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半妖の千里~衛人~(1-1)
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それは七月の半ば。梅雨が明け、太陽の日差しが強まった夏の日のことだった。
衛人は東京の自宅から、愛車を走らせ、栃木県の北部に位置する那須高原に向かっていた。愛車は四駆のSUV型軽自動車。少し古い型だが、走行距離はまだまだ走れる程度だし、なにより、アウトドアに向いた雰囲気をまとうカーキ色が気に入っている。
その愛車で、外環自動車道、東北道を走り続ける。その距離、実に180キロ。長いこと走った東北道を、栃木県内の那須インターチェンジから出て、一般道へ下りる。
最初の交差点で赤信号につかまったのをいいことに、衛人は窓をほんの少しだけ開けた。涼しい風が入ってくる。太陽に照りつけられたアスファルトの上にいるとは思えない、木々や土、苔の匂いをふんだんに含んだ、この匂いが好きだ。さっき木々の葉から吐き出されたばかりとも思える、新鮮なこの空気を吸い込んだ途端に、体の中まで澄み切っていくような心地がする。
「はぁ、生き返るー……」
そんなひとり言を呟き、交差点を曲がり、また愛車を走らせる。行けども行けども、道の両側には木々が生い茂っていた。だが、その先で視界が開けて、衛人は笑みをこぼす。今日はいい日だ。正面に茶臼岳がよく見えている。
よく晴れた日であっても、山頂付近にはガスが出て雲がかかることは珍しくもないのだが、今日はてっぺんまでよく見渡せる。雲が白い。空が青い。どうやらこの辺りも梅雨明けしたようだ。「ツイてる」と衛人はまた、ひとり言を呟いた。
この山道を二十分ほど上った先の、集落のはずれ。そこに祖父、徳治の家がある。――といっても、もう徳治は亡くなっていて、ついこの前、一周忌が終わったばかりだった。彼が長く暮らしていた家には、まだ遺品もかなり残されている状態だ。衛人は今日、多忙な父、藤治に代わって、その片付けと掃除をしに向かっている。
職場には数日前に退職届を出したばかりだった。今回は夏休みの代わりに、有休消化を目的とした休暇をもらっている。これから十日間、亡き徳治との思い出に浸りながらの、片付け休暇だ。
じいちゃん、勝手に家の中いじったら怒りそうだなぁ……。
そんなことを考えながら、しかし、やらねばならない、と思い直す。徳治はとてつもないガンコ者として知られていた。衛人にだけは特別優しかったが、息子である父、藤治や、叔母の早苗の言うことをまったく聞かず、ちょっとしたことで怒って、怒鳴り声を上げることも多かった。
病院と薬が大嫌いで、具合が悪くても、頑なに家にこもるような人だったから、藤治や早苗はとても心配していたはずだ。また、いくら同居話や老人ホームの提案をしても、徳治は決して首を縦に振ろうとせず、本当に亡くなるまであの家を離れなかった。だから、遺品はそれなりに多い。ただし、衛人は徳治がそうしたのを、正しいと思っている。むしろ、そうするべきだと思った。
――人がそれまで通り、生きてけねえようんなったら、それが死ぬってこったろうが。じたばたしねえで、大人しくお迎えが来るのを待ちゃあいいんだ。
そんな言葉を思い出すたびに、わけもなく、遺品整理すらに申し訳なく思う。だが、山奥にあるさびれた集落のはずれに建つ、築六十年近くにもなる古い家を、いつまでも空き家で放ってあるのはよくない。害獣が入り込んだり、そこを住処にされてしまうと面倒なので、売るなり、誰かが管理するなり、徳治の家のことは早急に取り決めなければならなかった。ただ、衛人はあの家が本当に好きだった。だから、わけのわからない不動産屋に投げてしまうのだけは嫌だったし、納得がいかなかったのだ。
衛人は東京の自宅から、愛車を走らせ、栃木県の北部に位置する那須高原に向かっていた。愛車は四駆のSUV型軽自動車。少し古い型だが、走行距離はまだまだ走れる程度だし、なにより、アウトドアに向いた雰囲気をまとうカーキ色が気に入っている。
その愛車で、外環自動車道、東北道を走り続ける。その距離、実に180キロ。長いこと走った東北道を、栃木県内の那須インターチェンジから出て、一般道へ下りる。
最初の交差点で赤信号につかまったのをいいことに、衛人は窓をほんの少しだけ開けた。涼しい風が入ってくる。太陽に照りつけられたアスファルトの上にいるとは思えない、木々や土、苔の匂いをふんだんに含んだ、この匂いが好きだ。さっき木々の葉から吐き出されたばかりとも思える、新鮮なこの空気を吸い込んだ途端に、体の中まで澄み切っていくような心地がする。
「はぁ、生き返るー……」
そんなひとり言を呟き、交差点を曲がり、また愛車を走らせる。行けども行けども、道の両側には木々が生い茂っていた。だが、その先で視界が開けて、衛人は笑みをこぼす。今日はいい日だ。正面に茶臼岳がよく見えている。
よく晴れた日であっても、山頂付近にはガスが出て雲がかかることは珍しくもないのだが、今日はてっぺんまでよく見渡せる。雲が白い。空が青い。どうやらこの辺りも梅雨明けしたようだ。「ツイてる」と衛人はまた、ひとり言を呟いた。
この山道を二十分ほど上った先の、集落のはずれ。そこに祖父、徳治の家がある。――といっても、もう徳治は亡くなっていて、ついこの前、一周忌が終わったばかりだった。彼が長く暮らしていた家には、まだ遺品もかなり残されている状態だ。衛人は今日、多忙な父、藤治に代わって、その片付けと掃除をしに向かっている。
職場には数日前に退職届を出したばかりだった。今回は夏休みの代わりに、有休消化を目的とした休暇をもらっている。これから十日間、亡き徳治との思い出に浸りながらの、片付け休暇だ。
じいちゃん、勝手に家の中いじったら怒りそうだなぁ……。
そんなことを考えながら、しかし、やらねばならない、と思い直す。徳治はとてつもないガンコ者として知られていた。衛人にだけは特別優しかったが、息子である父、藤治や、叔母の早苗の言うことをまったく聞かず、ちょっとしたことで怒って、怒鳴り声を上げることも多かった。
病院と薬が大嫌いで、具合が悪くても、頑なに家にこもるような人だったから、藤治や早苗はとても心配していたはずだ。また、いくら同居話や老人ホームの提案をしても、徳治は決して首を縦に振ろうとせず、本当に亡くなるまであの家を離れなかった。だから、遺品はそれなりに多い。ただし、衛人は徳治がそうしたのを、正しいと思っている。むしろ、そうするべきだと思った。
――人がそれまで通り、生きてけねえようんなったら、それが死ぬってこったろうが。じたばたしねえで、大人しくお迎えが来るのを待ちゃあいいんだ。
そんな言葉を思い出すたびに、わけもなく、遺品整理すらに申し訳なく思う。だが、山奥にあるさびれた集落のはずれに建つ、築六十年近くにもなる古い家を、いつまでも空き家で放ってあるのはよくない。害獣が入り込んだり、そこを住処にされてしまうと面倒なので、売るなり、誰かが管理するなり、徳治の家のことは早急に取り決めなければならなかった。ただ、衛人はあの家が本当に好きだった。だから、わけのわからない不動産屋に投げてしまうのだけは嫌だったし、納得がいかなかったのだ。
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