恋し、挑みし、闘へ乙女

米原湖子

文字の大きさ
5 / 66
第二章 ひとときの家出

2.

しおりを挟む
「あんたさぁ、来週、見合いするんだってな」

 唐突に放たれた言葉は乙女を吃驚きっきょうさせるに十分な威力があった。
 双眸そうぼうを見開いた乙女は恐怖心と共に薄気味悪さを覚える。だが、元来、探究心旺盛な彼女は、お見合いのことまで知っているこの男は誰、とおそれよりも好奇心の方が勝ってしまったようだ。

「もしそうだとして、それが貴方に何か関係があるの?」

 そう言い返したのだ。
 男はおとなしそうな乙女がまさか反抗するとは思ってもいなかったようだ。口をぽかんと開け、ひと時茫然自失となった。しかし、それは本当に一瞬だけだった。次の瞬間、さも可笑しそうにゲラゲラ笑い出した。

「すっげえ面白れえ。お嬢ちゃん、意外に骨があるんだな。気に入った。俺の女にしてやるよ。俺ってけっこうモテるんだぜ」

 肩に置いた手を首に回し、乙女を引き寄せる。

「けっ穢らわしい。その汚い手をお退けなさい!」

 ぞぞっと肌が粟立つのを感じて乙女が叫ぶ。

「やだね! お前さんみたいな気の強い女、俺、好きなんだよなぁ」

 男は放すどころか、益々腕に力を入れる。

「貴方なんかに好かれても迷惑なだけです!」

 反抗する乙女の脳裏に反省の二文字が過ぎる。
 ――こんなことなら護身術の授業をサボらず真面目に受けておくんだったと。だが、後悔先に立たず。絶体絶命の状況だった。

 万事休す? 乙女は白々と明けてきた東の空を涙目で見つめながら、こうなったらこの経験を小説にしたためてみようかしら、とプロットを考え始めた。

「おやおや?」

 すると、現実逃避していた意識の向こうから、ダミ声では無い美声が聞こえた。
 希望的観測な幻聴だと思った乙女だが、違った。滑舌の良い張りのあるテノールボイスに、乙女を拘束していた手がビクッと震えたのだ。

「確か君は……元チンピラの荒立龍弥あらだてりゅうや君じゃないかい?」

 現実に引き戻された乙女の視線がゆっくり声の方を向く――と同時に龍弥と呼ばれた男が、「うわっ!」と叫び、乙女を突き放した。

「うっ梅大路綾鷹うめおうじあやたか!」

 焦点の合った乙女の瞳に映し出されたのは、しらんできた空をバックに佇む一人の男性だった。

「その制服……」

 それは和之国の者なら誰もが知っている国家親衛隊のものだった。
 オフホワイトの制服に身を包んだ男性は、背が高く、凜々しいという言葉がぴったりな風貌をしていた。

「あれっ?」

 だが、よく見るとその顔に見覚えがあった――が、それは一方的に、という意味でだ。

「こんな早朝から逢い引かい? 私はやっと仕事が終わったというのに、羨ましいねぇ」

 軽口をたたいているが、その眼は全く笑っていない。

「あっ……はぁ……はい?」

 その眼に圧され龍弥は意味不明の言葉を返す。それを横目に、今がチャンスとばかりに乙女は声を張り上げて綾鷹の背に逃げ込んだ。

「後生ですから助けて下さい!」
「ふーん、助けてねぇ。逢い引きじゃないんだ」

 龍弥に視線を置いたまま、綾鷹の眉尻が片方上がる。

「ちっ違います。誤解っす。旦那、見逃して下さい。俺、今度キップを切られたら牢屋送りっす」

「そうなんだ。それはご愁傷様だね」と綾鷹がニッコリ笑う。しかし、それは明らかに作り笑いだった。

「仏の顔も三度まで、ということわざがあるけど……私に二度目は無いって知っているよね?」
「ちっ違います! 本当に誤解っす」

 龍弥が思いきり頭を振り、言い訳を始める。

「仕事なんです!」
「仕事?」
「そうっす。俺、今、探偵の助手をしていて、頼まれたんです」
「このお嬢さんをかどわかせ、とでも?」
「見張っておけって、で、様子を知らせろって」
「なのにどうして接触したんだい?」

「えっと、それは……」と、しどろもどろになりながら、龍弥が頬を赤く染める。

「突然、変なとこから出て来たかと思ったら、妙にウキウキしてて、目が離せなくなったっす。で、話し掛けちゃって」

 その時点で探偵失格だな、と乙女は思う。

「そしたら、意外にも向こうっ気が強くて、俺の胸がズキュンと」
「ほう、惚れたとでも言うのかい?」
「そっ、そうっす! 一目惚れっす」
「まぁ、嘘か真かは追求しないでおいてやろう。だが、無理矢理というのは頂けないね。君を拐かしの現行犯で捕らえることもできるんだよ」
「本当にすみません。ごめんなさい。勘弁して下さい」

 龍弥は壊れた首振り人形のように何度も頭を下げる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶
恋愛
王女エレインは隣国との戦争の最前線にいた。彼女は千人に1人が得られる「天恵」である「ガーディアン」の能力を持っていたが、戦況は劣勢。ところが、突然の休戦条約の条件により、敵国の国王の側室に望まれる。 敵国で彼女を出迎えたのは、マリエン王国王弟のアルフォンス。彼は前線で何度か彼女と戦った勇士。アルフォンスの紳士的な対応にほっとするエレインだったが、彼の兄である国王はそうではなかった。 エレインは王城に到着するとほどなく敵国の臣下たちの前で、国王に「ドレスを脱げ」と下卑たことを強要される。そんなエレインを庇おうとするアルフォンス。互いに気になっていた2人だが、王族をめぐるごたごたの末、結婚をすることになってしまい……。 敵国にたった一人で嫁ぎ、奇異の目で見られるエレインと、そんな彼女を男らしく守ろうとするアルフォンスの恋物語。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

処理中です...