妄想女医・藍原香織の診察室

Piggy

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迷走編

37-1話【daily work】渡辺 弘 63歳:ハプニング(藍原編)①

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 外来を終えて病棟へ上がる。研修医がいないと、午前中に入院患者を診る医師がいなくなっちゃうから、ナースからの申し送りは、ナースステーションのホワイトボードに書かれている。一通り確認して指示出しをしていると、楓ちゃんが近寄ってきた。

「先生、その後、どうですか?」
「どうって、何が?」
「イレウスの渡辺さんですよぅ。現場、押さえました?」

 うきうきした様子の楓ちゃん。本当に、そういう話が好きなんだから。

「それがね、まだなのよ。いくら個室でやりたい放題といってもねぇ、あたしだけじゃなくて、ナースや掃除の人もしょっちゅう出入りするから、そうそうコトには及べないでしょ。それにあたしだってね、現場に遭遇したい気持ちは山々だけど、ノックしないでいきなり突入するわけにもいかないし。そうすると、たとえ最中だったとしても、まあ、取り繕うわよねぇ……」
「それにしても、うらやましいですねえ。あんなにきれいな秘書さんと、あんなに美人な奥さんと、もう60代なのに現役でモテモテで」

 楓ちゃん、なぜか男目線?

「でも渡辺さん、奥さんとは何だか冷めてる、みたいなこといってたわよ? 奥さん、自分磨きで忙しい、って。さっきも、相変わらずツヤツヤの髪の毛をきれいに巻いて、バッチリメイクで来てたし」
「え、あんなにきれいな奥さんなのに、冷めちゃってるんですか? もったいない……っていうか、今日、奥さん来てるんですか?」
「ええ、さっき病棟に上がってくるときに、見かけたわよ」
「え……でもあたし、今日秘書さんが病室にいるの、見ましたけど。まだ帰ってないと思いますよ」
「え?」

 楓ちゃんと、顔を見合わせる。そのとき。

「ひあああああっ!!」

 甲高い男性の叫び声が聞こえた。一人部屋のほうからだ。ということは……。
 あたしは楓ちゃんとダッシュで渡辺さんの病室に向かった。

「どうしました!?」

 ガラッと扉を開けると、そこには。
 ベッドの上の渡辺さんと、秘書の倉科さんと、奥さんの美余さん。三人が揃っていた。渡辺さんは真っ青な顔で奥さんを見つめていて、奥さんは……右手に、果物ナイフを握っていた。

「なななな何事ですかっ!?」

 あたしまで声が裏返ってしまう。果物ナイフは渡辺さんに向けられてて、美余さんは鬼の形相だ。倉科さんはというと、渡辺さんのすぐ横、個室トイレの扉の前あたりで、鞄を抱えたままおろおろしている。……ん? よぉく見ると、倉科さんの胸元、ちょっとはだけてない? ブラウスのボタンが上から3個目まで外れていて、ピンクのブラがちょっと見えてる。スーツのジャケットも締まってないし……ははーん、これは、まさに! 情事の最中って感じね!? そこに、美余さんが……?

「せ、先生……っ、ちょっとちょっと!」

 楓ちゃんが後ろから小声であたしに囁く。促されて見ると……きゃあああ!? わ、わ、渡辺さん……! あなたの大事な宝物が、もろ出しよ!? すっかり怯えて縮こまったあなたの神器がっ、ずり下がった病衣から、申し訳なさそうに顔を出しているわ!? ま、まさに真っ最中に美余さんが突入しちゃったわけ!?

「み、美余、落ち着かないか……っ!」

 渡辺さんが、美余さんを凝視したままズボンを上げようと手をかけた途端に、美余さんがナイフを前へ突き出した。

「動かないでっていってるでしょ! あなたの汚らわしいそいつをっ、切り取ってやるんだから!!」

 ひえええええっ!! そ、そういう展開!?

「か、楓ちゃんっ、3000番!」
「ハイッ」

 楓ちゃんがダッシュで病室を出て、電話をかける。3000番は、院内防災センター直通のホットライン。暴力事件とかが院内で発生したときにかけると、警備員が駆けつけてくれる。警備員が来るまでは、あ、あたしが、何とかしなきゃいけないわよね……!?

「えっと、奥様、とりあえず落ち着きましょうか! 何があったのか、話を聞かせてもらえませんかね……?」

 そう、まずは時間稼ぎよ! おしゃべりをさせて、時間稼ぎ。

「話さなくたってわかるでしょう!? 夫がっ、この女と! この女と……ッ!!」
「そ、そうですよね、いわなくてもわかりますよね」

 ああっ、いけない、ここで同意しちゃったら話が終わっちゃうわ!

「で、でも、だからってナイフとか、あ、アレを切り取るとか、それはちょっとやりすぎなのでは……?」
「先生! あなただったら許せるんですか!? この男は、私が来ない日には必ず秘書を呼んで、この個室でイチャイチャと……汚らわしいっ! それも! よりにもよって、この女に挿れたモノをっ、私に舐めさせてっっ!!」
「えええっ!? それ、ホントですか!? 今日ですか!? 挿れた直後のモノをですか!?」

 そっ、それはいくらなんでもやりすぎだわ! 思わずナイフを掴んでしまう気持ちもわからなくもない……。

「ち、違うだろう美余! お、おまえが勝手に咥えてきたんだろう! それに私はっ、今日は倉科くんには挿れていないッ!」

 ひゃああ、なにこの痴話喧嘩!? そうとうな内容になってますけど!? それに渡辺さん、さりげなく墓穴掘ってますけど!?

「同じことよ!! 私があなたとの関係を修復しようと努力している間、あなたはよりにもよって、こんなっ、エロ女と! 馬鹿にするにもいい加減にして!」

 叫びながら、今度はナイフを倉科さんに向ける。倉科さんはびくーんと体をこわばらせた。

「お、奥様、も、申し訳ございません」
「謝って済むなら警察はいらないのよッ! あなたはクビよっ!」
「お、恐れながら奥様、私を解雇する権利があるのは、社長でして……」

 うわっ、ここで反論する!? すごい度胸ね、この秘書……。

「み、美余、彼女は実に優秀な秘書なんだ、クビとかそういうのはひとまず置いておいて、ナイフを、置かないか」

 うわあ、社長も社長ね、この期に及んでまだ秘書を手放さないわけ!? 火に油じゃないの!

「やっぱり! あなたは私なんかよりこのメス豚が大事なのね! 赦さないわ! 二度とこの女とできないようにしてやる――!!」

 美余さんがナイフを振り上げる。渡辺さんの叫び声が響いて、あたしは思わず目を塞いだ――そのとき。
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