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第一部 第二章 炎雷

第29話 ア繝「ン vs 美琴 3

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 雷鳴、爆音、業火に落雷。それが絶え間なく町に降り注ぐ。
 炎は人を襲うが届く前に両断されて消滅し、定期的に少女が呼び出すモンスターは支配下に置かれている空からの雷で消し炭にされる。
 ならばと少女が自ら人を狙おうとするが、美琴がそれを許さずに迎撃する。

「どこまでもお人好し! いつまでも人を庇いながら戦い続けられるとでも!?」
「だったらいい加減無関係な人を狙うのをやめなさい! あなたの狙いは私なのでしょう!?」

 衝突する武器の音が爆撃のように鳴り響き、弾き弾かれ、ギリギリを掻い潜って致命の一撃を狙う。
 美琴は少女の一撃を武器で防御したが、そんなのが一切意味をなさないだけの威力でねじ伏せられて、信じがたいダメージを受けた。
 変わらず加速し続けながら戦っているが、体が悲鳴を上げるように激痛を発している。

 暴力的な熱量を全て運動と破壊エネルギーに変換させているらしい少女が、体を捻りながら斧槍を左に構える。
 初速から音速を遥かに超える速度で繰り出されるが、後ろにあるビルが消滅しないように彼女の攻撃よりもより早く鋭い唐竹割を繰り出して叩き落す。
 アスファルトの地面に深々と裂け目が刻まれ、少女の体も半身がえぐり飛ばされるように消滅するが、即座に回復される。

 怪異やモンスターの様に、完全に無制限の回復ではないようだ。
 小さな傷は治そうとしないし、美琴の攻撃を受けないように慎重に立ち回っている。
 圧倒的な暴力に任せた戦い方をしているようで、かなり繊細だ。しかも勘が未来予知レベルで高いのか、連撃の合間に仕込んだ僅かなカウンターすら的確に反応してみせる。

 本当に幸いなのは、絶対に殺すことができない不死身の怪物ではないという点だ。
 もしこれで体を細胞の欠片すら残さずに消滅させない限り、無限に復活し続ける化け物だったらどうしようと思っていたところだ。

 それともう一つ分かったが、少女が炎や謎の裂け目から召喚するモンスターというのも数に限りがあるということだ。
 自分の口で話していたようなものだが、あのモンスターは全てダンジョンの中でしか現れないものばかりだ。
 最近モンスターの数の減少に、どこのクランも倒していないはずなのにいないボスモンスター。それらはこの少女が自らの手で焼き滅ぼして、己の手駒にしていたようだ。

 怪物地獄と言ってもいい下層やそれ以上の地獄である深層のモンスターを、少なくとも一月以上燃やし続けてきたが、モンスターだってダンジョンで発生するにしたって限りがある。
 生き物が存在し続けている限りは決して根絶されることのないモンスターとて、一つの場所に無限に湧き続けることなんてできない。
 どれだけ大量に持っていようと、現時点の美琴の神立の雷霆が発動し続けている限りは姿を見せた瞬間には、雷が剣となって降り注いで瞬殺する。

 それを理解してから少女は、明らかにモンスターを無駄に使わず温存するように一度に呼び出す数が減っている。
 これが美琴を油断させる罠でなければいいのだが、七鳴神を開放している以上深層最深域のボスモンスターが出てきたところで、同じように瞬殺できるだろう。

「だったら周りを気にせずに、守ることなんてやめて戦って頂戴! 今も十分に強いけど、あなたの本当の強さはそんなものじゃないはずよ!」

 暴風のように激しく荒々しい攻撃を超超高速で繰り出してくる。
 地面がえぐれ、発生した衝撃波で車や街灯、電柱が吹っ飛んでへし折れ、圧倒的な運動エネルギーから放たれる一閃は建物を跡形もなく消滅させる。
 離れても同じ速度で追いかけてきて嵐の中に捕らえようとするが、まだ速度にお置いて分のある美琴は力ではなく技でいなす。

 少女は美琴の強さはまだ上がるのだと思っているようだが、これが打ち止めだ。
 七鳴神の最大火力はまだ出していないし、その上昇幅というもの条件さえ満たせば上がり続ける。
 しかしそれはたった一度の攻撃のみで、継続的にその火力を出し続けることはできない。
 すでにエネルギー自体は蓄積し終えている。あとはタイミングを見計らって使うだけだが、いかんせん動きが速すぎるせいで一般人やほかの探索者を巻き込まずに少女だけを狙うことに自信がない。
 そもそも、七鳴神の最大火力を戦いの中で使うのはこれが初めてなのだ。それもあって使い時がいまいち掴めない。

「どうしたのバ繧「ルゼ繝ル!? 強さの上がり方がさっきよりも緩くなってるよ!? まさか、それが全力じゃないでしょうね!」

 全く以ってその通りだと言いたいが、それを肯定すればまだ実力を隠していると思われてまた無関係な人を全力で狙いに行くかもしれない。
 そうさせないためにも、すでに限界まで溜まっているエネルギーを一切余すことなく少女にぶつけて、消滅させるしかない。

 そのタイミングは完全に自分一人で見極めるしかない。
 アイリはこの速度の戦闘についてこられるはずもないので期待できないし、浮遊カメラも尊の戦闘速度についてこれずにいて、今どこにあるのか分からない。
 人がおらず、建物にも当たらない場所はどこだろうと少女の猛攻撃をいなしながら考え、上に攻撃を弾いた時にそこしかないと蹴りに電磁加速を加えて上に向かって蹴り上げる。

「セエェイ!!」

 体が浮きあがった少女はすぐに空中で体を回転させて体勢を立て直そうとするが、落ちてくる前に雷鳴と共に加速して更に上に打ち上げていく。
 飛び続けることはできないので、以前やった雷を圧縮して作った足場を踏んで、それを蹴ることで更に上がっていく。

「今度は空中戦? いいわね!」

 獰猛な笑みを浮かべた少女はそう言うと、物理限界を超えた速さで足を動かしてその摩擦で空気の壁を踏んで美琴に向かって加速してくる。

「なんて馬鹿げたことをしているのよっ!」

 空中での二段ジャンプとかアニメや漫画のものだとばかり思っていたが、ここまで暴力的な運動エネルギーを余すことなく使えるのなら、それも現実では可能らしい。
 だとしても馬鹿げていることに変わりはない。

「そんなこと、天候支配しているあなたも同類でしょう!」

 足場を作ってそれを蹴って突撃を避ける。
 一度背後にある巴紋を見る。しっかりと蓄積が完了しており、七つ金輪巴というあり得ない形をしている。
 今にも溢れそうなほど膨大な雷エネルギーがそこにあり、これをぶつけることさえできれば勝負がつくはずだ。というかついてくれないと困る。

 下に地面がなくなったことで、立体的な動きが可能となった戦いは苛烈さを増していく。
 上下に移動できるようになったから、その分加速による勢いを乗せることもできるようになって攻撃の威力が増していく。

 押し飛ばされても足場を作ってすぐに移動できるし、どこか建物に衝突するなんてこともない。
 気にするのは下にいる人達に被害が出ないようにすることだけで、ずっと気持ちが楽になる。状況が厳しいのは変わらないが。

「うふふ……、あっはははははは!! 戦う場所を変えるだけでも、案外楽しくなるものね!」

 こちとら全力で戦い続けているというのに、顔色を変えるどころか楽しそうに笑うだけの余裕がまだある少女に、本当にいい加減にしてほしいと思う。
 人の姿こそしているが怪異や魔物、モンスターに近いという特性上傷はすぐに再生されるし、一撃の重さと奥の手を使わない美琴より瞬間火力が高い。掠るだけでも致命的だ。

 対して美琴は、一刀の重さもあるが鋭さ速さに重きを置いているため、急所に当てれば致命になるがそれ以外は彼女にとって回復可能な軽微な損傷に過ぎない。
 あのイノケンティウスと言い、熱量を別エネルギーに変換して攻撃に転用する能力は一体何が由来なのか。そもそもどうして炎で焼いたモンスターを、自らの支配下に置いて使い魔のように使うことができるのか。
 その謎も解明したくはあるが、そこまで考える余裕などない。

「バ繧「ルゼ繝ル! その後ろにあるよく分からない紋様、それがあなたの奥の手なのでしょう!? いい加減それを使ったらどう!?」

 強烈な振り下ろしをギリギリで回避してその風圧で飛ばされ、足場を作ってその上に立つと、背中から真っ赤な炎の翼を生やした少女が叫ぶ。
 隠すつもりはなかったが、やはりいつでも奥の手が使える状態になっていることに気付いていたらしい。

「さっきからずっと、いつそれを使ってくれるのか待っているのに全然使ってくれないし、もういい加減に焦らすのはやめて! お願いだから、早く見せて頂戴!」

 今の立ち位置だと、美琴の七鳴神の奥の手は上に向かって放つことになる。

「……アイリ」
『なん───嬢様───』

 右耳のピアスからアイリに話しかけるが、定期的に現れ続けるモンスターに神立の雷霆が落ち続けているからか、それとも美琴自身にまとわりついている膨大な雷の影響か、ノイズが酷く通信が安定しない。

「私の上空に、航空機とかはいないかしら」
『───航───は確認で───せん。まさか───になるおつ───』

 断片的だが、把握はできた。
 上に向かっても被害が出ないことは確定したので、刀を掲げて全てのエネルギーを収束させる。

「あぁ、遂に使ってくれるのね! じゃあこっちも、相応のお返しを!」

 雷が落ちるのが止まる。少女がモンスターの召喚を止めて、全ての力をぶつけてくるようだ。
 これは好都合だと、足場を作る以外で美琴自身から雷を放つことを封じて刀だけに集中させる。
 全部の雷が陰打ちの刀身に収斂される。空間が歪むほどのエネルギーが、その細く薄い刀身にだけ集中する。

 少女も力を開放する。上に向かって加速していき、豆粒程度の大きさに見えてから空を埋め尽くすほどの膨大な炎が現れた後、それが全て斧槍にのみ集中する。
 見た目の変化こそないが、刃先に触れるだけでこの世に存在するあらゆるものが一瞬で消し飛ぶだけの熱がそこにあるだろう。

「行くわよ、バ繧「ルゼ繝ル!」

 猛烈な加速と共に大爆音を轟かせて、指数関数的に加速してくる。それはもはや、隕石と同様の威力を持っているだろう。

「諸願七雷・七ツ神鳴ななつのかんなり───鳴雷神なるかみ!」

 ありったけの力と、ここにいる人々を守りたいという思いを乗せて下段に構えた陰打ちを振り上げる。
 空間が捻じ曲がり弾けて崩壊するほどの膨大な雷が放たれる。その電圧は、百億ボルトを優に超える。

 小さな隕石のように降ってくる少女とそれが衝突し、一瞬の拮抗の後に強烈な衝撃波が発生して周辺の建物の全てのガラスが粉々に砕け、余波で下の建物がいくつか崩れアスファルトの地面が陥没する。
 美琴もその衝撃に耐えきれずに吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられて転がる。

「ぐ、ぅ……!」

 苦悶の声を上げて横たわるが、鳴雷神が直撃したからといって仕留めたとは限らない。
 ぼろぼろの体に鞭を打って起き上がり、肩で呼吸しながら刀を構える。

 空にある爆煙を見上げると、そこから一つ何かが落ちてくる。
 重い音を立てて地面に落ちたのは、少女の斧槍だった。遅れて、黒焦げになっている少女が落ちてくる。

 油断なく構えて警戒するが、起き上がる気配がない。これだけの損傷を負っているということは、少なくとも鳴雷神が直撃したということだ。
 最大電圧百億ボルト越えの美琴の最強の一撃。これを受けて立っていられるはずがない。

「───一に、大罪、二、に……罪人、三に裁、く執行者……」

 だからこそ、焼け焦げた少女から何かが聞こえた時は、絶望すら感じた。

「私を、憎むな……罪を犯した己を憎め……。永久とわ、に燃え、る烈火に焼かれ……」

 唱えている何かを止めるべく踏み出すが、ほぼ自爆の様に大きなダメージを受けているため、動き出しが僅かに遅かった。

「己が、愚かさを……叫びなさい」

 故に間に合わなかった。

 瞬間、今までのはなんだったのだと言いたくなるほどの圧倒的な量の炎が少女から吹き荒れて、周辺を瞬く間に灰にする。
 溶かすでもなく焼くでもなく、一瞬で灰塵に変えている。信じがたい光景だ。

「……今のは危なかった。だからこそ賞賛するわ。その強さをたたえて、私の神性を開放してあげる」

 炎の中から少女が姿を見せる。
 先ほどとは見た目が変わって、頭に大きな捻じれた二本の角が現れ、瞳も真っ赤になっている。
 髪の先が炎となって燃えていて、その姿はもはや人のそれではなかった。

「そういえば、自己紹介していなかったわね。私の名前はアモン。偉大なる王に仕えた炎の魔神、アモンよ。改めてよろしくね、私の愛おしい好敵手の雷の魔神、バアルゼブル」
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