恋し、挑みし、闘へ乙女

米原湖子

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第五章 乙女のとある一日

1.

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「お嬢様、お支度はできましたか?」

 部屋を覗いたミミは目を見張り、声を上げる。

「カッコイイ! じゃなくて、何て格好をしているのですか! 乗馬の授業は午後ですよ!」

「だって」と言いながら乙女は鏡に向かいポーズを取る。

「乗馬スタイルが一番楽で好きなんですもの」

 梅大路邸で住み始めて一週間。花嫁修業と称した侯爵夫人教育で、乙女は近年稀に見ぬハードな日々を送っていた――とは言うものの、綾鷹の計らいなのだろう、特別な稽古がない限り、五時以降は自由の身。執筆の方も順調に書き進められていた。

「惚れた弱みかもしれませんが……綾鷹様は乙女様に甘すぎます!」

 ミミはそれがどうにも気に食わないようだ。

「あら、執筆を禁止されたら速攻で実家に戻るわ」
「と、綾鷹様におっしゃったのですね? なるほど」

 どうりで、とミミは納得するが、眉間に皺を寄せて口をへの字にする。

「綾鷹様から聞きましたよ。やはりあの出版社は国家親衛隊に目を付けられていると言うじゃありませんか!」
「あっ……」

 このままでは分が悪いと悟った乙女は、「着替えてきます」とドレスルームに飛び込む。その背にミミが、「すぐに出てきて下さいね!」と声を張り上げた。

 数分後、赤い矢絣やがすりの着物に海老茶の袴姿で乙女が現われると、プンプン怒っていたはずのミミが相互を崩す。

「お嬢様は背が高くスレンダーなので、何を着てもお似合いですねぇ。髪は……三つ編みでもよろしいのですが、庇髮ひさしがみに致しましょう。その方がお召し物に合いますので」

 惚れ惚れとした顔で、自分より十センチほど背の高い乙女を、ミミは頭の先からつま先まで眺め、満足そうに頷いた。しかし、乙女は姿見の前に立つと溜息を吐く。

「私はこんなガリガリのヒョロヒョロより、ミミみたいに守ってあげたくなるような、小柄でふっくらとした、女の子らしい体型の方が好きだわ」
「隣の芝生は青い……かぁ」

 突然の声に乙女とミミは驚きドアの方を見る。

「綾鷹様! ノックもなさらずにレディーの部屋にお入りになるとは、お行儀が悪うございます」

 ミミがいさめると綾鷹は苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。

「すまない。楽しそうな声が聞こえたから、つい誘われてね」
「そのお顔、全然すまなそうに見えません。言うならば、甘い蜜に導かれた蝶、みたいです」

 ちょっぴり嫌味交じりにミミが皮肉を言うと、乙女は「蝶というより蜂だわ」と小声で毒を吐く。

「今日も素敵だね、乙女。私はガリガリでもヒョロヒョロでも君がいい」

 だが、二人の様子などお構いなしに、綾鷹は軽やかに靴音を立て乙女に近付く。

「げっ、また始まった」

 ミミは小さく呟くと、呆れ顔を見られないように下を向く。
 この屋敷に住むようになって、ミミが一番困っているのはこれ。この二人の甘いバトルだ。

「綾鷹様、ありがとうございます。でも、そう言う貴方もとても素敵ですわ」

 当初、眉を顰めるばかりだった乙女も、慣れっ子になったのか、それをさらっとかわして反逆するようになった。

「なら、私たちは似合いのカップルだね。最高に嬉しいよ」

 しかし、やはり綾鷹の方が一枚も二枚も役者が上だ。最終的に顔を赤く染めるのはいつも乙女だった。

「朝食の準備が整っている。悪いが今日は早朝会議があるので先に頂いた。行ってくるよ」

 乙女の髪を綾鷹はサラリと撫で、軽く肩を抱き寄せると、剥き出しの額にキスを落とす。
 その様子にミミは、「本当、慣れとは怖いものだ」と呟き、再び靴先を見つめ、綾鷹が放った言葉を思い出す。

『異国の地では婚約者殿に、挨拶の言葉に加えて頬や額などに口づけするんだよ』

 異国という言葉に弱い乙女は、それをすっかり信じ、過剰とも思えるこんなスキンシップも素直に受け入れてしまった。

「そうでしたの。もうお出掛けですのね。行ってらっしゃいませ」

 ミミは、ニッコリ微笑み綾鷹を見送る乙女を盗み見しながら、お嬢様は綾鷹様に懐柔……いや、洗脳されつつある、と溜息を吐く――が……。
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