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第一部 第二章 炎雷

第28話 ア「繝「繝ウ vs 美琴 2

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「おい彩音! どうしておれ達だけで逃げなきゃいけないんだよ!?」
「そうだ、美琴ちゃんが戦っているのに、俺達だけなんて……」

”流石に加勢したほうがよかったんじゃ……”
”あんだけ激しく戦ってればモンスターも寄ってくるだろうし、梅雨払いくらいはできたはず”
”あやちゃんの判断は正しいと思う”
”女子高生一人を置いて逃げ出すのはちょっと……”
”冷静に考えろ。あの怪物バトルに入り込む余裕なんてないだろ”
”モンスター寄ってきたところで巻き込まれておしまい”

 つけっぱなしの配信のコメント欄も、美琴に加勢したほうがよかったと言う視聴者と彩音の判断が正しいと擁護する視聴者で二分する。

「なあ彩音!」
「うるさい! 私だって……私だって美琴ちゃんを置いて逃げたくなんてないわよ! でも……あんなの見せられたら、逃げるしかないじゃない! あなた達だって分かるでしょ!? 私達全員、美琴ちゃんに守られてたの! 守りながらあれだけ戦えていたの! どう考えたって、あそこに私達が残ることはあの子にとっての大きな枷にしかならない! 加勢したところで、足手まといになるだけよ!」

 引っ張る形で中層深域まで戻ってきて、慎司と和弘の反論に叫ぶようにいい返す。
 ここまで逃げてきたというのに、ダンジョン全体が揺れているような衝撃を未だに感じる。どれだけ大きな力がそこでぶつかっているのか、想像もつかない。

「元々あの子と私達とで、絶対に埋めることもできない実力の差がある。最初に炎が来た時にそれを消滅させたのを見て、実感させられた。私がどれだけ頑張っても、それこそ人生を十周したって美琴ちゃんの足元にも及ばない。それだけ強い女の子が、私達を守りながらあの怪物と渡り合ってた。それも、たぶんどっちも全力を出していない状態で。なら、あそこで一番の最善策はあの子が全力を出せるように逃げることだけなのよ」
「そりゃ……そう、かもしれない、けど……!」
「私だっていやよ。年下の女の子一人に任せて、おめおめと逃げおおせるなんて。私だって、こんな選択肢しか選べない自分が悔しいよ……!」

 ダンジョン出口を目指して走り続ける彩音の目じりには、涙が溜まっている。
 強く歯ぎしりして、心の中で何度も謝る。あの化け物から自分たちを逃がして、戦い続ける黒髪の少女に。
 心の中で何度も罵る。手助けに入ることすらできず、逃げることしかできない情けない自分に。

 遭遇するモンスターは全て無視する。とにかく地上に出て、証拠となるこの配信を見せて最低でも一等探索者、呪術師、退魔師、あわよくば魔法使いを出動させなければいけない。
 一言もしゃべらず、真っすぐ前を見て走る、走る、走る。

 足が重くなってくる。呼吸が激しく、喉が渇く。早鐘を打ちすぎている心臓が痛い。
 止まりたい。足を一度でいいから止めて、一分だけでいいから休みたい。
 いや、そんなこと以上に、あの異次元な戦いに加勢できるだけの強さが欲しい。
 二度と人としてこの世に生を受けることができなくなってでもいいから、雷霆を自在に操るあの年下の可愛い後輩の女の子と、同じだけの強さが欲しい。
 でもそんなことはできない。どれだけ願ったところでそんなものは与えられない。だから美琴のために戦いで何かしてあげられることなんてない。
 だから足を止めずに走るしかない。それが唯一、美琴にしてあげられることだから。

 もはやあえぐように呼吸をして、どんどん重くなっていく足を引きずるようにダンジョンを走る。
 ちらりと振り向くと、慎司も和弘も辛そうにしている。果たしてそれは走りすぎてのことか、美琴を置いて逃げていることか、あるいは両方だろうか。

 視界が狭窄していく。四方が白く弾ける。限界が近い。

(止まるな、止まるな、止まるな、止まるな……!)

 もはや息をしっかりと吸えているかどうかすら怪しい。それでも足を止めてはいけない。
 止まるなと何度も心の中で叫びながら進み、ようやく出口の光が見えてくる。



「───い、おい! しっかりしろ! 何があったんだ!」

 気が付けば、ダンジョン入り口の守衛に抱きかかえられて上を仰ぎ見ていた。いつの間にか意識を手放してしまったようだ。

「なん、びょ、う……」
「なんだ?」
「何秒、意識、を……」
「十秒程度だ。それより何があった。どうしてそんなに、意識を手放すほど急いで上がってきたんだ」

 十秒程度と知って安堵するが、そんな暇はないと体に鞭を打って起き上がる。

「はや、く、ギルドに、連絡、を……! ダンジョン下層、中域で、異常事態が、発生……! 最低でも、一等クラスの、探、索者や呪術師を───」

 言い切る前に、その下層中域で感じていた揺れに近いものを感じ始める。

「なんだ、地震か!? こんな時に……!」

 違う、これは地震なんかではない。

(まさか……!?)

 早く避難させないとと思った瞬間にはそれはすぐそこまで一気に迫ってきて、地面を突き破って飛び出してきた。
 飛び出てきたそれは地面を数度転がってから爆音を響かせて飛び上がり、近くの建物の屋根の上に着地する。
 全身ぼろぼろで、右腕はかろうじて皮一枚で繋がっているような状態で、腹部からは赤い血と共に内臓がこぼれ出ている。

「あははははは! すごいすごい! さっきまでとは段違いだ! 最っ高だよ!」

 だというのに全く意に介した様子がないことに、彩音は戦慄した。

「その状態でよく生きていられるわね」

 雷鳴と共に別れたばかりの美琴が姿を見せる。
 彩音の近くに現れた美琴は、地上に出てしまったことに苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「そりゃ、私は純粋な人間じゃないもの。どっちかっていうと、このニホンで言うところの怪異や、故郷で言うところの魔物に近いからね。この体も私という存在を入れる器として作られた肉の人形だし。だからこの程度の傷、即死しなければ掠り傷よ、ほら」

 宣言通り、ほぼ欠損状態のような腕も、こぼれていた内臓も、巻き戻しでもしているかのように元通りになっていく。
 あの異常な再生速度は人間のものではなく、モンスター達や地上の怪異や魔物のそれだ。
 しかしダンジョン生まれのモンスターの類だとしたら、こうして外に出られるのはおかしい。なんてことない顔をしているので、ダンジョンの外から生まれたものなのだろう。

 全力で逃げて来たのに結局またあの怪物が近くに来てしまい、美琴にまた多大な負担をかけてしまうことになってしまうと、唇を嚙んで切ってしまい血を流す。



「んー! 感謝するわバ繧「ルゼ繝ル。おかげでひっさしぶりに外に出られた。やっぱり日の光はいいものね。……でも、こうも人が蛆のように湧いていると不愉快ね」
「言っておくけど私の前では誰一人として死なせはしないから」
「うん、言うと思った。じゃあ、こうするのはどう?」

 少女が左腕を横に水平に振ると、そこに赤い軌跡が残る。
 そこから炎でも出して大勢を巻き込むのではないかと陰打ちを構えるが、出てきたのは炎ではなくモンスターの大軍勢だった。

 モンスターは特定の条件が揃わない限り、地上に出てくることは不可能だ。
 なのに少女の出したモンスターは全てダンジョンの中でしか発生しないものなのに、平然と地上にいる。

「どうしてモンスターがって顔ね。簡単よ。これは私の眷属、使い魔みたいなものだから。だからダンジョンの中でなくたってこうして活動できる。さあ、バ繧「ルゼ繝ル! あなたはこの状況をどうする!?」

 それが合図となったのか、モンスターが一斉に市街地に向かって動き出す。
 当然人々は困惑してあちこちから悲鳴と絶叫が聞こえる。

「……まだ、ダンジョンの中でそれをやられないだけましね」

 正眼に構えていた陰打ちを右手一本で持ち、上にきっさきを向けて掲げる。
 背中の七つの一つ巴が強く輝き、美琴のこげ茶の瞳を雷と同じ紫色の変色させていく。その瞳の中には、七つの巴紋が浮かんでいる。

「……マジ?」

 少女が不思議そうに首を傾げた後に上を見上げると、少し頬を引きつらせる。
 美琴の真上の上空には黒い雷雲が立ち込めており、それがありえない速度で広がっていく。
 町全体にごろごろと雷鳴が響く。

「───神立の雷霆」

 ぽつりと呟くと、暴雨の様に雷が降り注ぐ。
 人を襲おうと顎を開いていたモンスターも、逃げ惑う人を追いかけていたモンスターも、ビルの中にいる人を襲おうとよじ登っていたのも、翼を広げて飛んで空から狙っていたのも、全てが降り注ぐ雷霆によって罰が下される。
 ただし、その雷を受けたのはモンスターのみであり、人間には掠るどころか感電すらさせていない。

「言ったでしょう。私の前では誰も殺させないって」
「天候すら支配下に置くなんて、素敵すぎるわバ繧「ルゼ繝ル! やっぱりこんな小手先じゃつまらないわよね!」

 嬉しそうに、楽しそうにそう叫んでから少女は立っている建物を踏み込むだけで半壊させながら突撃してくる。
 それに合わせて空の雷雲から雷を落とすが、直撃の直前で急激に軌道を変えて、あらゆるものを足場にしてピンボールの方に跳ね回る。
 これでは狙いを定めるのが難しいため、雷雲はそのままにして美琴も雷をまとわせて動き出す。

 激しく跳ね回るように移動する少女に追随して、お互いの得物をぶつけ合う。
 少女は一切の遠慮をせずに斧槍を振り回し、街頭や電柱、建物を消滅させたり半壊、全壊させるが、美琴は自分の住む街であり、大事な思い入れのある場所でもあるため建物を含めた人工物に当たらないように刀を振るう。

 真上からの振り下ろしを、受け止める瞬間に刀を傾けることで勢いのまま受け流し手体勢を崩し、胸に左の拳を当てて崩拳を叩きこむ。
 鈍い音と骨の砕ける感触が拳に伝わり、不快感を隠さずに顔を歪める。
 猛烈な振り払いをさっと姿勢を低くしてそのまま足を掴んで、電磁加速を加えて投げ飛ばす。

 投げ飛ばして即刻追いかけて、先に落雷を食らわせてから左下に構えた刀を振り上げるが、そこに残っていたのは幻影だった。

「あはっ、ひっかかったぁ!」

 少女は美琴の上におり、斧槍を大きく振りかざしている。その斧槍には真紅の炎がまとわれている。

「セェイ!」

 振り下ろされた斧槍に右下に構えた刀を振り上げて迎え撃つ。
 位置的にも少女のほうが有利だが、戦って分かったが瞬間火力は美琴のほうがまだ多少の分がある。
 ならばと、一瞬だけ全ての雷の使用を解除して力を刀のみに集中させる。

 猛烈な炎が濁流の様に迫ってくるが、振り上げた刀によって消滅して、少女の体に深々と傷を付ける。

「がっ……!」

 むしろどうしてこれで体が消滅しないんだと言いたいが、これで少女のほうが不利になった。
 一気に畳みかけようと落ちてくる少女に向かって走り出すが、にやりと笑みを浮かべるのを見て足を止める。

「っ、地雷型!?」

 いつ仕込んだのか、足元に幾何学模様の方陣が現れて炎の髑髏で覆われる。
 刀を縦に振るって両断して道を作り、その先にある建物の屋根に向かって雷速で移動するが、到着するとそこにはすでに真紅の少女が斧槍を振り上げて待ち構えていた。
 振り下ろされると同時に速攻逃げるように屋根を蹴って移動すると、数舜先までいた建物が消滅している。

「ゼァアアアアアアアアア!」

 美琴に追い付いた少女が裂帛の気合と共に落下しながら斧槍を振り下ろしてくる。勢いも重なってかなりの速度となっており、回避が間に合わず陰打ちで受け止めてしまう。
 その勢いのまま振り抜かれて地面に叩きつけられた美琴は、一瞬意外と耐えられるかと感じたが、遅れて信じがたいダメージを受けたのだと体と脳が理解して、激痛が走る。

「全く、速すぎるよバ繧「ルゼ繝ル。これでやっと、あなたに一撃入れることができた」
「ごほっ……! そっちこそ、防御の意味がない一撃とかどうかしているわ……」

 先ほど付けた傷もいつの間にか癒えている。それに対して、美琴は魔術も呪術も使えないためすぐに回復することができない。
 たった一撃で不利になってしまったなと表情を歪ませながら、どうにか立ち上がって陰打ちを構える。
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