思う。
家出してきましたとも言えず、どう弁明しようかと思いを巡らし、言葉を詰まらせた。
「君の口から言えないのなら私が言おうか? 乙女さん」
「えっ、名前、どうして?」
「荒立龍弥君が言っていたじゃないか」
「それは……ずっと見ていたということ?」
恥ずかしさと怒りで乙女の顔が真っ赤に上気する。
「だったらどうしてもっと早く助けてくれなかったんですか?」
「どうして? 逆ギレかい。自業自得! だろ?」
吐き捨てるように言葉をぶつける綾鷹は、乙女より怒っているように見えた。
「家出前に危機管理能力を身に付けろ。怖い目に遭ってもらったのはそのためだ。骨身に染みただろう?」
「ワザと? 国家親衛隊なのに?」
「君のためだ! とにかく、送るからおとなしく帰りなさい」
綾鷹は乙女の手から荷物を奪うと彼女の手首を握り歩き出した。
「ちょちょっと放して下さい!」
「嫌だね。逃げる気だろう?」
綾鷹は鼻で笑うと乙女の言葉を無視してそのまま歩みを進める。
ジタバタしたところで華奢な乙女が綾鷹に勝てるはずなどない。結局、乙女は自宅前まで連れ戻されてしまった。
「これに懲りて、家出なんて馬鹿なことは考えないことだ」
そう言いながら綾鷹は、「穴から出て来たんだったね?」と笑いを噛み殺す。
その態度に乙女はむっとしながらも、「助けて頂き、ありがとうございました」と礼を述べるが、「すっごくお節介なご親切、恐悦至極に存じます」と嫌味をプラスアルファすることも忘れなかった。
「それは恐縮です」
しかし、乙女の嫌味が綾鷹にダメージを与えるはずもなく、彼は極上の笑みを浮かべると、「お転婆もいいけど、ほどほどに」と乙女の頭をクシャッと撫でた。
「何をする」の――と言いかけて乙女は言葉を詰まらせた。見上げた顔があまりに神々しかったからだ。
「そんな目で見られたら立ち去り難くなるね」
ニヤリと笑う綾鷹に、乙女はハッと我に返ると、ぴょんぴょんと跳ねるように後退った。
「子兎みたいだ。本当に面白い子だね。もう少し観察していたいが、時間だ」
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「それじゃあ、近々また会おう」
綾鷹はそう言い残すと車に乗り込んだ。
「また会う?」
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「五時四分前、セーフというところかしら?」
目覚まし時計に目をやり、乙女は倒れ込むようにベッドにダイブする。
「もうお終いだ……」
今日起こったことが全て夢でありますようにと祈りながら乙女は静かに目を閉じた。
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