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第六章 嵐の前の静けさ
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綾鷹の言う通り、車が数珠繋ぎで列を作っていた。貧乏伯爵家とは言え、乙女も一応レディ。こういう時のマナーは心得ていた。綾鷹の手を取り優雅に車から降りると、背筋を伸ばして彼の腕を取る。
「流石だね。その変わり身の早さ、感服だ」
クッと口角を上げる綾鷹を横目に見遣り、乙女は綾鷹をやっぱり策士だと思う。そんな二人を目にした人たちがざわざわとざわめき出す。
「あの方が綾鷹様の……?」
「ご覧になって、あれペアの指輪じゃない?」
どうやら、目ざとい女人たちは、早くもペアリングに気付いたようだ。
「綾鷹! ようこそ、久し振りだねぇ」
両手を広げて満面の笑みで近付いてきたのは、女性にも見える甘いフェイスの紳士だった。
「上ノ条、久し振り」
このお方が、と二人がハグするシーンを隣で見つめながら、「まるで……ボーイズラブの世界みたい」と乙女はイケない妄想を抱く。
出版社『蒼い炎』は乙女の書くような男女の恋愛小説の他に、同性同士の愛を描いた小説などもある。
勿論、それら全て禁書と言われるものだが、タブーノベル愛好家と呼ばれるマニアには絶大な人気を誇っていた。
二人のやり取りを興味津々に見つめる乙女に気付いた綾鷹が、「そうそう、紹介しよう」と乙女の肩を抱く。
「彼女がフィアンセの桜小路乙女だよ。そして、彼が本日のホスト、上ノ条輝明。旧知の仲と言っていいだろう」
「ふーん、彼女が噂の……」と上ノ条が作り笑いと思しき笑みを浮かべる。
「レディー、お初にお目に掛かります」
乙女の手を取るとその甲に軽く口づけるが、直後にその手を綾鷹がやんわり取り戻す。
「ほほう、君が女人に対してそんな態度を取るとは」
口元を押さえ上ノ条がククッと笑みを漏らした。
「羨ましいのかい? だったら、君もそんな女人を早く見つけるんだね」
「見つける? 婚ピューターがだろう?」
綾鷹を見る上ノ条の瞳は真冬に見る月のようだった。だが、その瞳のさらに奥、そこに見え隠れする炎のようなものに乙女は気付きハッとする。
――まさか本当に綾鷹様が好きなんじゃないかしら?
「では、本日はごゆるりとお楽しみ下さい」
上ノ条は乙女に向かって意味深に微笑むと、これみよがしに綾鷹に顔を近付け、耳打ちする。
「分かった、後で」
「殿方ですが、美人という言葉が似合う方ですね」
上ノ条の背中を見送りながら乙女が呟くように言うと、綾鷹の眼がギロリと乙女を睨む。
「確かに彼は彼女と言った方がいいほど美しい男だ。君は上ノ条みたいなのがタイプなのか?」
「どうしてそうなるのですか! 私は単に……」
的外れな言葉に呆れながらも、ボーイズラブの世界を妄想したとは言えない乙女は口ごもる。
「単に何だ?」
「しつこいです! 貴方とお似合いだな、と思っただけです!」
苛立ちと共につい本当のことを言うと、綾鷹が顔にクエスチョンマークを貼り付けポカンと口を開けた。
綾鷹のそんな間抜け面を見たことのなかった乙女は思わず呆気にとられ、その後、お腹を抱え笑い出す。
「ちょっと見て! 綾鷹様相手に大笑いしているわよ、あの子」
「怖いもの知らず?」
「だから婚ピューターが選んだんじゃない?」
遠巻きに見ていたギャラリーがコソコソ話をする声に、綾鷹がニヤリと笑う。
「君は実にいい仕事をするね。注目の的だし、ついでにダンスでもお披露目しよう」
乙女の手を引きホール中央に立つと、綾鷹は軽く紳士のお辞儀をして乙女の腰を抱く。優雅な音楽に合わせて綾鷹と乙女のダンスが始まった。
「で、さっきの話だがどういう意味だい?」
踊りながら綾鷹が尋ねる。
「スルーしたんじゃなかったのですか?」
「まさか。あの場で言い合いは不味いと思っただけだよ。で、どういう意味?」
「本当に聞きたいんですか? 怒りませんか?」
「怒らないから、ほらほら白状おし」
「だからですね、上ノ条様と綾鷹様がお似合いだな、と思っただけです」
乙女の言葉に綾鷹は、へっと間抜け面になり、それから思い切り顔を顰めた。
「気持ちが悪いことを言うな! 私は女が……乙女が好きだと言っているだろう!」
しかめっ面を見ながら乙女は、彼はシロだな、と思い直すが、上ノ条に対する疑惑は残ったままだった。
そんな話が二人の間で交わされているとも知らず、ギャラリーは美しい二人のダンスに魅了されていた。
「綾鷹様、私ちょっと」
だが、しばらくすると、乙女がモジモジしだした。
「――ん? ああ、トイレか?」
「ストレートに言わないで下さい」
恥ずかしさから顔を真っ赤にした乙女はプイッと顔を背けて綾鷹から離れた。
その背に綾鷹が追い打ちを掛ける。
「気にするな、生理現象は誰にも止められない」
「本当、デリカシーに欠けた男!」
「流石だね。その変わり身の早さ、感服だ」
クッと口角を上げる綾鷹を横目に見遣り、乙女は綾鷹をやっぱり策士だと思う。そんな二人を目にした人たちがざわざわとざわめき出す。
「あの方が綾鷹様の……?」
「ご覧になって、あれペアの指輪じゃない?」
どうやら、目ざとい女人たちは、早くもペアリングに気付いたようだ。
「綾鷹! ようこそ、久し振りだねぇ」
両手を広げて満面の笑みで近付いてきたのは、女性にも見える甘いフェイスの紳士だった。
「上ノ条、久し振り」
このお方が、と二人がハグするシーンを隣で見つめながら、「まるで……ボーイズラブの世界みたい」と乙女はイケない妄想を抱く。
出版社『蒼い炎』は乙女の書くような男女の恋愛小説の他に、同性同士の愛を描いた小説などもある。
勿論、それら全て禁書と言われるものだが、タブーノベル愛好家と呼ばれるマニアには絶大な人気を誇っていた。
二人のやり取りを興味津々に見つめる乙女に気付いた綾鷹が、「そうそう、紹介しよう」と乙女の肩を抱く。
「彼女がフィアンセの桜小路乙女だよ。そして、彼が本日のホスト、上ノ条輝明。旧知の仲と言っていいだろう」
「ふーん、彼女が噂の……」と上ノ条が作り笑いと思しき笑みを浮かべる。
「レディー、お初にお目に掛かります」
乙女の手を取るとその甲に軽く口づけるが、直後にその手を綾鷹がやんわり取り戻す。
「ほほう、君が女人に対してそんな態度を取るとは」
口元を押さえ上ノ条がククッと笑みを漏らした。
「羨ましいのかい? だったら、君もそんな女人を早く見つけるんだね」
「見つける? 婚ピューターがだろう?」
綾鷹を見る上ノ条の瞳は真冬に見る月のようだった。だが、その瞳のさらに奥、そこに見え隠れする炎のようなものに乙女は気付きハッとする。
――まさか本当に綾鷹様が好きなんじゃないかしら?
「では、本日はごゆるりとお楽しみ下さい」
上ノ条は乙女に向かって意味深に微笑むと、これみよがしに綾鷹に顔を近付け、耳打ちする。
「分かった、後で」
「殿方ですが、美人という言葉が似合う方ですね」
上ノ条の背中を見送りながら乙女が呟くように言うと、綾鷹の眼がギロリと乙女を睨む。
「確かに彼は彼女と言った方がいいほど美しい男だ。君は上ノ条みたいなのがタイプなのか?」
「どうしてそうなるのですか! 私は単に……」
的外れな言葉に呆れながらも、ボーイズラブの世界を妄想したとは言えない乙女は口ごもる。
「単に何だ?」
「しつこいです! 貴方とお似合いだな、と思っただけです!」
苛立ちと共につい本当のことを言うと、綾鷹が顔にクエスチョンマークを貼り付けポカンと口を開けた。
綾鷹のそんな間抜け面を見たことのなかった乙女は思わず呆気にとられ、その後、お腹を抱え笑い出す。
「ちょっと見て! 綾鷹様相手に大笑いしているわよ、あの子」
「怖いもの知らず?」
「だから婚ピューターが選んだんじゃない?」
遠巻きに見ていたギャラリーがコソコソ話をする声に、綾鷹がニヤリと笑う。
「君は実にいい仕事をするね。注目の的だし、ついでにダンスでもお披露目しよう」
乙女の手を引きホール中央に立つと、綾鷹は軽く紳士のお辞儀をして乙女の腰を抱く。優雅な音楽に合わせて綾鷹と乙女のダンスが始まった。
「で、さっきの話だがどういう意味だい?」
踊りながら綾鷹が尋ねる。
「スルーしたんじゃなかったのですか?」
「まさか。あの場で言い合いは不味いと思っただけだよ。で、どういう意味?」
「本当に聞きたいんですか? 怒りませんか?」
「怒らないから、ほらほら白状おし」
「だからですね、上ノ条様と綾鷹様がお似合いだな、と思っただけです」
乙女の言葉に綾鷹は、へっと間抜け面になり、それから思い切り顔を顰めた。
「気持ちが悪いことを言うな! 私は女が……乙女が好きだと言っているだろう!」
しかめっ面を見ながら乙女は、彼はシロだな、と思い直すが、上ノ条に対する疑惑は残ったままだった。
そんな話が二人の間で交わされているとも知らず、ギャラリーは美しい二人のダンスに魅了されていた。
「綾鷹様、私ちょっと」
だが、しばらくすると、乙女がモジモジしだした。
「――ん? ああ、トイレか?」
「ストレートに言わないで下さい」
恥ずかしさから顔を真っ赤にした乙女はプイッと顔を背けて綾鷹から離れた。
その背に綾鷹が追い打ちを掛ける。
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「本当、デリカシーに欠けた男!」
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