恋し、挑みし、闘へ乙女

米原湖子

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第四章 花嫁修行

1.

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「ブスッとしていると、本物の醜女しこめになるぞ」
「言葉遣いが乱暴ですね?」

 月華の君を王宮に送り届け、今、車の後部席には乙女と綾鷹の二人だけ。先程までと百八十度変わった綾鷹の態度に、この男は二重人格なのだろうかと乙女は眉をしかめる。

「婚約者殿に猫を被ってもその内にバレる。なら、早々によそ行きの顔を脱ぎ捨てた方がいいだろう? まぁ、君は最初から裏表が無くそのまんまだがな」
「出会いが出会いでしたので」

 乙女がチクリと嫌味を言うと、クスクス笑いながら綾鷹が「確かに」と相槌を打つ。

「しかし、機嫌が悪いな。ああ、そうか。昼食がまだだったな。空腹は人間を怒りっぽくする。腹が減ったんだな?」
「違います!」

 見当外れの推論に、乙女は益々苛立ちを覚えるが、当の綾鷹は何だか愉しそうだ。

「何なんですか、その意味不明な笑顔は!」
「いや、見合いの相手が君で良かったと思ってね」
「私は全然良くありません。お見合い結婚なんて望んでいませんから」
「ふーん、小説のような恋をしたいのかな?」

「あっ!」と乙女は思い出す。

「それ! どうして小説のことをご存知なのですか?」
「当然だろ?」

 綾鷹が、君は今頃言っているのだ、というような顔で乙女を見る。

「陛下……いや、私の見合い相手だ。隅々まで調べるのは当然だろう?」

 でも……と乙女は思う。
 小説のことを知っているのはミミと編集長の二人だけだったはず。他に漏れることなどない。

「どういう経緯で知ったのですか?」

 疑問を疑問のままにしておくのが嫌いな乙女はさらに追求する。

「流石は小説家だね。好奇心旺盛だ。教えて欲しいの?」

 綾鷹の瞳が悪戯っぽく笑う。

「でも、タダってことはないよね?」
「報酬を要求するということですか? 私以上のケチですね」
「タダより高いものは無し、だよ」
「で、お幾ら払えばいいのですか?」

 心の中で盛大な舌打ちをしながら、懐が寂しくなるが背に腹は代えられない、と乙女は要求に応じる旨を示す。

「そうだな……じゃあ、これでいいよ」

 綾鷹の顔がいきなり近付き、唇にふわりと柔らかなものが触れた。
 乙女は目を瞬かせ、目と鼻の先にある彼の瞳をじっと見つめる。

「こういう時、私としては目を閉じて欲しいな」
「キッキッキ……ス?」

 一瞬何が起こったのか分からなかった乙女だが、次の瞬間身を逸らして激昂する。

「何てことをしてくれちゃったりなんかするんですか!」

 そんな乙女を綾鷹は可笑しそうに見つめながら、飄々とした面持ちで話し出す。

「何故知ったか? それは出版社蒼い炎と編集長の黄桜吹雪は、謀反者むほんものとして国家の監視下にあるからだ。故に、その周辺の人間も対象者となり、徹底的に調べさせてもらった。君が禁忌な恋愛小説を書いている筆者だと知ったのもそのときだ」

 口づけもさることながら、綾鷹の言葉があまりにも衝撃的で乙女は目を剥く。

「だが、それを知っているのは一部の者だけだった。夜支路の耳に入ってしまったのは、我々の落ち度だ」

 情報漏洩……夜支路側のスパイもいたということだろう。

「さっきも言ったが、奴は君を廃位のコマにしようとした。謀反者である恋愛小説作家との見合いだ。月華の君にとっては大スキャンダルとなる」
「私が謀反者ですって?」

 憤りを感じる乙女だが、文筆家の性だろうか、今までにない展開に胸踊らせる。

「何をワクワクしている。下手をすると投獄されても可笑しくない状況だぞ」
「えっ、投獄って……私が?」

 言論は自由なはず、なのにどうして?
 理解できないというように乙女は頭を振り、綾鷹を睨む。

「出版社が、黄桜編集長が、何をしたというのですか? そりゃあ、編集長は男装が趣味だけど、ちょっと……いや、相当変な人だけど」

 散々な言われようだな、と綾鷹はちょっと黄桜吹雪を気の毒に思う。

「でもそれだけで監視下? 投獄? 横暴だわ」
「それだけではない」

 綾鷹が穏やかに乙女の言葉を遮る。

「黄桜吹雪は反婚ピュータ軍団のリーダーでもある」

 乙女の険しい顔が途端にキョトンとする。

「反婚ピュータ軍団……て何ですか?」

 その反応に綾鷹は満足そうに頷く。

「どうやら君は関わっていないようだね。未来の妻がメンバーの一員でなくてよかったよ。君は軍団に利用されただけ、というところだろう。弁護士を雇って被害届を出すかい?」

 未来の妻というフレーズに少し引っかかりを覚える乙女だが、今はそれを横に置き、「ちょっと待って下さい」と慌てて綾鷹の言葉に割り込む。

「意味不明です。もう少し話を噛み砕いて詳しく説明して下さい」
「さもあらんか、寝耳に水のようだからね。なら礼を……」

 そう言ってまた顔を近付けるが、今度は乙女の反応の方が早かった。両手で口元を覆い、叫ぶ。

「何考えているんですか! ビンタし忘れてましたが、初めての口づけだったんですよ! 犯罪です」
「ほー、さっきのがファーストキスということか」

 綾鷹がニヤリと笑う。
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