恋し、挑みし、闘へ乙女

米原湖子

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第十一章 哀しき人々

6.

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「羨ましいな……」
「ん? どういう意味」

 乙女の呟きに吹雪が即座に反応した。
 さっきまで涙ぐんでいたのに……その目が『言わなければただでは済まない』と言っている。きっと『次回の出版を取り消す』とでも脅すのだろう。この人はそういう人だ……と乙女は諦めて口を開く。

「編集長が羨ましい、と言ったのです」
「私の何が?」
「素敵な恋愛をしていらっしゃるからです」

「あらっ?」と吹雪が首を傾げる。

「貴女だって……」

 フフフと吹雪が意味深に微笑む。

「その笑顔、気持ちが悪いです。私が何だと言うのですか?」
「聞いているわよ。梅大路綾鷹とラブラブなんですって?」
「はぁぁぁ! 誰がそんなことを?」
「龍弥とか糸子とか蜜子とか……いろいろな所から?」
「どうしてそこで疑問形なんですか!」

 全く意味不明だと呆れながらも、あれっ、と吹雪の言葉を思い返す。

「蜜子って、常磐公爵夫人の蜜子様ですか?」
「ええ。そう言えば……貴女も有閑マダムのお茶会メンバーだったわね」
「そんなことまで耳にはいっているのですか?」

 乙女が目を点にしていると吹雪がコロコロ笑い始める。

「蜜子と私は幼馴染なの。白状しちゃうと彼女が私の初恋の相手。あっ、でも、彼女はノーマルだから完全な私の片想いだったけどね」
「世間って、本当に狭いですね」

 しみじみと乙女が言う。

「まぁ、それは言えているわね」

「あっ!」と乙女が声を上げる。

「だからですか?」
「何が?」
「だから、あの茶会の皆様が私の小説を……」

「ああ、そのこと?」と吹雪が口角を上げる。

「蜜子に小説を渡しているのは私。茶会のメンバーで回し読みしているんだって?」

 先日も驚いたが、茶会のメンバーは皆、名のある名家の人ばかり……なのに、禁忌と呼ばれる恋愛小説を……回し読み? アングリと口を開ける乙女を吹雪は可笑しそうに見つめる。

「糸子は嫉妬から間違った判断で貴女に迷惑をかけたわ。そのお詫びも兼ねて梅大路綾鷹と話したいの。私たち軍団は決して反社会的に国家を揺るがそうだなんて思っていない。発展を願っているの」

 吹雪の真剣な眼差しに嘘はない。だからだろう、乙女は早々に電話をかける。

「綾鷹様?」
《乙女かい? 珍しいね》

 優しい綾鷹の声が電話の向こうから聞こえた途端、乙女の心がホッと安堵する。
 ざっと乙女が説明すると、綾鷹は一も二もなくOKする。

《分かった。隠密に彼女と会おう。今、そこにいるのかい?》

「はい」と答える乙女に、綾鷹が吹雪と代わるように言う。
 二人の間でどんな話がなされたのか乙女には分からないが、始終落ち着いた態度で応答していた吹雪に、打ち合わせは平穏に終わったのだと理解する。

「じゃあ、今日はこの辺で。次回作も期待しているわ」
「了解です。私はもう少しプロットを練ってから帰ります」

 食事を済ませた後、喫茶コーナーに席を移し、アフターのコーヒーを堪能した吹雪は「さあて、仕事仕事」と言いながら忙しなく店を出て行った。
 その後ろ姿を見送り、乙女は「うーん」と大きく伸びをする。

「さて、私も仕事モードに戻るとしますか」

 いつものことだが、吹雪との打ち合わせで原案が大幅に変わることはない。しかし、斬新なアイディアの提示は毎回ある。それをどうまとめるかが書籍の出来不出来を左右すると乙女は思っていた。そして、その作業が絡まり合うほど乙女の闘志は燃え上がるのだった。
 ムフフと自然に上がる口角をそのままに、乙女は“ネタ帳”と呼んでいるA四判のノートを取り出すとブツブツ言いながら文字を書き込んでいく。

「あら、偶然ね。ごきげんよう、桜小路乙女様」

 そこに、乙女を呼ぶ声が聞こえた。
 最初乙女は幻聴かと思った。だから無視した。

「貴女、桜小路乙女でしょう? まさか、既に梅大路乙女なんて言わないわよね!」

 再び声が聞こえたが、今度はかなり険を含んだ声だった。
 その時、ようやく乙女は、誰だろう、と斜め左後方に目を向けた。
 そこにスタイルも顔立ちも肉感的な美人が立っていた。
 どこかで見た顔だなぁ、と乙女は思いながら問う。

「どちら様でしょう?」
「まさか、私を覚えていないの!」

「信じられない!」と怒りを含んだ眼が乙女を睨み付ける。

「貴女、馬鹿? 一度お会いしたことあるじゃない! 黒棘先蘭子よ」

 名前を言われて乙女は初めてあのパーティーを思い出す。
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