恋し、挑みし、闘へ乙女

米原湖子

文字の大きさ
63 / 66
第十二章 対決

4.

しおりを挟む
「今日のこの失礼なご招待の意味は?」

 腰を下ろした途端、乙女は噛み付くように尋ねた。

「これはこれは、威勢のいいお嬢さんだ」

 ニヤリと夜支路が笑う。だが、その眼が全く笑っていないのに乙女は気付いていた。
 綾鷹とは違う、蛇が蛙を狙うようなねっとりと絡みつくような厭な眼だった。

「今回ばかりは少々分が悪くて、君に人質になってもらおうと思ってね」

 どうやら運転手に電話をかけると同時に、夜支路たちにも連絡が入っていたようだ。

「先日の誘拐も……」
「察しのいいお嬢さんだ。あれは警告の意味もあったんだがね」

「おい」と夜支路が声を掛けると、どこからともなく黒づくめの男が現れた。
「あっ!」と乙女の口から驚きの声が漏れる。

「貴方は永瀬蘭丸!」
「おや、覚えていてくれたのかい? 嬉しいな」

 蘭丸がニッコリ微笑む。だが、「あいつをここへ」と夜支路が声を掛けると、たちまち顔を引き締め、「御意」と軽くお辞儀をして、また姿を消した。

「君に引き合わせたい者がいる」

 乙女は夜支路の薄気味悪い微笑みにゾクリと薄ら寒さを覚えた。そして、しばらくすると、「クソッ、縄をほどけ! 俺は犬じゃないぞ」と大声で怒鳴る男の声が聞こえてきた。

「まさか……」

 記憶が正しければ……と乙女が思っていると、やっぱりだった。
 蘭丸に引きずられるようにして現れたのは龍弥だった。彼の首には犬のように首輪が付けられていた。そこから伸びるリードを蘭丸が乱暴に引っ張る。

「クソッ、痛いだろう!」

 憎々しげに蘭丸を睨む目がハッと乙女の方を向く。

「なっ何でお嬢がここにいるんだ?」

 龍弥の目がこれ以上ないほど大きく見開かれる。

「なるほど、やっぱり君はこのお嬢さんと知り合いだったんだね」
「思った通りだった。おかしいと思ったんだよ」

 夜支路の鋭い視線が龍弥を突き刺す。そして、その眼が蘭丸に移る。

「君もまだまだだね。こんな裏切り者の雑魚を仲間に引き入れるとは」

 夜支路の声が落ち着けば落ち着くほど蘭丸の顔がどんどん青く強張る。

「知っているのは当然だろう。この間拐かした奴だからな」

 龍弥はあくまでもシラを切るつもりらしい。
 バレバラなのに……と乙女は溜息を付きながら龍弥に話し掛ける。

「元気にしてた?」
「おい!」

 喋るな、というように龍弥が首を横に振る。

「君は芝居が下手だね。役者には到底なれないね」

 夜支路が馬鹿にしたように笑う。

「誰も役者になんかなろうなんて思ってない!」
「黒棘先様に何て口を利くんだ!」

 蘭丸がグイッとリードを引っ張る。途端に喉に圧がかかったのか龍弥が咳き込む。

「ちょっと乱暴はよしなさい!」

 それを見た乙女が蘭丸をきつく睨む。

「本当に威勢のいいお嬢さんだ。敵に回すのが惜しい」

 夜支路がクックッと笑みを漏らすと、蘭子が乙女を睨み付けながら言う。

「お爺様! 冗談でもそんなことを言わないで」
「お前のそれは嫉妬だ。私は冷静な眼で彼女の資質を分析したまでだ。何にしても、もうお前と梅大路綾鷹の見合いはない」

「えっ!」と蘭子が間抜けな顔になる。寝耳に水だったようだ。

「嘘っ、この女を排除したら綾鷹様とのお見合いをセッティングするって」
「予定変更だ」

 夜支路の冷たい声が断定的告げる。

「いやよ!」

 蘭子の悲鳴にも似た叫び声が部屋の中に響く。

「駄々を捏ねるんじゃない! 梅大路綾鷹は知りすぎた」
「それはどういう意味ですの?」

 蘭子が食い下がる。

「文字通りだ。なっ? お嬢さん」

 同意を求めるように乙女に視線を向ける夜支路に、意味が分からず乙女はキョトンとする。

「梅大路綾鷹を軽く見ていた。あいつはもうほとんど調べ上げたのだろう?」

 なるほど、と乙女は先程の夜支路の言葉を思い出す。
 彼は『分が悪い』と言った。

「だから、最後の悪あがきですか?」

 乙女の凜とした視線が夜支路を真っ直ぐに見つめる。
 フッと片唇を上げた夜支路が「大したお嬢さんだ」と乙女をジッと見返す。

「着いてきなさい」
「私に言っているのですか?」
「ああ、桜小路乙女、君に言っている」

「行くな!」と龍弥が叫ぶ。
「煩い、黙れ!」と蘭丸が龍弥を蹴っ飛ばす。
「お爺様! まだ話は終わっていないわ!」と蘭子が悲鳴に似た声を上げる。
そんな三人を無視して夜支路は奥に続くドアを開け、乙女に視線を向けた。

「おいで……真相に近付きたくないかい?」

 真相? あのドアの向こうに何があるのだろう……乙女はグッと顔を引き締めると引き寄せられるように足を進めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶
恋愛
王女エレインは隣国との戦争の最前線にいた。彼女は千人に1人が得られる「天恵」である「ガーディアン」の能力を持っていたが、戦況は劣勢。ところが、突然の休戦条約の条件により、敵国の国王の側室に望まれる。 敵国で彼女を出迎えたのは、マリエン王国王弟のアルフォンス。彼は前線で何度か彼女と戦った勇士。アルフォンスの紳士的な対応にほっとするエレインだったが、彼の兄である国王はそうではなかった。 エレインは王城に到着するとほどなく敵国の臣下たちの前で、国王に「ドレスを脱げ」と下卑たことを強要される。そんなエレインを庇おうとするアルフォンス。互いに気になっていた2人だが、王族をめぐるごたごたの末、結婚をすることになってしまい……。 敵国にたった一人で嫁ぎ、奇異の目で見られるエレインと、そんな彼女を男らしく守ろうとするアルフォンスの恋物語。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

処理中です...