妄想女医・藍原香織の診察室

Piggy

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妄想編

39話【conference in Hukuoka (day 1)】西 克彦:ホテル(西編)

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 あぁ、まいった。久しぶりに結子と会って、寝不足なのについ遅くまで酒を飲んでいたら、こんなことに……。目が乾いてコンタクトレンズを落とすなど、何年ぶりの失態だろう。とにかく無事部屋にたどり着かねば……。
 紙一重くらいの距離までエレベーターのボタンに近づき、何とか20階を押す。部屋は確か、左に曲がって二つ目の……。

 カチッカチッ。ピー、ピー。

 くそっ、どうしてエラーなんだ。カードの裏表が逆か? すでに開いているのか?

 ガチャガチャ。

 3度目くらいで、やっと開いた。

「はあ、やっと開いたか」

 よかった、何とか部屋に入れたぞ。あとは眼鏡をかければ……

「……あの、西先生、どうかされましたか?」

 !!! なんだっ、どうして背後で女の声がするのだ!? 

「内科の藍原ですけど」

 びっくりして飛びずさってしまった私に、女がそういった。藍原……? ああ、あの、今日西園寺と一緒にいた女医か! ど、どうして私の部屋に……いや、そうじゃなくて、ここはその女医の部屋なのか!? なんていうことだ、こんな夜中に間違いとはいえ若い女の部屋へ入ってしまうとは……!
 完全にぼやけて白と茶色が混ざり合っているだけの世界に、確かに微妙にうごめく影がある。私はその影に向かってひたすら謝りながら事情を説明した。

「すぐ出ますので」

 問題になる前にさっさと退散しよう――

 ゴン!

 うお、壁にぶつかった! ダメだ、どこがドアかもわからない……!

「部屋までお連れしましょうか?」

 ああ、同情的な藍原先生の声が背後で聞こえる……。し、仕方がない。幸いこんな無礼なことをしてしまった私に怒るそぶりも見せないこの先生に、頼ってしまうほかはないか。
 藍原先生が、私の手を握った。……柔らかくて小さくて、温かい手だ。女性の手を握るなど、いつぶりだろうか。私よりだいぶ年下だからだろうか、気分も害さずにずいぶんと親切に案内してくれる。

「すみません、眼鏡もとってもらっていいですか」

 この際、甘えてしまおう。

「はい、どうぞ」

 助かった、何やらうごめく影のほうに近づいて、これを受け取って……

「うわっ!?」

 一歩踏み出した瞬間、何かを踏んずける。

「きゃあっ」

 女性の悲鳴がして、私は何かにつまづくようにバランスを崩した。あ、藍原先生にぶつかったのか!? 危ない、これはっ、完全にコケる――!
 真っ白にぼやけた世界に向かって、両手を伸ばす。床に倒れるかと思いきや、予想よりずいぶん早いタイミングで両手に何かが触れて……

 むぎゅ。

 ……むぎゅ? むぎゅ、とは何だ? これは明らかに床ではなくて、これは……こ、この感触は……!! この、絶妙に柔らかいウォーターベッドのような弾力、そして手のひらからこぼれ出るようなこの大きさ、さらには、ウォーターベッドにはあり得ない、このぬくもり……!! これ、は……!!

「あああっ、こ、これは、大変、失礼しました、あの、本当に……っ」

 まずい! これはまずすぎる! これは完全にラッキーエロを狙ったセクハラテロではないか! わ、私としたことがっ、女性に対してこんな失態を……!

「に、西先生、大丈夫です! 今のは枕ですよ!? ホテルの、ふわふわの枕! 全っっ然大丈夫です、まったく問題ありません!」
「……え?」

 藍原先生の必死の声がする。何? 枕、だと……? このホテルには、あんなに完璧な弾力の枕が備え付けてあるのか? そうか、独り身の男を慰めるための、気の利いた備品が……シティホテルなのに、なんと粋な計らいなのか。

「ほ、ほら、枕です枕!」

 ん……? いや、確かにふわふわの枕だが、さっき触ったものとは、ちょっと違うような……。弾力が、明らかに足りないような……。むむ、ダメだ、これ以上詮索してはダメだ! これ以上の深入りは危険だと、私の大脳新皮質が叫んでいる!

「ささっ、眼鏡はこちらです!」

 渡されたものを何とか顔にかけると、一気に焦点が合った。……確かに、目の前に、あのときの女医がいる。ちょっと印象が違う気がするのは、化粧を落としたせいか。ほんのりと顔を赤らめて、私を見つめている。さきほどと違って髪の毛を下ろし、洋服は……洋服は! 前で交差するタイプの、ホテル備え付けの薄手のガウンが……っ、交差が、甘いっ! 甘すぎるぞ、甘すぎて、胸の谷間が……ああっ、今にもポロリしそうだ……! まずい、これはまずいぞ、私の大脳辺縁系が、新皮質を凌駕しようとしている……!

「あっ、ではっ、失礼いたします! お大事にしてくださいっ! 違う、おやすみなさいっ!」

 あわててガウンの交差を正すと、藍原先生は逃げるようにして部屋を出ていった。
 ……助かった。出て行ってくれて、助かった……。
 右手の甲で、額の汗をぬぐう。

 ……。

 思わず、右の手のひらの匂いを嗅ぐ。……甘い香りが、した。
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