恋し、挑みし、闘へ乙女

米原湖子

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第四章 花嫁修行

4.

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「鍵となる人物……私が?」
「ああ」と頷き、綾鷹が爆弾を落とす。

「噂が広まれば、馬鹿な輩が君の命を狙いに続々と出没するだろう」

 はぁ、と乙女は口をアングリと開け、開いた口が塞がらないとはこのことだなぁと、場違いにも呑気に思いながら、綾鷹の言葉を自分なりに咀嚼しようと脳内でリピートする。

「だから、君を守るために私は君の側を離れる訳にはいかないのだ」

 乙女は宙を見て、「さすれば」と嬉しそうに一拍手を打つ。

「花嫁修行はカモフラージュ!」
「馬鹿か! どうしてそうなる」

 沸々と湧き上がるマグマのような眼が乙女を睨む。
 ひえぇぇと身の危険を感じた乙女だが、「お待たせいたしましたぁ」と先ほどの女給が料理と共に現われ、途端に気持ちがそちらに映る。

「どうやら、話は後にした方がいいようだね」

 テーブルに置かれたオムレツライスを食い入るように見つめる乙女に、綾鷹は「取り敢えず召し上がれ」と苦笑いを浮かべる。
 乙女は「はい」と素直に返事をすると、瞳を煌めかせて早々に「頂きます」と手を合わせ、スプーンを手に取り食べ始めた。



 図られた――と思ったときには後の祭りだった。
 あまりの美味しさに、乙女はひと時自分の置かれた状況を忘れていた。

「堀に……石橋?」

 そこを過ぎると木々に囲まれた林に入る。
 乙女だとて腐っても伯爵家の娘。大きな家は見慣れていたが、予想以上の豪邸に恐れを成す。

「おや? 緊張しているのかい?」

 珍しいものを見た、というような顔で綾鷹がからかう――が、乙女はそれどころではなかった。
 林を抜けると視界が開け、花々に包まれた広いフロントヤードが目に映る。その向こうに目を見張るような邸宅が見えた。

「絵本で見た北の国のお城みたい」
「良く分かったね。その地の建築家が作った物だよ」

 庭の中央に設えられた大噴水を、弧を描くように車はゆっくり進む。そして、バラの花をモチーフにした豪華な彫りを施された観音開きのドアの前で静かに停まった。

「どうした?」

 先に降りた綾鷹が車の中を覗き込み乙女の手を引く。
 車外に引っ張り出された乙女は、バランスを崩して綾鷹の胸に倒れ込んだ。
「あっ」慌てて身を引く乙女の背中を、綾鷹がグイッと引き戻してそのまま抱き締める。

「ちょっちょっと!」
「乙女、よく聞け」

 抵抗する乙女を綾鷹はさらに強く抱き締めながら、哀願するように言った。

「さっきも言ったように君は狙われている。小金澤の話が伝われば、敵は何としても君を亡き者にしようとするだろう。だから勝手にここからいなくなるな」

 綾鷹の言葉に乙女の力がスーッと抜ける。

「それは、ここから出たら私は死ぬということですか?」
「そういうことだ」
「綾鷹様は、それほどまでに私を失うのが怖いのですか?」
「ああ」

 キーパーソンだからだろう。乙女はそう思った。

「じゃあ、しっかり守って下さい! 私もこの世にはまだまだ未練がありますので」

 宣戦布告のような乙女の言葉に、綾鷹は愉しそうに笑った。

「君の挑戦、甘んじて受けよう。約束する。どんなことがあろうとも君のことは守る」
「分かりました。お手並み拝見致します」

 二人の熱視線が絡み合い――火花が散る。そこに……。

「綾高様、その手をお離し下さい!」

 尖った声が聞こえた。
「えっ」思ってもいなかった人物の登場に、乙女は唖然とする。

「どうしてミミがここに?」
「私が桜小路家にお願いしたのだよ」
「綾鷹様が?」
「君がひとりで心細いだろうと思ってね」
「そういう訳です。早く乙女様から手を離して下さい」
「じゃあ、ミミも一緒にここにいられるの?」
「はい。よろしくお願いします」

「嬉しい!」綾鷹の腕から抜け出した乙女はミミに抱き付き、ハタと気付く。

「お兄様の近くにいられなくていいの?」
「萬月様に『よろしく頼む』と仰せつかって参りましたので……」

 ミミの返事に乙女が納得していると、綾鷹が「私からも、よろしく頼む」と乙女の肩に手を置き、ミミに向かって「このお嬢さんをしっかり見張ってくれたまえ」とウインクした。
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