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第一部 第五章 知者の王と雷神
78話 伯爵vs雷神・退魔師 3
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仁一は、ボス戦が始まってからずっと機会を窺っていた。
動きを止める瞬間は何度も見たが、その時ではだめだ。
たった一度で美琴達がピンチになり、自分に従わざるを得なくなるような、そんな瞬間を倒してもキリがないコウモリと戦いながら窺っていた。
そしてついに、その瞬間が訪れた。
ドラキュラが影を広く展開し、その中から赤い目を体中に付けた異形の獣を呼び出し、それを一掃するために美琴が雷薙を上に掲げ、ずっと支配下に置いてあるのであろうダンジョンの空から、雷を落とそうとする。
その瞬間、仁一はたった一度の使い切りの強奪効果が付与された特殊なガラス玉の魔術道具を取り出し、繰り返し配信を観ることで明確にイメージできるようになった雷薙をイメージし、地面に叩き付けて割る。
割れた場所を中心に半径一キロ以内にある、割った人間が具体的にイメージしていたものを、その場所に転送することができる魔術道具、「盗人の強欲」。
攻略開始までの二週間の間に、大枚を叩いて買い取ったそれは、その効果に偽りなく仁一の前に、雷薙を転送する。
目の前に現れた雷薙が地面に落ちる前に掴み、手にかかるその重さと感触が偽りではないと伝え、これで最強の力を手に入れることができたとにやりと笑みを浮かべる。
「ふっ……くっくく……! ふはははははははは! やったぞ! 手に入れた! これで俺が最強だ!」
げらげらと高笑いし、拙い薙刀術でまとわり付いてくるコウモリを叩き斬る。
本で読んだ程度の付け焼刃にもほどがある薙刀術でも、最上呪具であるからか、尋常ではない切れ味で両断する。
離れた場所から的確な指示を出しているマラブが、怒鳴るようにすぐにでも雷薙を美琴に返せと叫ぶが、こうして手に入れた以上返すつもりなど微塵もない。
空すらも支配できる最強の呪具だ。ただ売るだけでも数十億の値段が付くだろうし、オークションにかければもっと値段が吊り上がるだろう。もちろん、どれだけ金や金塊を目の前に積まれようが、この呪具だけは何があっても渡さない。
「散々この俺をコケにしてきた報いだ! だがとりあえずは……そのボスを倒したという偉大な功績は、俺に譲ってもらうぞ、雷電美琴! 雷薙!」
配信の中ではあまり使うことはないが、使うことが滅多にないからこそ繰り返し同じ場面を見て、この呪具の解放条件を理解した。
彼女がやるように、呪具に呪力を流し込みながら名前を叫ぶ。
これでダンジョンの空を支配して、立ち込める雷雲から一撃でボスを葬り去る特大の雷を落とし、ピンチに直面している少女達を助けることで逆らえないようにする。
───はずだった。
「…………は?」
強烈な雷鳴が轟いた。しかし雷が落ちたのではなく、自分のクランをここまで窮地に立たせるきっかけとなった、美琴の体から発せられていた。
それどころか、美琴が名前を開放した時のような輝きは見られないし、雷薙から静電気一つすら発生しない。
一体どういうことだ、どうなっているのだと混乱している間に、膨大な量の雷が左の腰に刀を構えるようにしている両手に収束していき、まるで雷が物質化するように一本の美しい刀が現れた。
♢
「……え?」
ドラキュラが召喚した使い魔の獣を全て一気に倒そうと、雷薙を掲げて神立の雷霆を使おうとした瞬間、相棒の重みが右手から消える。
別にあれがなくとも、空の支配自体は美琴自身の能力の一部なので関係ないが、頼りになる相棒がなくなったことで思考が一瞬だけ鈍る。
「美琴!」
「っ!?」
巨大な黒い犬が、胴体まで裂けるほど大きく顎を開き、鋭利な牙で柔肌を裂き肉を食い千切って喰らおうとするが、美桜が割って入って首を刎ねて体を瞬時に細切れにする。
「助かったわ!」
「構わぬ! じゃがどういうことじゃ? どうして、ぬしの得物が消えた?」
「なんとなく誰が奪ったのかは予想は付くけど、どうやったのかは分からない! 今はそれを考えるよりも、この獣をどうにかしてしまいましょう!」
天井付近を羽ばたいて急降下しながら攻撃してきた鷲をさっと避け、足を掴んでぶん回してばたばたと跳び回るコウモリに向かって投げ飛ばし、衝突させる。
狼が後ろから、細くくびれた腰に噛み付こうとしてくるが、背中の下を通過するように上に跳んで、空中で体を捻りながら頭を殴り潰して着地する。
離れた場所で、聞き覚えのある男性の声が聞こえてくるが、今はそれのことはどうでもいい。
武器がなくても雷一つでどうにでもできてしまうが、三人で連携して戦っている時に思い切り雷を使うと、下手したら巻き込みかねない。
武器がなければ戦いづらくて仕方がないので、仕方がないと体から膨大な量の雷を放出し、それを抜刀術の構えを取った両手に収束させていく。
「陰打ち、抜刀!」
収束させた雷を物質化させ、稲妻の紋様の描かれた鞘に納められた一本の刀をしっかりと握る。
「それが陰打ちか。こうして見ると、恐ろしいほどにエネルギーが凝縮されておるな」
「できるだけ射線上には入らないでね。下手したら消し飛ぶわよ」
「おっかないのう……」
「ダンジョンの壁や地面を抉るほどですからね。そのことを考慮して立ち回りますね」
「お願い。それじゃあ手始めに、邪魔な獣は一気に倒す!」
背後にある四つの一つ巴に雷を蓄積させながら、散開しながら獣達が一か所に集まるように動き回る。
華奈樹は一刀一殺で獣を屠り、美桜は獣が追い付かない速度で加速しながら、的確に首を刎ねて心臓を破壊する。
美琴は陰打ちを振った時に、射線上に人がいない瞬間を狙って振るい、獣とその先にある地面や壁、天井を破壊しながら倒していく。
「面白い武器を使っているな。細く薄いというのに、恐ろしい切れ味だ」
人を巻き込まないようにしていることに気付いたらしいドラキュラは、影を伝って一瞬で美琴に接近してきた。
反射で攻撃を仕掛けようとしたが、その先にコウモリと影から現れた獣と戦っている人達がおり、動きを止める。
にたりと不気味な笑みを浮かべるが、雷鳴を一つ残して後ろに回り込んで、左わきに構えた陰打ちを右上に向かって振り抜く。
体の構造を無視したように体を無茶な方向に逸らして躱され、その一閃はその先にある壁に深々と裂傷を刻むだけだった。
「見たところ、さっきまで使っていた雷を全てその武器の形に落とし込んでいるようだな。これでようやく、耳に響く落雷がなくなるのか」
ドラキュラはそう言って少し嬉しそうにするが、諸願七雷が封印から美琴の強化と本質が変わったこともあり、七鳴神まで開放しなくても陰打ちを出したままで雷を使える。
そんなことを知るのは今のところ美琴くらいなので、ここぞという瞬間まで雷は使わないでおくことにする。
鋭く刀を振るっては躱されるが、武器での攻撃を止めて左足で回し蹴りを繰り出し受け止められ、その時だけは巻き込まれる心配のない華奈樹が音もなく間合いを詰め、背後から突きを放つ。
「見えているぞ、小娘」
しかしふっと霧に変わられてしまい、勢い余って美琴の方に向かってくるが、寸前で急制動をかけて停止し、体を捻りながら振り返って鋭く水平に薙ぎ払う。
斬ったのは霧ではあったが、霧であってもドラキュラであることに変わりはなく、華奈樹の魔眼の効果で傷を付けられたらしい。
ゆらりと大きく揺らめいて少しだけ離れた場所で、腹部を深く切られたドラキュラが元に戻る。
「黍嵐!」
ぼたぼたと赤黒い血を地面に流しながら、嬉しそうに口元を歪ませていると、暴風のような速度で駆け抜け、嵐のように荒々しい剣戟を叩き込む美桜。
首が刎ねられ、両手足は体からそぎ落とされ、地面を転がった頭も三枚に下ろされる。
しかし死なない。
「いいぞ……実にいい……! 血沸き肉躍るとはこのことか! 確実に殺しにくる魔眼持ち、底知れぬ何かを魂に持つ小娘、そして雷神バアルゼブル。戦いを楽しむにはもってこいな、最高な相手だ!」
影の中からもう一つ、両手剣を取り出して左手で掴み、軽い枝のように軽々と振り回す。
その大きさと吸血鬼の怪力と合わさって剣風が起き、髪が少し空を遊ぶ。
「───後ろは黒、先は白。私の道は私の色。黒は染まらず、変えられない。白は染まり、広がり続ける。だから描こう、私の色で。白いキャンバスの行く末は私次第」
離れた場所にいるというのに、やけに明瞭に聞こえたマラブの声。紡ぐ言葉はまるでなにかの詩のように聞こえたが、強烈な力の脈動を感じ、それに強烈な既視感を感じて、これは一体どういうことだと振り返る。
「ここからは私から目を逸らさせはしないぞ!」
『ドラキュラが飛び込んできて、右の剣を垂直に振り下ろしてくる』。
……という言葉が、直接頭の中に書き込まれたかのように浮かぶ。
それに従って半身になると、その通りに右の剣が真っすぐに振り下ろされてきた。
今のは一体何なのだろうかと不思議に思うが、今の一回で自分に味方するものだと判断し、極力頭の中に浮かぶ短い指示に従って行動する。
『後ろに下がって左の薙ぎ払いを避ける』『追撃の右の突きを弾いて、首を狙って攻撃を仕掛ける』『霧になって避けられるが、華奈樹がダメージを与えるから深追いしない』『三秒後に人の姿になるから、タイミングを見計らって刀を振って』『斬撃は体を通り抜けるが、直後に美桜が斬り付ける』『彼女の方に意識が向くから、最短距離で最速で踏み込んで突きを放って』
ドラキュラの方を向くと、一斉に同じタイミングでたくさんの指示がなだれ込んでくる。
最初の攻撃は、右から左への左の剣の薙ぎ払い。
それを後ろに下がることで回避し、追いかけるように放たれてきた右の剣の突きを、下から陰打ちで弾いて破壊し、振り上げた刀で首を狙う。
霧になって回避されるが指示通りに深追いはせず、最高のタイミングで華奈樹が兼定を振るってダメージを与える。
それから三秒後に人になるというので待っていると、確かに人に戻りつつあったので、元通りになった瞬間を狙って三日月を描くように鋭く振るう。
完全に人の姿に戻ったが、攻撃されることは予想済みだったようで体を斬撃がすり抜けていくが、ドラキュラの背後にある玉座が破壊されると同時に、その陰から美桜が姿を見せて逆袈裟に斬り付けて血を流させる。
「ハッハハ!」
ぐりん、と振り向いたドラキュラが腕を妙な方向に曲げながら美桜に両手剣を振り下ろすが、真っすぐ最高速度で踏み込んで、心臓を狙って突きを放つ。
手応えはなかったが、すぐに離れて美桜に当たらないように陰打ちを振るい、壁に一文字の裂傷を刻む。
「頭の中に妙なものが流れ込んできたものじゃな」
「美桜もですか」
「私もよ。すごく変な感じ」
ドラキュラが影の中に潜り込み、美琴達三人は集まって背中を合わせる。
そこで美桜が不思議そうに言い、華奈樹は自分だけではなかったのだなと、少し安心したような声を出す。
どうやらあの声のようなものは三人にも聞こえていたようで、美琴も自分だけの謎の幻聴とかじゃなくてよかったと、安心したように息を吐く。
「とりあえず、この指示に従いましょう。指示した通りのことが起きているし」
「そうですね。怪しくはありますけど、これに従うのが効率的です」
「気味が悪くて仕方がないがのう。これは何なのじゃろう……なっ!」
影に潜ったドラキュラがどこから攻撃をしてくるのか警戒していると、三人が背中を合わせている影から出てきて、両手剣を振るってくる。
出てきた直後にそこから弾けるように離れ、美琴が先に動く。
どのように立ち回り、どのように刀を振るえば攻撃が当たらないかは把握しており、ドラキュラに攻撃を仕掛けるついでにコウモリだけを巻き込んで後方組を手助けする。
獣達は華奈樹と美桜が数を減らしていっており、後方組に行かないようにとどめてくれている。
「先ほどからやたらと強い気配をそれから感じるが、使わないのか!? それを使ってはくれないのか!?」
蓄積が完了したのでこれの使いどころはいつなのだろうかと見計らっていると、頭の中に指示が出るのとほぼ同じタイミングで、ドラキュラが狂喜に満ちた笑みを浮かべながら言う。
それを聞いた瞬間、美桜と華奈樹がドラキュラの方に走ってきて、振り向きざまに影をまとわせた両手剣を大きく薙ぎ払うが、美桜がそれを上に受け流しながら華奈樹が体を深く斬り付け、そのまま通り過ぎながら美琴の背後に回る。
陰打ちを納刀した美琴は、四つ金輪巴から雷のエネルギーを一滴余さず陰打ちに乗せ、腰を深く落として構える。
「諸願七雷・御雷一閃!」
超超高速抜刀術を放ち、影から召喚された異形の獣達、美琴の前方にある地面、玉座に上る階段と玉座があった場所、そしてその先にある壁とさらにその先にあるダンジョン内物質が丸ごと消滅する。
その一閃に飲まれたドラキュラは、原理不明な回避方法を使うことで躱されるが、それで勝利が決定した。
ゆらりと、後ろから黒い影が前に出る。
しっかりと見ているのに、世界と溶け込んでしまっていると認識して上手く目視できない華奈樹が、鞘に納めた兼定の柄に手を添えて接近する。
「今のは中々いい攻撃だったぞ! さあ、次はどんなものを見せてくれる!?」
武器を失ったドラキュラは影から特大の大剣を取り出して、それを大きく振りかざして。華奈樹の頭目がけて振り下ろす。
美琴はそれを、雷を放つことで粉砕し、華奈樹の邪魔をできなくする。
「秘剣───万祓い」
鯉口を切る音が鳴り、その剣の名前を宣言すると同時に、振り抜いたという結果が先に現れ、後を追うように刀が通った場所にあるものを斬るという原因が現になる。
体を両断されたドラキュラは、しかしその体を崩壊させずに苦悶に満ちた顔をする。
歯を強く食いしばったドラキュラが華奈樹に殴りかかり、それを柄で防いで殴り飛ばされるが、入れ替わるように美琴が飛び出して雷の杭を作り、雷鳴が響くのと同時に心臓にそれを突き刺した。
「が、は……!?」
弱点である心臓を、雷で作ったものとはいえ杭で潰され、目を大きく見開くドラキュラ。
「よもや……、こうして心臓に杭を突き立てられるとは……。だが、実にいい時間であったぞ、魔神バアルゼブル……」
それだけ言い、ドラキュラの体は瞬く間に灰のように染まっていき、ざらざらと崩れ落ちていく。
残されたのは、深層ボスにしては拳大程度の小さなものだが、下層のものとは比べ物にならないほど品質のいい核石と、鋭い牙一本だけだった。
動きを止める瞬間は何度も見たが、その時ではだめだ。
たった一度で美琴達がピンチになり、自分に従わざるを得なくなるような、そんな瞬間を倒してもキリがないコウモリと戦いながら窺っていた。
そしてついに、その瞬間が訪れた。
ドラキュラが影を広く展開し、その中から赤い目を体中に付けた異形の獣を呼び出し、それを一掃するために美琴が雷薙を上に掲げ、ずっと支配下に置いてあるのであろうダンジョンの空から、雷を落とそうとする。
その瞬間、仁一はたった一度の使い切りの強奪効果が付与された特殊なガラス玉の魔術道具を取り出し、繰り返し配信を観ることで明確にイメージできるようになった雷薙をイメージし、地面に叩き付けて割る。
割れた場所を中心に半径一キロ以内にある、割った人間が具体的にイメージしていたものを、その場所に転送することができる魔術道具、「盗人の強欲」。
攻略開始までの二週間の間に、大枚を叩いて買い取ったそれは、その効果に偽りなく仁一の前に、雷薙を転送する。
目の前に現れた雷薙が地面に落ちる前に掴み、手にかかるその重さと感触が偽りではないと伝え、これで最強の力を手に入れることができたとにやりと笑みを浮かべる。
「ふっ……くっくく……! ふはははははははは! やったぞ! 手に入れた! これで俺が最強だ!」
げらげらと高笑いし、拙い薙刀術でまとわり付いてくるコウモリを叩き斬る。
本で読んだ程度の付け焼刃にもほどがある薙刀術でも、最上呪具であるからか、尋常ではない切れ味で両断する。
離れた場所から的確な指示を出しているマラブが、怒鳴るようにすぐにでも雷薙を美琴に返せと叫ぶが、こうして手に入れた以上返すつもりなど微塵もない。
空すらも支配できる最強の呪具だ。ただ売るだけでも数十億の値段が付くだろうし、オークションにかければもっと値段が吊り上がるだろう。もちろん、どれだけ金や金塊を目の前に積まれようが、この呪具だけは何があっても渡さない。
「散々この俺をコケにしてきた報いだ! だがとりあえずは……そのボスを倒したという偉大な功績は、俺に譲ってもらうぞ、雷電美琴! 雷薙!」
配信の中ではあまり使うことはないが、使うことが滅多にないからこそ繰り返し同じ場面を見て、この呪具の解放条件を理解した。
彼女がやるように、呪具に呪力を流し込みながら名前を叫ぶ。
これでダンジョンの空を支配して、立ち込める雷雲から一撃でボスを葬り去る特大の雷を落とし、ピンチに直面している少女達を助けることで逆らえないようにする。
───はずだった。
「…………は?」
強烈な雷鳴が轟いた。しかし雷が落ちたのではなく、自分のクランをここまで窮地に立たせるきっかけとなった、美琴の体から発せられていた。
それどころか、美琴が名前を開放した時のような輝きは見られないし、雷薙から静電気一つすら発生しない。
一体どういうことだ、どうなっているのだと混乱している間に、膨大な量の雷が左の腰に刀を構えるようにしている両手に収束していき、まるで雷が物質化するように一本の美しい刀が現れた。
♢
「……え?」
ドラキュラが召喚した使い魔の獣を全て一気に倒そうと、雷薙を掲げて神立の雷霆を使おうとした瞬間、相棒の重みが右手から消える。
別にあれがなくとも、空の支配自体は美琴自身の能力の一部なので関係ないが、頼りになる相棒がなくなったことで思考が一瞬だけ鈍る。
「美琴!」
「っ!?」
巨大な黒い犬が、胴体まで裂けるほど大きく顎を開き、鋭利な牙で柔肌を裂き肉を食い千切って喰らおうとするが、美桜が割って入って首を刎ねて体を瞬時に細切れにする。
「助かったわ!」
「構わぬ! じゃがどういうことじゃ? どうして、ぬしの得物が消えた?」
「なんとなく誰が奪ったのかは予想は付くけど、どうやったのかは分からない! 今はそれを考えるよりも、この獣をどうにかしてしまいましょう!」
天井付近を羽ばたいて急降下しながら攻撃してきた鷲をさっと避け、足を掴んでぶん回してばたばたと跳び回るコウモリに向かって投げ飛ばし、衝突させる。
狼が後ろから、細くくびれた腰に噛み付こうとしてくるが、背中の下を通過するように上に跳んで、空中で体を捻りながら頭を殴り潰して着地する。
離れた場所で、聞き覚えのある男性の声が聞こえてくるが、今はそれのことはどうでもいい。
武器がなくても雷一つでどうにでもできてしまうが、三人で連携して戦っている時に思い切り雷を使うと、下手したら巻き込みかねない。
武器がなければ戦いづらくて仕方がないので、仕方がないと体から膨大な量の雷を放出し、それを抜刀術の構えを取った両手に収束させていく。
「陰打ち、抜刀!」
収束させた雷を物質化させ、稲妻の紋様の描かれた鞘に納められた一本の刀をしっかりと握る。
「それが陰打ちか。こうして見ると、恐ろしいほどにエネルギーが凝縮されておるな」
「できるだけ射線上には入らないでね。下手したら消し飛ぶわよ」
「おっかないのう……」
「ダンジョンの壁や地面を抉るほどですからね。そのことを考慮して立ち回りますね」
「お願い。それじゃあ手始めに、邪魔な獣は一気に倒す!」
背後にある四つの一つ巴に雷を蓄積させながら、散開しながら獣達が一か所に集まるように動き回る。
華奈樹は一刀一殺で獣を屠り、美桜は獣が追い付かない速度で加速しながら、的確に首を刎ねて心臓を破壊する。
美琴は陰打ちを振った時に、射線上に人がいない瞬間を狙って振るい、獣とその先にある地面や壁、天井を破壊しながら倒していく。
「面白い武器を使っているな。細く薄いというのに、恐ろしい切れ味だ」
人を巻き込まないようにしていることに気付いたらしいドラキュラは、影を伝って一瞬で美琴に接近してきた。
反射で攻撃を仕掛けようとしたが、その先にコウモリと影から現れた獣と戦っている人達がおり、動きを止める。
にたりと不気味な笑みを浮かべるが、雷鳴を一つ残して後ろに回り込んで、左わきに構えた陰打ちを右上に向かって振り抜く。
体の構造を無視したように体を無茶な方向に逸らして躱され、その一閃はその先にある壁に深々と裂傷を刻むだけだった。
「見たところ、さっきまで使っていた雷を全てその武器の形に落とし込んでいるようだな。これでようやく、耳に響く落雷がなくなるのか」
ドラキュラはそう言って少し嬉しそうにするが、諸願七雷が封印から美琴の強化と本質が変わったこともあり、七鳴神まで開放しなくても陰打ちを出したままで雷を使える。
そんなことを知るのは今のところ美琴くらいなので、ここぞという瞬間まで雷は使わないでおくことにする。
鋭く刀を振るっては躱されるが、武器での攻撃を止めて左足で回し蹴りを繰り出し受け止められ、その時だけは巻き込まれる心配のない華奈樹が音もなく間合いを詰め、背後から突きを放つ。
「見えているぞ、小娘」
しかしふっと霧に変わられてしまい、勢い余って美琴の方に向かってくるが、寸前で急制動をかけて停止し、体を捻りながら振り返って鋭く水平に薙ぎ払う。
斬ったのは霧ではあったが、霧であってもドラキュラであることに変わりはなく、華奈樹の魔眼の効果で傷を付けられたらしい。
ゆらりと大きく揺らめいて少しだけ離れた場所で、腹部を深く切られたドラキュラが元に戻る。
「黍嵐!」
ぼたぼたと赤黒い血を地面に流しながら、嬉しそうに口元を歪ませていると、暴風のような速度で駆け抜け、嵐のように荒々しい剣戟を叩き込む美桜。
首が刎ねられ、両手足は体からそぎ落とされ、地面を転がった頭も三枚に下ろされる。
しかし死なない。
「いいぞ……実にいい……! 血沸き肉躍るとはこのことか! 確実に殺しにくる魔眼持ち、底知れぬ何かを魂に持つ小娘、そして雷神バアルゼブル。戦いを楽しむにはもってこいな、最高な相手だ!」
影の中からもう一つ、両手剣を取り出して左手で掴み、軽い枝のように軽々と振り回す。
その大きさと吸血鬼の怪力と合わさって剣風が起き、髪が少し空を遊ぶ。
「───後ろは黒、先は白。私の道は私の色。黒は染まらず、変えられない。白は染まり、広がり続ける。だから描こう、私の色で。白いキャンバスの行く末は私次第」
離れた場所にいるというのに、やけに明瞭に聞こえたマラブの声。紡ぐ言葉はまるでなにかの詩のように聞こえたが、強烈な力の脈動を感じ、それに強烈な既視感を感じて、これは一体どういうことだと振り返る。
「ここからは私から目を逸らさせはしないぞ!」
『ドラキュラが飛び込んできて、右の剣を垂直に振り下ろしてくる』。
……という言葉が、直接頭の中に書き込まれたかのように浮かぶ。
それに従って半身になると、その通りに右の剣が真っすぐに振り下ろされてきた。
今のは一体何なのだろうかと不思議に思うが、今の一回で自分に味方するものだと判断し、極力頭の中に浮かぶ短い指示に従って行動する。
『後ろに下がって左の薙ぎ払いを避ける』『追撃の右の突きを弾いて、首を狙って攻撃を仕掛ける』『霧になって避けられるが、華奈樹がダメージを与えるから深追いしない』『三秒後に人の姿になるから、タイミングを見計らって刀を振って』『斬撃は体を通り抜けるが、直後に美桜が斬り付ける』『彼女の方に意識が向くから、最短距離で最速で踏み込んで突きを放って』
ドラキュラの方を向くと、一斉に同じタイミングでたくさんの指示がなだれ込んでくる。
最初の攻撃は、右から左への左の剣の薙ぎ払い。
それを後ろに下がることで回避し、追いかけるように放たれてきた右の剣の突きを、下から陰打ちで弾いて破壊し、振り上げた刀で首を狙う。
霧になって回避されるが指示通りに深追いはせず、最高のタイミングで華奈樹が兼定を振るってダメージを与える。
それから三秒後に人になるというので待っていると、確かに人に戻りつつあったので、元通りになった瞬間を狙って三日月を描くように鋭く振るう。
完全に人の姿に戻ったが、攻撃されることは予想済みだったようで体を斬撃がすり抜けていくが、ドラキュラの背後にある玉座が破壊されると同時に、その陰から美桜が姿を見せて逆袈裟に斬り付けて血を流させる。
「ハッハハ!」
ぐりん、と振り向いたドラキュラが腕を妙な方向に曲げながら美桜に両手剣を振り下ろすが、真っすぐ最高速度で踏み込んで、心臓を狙って突きを放つ。
手応えはなかったが、すぐに離れて美桜に当たらないように陰打ちを振るい、壁に一文字の裂傷を刻む。
「頭の中に妙なものが流れ込んできたものじゃな」
「美桜もですか」
「私もよ。すごく変な感じ」
ドラキュラが影の中に潜り込み、美琴達三人は集まって背中を合わせる。
そこで美桜が不思議そうに言い、華奈樹は自分だけではなかったのだなと、少し安心したような声を出す。
どうやらあの声のようなものは三人にも聞こえていたようで、美琴も自分だけの謎の幻聴とかじゃなくてよかったと、安心したように息を吐く。
「とりあえず、この指示に従いましょう。指示した通りのことが起きているし」
「そうですね。怪しくはありますけど、これに従うのが効率的です」
「気味が悪くて仕方がないがのう。これは何なのじゃろう……なっ!」
影に潜ったドラキュラがどこから攻撃をしてくるのか警戒していると、三人が背中を合わせている影から出てきて、両手剣を振るってくる。
出てきた直後にそこから弾けるように離れ、美琴が先に動く。
どのように立ち回り、どのように刀を振るえば攻撃が当たらないかは把握しており、ドラキュラに攻撃を仕掛けるついでにコウモリだけを巻き込んで後方組を手助けする。
獣達は華奈樹と美桜が数を減らしていっており、後方組に行かないようにとどめてくれている。
「先ほどからやたらと強い気配をそれから感じるが、使わないのか!? それを使ってはくれないのか!?」
蓄積が完了したのでこれの使いどころはいつなのだろうかと見計らっていると、頭の中に指示が出るのとほぼ同じタイミングで、ドラキュラが狂喜に満ちた笑みを浮かべながら言う。
それを聞いた瞬間、美桜と華奈樹がドラキュラの方に走ってきて、振り向きざまに影をまとわせた両手剣を大きく薙ぎ払うが、美桜がそれを上に受け流しながら華奈樹が体を深く斬り付け、そのまま通り過ぎながら美琴の背後に回る。
陰打ちを納刀した美琴は、四つ金輪巴から雷のエネルギーを一滴余さず陰打ちに乗せ、腰を深く落として構える。
「諸願七雷・御雷一閃!」
超超高速抜刀術を放ち、影から召喚された異形の獣達、美琴の前方にある地面、玉座に上る階段と玉座があった場所、そしてその先にある壁とさらにその先にあるダンジョン内物質が丸ごと消滅する。
その一閃に飲まれたドラキュラは、原理不明な回避方法を使うことで躱されるが、それで勝利が決定した。
ゆらりと、後ろから黒い影が前に出る。
しっかりと見ているのに、世界と溶け込んでしまっていると認識して上手く目視できない華奈樹が、鞘に納めた兼定の柄に手を添えて接近する。
「今のは中々いい攻撃だったぞ! さあ、次はどんなものを見せてくれる!?」
武器を失ったドラキュラは影から特大の大剣を取り出して、それを大きく振りかざして。華奈樹の頭目がけて振り下ろす。
美琴はそれを、雷を放つことで粉砕し、華奈樹の邪魔をできなくする。
「秘剣───万祓い」
鯉口を切る音が鳴り、その剣の名前を宣言すると同時に、振り抜いたという結果が先に現れ、後を追うように刀が通った場所にあるものを斬るという原因が現になる。
体を両断されたドラキュラは、しかしその体を崩壊させずに苦悶に満ちた顔をする。
歯を強く食いしばったドラキュラが華奈樹に殴りかかり、それを柄で防いで殴り飛ばされるが、入れ替わるように美琴が飛び出して雷の杭を作り、雷鳴が響くのと同時に心臓にそれを突き刺した。
「が、は……!?」
弱点である心臓を、雷で作ったものとはいえ杭で潰され、目を大きく見開くドラキュラ。
「よもや……、こうして心臓に杭を突き立てられるとは……。だが、実にいい時間であったぞ、魔神バアルゼブル……」
それだけ言い、ドラキュラの体は瞬く間に灰のように染まっていき、ざらざらと崩れ落ちていく。
残されたのは、深層ボスにしては拳大程度の小さなものだが、下層のものとは比べ物にならないほど品質のいい核石と、鋭い牙一本だけだった。
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