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第三章 最悪のお相手
6.
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「突然大声でなんですか? はしたない」
一葉がメッと乙女を睨む。どうやら、綾鷹の声が聞こえていなかったようだ。乙女はホッと胸を撫で下ろすも、どうして綾鷹が作家活動のことを知っているのだろう、と首を捻る。すると再び一葉が尋ねる。
「ですが、婚ピュータ室は敵の息がかかった者たちばかりでは?」
「ああ、どうして事前に情報を知り得たのか、ですね?」
「それはこちら側のスパイが潜り込んでいるからです」
月華の君の代わりに綾鷹が答える。
「そこから得た情報では、夜支路の目的は陛下の廃位みたいです」
「あら、でも、廃位しても、二番目は……」
「ええ、私です」
綾鷹がニッコリ笑う。
「夜支路には娘の蝶子王太后の他に険支路という息子がいます。彼の娘、蘭子を私の妻にしようとしているのです」
蘭子は夜支路と気質がそっくりだと言う。
「月華の君を廃位させて、梅大路様を王にして孫を嫁に、ということですか?」
「そのとおりです。そこで我々は彼らの裏の裏をかき、マッチング相手を乙女さんにしたのです」
「でも……」と綾鷹が爽やかに微笑む。
「部下によると、小細工せずとも乙女さんの相手は元々私だったみたいですよ」
「嘘っ!」
乙女が目を丸くするのを見て、綾鷹がしたり顔になる。
「だから、これは正式な見合いなのです」
「それを敵に知らしめるため、私の登場が必須だったのです。彼の後方支援としてね」
現王のお出ましだ、知らしめるも何も誰も逆らえない。従わざる得ないということだ。しかし、乙女は納得できなかった。
「あのですね、ここまでハチャメチャな話になっているのでしたら、お見合い自体、無効にしてしまうというのは……」
「出来ません! この見合いを成立させなければ陛下の命が危ぶまれるのです」
綾鷹の言下に一葉が大きく頷き言葉を被せる。
「そうよ何を言っているの? 女々という前例もあるし、婚ピューターが選んだのならきっと幸せになれるわ」
「お母様の方こそ何をトンチンカンなことを言っているのですか? 先程までと言っていることが違うじゃありませんか。お姉様も改ざんされていたかもしれませんよ」
鼻息荒く乙女が反論すると、「それは有りませんでした」と綾鷹がきっぱりと断言する。
「ああ、もう! とにかくですね、梅大路様、貴方は陛下のことばかり。裏がかければお見合いの相手は私でなくてもよろしいのでは?」
「いいえ、貴女のような想像力豊かな方が適任なのです」
その意味が分かった乙女はあわあわと焦り、早口で言葉を付け足した。
「なら、お芝居には協力させて頂きます。ですが結婚は有り得ません。そこのところ、よろしく!」
「まぁ! 乙女さん、貴女、何を言うの。お見合いをして結婚しなかったら……嫌よ! また、世間に後ろ指を差されてしまうわ!」
一葉がしくしく泣き出す。
「お母様……離縁するよりはいいでしょう?」
「離縁の方が、まだましよ!」
ハンカチに顔を埋め一葉が怒鳴ると、綾鷹が微笑みを浮かべて宥めるように言う。
「ご安心下さい。破談などありませんから」
「まことですか?」
鼻を啜りながら一葉がハンカチから顔を上げ、疑わしそうに問う。
「ええ、その証拠に、今日から花嫁修業として、乙女さんには我が家に来て頂くつもりでしたから」
「まぁ!」と一葉の涙がピタリと止まる。
「だったら、早急にお泊まりの準備をしなくちゃ!」
今にも帰りそうな一葉を綾鷹が止める
「いえ、お気遣いは要りません。必要な物はすでにこちらで全て整えております。身ひとつで結構です」
意識を飛ばしていた乙女が我に返り、「ちょっと待ったぁ!」と叫んだが、「では、よろしくお願いします」と一葉が頭を下げ、話は終了してしまった。
「そんなぁ、横暴です。それに伯爵家である我が家に花嫁修業の義務はありません」
「あらっ?」と一葉が不思議そうに首を傾げる。
「貴女、何を言っているの? 伯爵家でも公爵家との縁談は別物。女々がそうだったでしょう?」
でしょうと言われても……と乙女は過去に遡る。そして、そう言えば婚礼の日と長編の締切日が同日だったと思い出す。産みの苦しみ? あの作品は大変だったとしみじみとしながら、そうだったと手を打つ。
「お姉様が家にいなかったから、おやつがお煎餅ばかりだったの?」
クッキー消失の謎が解明できたことに乙女が嬉々としていると、「そういうことなので、本日より我が家に来て頂きます」と綾鷹が微笑む。
「えっ、ちょちょっと待って下さい」
最後の頼みとばかりに、乙女は救いを求めるように月華の君に視線をやる。だが彼は、のほほんとした面持ちでお茶を啜り、「綾鷹と乙女さんはツキミのようですね」とよく分からない喩えをする。
それに対して物申そうと口を開きかけた乙女だが……カチャーン。
月華の君が湯呑みをシルバーの茶托に置いた途端、それが鋭い音を立てた。その音が乙女にはチーンと試合終了の合図に聞こえ、何も言えなくなってしまった。
一葉がメッと乙女を睨む。どうやら、綾鷹の声が聞こえていなかったようだ。乙女はホッと胸を撫で下ろすも、どうして綾鷹が作家活動のことを知っているのだろう、と首を捻る。すると再び一葉が尋ねる。
「ですが、婚ピュータ室は敵の息がかかった者たちばかりでは?」
「ああ、どうして事前に情報を知り得たのか、ですね?」
「それはこちら側のスパイが潜り込んでいるからです」
月華の君の代わりに綾鷹が答える。
「そこから得た情報では、夜支路の目的は陛下の廃位みたいです」
「あら、でも、廃位しても、二番目は……」
「ええ、私です」
綾鷹がニッコリ笑う。
「夜支路には娘の蝶子王太后の他に険支路という息子がいます。彼の娘、蘭子を私の妻にしようとしているのです」
蘭子は夜支路と気質がそっくりだと言う。
「月華の君を廃位させて、梅大路様を王にして孫を嫁に、ということですか?」
「そのとおりです。そこで我々は彼らの裏の裏をかき、マッチング相手を乙女さんにしたのです」
「でも……」と綾鷹が爽やかに微笑む。
「部下によると、小細工せずとも乙女さんの相手は元々私だったみたいですよ」
「嘘っ!」
乙女が目を丸くするのを見て、綾鷹がしたり顔になる。
「だから、これは正式な見合いなのです」
「それを敵に知らしめるため、私の登場が必須だったのです。彼の後方支援としてね」
現王のお出ましだ、知らしめるも何も誰も逆らえない。従わざる得ないということだ。しかし、乙女は納得できなかった。
「あのですね、ここまでハチャメチャな話になっているのでしたら、お見合い自体、無効にしてしまうというのは……」
「出来ません! この見合いを成立させなければ陛下の命が危ぶまれるのです」
綾鷹の言下に一葉が大きく頷き言葉を被せる。
「そうよ何を言っているの? 女々という前例もあるし、婚ピューターが選んだのならきっと幸せになれるわ」
「お母様の方こそ何をトンチンカンなことを言っているのですか? 先程までと言っていることが違うじゃありませんか。お姉様も改ざんされていたかもしれませんよ」
鼻息荒く乙女が反論すると、「それは有りませんでした」と綾鷹がきっぱりと断言する。
「ああ、もう! とにかくですね、梅大路様、貴方は陛下のことばかり。裏がかければお見合いの相手は私でなくてもよろしいのでは?」
「いいえ、貴女のような想像力豊かな方が適任なのです」
その意味が分かった乙女はあわあわと焦り、早口で言葉を付け足した。
「なら、お芝居には協力させて頂きます。ですが結婚は有り得ません。そこのところ、よろしく!」
「まぁ! 乙女さん、貴女、何を言うの。お見合いをして結婚しなかったら……嫌よ! また、世間に後ろ指を差されてしまうわ!」
一葉がしくしく泣き出す。
「お母様……離縁するよりはいいでしょう?」
「離縁の方が、まだましよ!」
ハンカチに顔を埋め一葉が怒鳴ると、綾鷹が微笑みを浮かべて宥めるように言う。
「ご安心下さい。破談などありませんから」
「まことですか?」
鼻を啜りながら一葉がハンカチから顔を上げ、疑わしそうに問う。
「ええ、その証拠に、今日から花嫁修業として、乙女さんには我が家に来て頂くつもりでしたから」
「まぁ!」と一葉の涙がピタリと止まる。
「だったら、早急にお泊まりの準備をしなくちゃ!」
今にも帰りそうな一葉を綾鷹が止める
「いえ、お気遣いは要りません。必要な物はすでにこちらで全て整えております。身ひとつで結構です」
意識を飛ばしていた乙女が我に返り、「ちょっと待ったぁ!」と叫んだが、「では、よろしくお願いします」と一葉が頭を下げ、話は終了してしまった。
「そんなぁ、横暴です。それに伯爵家である我が家に花嫁修業の義務はありません」
「あらっ?」と一葉が不思議そうに首を傾げる。
「貴女、何を言っているの? 伯爵家でも公爵家との縁談は別物。女々がそうだったでしょう?」
でしょうと言われても……と乙女は過去に遡る。そして、そう言えば婚礼の日と長編の締切日が同日だったと思い出す。産みの苦しみ? あの作品は大変だったとしみじみとしながら、そうだったと手を打つ。
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それに対して物申そうと口を開きかけた乙女だが……カチャーン。
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