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第四章 花嫁修行
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「三奈階君、メイド頭の紅子さんには会ったかい?」
「はい! お嬢様、紅子さんって駒子さんの悪友なんですって!」
大ニュースとばかりに報告する。
「ストップ。そこまでです。坊ちゃま、お帰りなさいませ」
「ああ、紅子さん、ただいま」
この人が……と乙女はドアの前に立つ、駒子とは対照的な大柄の女性を見つめる。
「桜小路家の乙女様ですね?」
威厳のある声が確認するように尋ねる。
「お初にお目に掛かります。乙女です。お世話になります」
「おやめ下さい! 使用人に頭をお下げになる必要はございません」
ビシッと言い切る紅子に目をやりながら、ミミがクスクス笑う。
「申した通りでしょう。お嬢様は人間皆平等主義なのです」
「そんな主義、聞いたことございません。花嫁修業の内容に“主義の訂正”を加えなくては」
ブツブツと呟きながら、「居間でお待ち下さい。私はお茶の支度をして参ります」と、ミミを伴い台所に消える。
「紅子さんって……迫力がありますね」
居間に続く廊下を歩きながら乙女がポツリと呟くと、綾鷹がプッと吹き出す。
「確かに内外共にパワフルだが、優しい素敵な女性だよ。特に彼女の淹れたコーヒーが絶妙に旨い」
「お家でコーヒー? 珍しいですね」
「ああ、和之国ではそうだね。豆がなかなか手に入らないからね。だが、梅大路の面々は全員留学経験があるからコーヒー党でね、豆も友人から直接送ってもらっている」
留学と聞き、乙女は羨ましくなる。
「紅子さんは我々梅大路家のために、カフェのオーナーから直接コーヒーの淹れ方を教わったんだ。仕事熱心だろ?」
居間に着くと綾鷹が、「どうぞ」と猫脚のソファを勧める。
「そしたら、その店の店員よりも旨く淹れられるようになってしまい、オーナーからバリスタとして働かないかとヘッドハンティングしてきた、という逸話まで残した」
「素晴らしい女性ですね」
職業婦人の鑑のようだと乙女は目を輝かせながらソファに腰を下ろす。深緑色の別珍のソファは肌触りが良く、座り心地が良かった。
「私、そういうプロ根性、好きです!」
「私も好きだ」
乙女の斜め前に座った綾鷹が乙女を熱く見つめながら微笑む。
「――天然タラシですか?」
「それは私の“好き”に反応したということかな?」
綾鷹の質問に乙女はグッ言葉を詰まらせ、ヤケクソのように言う。
「大人の余裕? 嫌がらせ? ワザとドキドキさせようとしているのでは?」
「ふーん、ドキドキねぇ」
綾鷹がクッと口角を上げた。
「素直でいいねぇ。これからもっと僕にときめいておくれ。じゃなきゃ、君の望む、恋愛結婚にならないんだろ?」
ヘッと乙女は間抜け面になる。
そして、「まさか」と言いながら人差し指で自分を差し、尋ねる。
「私と恋愛したいの……ですか?」
「まさか」と綾鷹が肩を竦める。
「私が君に恋をしていないとでも? 一目惚れしたというのに」
「はい? またまたご冗談を」
「冗談じゃ無くて、婚ピューター云々以前に、出版社の件で君を偶然知ったとき、すでに君に恋していたよ」
次々に飛び出す突然の激白に、乙女の思考回路がショートする。
ソファに固まる乙女に、綾鷹が言う。
「だから、早く君も私を好きになっておくれ」
好き……好き……乙女の頭の中をその単語がローテーションする。
そこに、「失礼します」とコーヒーの香りが漂うトレーを持った紅子と、ケーキの乗ったトレーを持ったミミが入ってきた。
「うーん、いい香りだ」
綾鷹が大きく息を吸い込むと、紅子が「恐縮です」と微笑む。
「ん? 乙女様、いかがなさいました? お顔が赤いようですが……」
ミミはトレーをローテーブルに置くと、「失礼します」と乙女の額に手を当てた。
「あら、まぁ、大変! お熱が」
「どうしたというのですか? 先程までそんな素振り、ありませんでしたよ」
紅子の言葉にミミは大きく頷く。
「乙女様は色々発達段階でして、未だに知恵熱を出されるのです」
「まさか、綾鷹様がよからぬことを……」
紅子が疑わしげな視線を綾鷹に向ける。
「紅子さんにはかなわないなぁ」
綾鷹が頭を掻く。
「そうか、まだまだ未発達かぁ。それはいろいろ……楽しみだ」
「綾鷹様!」
紅子が諫めるように綾鷹を睨む。
「で、何をおっしゃったのですか、綾鷹様」
「紅子さん、その顔、怖すぎ。ただ私は乙女に好きだと告白しただけですよ」
「まぁ!」とミミが頬を真っ赤にする。
「それは刺激が強すぎです。私でも照れます。まして、お嬢様はお伽の国の住人とでも申しましょうか……」
「もしかしたら、初恋もまだですか?」
「さようです」
ミミの返事に紅子が嬉々とする。
「今どき天然記念物並の純情乙女! 綾鷹様にピッタリの花嫁です」
梅大路家最大のネックは紅子だ。紅子に気に入られなければこの家でやっていくのは辛い。その紅子を味方に付けたのだ、もう誰も乙女を邪険にできない。
怪我の功名だな、と綾鷹はホッとするものの、口づけたことは黙っていた方がよさそうだな、とひとりほくそ笑み、完全に意識を手放した乙女を優しく見つめる。
そんな二人を愛おしそうに眺めながら、「綾鷹様、ご安心召され!」と紅子が力強く胸を叩く。
「梅大路の嫁として行儀作法全般、この紅子が責任を持ってビシバシ教育させて頂きます!」
紅子の迫力にミミはヒッと息を飲み、「お嬢様、ご愁傷様です」と呟いた。
「はい! お嬢様、紅子さんって駒子さんの悪友なんですって!」
大ニュースとばかりに報告する。
「ストップ。そこまでです。坊ちゃま、お帰りなさいませ」
「ああ、紅子さん、ただいま」
この人が……と乙女はドアの前に立つ、駒子とは対照的な大柄の女性を見つめる。
「桜小路家の乙女様ですね?」
威厳のある声が確認するように尋ねる。
「お初にお目に掛かります。乙女です。お世話になります」
「おやめ下さい! 使用人に頭をお下げになる必要はございません」
ビシッと言い切る紅子に目をやりながら、ミミがクスクス笑う。
「申した通りでしょう。お嬢様は人間皆平等主義なのです」
「そんな主義、聞いたことございません。花嫁修業の内容に“主義の訂正”を加えなくては」
ブツブツと呟きながら、「居間でお待ち下さい。私はお茶の支度をして参ります」と、ミミを伴い台所に消える。
「紅子さんって……迫力がありますね」
居間に続く廊下を歩きながら乙女がポツリと呟くと、綾鷹がプッと吹き出す。
「確かに内外共にパワフルだが、優しい素敵な女性だよ。特に彼女の淹れたコーヒーが絶妙に旨い」
「お家でコーヒー? 珍しいですね」
「ああ、和之国ではそうだね。豆がなかなか手に入らないからね。だが、梅大路の面々は全員留学経験があるからコーヒー党でね、豆も友人から直接送ってもらっている」
留学と聞き、乙女は羨ましくなる。
「紅子さんは我々梅大路家のために、カフェのオーナーから直接コーヒーの淹れ方を教わったんだ。仕事熱心だろ?」
居間に着くと綾鷹が、「どうぞ」と猫脚のソファを勧める。
「そしたら、その店の店員よりも旨く淹れられるようになってしまい、オーナーからバリスタとして働かないかとヘッドハンティングしてきた、という逸話まで残した」
「素晴らしい女性ですね」
職業婦人の鑑のようだと乙女は目を輝かせながらソファに腰を下ろす。深緑色の別珍のソファは肌触りが良く、座り心地が良かった。
「私、そういうプロ根性、好きです!」
「私も好きだ」
乙女の斜め前に座った綾鷹が乙女を熱く見つめながら微笑む。
「――天然タラシですか?」
「それは私の“好き”に反応したということかな?」
綾鷹の質問に乙女はグッ言葉を詰まらせ、ヤケクソのように言う。
「大人の余裕? 嫌がらせ? ワザとドキドキさせようとしているのでは?」
「ふーん、ドキドキねぇ」
綾鷹がクッと口角を上げた。
「素直でいいねぇ。これからもっと僕にときめいておくれ。じゃなきゃ、君の望む、恋愛結婚にならないんだろ?」
ヘッと乙女は間抜け面になる。
そして、「まさか」と言いながら人差し指で自分を差し、尋ねる。
「私と恋愛したいの……ですか?」
「まさか」と綾鷹が肩を竦める。
「私が君に恋をしていないとでも? 一目惚れしたというのに」
「はい? またまたご冗談を」
「冗談じゃ無くて、婚ピューター云々以前に、出版社の件で君を偶然知ったとき、すでに君に恋していたよ」
次々に飛び出す突然の激白に、乙女の思考回路がショートする。
ソファに固まる乙女に、綾鷹が言う。
「だから、早く君も私を好きになっておくれ」
好き……好き……乙女の頭の中をその単語がローテーションする。
そこに、「失礼します」とコーヒーの香りが漂うトレーを持った紅子と、ケーキの乗ったトレーを持ったミミが入ってきた。
「うーん、いい香りだ」
綾鷹が大きく息を吸い込むと、紅子が「恐縮です」と微笑む。
「ん? 乙女様、いかがなさいました? お顔が赤いようですが……」
ミミはトレーをローテーブルに置くと、「失礼します」と乙女の額に手を当てた。
「あら、まぁ、大変! お熱が」
「どうしたというのですか? 先程までそんな素振り、ありませんでしたよ」
紅子の言葉にミミは大きく頷く。
「乙女様は色々発達段階でして、未だに知恵熱を出されるのです」
「まさか、綾鷹様がよからぬことを……」
紅子が疑わしげな視線を綾鷹に向ける。
「紅子さんにはかなわないなぁ」
綾鷹が頭を掻く。
「そうか、まだまだ未発達かぁ。それはいろいろ……楽しみだ」
「綾鷹様!」
紅子が諫めるように綾鷹を睨む。
「で、何をおっしゃったのですか、綾鷹様」
「紅子さん、その顔、怖すぎ。ただ私は乙女に好きだと告白しただけですよ」
「まぁ!」とミミが頬を真っ赤にする。
「それは刺激が強すぎです。私でも照れます。まして、お嬢様はお伽の国の住人とでも申しましょうか……」
「もしかしたら、初恋もまだですか?」
「さようです」
ミミの返事に紅子が嬉々とする。
「今どき天然記念物並の純情乙女! 綾鷹様にピッタリの花嫁です」
梅大路家最大のネックは紅子だ。紅子に気に入られなければこの家でやっていくのは辛い。その紅子を味方に付けたのだ、もう誰も乙女を邪険にできない。
怪我の功名だな、と綾鷹はホッとするものの、口づけたことは黙っていた方がよさそうだな、とひとりほくそ笑み、完全に意識を手放した乙女を優しく見つめる。
そんな二人を愛おしそうに眺めながら、「綾鷹様、ご安心召され!」と紅子が力強く胸を叩く。
「梅大路の嫁として行儀作法全般、この紅子が責任を持ってビシバシ教育させて頂きます!」
紅子の迫力にミミはヒッと息を飲み、「お嬢様、ご愁傷様です」と呟いた。
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