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第一部 第四章 盛大に楽しむ悪意
49話 小さな魔術師の克服
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ダンジョンを探索し始めること十分と少し。
運がいい人、あるいは悪い人か、大体はモンスターと一体程度と遭遇していてもおかしくはないのだが、相変わらずモンスターと遭遇せずにいる。
おかげでダンジョンの中にいるのに散歩気分になってしまい、必然的に緩い雰囲気が流れる。
「じゃあ灯里ちゃんの最終目標は、やっぱり魔法使いになることなの?」
「そうですね。魔術師の大部分は、魔法に到達することが目的ですから。でも私の場合、既にお姉ちゃんがその座にいるので、魔法使いに自力でなるというよりもそれ相応の実力を付けてから、もしもがあった時にすぐに受け継げるようにするが正しいんですけど」
「魔法って受け継げるんだ」
「血縁者のみ、ですけどね。受け継げるのなら、分け与えることだってできるんじゃないかって思った時期もありましたけど、調べてから不可能だって知りました」
魔法というものは魔術師にとっては一番到達したい場所のようなものらしいので、当然それを目指して鍛錬をしていたであろう灯里も、少しでもいいから魔法が使えるようになりたいと考えたらしい。
だが現実はそう甘いものではないようで、魔法の座は例外なく一つの座に一人だけが限界で、分け与えることもできないそうだ。なんとも不便なものだ。
「美琴先輩のその力って、人に分けることってできるんですか?」
「うーん、どうだろう。うちのご先祖様に当たる、最初の現人神の厳霊業雷命はできたって記述が実家の歴史書に記されていたけど、私はできるかどうかは分からないかな。試したことないし、失敗した後が怖いし」
「とても強力ですもんね。もしそれで悪用とかされたら大変です」
「それもそうだけど、分けた人に適性がなかった場合に、どうなるのかが分からないって言うのが一番怖いかな」
”美琴ちゃんの力を分けてもらったら、それこそ眷属だね”
”リアル眷属になれる可能性がある人がいるかもしれないって言うのに驚き”
”もしそうなったら、そいつもすさまじい偉業を成し遂げそう”
”美琴ちゃんだけでもすごいことしてるんだし、コンビ組んだらもう誰も止められないだろうなあ”
”雷神コンビとか、この世の終わりすぎるwww”
”この世の終わりというか、この世のモンスターの終わりというか”
”どんな魔神がやってきても瞬殺確定だろこんなんwwwww”
体も魂も純粋な人だが、同時に神の力を入れるのに最も適した器でもあるため、天候を支配下に置けるだけの力を有しておきながら、普通に生活できている。
それのほんの一欠片でもどれだけの力があるのか、持ち主である美琴本人も把握しきれていないし、容れ物に適しているから平気であって、そうでない人の場合どんなことになるのか想像も付かない。
色々と最悪な場面を考えたこともあるが、もしそんな状況にでもなったりでもしたら、きっと立ち直れないだろう。
そのような状況になることは恐らくないだろうし、人に力を分け与えなければいけないような状況に陥るつもりもないので、もうあまり深く考えないようにする。
「……お、モンスターの気配」
魔法使いを身内に持つ人からしか聞くことができないであろう、貴重な情報を聞きながら進んでいくと、少し離れた場所からモンスターの気配を感じる。
足音や鼻を突くような異臭からなんとなくの予想を立て、弓を取り出してゆっくりと目視できるところまで移動する。
ちなみに弓の取り出し方は、どうしても場所を変えることができないので未だに胸の真ん中から引っ張り出すような形だ。見方によっては谷間から取り出しているように見え、結構恥ずかしい。
何が理由で大盛り上がりしているのか、心当たりがありすぎるコメント欄を無視しながらゆっくり警戒しながら進むと、そこには糸のようなものが体に巻き付いて、浮くように移動しているモンスターの成れの果てがあった。
本来モンスターは殺された時にその体を崩壊させて消滅するが、一部のモンスターにはそれをさせないという変わった種類がいる。
そのモンスターの名前はデッド・マリオネットと言い、糸を巻き付けたモンスターを生きているうちから操り、たとえ絶命しても無理やり体の崩壊を押しとどめることで、操り続けるモンスターだ。
操られ続けるモンスターは崩壊していかないため、本来の生物と同じように体が腐敗していく。その際の臭いと言ったら、表現しようがない程の激臭だ。
「よりにもよってそれなのね……」
「は、鼻が……」
予想通りとはいえ、それを目の当たりにしてその臭いで顔を歪める美琴と、涙目になって鼻をつまむ灯里。
コメント欄もグロテスクな見た目になっているモンスターの果てを見て、気持ち悪いやグロテスク、放送事故だといったコメントが書き込まれて行く。
「これかなり精神的にもきついから、別のを探しましょう」
健全で純粋な十五歳の女の子に、あんなものと戦わせる趣味はないので、もっとまともなものと戦おうと提案するが、少し考える素振りを見せた後に頭を振る。
「いいえ、あれと戦います。見た目からして苦手ですけど、いつまでも苦手から逃げていられないので」
”ええ子や……”
”逃げてばっかのワイと全然違う。眩しすぎる”
”苦手を自ら克服しに行く幼女サイコー!”
”あまり無理はしないでね”
「そう? じゃあ私は後方から弓矢でサポートするけど、あまり無茶はしないでね。これ以上は無理だと私が判断したら、すぐに消し炭にするから」
『誰が聞いてもこれ以上ないほど頼もしい発言でございますね』
灯里はただこくりと頷いてから美琴の前に出て、古代魔術遺産の杖を左手に持って構える。
美琴達に気付いたデッド・マリオネットは、体が腐っているモンスターの成れの果てを操って向かわせてくる。それに伴って、悪臭もより強くなる。
そんな状況でも灯里は落ち着いた様子で、短く息を吸ってから口を動かす。
「灰は灰に、塵は塵に!」
ノタリコンで短く切り詰めた、基礎的な炎の呪文の詠唱。シンプルゆえに、その使用者の技量が最も顕著に表れるそれは、杖の補助もあってかなりの規模の大火炎となってモンスターに襲い掛かる。
デッド・マリオネットの本体は、その炎に飲み込まれそうになるが、咄嗟にモンスターの死体を手繰り寄せて壁にすることで難を逃れるが、それでいくつかの手駒を失う。
このモンスターの最大の特徴は、モンスターを自分の駒にすることだが、それが最大の武器でありながら最大の弱点にもなる。
今灯里の魔術を防いだ後に消滅したように、破壊されてしまえばそれだけで駒は減り、減った分はそんなすぐに補充できない。
なのでこのモンスターの倒し方の鉄板は、周りの操られている死肉と成り果てているものを破壊して攻撃と防御手段を完全に奪い、それから近付いて攻撃ではなく離れた場所から仕留めるのが定石だ。
近付けば例え人間でも操られてしまうため、それを防ぐ最も適した手段だ。
これはすぐに決着が着きそうだなと、弓を持っている左手から少し力を抜くと、デッド・マリオネットが甲高い音を出す。
一体なんだと思ったが、すぐにその音の正体に気付く。だが美琴はあえて、手出しせずにおく。
「灯里ちゃん! そいつ、モンスターを呼んだわよ!」
「え、モンスターを呼び寄せるんですかこれ!?」
手駒を失って不利な状況になると取る行動。それは、失った分を補充するためにモンスターを呼ぶことだ。
その目論見通り、モンスターが十体近く集まってくるのが分かる。中層に生息するモンスターは美琴にとっては特に脅威ではないが、ナイトメア・ポーキパインは例外なので、それが混じっていないことを願う。
「え、接続───燃焼、形状付与、螺旋玉、射撃!」
きっと本来であればもっと長い呪文なのであろうが、滑らかにすさまじい速度で呪文を唱えて魔術を起動させる。
螺旋状に回転しながら現れた炎が灯里の周りに複数現れ、それが豪速で放たれる。
それが向かう先にいるのは、デッド・マリオネットの本体。
しかし死肉の傀儡はそれをひらりと回避して、異常に細い指や体中から大量の糸を出して、姿が見えた接近してきていたモンスターに絡みつかせ、失った分の駒を補充する。
「うぅ……」
「あまり力まない。力を入れすぎると次への行動が遅くなるわよ」
「は、はい!」
流石に十体近くのモンスターを相手にさせるつもりはないので、陰打ちを生成するのと同じ要領で矢を作り、番えて引き絞る。
まずは灯里に一番接近している、長い剣を持ったゴブリンナイトに向かって放つ。
バシュン! という音と共に放たれた矢は瞬く間に美琴とナイトの間にある間合いを食いつぶし、脳天を撃ち抜いて絶命させる。
だがすでにデッド・マリオネットの支配下にあるためか、頭が消し飛んでもなお消滅せずに動き回っている。
やはりあれをどうにかするには、操っている本体を倒すか、あの糸を切るしかないだろう。
しかし糸は魔力で編まれているもので、物理的に切ることは不可能。
「あ、そうだ」
物理で切れないなら、同じ質のもので攻撃すればいいのではと、大分単純な考えだが割といけそうなことを思いつく。
「灯里ちゃん、あの魔力の糸って炎で焼くことってできるかな?」
「い、糸ですか? や、やってみます」
一瞬困惑した様子だが、すぐに察してくれて実行に移す。
「再接続《R》───火焔《B》、形状付与《S》、刃、《B》、射出《I》!」
炎の刃を大量に生成して、それを一斉に打ち出す。
デッド・マリオネットはそれが自分に向かっているものだと思ったのか、まだ生きているモンスターを操って盾にするが、灯里の狙いはそれではない。
炎の刃はモンスターに当たる前に大きく軌道を変えると、巻き着いている糸に触れる。
果たしてどうなるだろうかとしっかりと観察すると、宙に浮いていたモンスターが地面に落下した。
魔力で編まれたものなら術での攻撃に有効だと判明し、地面に落ちたモンスターにまた糸を巻かれる前に矢を番えて、頭を射抜いて消滅させる。
「モンスターの糸は私が後ろからどうにかするから、灯里ちゃんは本体を狙って!」
「はい!」
陰打ちの要領で矢を作るのをやめ、雷そのものを矢にして番える。
矢を射ると同時に複数に分裂させて、モンスターに巻き付く糸を切る。
「恵みを与え 、 破滅を与え、 命を愛おしく育み、命を無慈悲に奪い取る。闇を祓って忘却させ、新たに闇を創造して記憶する!」
素早く呪文を唱えると、杖から螺旋状にすさまじい規模の炎が放たれる。それが向かう先には、糸が切れたモンスター達。
デッド・マリオネットがすぐに支配権を取り戻そうとするが、それよりも早く炎が到達して、地面に落ちたモンスター達が焼き払われる。
駒となるモンスターを失ったデッド・マリオネットは、しかしモンスターよりも灯里の方が優秀だと判断したのか、灯里に向かって糸を伸ばし始める。
いきなり狙われた灯里は動揺したように体を震わせるが、すぐに気を落ち着かせたのか、自分の周囲に炎を展開することで触れられないようにする。
「術式再起動!」
ここからどう進めるのかを見ていると、杖を持っていない右手を前に伸ばしてただ一言発し、先ほどモンスターを焼き払ったのと同じ魔術を即座に起動させる。
魔術についてはからっきし、というか術そのものに疎いのでどういう原理なのかは分からないが、長い呪文を唱えなくても連続して使う方法があるのだろう。
一文字の呪文で再展開された炎の螺旋は、真っすぐデッド・マリオネットに向かっていくが、ひらりと避けられてしまう。
ここは手助けしないほうが灯里の成長にも繋がるだろうが、あまり戦いが長引いて他のモンスターがやってきては面倒だ。
なので再び陰打ちと同じ要領で矢を生成してから番え、移動先を予測して射る。ただし、一発で倒さないように。
弓術なんて数年間まともにやってきていないから上手く行くか少し不安だったが、しっかりと移動先にぴったりと合うように飛んで行き、腕を射抜いて壁に縫い付ける。
「再接続───火焔《B》、成形《F》、弾丸《B》、弾幕《B》、強化《B》、一斉射撃《F》!」
さっと杖の先を突き付けながら呪文を発し、小さな体の周辺に炎の弾丸を数十個生成して、それを一斉に射撃する。
デッド・マリオネットは逃げようともがいたが、神の力の一端を使って作った矢からは逃れられず、放たれた数十もの炎弾に体中を撃ち抜かれてこと切れる。
「お見事。一昨日も思ったけど、灯里ちゃんってかなり精密操作が得意よね」
ぱちぱちと拍手しながら言うと、素直に褒められたと受け取ってくれた灯里は嬉しそうに、そしてちょっぴり恥ずかしそうに頬を赤くしながらにへらと笑みを浮かべる。
「後ろに先輩がいるって思うと、すごく安心します。何かが起きても絶対にカバーしてくれるって言う安心感があって、思い切りできました」
「それは何よりね。さ、この調子でどんどん行きましょうか」
「はい!」
今の一戦で緊張がほぐれたようで、先ほどとは打って変わってはつらつとした元気な返事を返す。
それがまた可愛らしくつい頭を撫でてしまったが、撫でられた本人は気持ちよさそうに目を細めて、嫌がる素振りが一切なかった。
運がいい人、あるいは悪い人か、大体はモンスターと一体程度と遭遇していてもおかしくはないのだが、相変わらずモンスターと遭遇せずにいる。
おかげでダンジョンの中にいるのに散歩気分になってしまい、必然的に緩い雰囲気が流れる。
「じゃあ灯里ちゃんの最終目標は、やっぱり魔法使いになることなの?」
「そうですね。魔術師の大部分は、魔法に到達することが目的ですから。でも私の場合、既にお姉ちゃんがその座にいるので、魔法使いに自力でなるというよりもそれ相応の実力を付けてから、もしもがあった時にすぐに受け継げるようにするが正しいんですけど」
「魔法って受け継げるんだ」
「血縁者のみ、ですけどね。受け継げるのなら、分け与えることだってできるんじゃないかって思った時期もありましたけど、調べてから不可能だって知りました」
魔法というものは魔術師にとっては一番到達したい場所のようなものらしいので、当然それを目指して鍛錬をしていたであろう灯里も、少しでもいいから魔法が使えるようになりたいと考えたらしい。
だが現実はそう甘いものではないようで、魔法の座は例外なく一つの座に一人だけが限界で、分け与えることもできないそうだ。なんとも不便なものだ。
「美琴先輩のその力って、人に分けることってできるんですか?」
「うーん、どうだろう。うちのご先祖様に当たる、最初の現人神の厳霊業雷命はできたって記述が実家の歴史書に記されていたけど、私はできるかどうかは分からないかな。試したことないし、失敗した後が怖いし」
「とても強力ですもんね。もしそれで悪用とかされたら大変です」
「それもそうだけど、分けた人に適性がなかった場合に、どうなるのかが分からないって言うのが一番怖いかな」
”美琴ちゃんの力を分けてもらったら、それこそ眷属だね”
”リアル眷属になれる可能性がある人がいるかもしれないって言うのに驚き”
”もしそうなったら、そいつもすさまじい偉業を成し遂げそう”
”美琴ちゃんだけでもすごいことしてるんだし、コンビ組んだらもう誰も止められないだろうなあ”
”雷神コンビとか、この世の終わりすぎるwww”
”この世の終わりというか、この世のモンスターの終わりというか”
”どんな魔神がやってきても瞬殺確定だろこんなんwwwww”
体も魂も純粋な人だが、同時に神の力を入れるのに最も適した器でもあるため、天候を支配下に置けるだけの力を有しておきながら、普通に生活できている。
それのほんの一欠片でもどれだけの力があるのか、持ち主である美琴本人も把握しきれていないし、容れ物に適しているから平気であって、そうでない人の場合どんなことになるのか想像も付かない。
色々と最悪な場面を考えたこともあるが、もしそんな状況にでもなったりでもしたら、きっと立ち直れないだろう。
そのような状況になることは恐らくないだろうし、人に力を分け与えなければいけないような状況に陥るつもりもないので、もうあまり深く考えないようにする。
「……お、モンスターの気配」
魔法使いを身内に持つ人からしか聞くことができないであろう、貴重な情報を聞きながら進んでいくと、少し離れた場所からモンスターの気配を感じる。
足音や鼻を突くような異臭からなんとなくの予想を立て、弓を取り出してゆっくりと目視できるところまで移動する。
ちなみに弓の取り出し方は、どうしても場所を変えることができないので未だに胸の真ん中から引っ張り出すような形だ。見方によっては谷間から取り出しているように見え、結構恥ずかしい。
何が理由で大盛り上がりしているのか、心当たりがありすぎるコメント欄を無視しながらゆっくり警戒しながら進むと、そこには糸のようなものが体に巻き付いて、浮くように移動しているモンスターの成れの果てがあった。
本来モンスターは殺された時にその体を崩壊させて消滅するが、一部のモンスターにはそれをさせないという変わった種類がいる。
そのモンスターの名前はデッド・マリオネットと言い、糸を巻き付けたモンスターを生きているうちから操り、たとえ絶命しても無理やり体の崩壊を押しとどめることで、操り続けるモンスターだ。
操られ続けるモンスターは崩壊していかないため、本来の生物と同じように体が腐敗していく。その際の臭いと言ったら、表現しようがない程の激臭だ。
「よりにもよってそれなのね……」
「は、鼻が……」
予想通りとはいえ、それを目の当たりにしてその臭いで顔を歪める美琴と、涙目になって鼻をつまむ灯里。
コメント欄もグロテスクな見た目になっているモンスターの果てを見て、気持ち悪いやグロテスク、放送事故だといったコメントが書き込まれて行く。
「これかなり精神的にもきついから、別のを探しましょう」
健全で純粋な十五歳の女の子に、あんなものと戦わせる趣味はないので、もっとまともなものと戦おうと提案するが、少し考える素振りを見せた後に頭を振る。
「いいえ、あれと戦います。見た目からして苦手ですけど、いつまでも苦手から逃げていられないので」
”ええ子や……”
”逃げてばっかのワイと全然違う。眩しすぎる”
”苦手を自ら克服しに行く幼女サイコー!”
”あまり無理はしないでね”
「そう? じゃあ私は後方から弓矢でサポートするけど、あまり無茶はしないでね。これ以上は無理だと私が判断したら、すぐに消し炭にするから」
『誰が聞いてもこれ以上ないほど頼もしい発言でございますね』
灯里はただこくりと頷いてから美琴の前に出て、古代魔術遺産の杖を左手に持って構える。
美琴達に気付いたデッド・マリオネットは、体が腐っているモンスターの成れの果てを操って向かわせてくる。それに伴って、悪臭もより強くなる。
そんな状況でも灯里は落ち着いた様子で、短く息を吸ってから口を動かす。
「灰は灰に、塵は塵に!」
ノタリコンで短く切り詰めた、基礎的な炎の呪文の詠唱。シンプルゆえに、その使用者の技量が最も顕著に表れるそれは、杖の補助もあってかなりの規模の大火炎となってモンスターに襲い掛かる。
デッド・マリオネットの本体は、その炎に飲み込まれそうになるが、咄嗟にモンスターの死体を手繰り寄せて壁にすることで難を逃れるが、それでいくつかの手駒を失う。
このモンスターの最大の特徴は、モンスターを自分の駒にすることだが、それが最大の武器でありながら最大の弱点にもなる。
今灯里の魔術を防いだ後に消滅したように、破壊されてしまえばそれだけで駒は減り、減った分はそんなすぐに補充できない。
なのでこのモンスターの倒し方の鉄板は、周りの操られている死肉と成り果てているものを破壊して攻撃と防御手段を完全に奪い、それから近付いて攻撃ではなく離れた場所から仕留めるのが定石だ。
近付けば例え人間でも操られてしまうため、それを防ぐ最も適した手段だ。
これはすぐに決着が着きそうだなと、弓を持っている左手から少し力を抜くと、デッド・マリオネットが甲高い音を出す。
一体なんだと思ったが、すぐにその音の正体に気付く。だが美琴はあえて、手出しせずにおく。
「灯里ちゃん! そいつ、モンスターを呼んだわよ!」
「え、モンスターを呼び寄せるんですかこれ!?」
手駒を失って不利な状況になると取る行動。それは、失った分を補充するためにモンスターを呼ぶことだ。
その目論見通り、モンスターが十体近く集まってくるのが分かる。中層に生息するモンスターは美琴にとっては特に脅威ではないが、ナイトメア・ポーキパインは例外なので、それが混じっていないことを願う。
「え、接続───燃焼、形状付与、螺旋玉、射撃!」
きっと本来であればもっと長い呪文なのであろうが、滑らかにすさまじい速度で呪文を唱えて魔術を起動させる。
螺旋状に回転しながら現れた炎が灯里の周りに複数現れ、それが豪速で放たれる。
それが向かう先にいるのは、デッド・マリオネットの本体。
しかし死肉の傀儡はそれをひらりと回避して、異常に細い指や体中から大量の糸を出して、姿が見えた接近してきていたモンスターに絡みつかせ、失った分の駒を補充する。
「うぅ……」
「あまり力まない。力を入れすぎると次への行動が遅くなるわよ」
「は、はい!」
流石に十体近くのモンスターを相手にさせるつもりはないので、陰打ちを生成するのと同じ要領で矢を作り、番えて引き絞る。
まずは灯里に一番接近している、長い剣を持ったゴブリンナイトに向かって放つ。
バシュン! という音と共に放たれた矢は瞬く間に美琴とナイトの間にある間合いを食いつぶし、脳天を撃ち抜いて絶命させる。
だがすでにデッド・マリオネットの支配下にあるためか、頭が消し飛んでもなお消滅せずに動き回っている。
やはりあれをどうにかするには、操っている本体を倒すか、あの糸を切るしかないだろう。
しかし糸は魔力で編まれているもので、物理的に切ることは不可能。
「あ、そうだ」
物理で切れないなら、同じ質のもので攻撃すればいいのではと、大分単純な考えだが割といけそうなことを思いつく。
「灯里ちゃん、あの魔力の糸って炎で焼くことってできるかな?」
「い、糸ですか? や、やってみます」
一瞬困惑した様子だが、すぐに察してくれて実行に移す。
「再接続《R》───火焔《B》、形状付与《S》、刃、《B》、射出《I》!」
炎の刃を大量に生成して、それを一斉に打ち出す。
デッド・マリオネットはそれが自分に向かっているものだと思ったのか、まだ生きているモンスターを操って盾にするが、灯里の狙いはそれではない。
炎の刃はモンスターに当たる前に大きく軌道を変えると、巻き着いている糸に触れる。
果たしてどうなるだろうかとしっかりと観察すると、宙に浮いていたモンスターが地面に落下した。
魔力で編まれたものなら術での攻撃に有効だと判明し、地面に落ちたモンスターにまた糸を巻かれる前に矢を番えて、頭を射抜いて消滅させる。
「モンスターの糸は私が後ろからどうにかするから、灯里ちゃんは本体を狙って!」
「はい!」
陰打ちの要領で矢を作るのをやめ、雷そのものを矢にして番える。
矢を射ると同時に複数に分裂させて、モンスターに巻き付く糸を切る。
「恵みを与え 、 破滅を与え、 命を愛おしく育み、命を無慈悲に奪い取る。闇を祓って忘却させ、新たに闇を創造して記憶する!」
素早く呪文を唱えると、杖から螺旋状にすさまじい規模の炎が放たれる。それが向かう先には、糸が切れたモンスター達。
デッド・マリオネットがすぐに支配権を取り戻そうとするが、それよりも早く炎が到達して、地面に落ちたモンスター達が焼き払われる。
駒となるモンスターを失ったデッド・マリオネットは、しかしモンスターよりも灯里の方が優秀だと判断したのか、灯里に向かって糸を伸ばし始める。
いきなり狙われた灯里は動揺したように体を震わせるが、すぐに気を落ち着かせたのか、自分の周囲に炎を展開することで触れられないようにする。
「術式再起動!」
ここからどう進めるのかを見ていると、杖を持っていない右手を前に伸ばしてただ一言発し、先ほどモンスターを焼き払ったのと同じ魔術を即座に起動させる。
魔術についてはからっきし、というか術そのものに疎いのでどういう原理なのかは分からないが、長い呪文を唱えなくても連続して使う方法があるのだろう。
一文字の呪文で再展開された炎の螺旋は、真っすぐデッド・マリオネットに向かっていくが、ひらりと避けられてしまう。
ここは手助けしないほうが灯里の成長にも繋がるだろうが、あまり戦いが長引いて他のモンスターがやってきては面倒だ。
なので再び陰打ちと同じ要領で矢を生成してから番え、移動先を予測して射る。ただし、一発で倒さないように。
弓術なんて数年間まともにやってきていないから上手く行くか少し不安だったが、しっかりと移動先にぴったりと合うように飛んで行き、腕を射抜いて壁に縫い付ける。
「再接続───火焔《B》、成形《F》、弾丸《B》、弾幕《B》、強化《B》、一斉射撃《F》!」
さっと杖の先を突き付けながら呪文を発し、小さな体の周辺に炎の弾丸を数十個生成して、それを一斉に射撃する。
デッド・マリオネットは逃げようともがいたが、神の力の一端を使って作った矢からは逃れられず、放たれた数十もの炎弾に体中を撃ち抜かれてこと切れる。
「お見事。一昨日も思ったけど、灯里ちゃんってかなり精密操作が得意よね」
ぱちぱちと拍手しながら言うと、素直に褒められたと受け取ってくれた灯里は嬉しそうに、そしてちょっぴり恥ずかしそうに頬を赤くしながらにへらと笑みを浮かべる。
「後ろに先輩がいるって思うと、すごく安心します。何かが起きても絶対にカバーしてくれるって言う安心感があって、思い切りできました」
「それは何よりね。さ、この調子でどんどん行きましょうか」
「はい!」
今の一戦で緊張がほぐれたようで、先ほどとは打って変わってはつらつとした元気な返事を返す。
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だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。
それは気にしてない。俺は深入りする気はない。
人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。
だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。
――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。
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